第190話 塔の地下牢

「ったくあいつは何考えてるんだ」

懸命に走るリーフを、ダグラスは小走りで追う。


足の長さが違うためだろう、すぐに追いついて後ろから襟首をとっ捕まえた。


止めろ離せとリーフが騒ぎまくっているのをダグラスはひょいと持ち上げ、近くの草の上に放り投げた。


「面倒くさいやつだな。さっきの化け物を覚えてないのか?」

ダグラスはリーフの手から氷ネズミの皮手袋を取り返し、その手にはめながら言う。


「あれは、黒のドラゴンの影響だ。奴の復活が近いために、この世界の均衡が崩れてきているんだ。

あの化け物はな、元は羊の子だった。それが草を食べず仲間を喰らい、やがて人を食った。その末路さ。

サッサとお前が赤のドラゴンを復活させないと、この世は地獄だぜ。」


「そんな・・・」


「俺とやった後、残りの男を一緒に探してやろう。あと何人だ?」


「・・・・・」

リーフにとってはあまり思い出したくないことだった。


サスケ、ジャック、ブルー王子。


赤のドラゴンの心臓の欠片は14個に分かれていて、一つはリーフの右手に宿っている。

リーフが愛し合わなければいけない男が13人とすると、あと10人・・・。


その中にはアーサー王子、マーリン王子、ララ王子、シロクマのベイド、双剣のシャルル、そしてダグラスがいる。

「探さなければいけないのは・・・あと4人です・・。」


「そうか。”囚われのアトラス”のことは知っているか?」

「囚われの・・・いえ、知りません。」

「たぶんその男も赤の欠片の保持者だ。この後探しに行くぞ」

「この後って・・・」

ダグラスはリーフの身体に覆いかぶさってきた。


逃げられない、リーフはそう思ったが、このまま思い通りに義務的にされるというのもなんとも我慢できない。


「待って!今は嫌です!絶対嫌です!とにかく・・・明日まで待ってください!」

「バカな事いうな!早くしろと言ってる・・・」


ダグラスがリーフの顔を見ると、目は怒っているのに華厳の滝のような涙を流していた。

リーフ自身も自分が泣いているということに気付いてなかったのだが・・・。


この世界でも望まないことをされて、元の世界でも瞬に酷い目にあわされて、リーフの心と体は思っている以上に疲弊していた。


「運命はもう仕方ないと思っているんです。でも、ボクにだって・・・少しぐらい考える時間が欲しいんです・・・!

ボクはさっきまで向こうの世界にいて、色々あって、心臓を打たれて海に落とされて・・・・。

目覚めたらまたこの世界にいたんだ。もうわけわからないよ!!」


ダグラスは自分が組み敷いている少女をまじまじと見た。小さくて、子供のような幼い顔立ち。

掴んでいる腕は白く折れそうなほど細い。


男としても大柄な自分が無理矢理ことを進めるのは、あまりにも惨く哀れな気がしてきた。

それでなくともかなりの苦痛を伴うだろう。


「・・・わかった。明日。明日だな。待ってやろう。どうせ”囚われのアトラス”を探す道すがらだ。

赤の欠片はすべてそろわねば意味がないからな。俺だけが急いだところで仕方がない。

だが、明日の夜にはサッサと覚悟を決めろ。でないとさっき見た以上の化け物がその辺をうじゃうじゃ歩き回る羽目になるぞ」

ダグラスはリーフから体を離した。


「さあ、その顔をどうにかしろ」

涙と土でグシャグシャになったリーフの顔。自分が泣いていたことにゴシゴシ拭いてやっと気が付いた。


「泣かないって何回も決めたのに、ボクはダメな奴だなぁ・・・」

リーフはダグラスに聞かれないようにつぶやいた。





暗い地下牢


ネズミも住みたがらないほどの劣悪な環境。

苔だらけの石、所々溜まっている汚い泥水、かび臭い空気。


深く掘られた地中に光が刺すことはない。


ギィィィィ


遥か上の入口のドアが開き、真っ暗な空間にほんの少し明かりが見えた。

しかしそれはすぐに消えてしまう。

なぜならドアが閉まったから。


代わりに少し小さな光が、ともされる。

小さなランプ



この地下の主は、一年ぶりの光の気配に顔を上げた。


コツコツコツ

階段を下るいくつかの足音。


「本当に・・・ここにいるのですか・・・?」

まだ若い男の声。手には鉄製の重い蓋つきバケツを持っている。


「そうだ。前の守り人が死んだ今、息子であるお前がこの塔の管理人としての後を受け継がねばならない。

親父から少しは聞いていたんだろう?」

「それが・・・父が息を引き取る前に、一度聞いたきりなんです。ただ、一年に一度、この隠れ塔の地下にある物を持って行けとだけ。分からなければ、弟に・・・ゴードンおじさんに聞けと言っていました」


「あいつ・・・面倒なことを押し付けやがって・・・」

ゴードンは少し鼻をすすった。


「ここだ」


鉄の扉の前でゴードンは大きなカギがいくつかかかっている束を取り出した。

「見えないぞ・・・どれ、ランプを近寄せてくれ」

そのカギには数字が書いてある。

「まずは、1」


ガチャリ


「開いた・・・!」


若い男、チャーリーはドキドキしながら見守っている。


「見りゃ分かるだろうが、3つの扉を鍵に書いてある順番通りに刺して開けんだ。それ、2・・・」


ガチャリ


「最後、開けてみるか?」

チャーリーは苦笑いしつつ首を横に振った。


「おいおい情けない奴だな・・・。来年の月の日にはお前一人でくるんだぞ。」


ガチャリ


ゴードンが三つ目の鍵を回した。


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