第137話 青い光
「リーフ!逃げろ!!」
アーサーが走るが、大蜘蛛に追いつけない。
大蜘蛛はエリー姫を守るリーフを狙っていた。
「母さん!その子だけは止めてくれ!」クルトが叫んだ。
大蜘蛛はリーフに襲い掛かる寸前でピタリと動きを止める。
リーフはエリー姫を抱き上げながら気を失って毒液の中に倒れ込んだ。
「リーフ!」たまらず怪鳥ジャックがハゲワシになり、リーフを救い出そうとする。
「待って!あれを見て!」ロザロッソがリーフの方を指さした。
気絶したリーフの身体から青い光が輝く。晴れた空のような青。それは翼のような形になり、リーフを包み込んだ。と同時に毒液で満たされた地面にも光が行き渡り、緑の液は黒いサラサラした粉に変わって風に飛ばされていった。
その青い光は毒液に犯された人々の身体にも優しく触れ、その傷を癒していく。
ハエに捕らえられていた二人の姫もただれた皮膚が治っていった。
目に見える風景が美しい青に変わる。その中心にはリーフがいた。
「リーフ・・・」クルトが、青く光るリーフを見つめる。優しい光は大蜘蛛の全身も覆っていった。
大蜘蛛は女の姿になっていく。
「母さん!」
クルトは駆け寄った。「悪魔の呪いが解けたのですか?!」
「いえ・・・」美しい女は首を振った。「泉の呪いは悪魔との契約、簡単に解けるものではありません・・・。しかし、しばしの正気を取り戻させてくれたようです。
ああ・・・・こんなに静かな・・・安らかな気持ちになったのは何年ぶりでしょう。」
女はまだ気を失っているリーフの頭をなでた。
「可愛い子・・・。お前の大切な子なのね?私がまた泉の者に戻ってしまっても、この子だけは二度と傷つけないと約束しましょう。」
「母さん・・・。終わったのですか?あなた方の恨みは、晴らすことができたのでしょうか?」
「ああ、クルト。愛しい息子。今分かったの。人を恨むという地獄の中で、あなたという光が私を生かしていた。あなたも分かったのでしょう?この女の子が、あなたを救ってくれたということを。憎しみは消せないかもしれないけれど、一番大切なことを見失わないことが大事なの・・・。」
未だ狂ったままの王妃と娘たちを哀れな目で見つめる女。
「私と同じ、哀れな人たちよ。見失ってしまった者たちよ。この人たちが幸せだったとは思えない。
でも、生きていればきっと・・・。」
女は空を見上げた。優しい青い光は消え、今にも降りだしそうな曇り空。「そろそろ私は帰らなければ。」
「母さん!行かないでください!」
「私は泉の者。深い森が私の場所。さようなら、クルト。王よ、クルトはこの国の王になるべくして生まれた子。頼みます。」
王は静かにうなずいた。「承知した。」
女は大蜘蛛に変わり、城壁を超えて消えていった。
リーフの周りにみんなが集まる。アーサー、クルト、ロザロッソ、ジャック。
「リーフ!大丈夫か?!リーフ!!」
アーサーに抱き起されて意識を取り戻すリーフ。着ていた服はボロボロに裂けているが、背中のケガや毒液で焼けた皮膚は綺麗に治っていた。
「あれ・・・ボク・・・。あっ、エリー姫は?!」
横たわるエリーは静かに息をしていた。「ああ・・・よかった・・・」
「ったく、お前は時々無茶するなぁ!」
アーサーがリーフの頭をくしゃくしゃ触った。
「あんた、ほんと面白いわねぇ」ロザロッソはほっぺを引っ張る。
ジャックは無事でよかったと何度も言いながら瞳を潤ませた。
「リーフ・・・ごめん・・・。ありがとう・・・。」
クルトがリーフの小さい白い手を取った。
「クルト・・・。これで良かったの?」
「うん。母が、大切なものを見失うなと教えてくれた。僕にとって大切なものは、この国と、キミの幸せだよ。それだけを考えて生きていきたい。」
「クルト・・・。もう一つ、自分の幸せを忘れないでね。」
リーフはクルトの手をそっと握り返した。
エリー姫が気が付いたのは翌日になってからだった。
記憶はハエになったころからなくなっていたが、クルトが説明したことと、狂った母王妃と傷が治りきることのない姉姫たちの様子からすべてを理解することができた。
「毒と一緒に恨みの気持ちも出ていってしまったのかしら、もう・・・どうでもいい気がしてるの。」
美味しい、普通のお茶を飲みながらエリー姫はリーフに語った。
「すべてが、白紙に戻った気分よ。母のことも、ブルー王のことも。今なら、ブルー王が私のことを愛していないし愛することもないということが凄くよく分かる。だってあの方はあなたを愛しているんですもの。
どうして、今まで分かろうとしなかったのかしらね。
そして、母のことも・・・。許すというより、罪を犯した時点であの人は罰を受けているんだわ。
許す人もいない永遠の罰を。」
「これからどうするの?」リーフが焼いたお菓子を美味しそうに頬張るエリー姫を見ながら聞いた。
「私ね、実は剣の才能があるみたいなの。本当のお父様が剣の達人だったせいかしらね。馬も好きだし、騎馬隊の騎士になれればいいかなって。お姫様やっているより動いてる方が性に合ってるみたい。
何も考えなくていいし。弟って言っていいのかしら、この国の王になるクルトのために少しでも役に立つように頑張るわ。
あなたはこれからどうするの?」
「ボクは・・・」リーフは少し迷っていた。
「いろんなことがありすぎて、まだ頭の整理が出来ていないんだけど、とりあえず最初の場所に行ってみようと思うんだ。ホシフルの国なんだけど。ボクは赤のドラゴンの欠片を集める者ではなかったみたいだし、元の世界に帰らないと。」
「そう・・・。元の世界っていうのが私には分からないけど。」
エリーはリーフの手を取った。
「あなたはきっとこの世界になくてはならない人だと思うの。何かあったら私、あなたを助けることに協力は惜しまないわ。命の恩人ですもの。いつでも呼んで頂戴。」
エリー姫の笑顔はさわやかな風のように美しかった。
ツバサの国の王は、3年後にクルトに王位を譲ることを約束した。それまではクルトに王の仕事を教える。
王妃とその二人の娘たちは国の南側にある城に移り住み、暖かく緑豊かな地で静かに暮らすことになった。
エリー姫は望み通り剣士としての訓練を中央の城でする。
リーフとアーサー、ジャックとロザロッソは、ツルギの国を通ってホシフルの国へいくことになった。
しばらくまた、賑やかな旅が続く・・・はずだった。
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