第135話 卑怯な王

「泉の者に・・・?!クルトのお母さんが・・・」


「憎しみと苦痛が限界を超えた時、母は消えゆく命の前に復讐を念じた。すると悪魔の泉が現れ、母に選択を迫ったそうだ。


このまま死ぬか、悪魔と契約して永遠に憎しみとともに生きるか。


そして・・・母は憎しみとともに生きることを選んだ。悪魔の泉の水を飲んでしまったんだ。


ただ、母は憎しみのみで地獄の道を選んだんじゃない。赤子だったボクを守るために、たとえ悪魔と契約してでもこの世に”存在する”ことを選んだんだ。」


「悲しい・・・切ないね・・・。」


「そうだね。それからボクは、産み隠された馬小屋の持ち主のおじいさんに育ててもらった。毎夜、母はボクのもとに来てくれた。恐ろしい姿だったけど、ボクはちっとも怖くなかったよ。


母は決して復讐を僕に強要したりしなかったが、ボクは、あの王や王妃が君主として国に君臨しているのが許せなくなった。恐ろしい姿の母の、悲しい瞳を見るたびに、ボクは・・・。」


「だから馬番としてエリー姫に近づいて、復讐の機会をうかがってたの・・・?」


「そうだよ」クルトは悲し気に微笑んだ。


「いつも考えてた。どうすれば一番酷い復讐が出来るかってね。君に会うまでは、リーフ。」


リーフを抱きしめるクルト。「君にはこんなボクを知られたくなかった・・・・。」


「クルト・・・。やめよう、復讐なんて・・・。きっとお母さんもそんなこと望んでいないよ・・・。」


「リーフ、残念だけどもう止められないんだよ。復讐は始まってしまった。ボクは彼らを排除し、この国の王になる。そして、キミを王妃にしてあげる・・・。」


「クルト!ボクは王妃になんてなりたくないよ!・・・君だって、王様になんかなりたくないんでしょう?

馬たちのお世話をして、平和に・・・楽しく暮らすのが望みのはずだよ!」


「リーフ・・・。それは・・・・」


ガシャッ!ガラガラ・・・・!!


その時、何かが崩れ落ちる大きな音がした。城全体が揺れる。


「な、なにっ?!」


「バカな王・・・」クルトはリーフを引っ張って、部屋の外の廊下を抜け、中庭が見える通路に出た。


そこには大砲を打つ王と兵士の姿が見えた。


大砲が狙う先には、巨大なハエの化け物の姿が見える。ハエのその手には、二人の女の人を握っている。


「あれは・・・?!まさか!」

「そうだ。エリー姫の2人の姉姫、カナリア姫とマーガレット姫だ。」

「えっ・・・今大砲で狙ったら、あのお姫様たちも死んじゃうじゃない!!」

「卑怯な王、娘たちをあきらめてハエを殺すことにしたんだな。」


そう言っている間にも、大砲が二発、三発と放たれる。そのたびに言葉にならない姫たちの叫びが響き渡った。

崩れた城壁の破片が一人の姫の腕に当たり、悲鳴とともに血しぶきが飛んだ。


「やめて!やめて!お姫様が死んじゃう!」


たまらずリーフは外階段を駆け下り、王と大砲のところへ走る。上からは見えなかったが、柱の陰におびえながら立ちすくむリンゼイ王妃の姿があった。


「王妃様でしょう?!お願い、王様を止めて!」


「撃てー!」ドーーン!!大砲が響く。その球はハエの腹に当たり、緑の毒の液をまき散らした。


「ぎゃああああ!」ハエに掴まれたまま、毒液を全身に浴びた二人の姫たちは、皮膚を溶かす痛みに悲鳴を上げる。美しかった顔はみるみるうちにただれていった。


それでもなお、王は打ち方を止めようとしない。


「王妃様っ!姫様たちが・・・!早く王様を止めてっ!」

「ああ、なんてこと・・・。もうあの子たちはおしまいだわ・・・。あんな醜い顔と体になってしまったら、この先、生きていてもしようがないもの・・・。」王妃は狂ってしまったのか、うすら笑いを浮かべている。


なおも大砲を打ち続けようとする王、リーフはたまらず大砲の前に飛びだした。


「撃つのを止めて!そんなことをしても、憎しみは消えない!」

「リーフ、なにをしているんだ!」クルトが止めようとするが、リーフはその手を振り払った。


「王様、王妃様!あなたたちがクルトのお母さんや妾にし殺した女の人たちに心から謝らない限りこの復讐は終わらないんです!」リーフは王の方に向かって叫ぶ。


「どういうことだ・・・?そんな昔のことを・・・」王は、馬番の少年クルトを見て、一瞬ですべてを悟った。若かりし頃の自分に瓜二つの顔をした、怒りに燃えた目をしてこちらを見据える少年。


「お前は・・・。もしやあの時の妾の子・・・?!生きていたのか・・・!」

「そうです。父上。私はあなたの唯一の息子にしてこの国の王位を継ぐもの。あなたが死ねばね。」


クルトは剣を抜いた。

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