後輩は言った「浮気していた幸せさんです」
「いってきます」
「「いってらっしゃ〜い」」
午前七時半。
母親と妹の見送りのもと、俺は学校に登校する。
母親は四十過ぎだが、若作りなため三十代前半、ひどい時には二十代後半に見間違えられる。
妹は中学二年生で、俺とは3つ離れている。
俺は基本妹のことを「妹」と呼んでいるが、名前は真鍋 桜だ。
どうでもいいことだが、春生まれだから「桜」らしい。
俺は冬生まれだし、そんな安直な付け方をしたらなんだろう……「モミ」とかつけられてたのかもしれない。
冬って春とか秋とかと違ってあんまり思いつかないな……。
そんなこんなで駅に到着し、いつも通りの7時43分発の電車に乗る――のはやめとこう。
一本遅らせよう。
めんどくさいのがいる。
「ひどいです、先輩。私そんなにめんどくさい女じゃないですよぉ〜」
「お前はエスパーか」
「いえいえゴーストタイプです。エスパーなんかと一緒にしないでください」
「そうか、俺はノーマルタイプだし、関わることはできそうにないな」
「なら私、今日から格闘タイプに移籍します。カイ○キです――って、ドア閉まっちゃいますよ!?」
タイプって変えられたっけ?
そんなどうでもいいことを考えながら、俺は後輩に鞄を引っ張られ、ついに電車内に入ってしまった。
「はぁ……めんどい」
◆
ふっふっふ。
先輩が電車に乗る時間はこの一週間で既に把握済みなのです!
断じてストーカーではありません。
それにしても、私の顔を見て電車に乗るのをやめようとするのはさすがにひどいと思うんです。
ということで、逃げようとする先輩を無理矢理電車の中に連れてきました。
「はぁ……めんどい」
「ため息を吐くと幸せが逃げていっちゃいますよ」
「既に幸せは浮気しているから大丈夫だ」
「そうですか。その浮気相手は私かもしれません」
こうも上手く先輩と会うことが出来たんですから。
まあ、計画的犯行なので偶然とは言い難いですが、それでも上手くいっているので幸せさんがいるのだと思います。
幸せさん、ありがとう。
先輩の元に帰ってあげてください。
「先輩、これ、浮気していた幸せさんです。どうぞ」
「幸せさんはお前の手のひらに収まるような器じゃないぞ」
「いえ、真に価値があるものは小さいんですよ」
「そうか、つまり俺は小さい幸せにすら浮気されるんだな……」
おっと、よく分からないところで先輩が落ち込んでしまいました。
話していて自分でも何を言っているのか分からなくてなっていたのですが、とりあえずそれっぽいことを言っておきましょう。
「小さい幸せが積み重なって、大きい幸せになるんですよ、先輩」
「小さい幸せに浮気されてる俺には一生縁のない幸せじゃね?」
「……そうですね」
ミスりました。
先輩にとどめを刺してしまっただけでした。
無念……!
「まあ、それは置いといてだ……後輩、なぜいる?」
「それは私の両親ペアレンツに聞いてください。ついでに馴れ初めも」
「そういう意味じゃないし赤の他人の馴れ初めに興味もない。朝から生々しい話をするんじゃねーよ……」
あらら……。
先輩にはちょっぴり刺激が強すぎたようです。
私は他人夫婦の馴れ初めとか結構興味あるんですけどね。
「冗談です。先輩と会ってからどれだけ経ってると思ってるんですか。どの時間の電車に乗るかぐらい覚えましたよ」
「話したのは昨日が初めてだけどな」
「先輩がヘタレなせいで、ですね!」
私も結構ヘタレてたんですけど、それは私だけの秘密です。
それに、先輩は覚えてないでしょうけど話したのも昨日が初めてじゃないですし。
「まあいい。俺は本読むから騒ぐなよ。周りと俺に迷惑だから」
「乗ってるの私たちだけなんですけど……」
先輩は眠そうな顔でドア横の席に座り、昨日読んでいたと思われるライトノベルの続きを開きました。
私もその隣に座ります。
「ガタンゴトン」と電車の揺れる音だけが聞こえていて、なんだか眠たくなってきました。
昨日はテスト勉強でそこそこ遅くまでおきてましたから、そのせいかもしれません。
あぁー――……意識が……
◆
さて、どうしようか。
途中で静かになった後輩が気になって隣を見てみると、なんと寝てやがったコイツ。
降車する予定の山手駅まではあと二駅だ。
選択肢はいくつかある。
・今起こす。
・次の駅で起こす。
・着いたら起こす。
・着いたら引きずる。
・放置する。
……引きずるはなしだな。
そんな面倒なことをするくらいなら放置する。
次に起こすか起こさないかだが……まあ、着いたら起こして起きなければ放置でいいか。
「まったく……黙っていれば可愛いんだがな」
まあ、ア○ナほどではないけどな。
現実リアルの中ではかなりモテているのではないだろうかと思われる。
本当に、リアル女子のどこがいいのかよく分からない。
たとえ容姿が良くても、性格が良くても、いつかはどこかに行ってしまうのに。
たとえ、本人にその気が無かったとしても、いつかは……
――――いなくなってしまうのだから
◆
数分の間電車に揺られ、やっと目的の山手駅に到着した。
降りる前に、俺は後輩の肩を揺らす。
「着いたぞ……次の駅で降りると遅刻ギリギリになるぞ」
後輩が目を覚まさないうちに、「プシューッ」とドアから閉まる直前の音がしたので、放置してさっさと降りることにした。
次の駅で降りることが出来たら、歩いてもギリギリ間に合うと思う。
しかし、次の駅までに目を覚まさければ遅刻確定だろう。
後輩の目の下にクマができていたことと、今がテスト週間なことから、おそらく徹夜で勉強したのだろうが、それは自業自得としか思えない。
「徹夜するくらいなら普段から勉強しとけ」
俺のつぶやきが聞こえたのか、たまたまなのか、ドアが閉まりきる直前に後輩と目が合った。
その後の後輩のことは、電車が次の駅に向かったので当然知らない。
後で散々文句を言われるだろうが、気にしないでおこう。
関わらずにいることが出来たなら、それが一番だ。
◆
学校に着いて校門をくぐると、朝練のある部活の生徒が既に多く来ており、陸上部が校舎周りを走っていた。
二年生と数人の一年生は、俺に気づくと「おはようございます」と元気よく挨拶をしてきた。
その瞳には尊敬の色が入り混じっている。
三年生は引退しているので既にいない。
「おはよう。疲れて授業キツイだろうが、寝ないで頑張れよ」
「「「「はいっ!」」」」
俺は後輩だけでなく、同輩にも敬語を使われる。
全員が全員ではないが、基本的にそうだ。
この学校では、それだけ生徒会長という肩書きが大きかった。
「俺は別にタメ語でいいんだがなぁ……」
「生徒会長としての威厳を保たないといけないだろ」
靴箱に向かうとそこには見知った男子生徒がいた。
大谷 隼人、サッカー部のキャプテンだ。
中学の時からの親友で、この学校でも二年連続で同じクラスになっている。
「なぜ半裸なんだ?」
「暑いだろ?」
「……今は十二月だぞ」
「俺のハートはいつでも熱いのだよ!」
変態である。
普段はいいやつなのだが、時たま変態行為に及んでしまう残念なやつなのだ。
ちなみに周りにも周知の事実なので、既に気にしているのは一部の一年生のみとなっている。
「そうか。朝練は終わったのか?」
「ああ、終わった。今日のメニューもとんでもなくハードだったよ」
あー、だから半裸なのか。
そうであってほしい。
「テスト前に朝練なんて中学の時にはあり得なかったのになぁ」
隼人がしみじみと呟く。
たしかにその通りだったが、普段から勉強していればどのみち変わらないことだと思う。
しかし、俺は部活動をしていないので、あえてそのことを言うことはしなかった。
教室に着くと、談笑や勉強の教え合いをしていたクラスメイトたちが一斉に道をあける。
少し寂しいと思わないでもないが、それがこの学校の生徒会長なのだから仕方ないと割り切っている。
しかし、中には普通に接してくる生徒もいるのだ。
「おっはよ〜、真鍋くんっ! あ、あと大谷くんは早く服着なよ」
元気な声で周囲に笑顔を振りまく少女の名前は日向 紗綾香。
テニス部に所属しており、健康的に見える小麦色の肌をした可愛らしい容姿をしている。
「おっと忘れていた! すまない、制服よ。俺の肌に触れられなくて寂しかっただろう」
他人のフリをしよう。
俺たちの仲は既に周知なので意味はあまりないが。
俺は日向に「ああ、おはよう」と短く返すと、隼人から離れ、窓際の真ん中である自分の席に座った。
ちなみに廊下側から名列順なので、「お」から始まる隼人とは正反対の位置だ。
日向は右斜め後ろの席で、よく宿題を写しにやってきやがるこのやろう。
そして15分くらい経ち、チャイムが鳴る。
「――――起立」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます