第二章 ドラゴニア帝国
パキパキッという音がして、何かが溶ける。
少女の身体に触れた氷の花は皆、生気を無くしていた。
少女は泣いている。
「テ…ラ…」
誰かが来るのを待っている。彼は来ない。
--何故なら彼は人間ではないから。
もう少女のことなど忘れたのだろう。
オレンジ色の髪をした少女は人影に振り向いた。
顔のない長身の銀髪の男が少女の頬に右手で触れた。
「誰?」
氷の世界が溶けていく。パリッと音がして氷の地面に亀裂が走った。傍を飛んでいた鳥が撃ち落とされたように落ちてじたばたもがく。
「誰なの?」
少女の問いに男は答えない。ただ左手に炎を宿し、氷の世界を破壊していた。
木枯らしが鳴くような低音で男の喉元が震える。
「リース」
少女は目を見開いて、銀髪の男を観察した。彼の中の自分は怯えていた。
ギルバート・バトスはラウルの父親にあたる。グランドール・バトスが死んでからずっと精霊騎士団長を勤めている。
グランドールの義理の弟だ。
彼は威厳と言うと全てを兼ね備えているかのように見えた。ただ、義姪のリースには弱い。
その日も朝から騎士団が街中を巡回していた。その内、1人の団員が手紙を玄関先の白いポストに入れる。フィーリスのチョイスらしい百合柄のポストの中身をリースは荒々しく真っ先に確認した。
勇者として宮殿で働くためにもアーロケイドの田舎街で住み続けるのは良くない。
拝啓 リース・バトス様
私はドラゴンランド34世、正式名称、ミーファリナ・ナドゥタ・ドラゴンランド・ジュニアである。
リース・バトス嬢、其方が察する通り我が嫁候補として一度お会いしたい。
今日祖国を旅立つ精霊騎士団の護衛と共に来て頂こう。
勿論、拒否権は其方にない。
反抗的な女は好きだが、目に余れば母親諸共命はないと思いたまえ。
ドラゴンランド34世
P.S 其方に会いたい
手紙の質感と同じ冷たさを心に覚え、リースは憤怒を隠すことに専念した。
リースは思う。
何様のつもりだ?神にでもなったつもりでいるなら、至って愚行だ。こんなもの--。
高級感溢れる紙片を子供のように無邪気に千切って遊ぶ。皇帝はリースからしたら、偉い人ではなく鼻につく男だった。街中の婦人方の人気を集める男など、器が小さい。
ラウルと恋人占いを一度だけ昔、やったことがある。
ラウルは花束一杯と微笑みの似合う黒髪の女神と出たのに対し、リースは容姿だけで自分では何もできないジョーカーと出た。少なくともラウルもリースもお互いを未来永劫意識しなくていいと分かり、大収穫だった。
心理テストや占いの類は侮れない。
実際、運命の相手は直感や匂いで惹き付けられるものだ。人は運命に感化されやすい生き物である。猿やゴリラについてはいざ知らず、特に女性に多く‘ 霊的に進化した’としか考えられない現象が多々見られることがある。
ラウルもリースも運命の人を待っていた。
もう一度強調しなくてはならない。
リースはジョーカーだったと。
カジュマルの樹の下で サーナベル @sarnavel
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