第191話 幽閉

3つ目の扉が開く


ギギギギ・・・


「・・・!」

中から噴き出してくる澱んだ空気にチャーリーは思わず口を押えた。


その部屋は果てしなく真っ暗で闇の中にあり、彼が持っているランプの光も吸収されてしまいそうだった。


「光を」

ゴードンに促されてランプを高く上げると、壁沿いに黒い影が見える。


ジャリ・・・鉄の鎖が床をすべる音。


「アトラス」

ゴードンが名前を呼ぶ。


チャーリーは息をのんだ。


こんな、隠れ塔のさらに地下、3重の扉に閉ざされ、鎖につながれて幽閉されているのは一体どんな人間なのか。

想像を絶するような野獣ではないのか。


チャーリーの戸惑いを察したかのように”アトラス”が言った。


「そのランプの光、あまりボクの顔に向けないでね。一年も光を見ないと目に染みるんだ」

それは昼寝から覚めたばかりの羊飼いのような優しくやわらかな声だった。





リーフと紅い髪のダグラスは、ここグレンの国の南地方最大の町、サンゴの町に向かって歩いている。

海岸の森を抜けると大きめの街道があり、途中までは馬車の荷台に乾草とともに乗せてきてもらった。

乗せてくれた農家のおじさんは、ダグラスとリーフが恋人なのか夫婦なのか兄弟なのか、はたまたは親子なのかと悩んでいたが、結局「遠い親戚」ということでごまかすリーフだった。


「ダグラスさん、”囚われのアトラス”って・・・誰ですか?」

「今から行くサンゴの町の隣にある高い山の中に、”隠れ塔”がある。そこにアトラスは幽閉されているんだ。」

「幽閉・・・。アトラスさんは何か悪いことをしたんですか・・・?」

「悪いことか・・・!ははは!」


ダグラスは心底おかしそうに笑う。

リーフはちょっとムッとした。

「どうして笑うんですか?!だって・・・」

「よしよし、怒るな。」そう言ってリーフの頭をクシャクシャ撫でるダグラス。

(こういうとこ・・・やっぱりアーサーさんと似てるな・・・)


「アトラスの本当の目的を知らない連中は悪魔に思うだろうし、知っている連中は神のようだと思うだろうよ。」

「神・・・?」

「ああ、神だ。あいつは・・・」


「あいつは、人間じゃないしな。」

前方にサンゴの町が見えてきた。




チャーリーは恐る恐るアトラスに近づいた。

右手にはランプ、左手には蓋が付いた鉄製のバケツを持って。


「アトラス・・・・」名前を呼んでみる。


「トムさん、亡くなってしまったんだ・・・残念だったね。それで、息子の君が代わりに来てくれたんだ。

ありがとう」


ゴードンは無言のまま、チャーリーもなんと言っていいかわからず、あらかじめ支持されていた通りに鉄のバケツをアトラスの前に置いた。


チャーリーは少し深呼吸して部屋を見渡す・・・六角形の壁に囲まれた狭い部屋にはもちろん窓はない。

小さなベッドと小さな机、椅子があるのみ。床は石がむき出しでカーペットも敷いていない。


アトラスの右手は壁の鉄の柱に太い鎖で繋がれていた。

この鉄の柱は塔のてっぺんまで伸びていて、いつもカラスがとまっていた。


その顔を見ようとしたが、髪が邪魔をしてよく分からなかった。

前後に長く伸びた髪の毛は紫色で、ランプの光が当たるとキラキラ鈍く光る。


チャーリーはアトラスと目が合った。

「あ・・・」

優しい、水色の瞳。そしてニコッと笑う。

とても、こんなひどい所に幽閉される人物とは思えない。


アトラスは鉄のバケツに手を伸ばして、蓋を開けた。

チャーリーはバケツの中身を知らなかった。


ただとても重くて、冷たい物だということは分かった。

今日のために山の氷室から急ぎの馬で運ばれて来たのだ。


亡くなった父親も、年に一度山からの荷物を受け取っていた。

毎年雪が降る前、満月になる前日、黒いマントを全身にかぶった男が木の箱を運んでくる。

それは決まってひどく冷え込んだ夜で、幼いチャーリーは震えながら毛布をかぶって父と男とのやり取りを隣の部屋から覗くのだ。

(一体、あの箱の中には何が入っているのだろう・・・?)

チャーリーは子供らしい好奇心で一杯だった。

ちらりと見えたのは氷と藁。しかしそれが本体でないのは子供にだってわかる。

何かを父は、木の箱から鉄のバケツに入れ替えている・・・・。


しかし、覗きが見つかると母親に酷く怒られ、謎の箱の中身を見ることは一度もなかった。

男の黒いマントの背中には、金の糸でりっぱな刺繍がしてあった・・・。


それがこのグレンの国の王家の印であると、チャーリーは8歳の時に知ることになる。


それから10年、18歳になったチャーリーは、ついにバケツの中身を見ることになった。



アトラスが開けたバケツの中には、なにか白っぽい半球のものがいくつかは入っているようだった。


「・・・?」

器?最初チャーリーはそう思った。

アトラスがお椀を持つようにそれを両手で持ち上げたから。


次に、驚きのあまり腰を抜かした。なぜなら、その器と目が合ったから。


「うわあああああああ」

声にならない声が喉から溢れる。


アトラスがその手に持っているのは・・・・


上あごから切断した人間の頭だった。


そして。

アトラスは頭からスプーンで脳みそを救い取って食べ始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る