第136話 毒

クルトが抜いた剣は、まっすぐに王を捉えた。


「や、やめてクルト!お父さんでしょう?酷いことをした人でも、お父さんじゃない!」慌ててリーフが止めに入る。


「父か・・・そうだね、リーフ。だけど、ボクが殺さなくても、もう遅いかもしれない・・・。」


クルトの後方の城壁に、巨大な蜘蛛が現れた。蜘蛛の顔は人間の女。そして8本の足にそれぞれ違う女の顔が付いている。女たちの顔は一斉に王妃の方を見た。


リンゼイ王妃はその目を見て切り裂くような悲鳴を上げた。クルトは氷のような冷たい目で王妃を見つめる。


「おや、随分前にあなたが殺した女たちの顔を、覚えていたのですね。あなたは食事会と偽って妊娠した妾達に毒を盛り、狂犬をけしかけ、大男に殺させた・・・。そして母には罪を擦り付けて拷問にかけた。

さあ、よく見るがいい!憎しみの塊となった者たちの姿を!

永遠に悪魔に囚われた、哀れな者たちの姿を!」


王は発狂する妻の姿を見た。心を失ったものは、これほどまでに醜く顔が歪むものなのか。

美しい王妃の顔は見る影もなく、筋肉が崩壊したように垂れ下がっている。


その口から出る言葉は聞き取れないが呪いの言葉のみ。


「せめて、少しでも謝罪の言葉があれば・・・。」クルトはつぶやく。「王よ、あなたも王妃と同罪だ。いや、それ以上だ・・・。王妃を嫉妬に狂わせたのはあなた。妾達とその子供を守れなかったのもあなた。

そして、気付かないふりをして逃げている卑怯者・・・。

あなたは、王妃が妾達を殺したことも、エリー姫が実の娘ではないことも知っていたんだ。そうでしょう?

ツバサの国の無力な王よ。」


王はクルトを見た。「私を無力と言うのか、息子よ。そうだ、私は一国の王であること以外は無力な人間なのだ。その、無力であるが故の孤独を、おまえもいずれ知るであろう。」


王は剣を構えて大蜘蛛に向ける。大蜘蛛は8本の恐ろしい速さの足で王に向かってきた。

女たちの顔は血の涙を流していた。


王の剣は幾度か蜘蛛の体を切り裂いたが、巨大な体はものともせず、王をなぎ倒した。


「王様がっ!」

蜘蛛の足が王の心臓を狙った時、とっさにリーフが王の体をかばって覆った。


リーフの背中は蜘蛛の鋭い足先で大きく裂けた。「リーフ!!」クルトが走り寄る。


「どうして!どうしてキミが王をかばうんだ!!」


「だって・・・クルトのお母さんに人を殺してほしくないよ・・・。」


大蜘蛛は狂ったように動きを止めない。と同時に、ハエも城壁にぶつかりながら飛び回った。

緑の毒の粉が辺り一面に飛び散る。


王をかばうリーフの体にも、クルトの体にも毒の粉が舞い散ってきた。

「あああ・・・!」リーフの避けた背中に粉が入り込み、酷い激痛がする。

それでも、リーフは王をかばっていた。


「リーフ・・・!キミは・・・」

「クルト、お母さんを止めて・・・。エリー姫を止めて・・・。」

「もう、無理なんだよ。彼女たちは人間じゃない、憎しみに支配された塊なんだ・・・。」

「ううん・・・そんなことない・・・。あの瞳はクルトのことを愛しているお母さんの瞳だし、エリー姫だって結局、王妃様やお姉さんたちを殺せずにいるじゃない・・・。」


しかし蜘蛛とハエは攻撃を止めなかった。


「リーフ!無事か!」

赤い光がほとばしる。アーサーだった。


「アーサーさん・・・!」アーサーとソザロッソ、ジャックが城壁の高い所から現れた。

アーサーは怪鳥ジャックにつかまり、上空からハエの腹をめがけて赤い短剣「獄炎の剣」で切り付ける。


硬いハエの腹は真っ二つに割れ、そのまま地上に落下した。足で持たれていた二人の姫も地面に打ち付けられてうめき声をあげたが、ほぼ無意識のうちに這いずりながらハエから離れた。


緑の毒液が広がる中に、一つの人影が。

人間に戻ったエリー姫だった。死んだように横たわり、毒液に浸かっている。


「エリー姫!!助けなきゃ・・・!」リーフが行こうとすると、クルトが止めた。

「リーフ!今あの中に行ったら、キミも毒液で解けてしまう・・・!」

「離して、クルト!ボクはエリー姫を助けるって決めてたんだ!ボクは弱虫で、情けなくて・・・こんなんだけど、いま彼女を助けないと一生後悔する!

それに、エリー姫を悲しいまま死なせたくないんだ!今まで辛いことばかりだったのに、悲しいまま死んじゃうなんてかわいそうだよ!」

クルトは止めようとしたが、狂った大蜘蛛をリーフのところに行かせないようにするので手一杯になっていた。


リーフは背中を押さえながら緑の毒液の中を進んだ。

「何やってんだリーフ!行くな!」

アーサーとジャックが叫ぶ。

「あの子・・・・」ロザロッソが目を見開いた。「ただのチビじゃないのね」


リーフは毒液に足を溶かされながら、エリー姫のもとにたどり着いた。

不思議と背中も皮膚も痛みを感じなかった。周りの音さえも聞こえなくなって、やけに静かに感じていた。


ただ、腕を伸ばせばそこにエリー姫が倒れていて、早くたすけなきゃ、とだけ思っていた。


出会った頃の醜さは消え、美しくなったエリー姫。


「綺麗だよ、エリー姫」リーフがその頬に触れた時。大蜘蛛が二人に向かって突進してきた。

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