第32話 魑魅魍魎
ヒーローは遅れてやってくる。
それは、切羽詰まった状況にこそ相応しい条件下に成立する世の理だ。
これを覆すには、ヒーローがやってくる事前に早々と物事について始末や処理してしまうことに限る。
まぁ、それでもヒーローがやってくることには変わりないのだが……。
「――桜さん……!綾乃さん……!」
桜さんと綾乃さんは人差し指をバフォメットに刃のように突き付けた。。
「――待たせたね!イツカ君!」
「――待たせたわね!イツカ!」
『ヌゥ……、貴様らは……?』
桜さんが眩しいような杖を眼前にて構える。
すると、その杖からなんと!奔流する光が零れたではないか!
対し、バフォメットも桜さんに対抗するように呪詛を放つ。
互いに一歩も退かず、状況は拮抗していた。
『小癪な……!』
「私の魔力を
「あら?相手は独りだけじゃないわよ!」
桜さんの背後に佇む、綾乃さんが火の粉を呼び寄せる。
それは時に、業火の如く肥大化すると、瞬時を瞬く間に火の海と化させた。
「――
まるで息を飲むような巨大な焔が綾乃さんの手中に握られる。
「ハアァ!」
そんなありったけの霊力がこめられた致命の一撃を綾乃さんは放つ。
が、存分に奴もしつこい。
バフォメットは一変、呪詛による防護壁を貼ると、その致命の一撃をギリギリ防いでいた。
「流石ね……!上級悪魔だけあるわ!」
『我も舐められたものだ』
バフォメットが呪詛を吐く。
それは、まさしくに呪い。
綾乃さんの人形のような頬を微かに切裂いた。
「これが――視えない攻撃の正体」
僕たちはとうにその秘儀について感づいていた。
だからこそ、バフォメットは開き直り、その攻撃の正体を明かしたのだろう。
『人を呪えば、穴二つ。
――因果応報。
我は食らった憎しみを糧に攻撃できる。
勿論、今までの積み重ねた憎しみも倍増だ』
「じゃあ、佐々木さんを攻撃できたのは……」
桜さんが恨めしそうに呟く。
『我のサンクチュアリを侵したからだ。
それならば、我も呪詛を吐ける。
相手の憎しみとは、まさしく、我の血肉よのぅ……』
「要するに、攻撃した分、奴は倍増して攻撃を跳ね返すことができると……」
「原理は合気と一緒よね」
「はぇ~、世界って面白い」
じゃあ、どうするの?
あら?不思議?攻撃することができないじゃない!
「奴は、ほぼ無敵……
一体、どうすれば良いのかしら……?」
「とにかく、私はバフォメットの攻撃に集中するから二人は攻撃方法を考えて……!
――『ブラスト』!」
桜さんは再び迫る荷電粒子砲を魔法で相殺していた。
「――綾乃さん?野郎にありったけの霊力をぶつけることは可能ですか?」
「――私の言っている意味が理解できなかったのかしら?
奴は倍増して攻撃することができるのよ?」
綾乃さんの頬は先ほどと打って変わって、ドクドク。と心臓の鼓動のように頬から血桜を散らしていた。
「桜と同じように相殺できれば、話しは変わるのだけれど……、ね?」
「じゃあ、相殺でお願いします」
「どうやって?」
「僕が隙を突いて、『自滅』します。
綾乃さんは、その隙を狙ってください」
「――は?」
「行きますよ!」
「ま、待ちなさい!それじゃ、あんたが……!」
「大丈夫ですから。
今だけは――僕を信じてください」
バフォメットは呪詛を『二度』吐けるわけじゃない
あくまでも、憶測だが、綾乃さんの霊力に対し、桜さんからターゲットを切り替えたように防御へと徹していた。
つまり――だ。
奴は呪詛をターゲット一人にしか吐けない。
では、どうするか?
ありたっけの攻撃を奴に浴びせれば良い。
だが、しかし、ここで問題が一つ。
必ず、一人が犠牲にならなければいけないのである。
奴のことだから、当然、道連れを必須だろうし、何よりも、そうする確率が高い。
悪魔だ、もんな。
さて、ここで問題だ。
皆ならこの状況をどうやって切り伏せる?
答えは簡単だ。
己が犠牲者になればよい。
ありったけの憎しみを一人が背負えばよい。
それだけで、問題は解決する。
残念ながら、物事には犠牲は付き物だ。
犠牲という歯車が成立してこそ、物事は成立する。
例えば、身近なモノで言えば、時間。
時間を犠牲にして僕たちは生きている。
それと、同等に何事にも犠牲は付きまとう。
僕は疾風の如く場を駆け抜けると、バフォメットの瞳に対し、そのサバイバルナイフを突き立てようとした。
『――無駄だ』
「無駄の本当の意味をお知りで?」
僕の全身から鮮血が迸った。
たったそれだけの行為で身体が――ぐらつく。
一歩間違えれば、黄泉へと一直線だ。
その時だった。
深淵の霧は自然と晴れ、天井に太陽のような明りが灯った。
「まったく……。佐々木さん……!遅いですよ……!」
『グゥッ!』
バフォメットは苦しそうにもがいていた。
どうやら、奴は光に弱いらしい。
だったら好都合だ。
「――綾乃さん!」
「もう、どうなっても知らないんだから!」
綾乃さんがボソボソ。と何かを呟く。
すると、どうだろうか?
彼女を中心に焔が散った。
「――
彼女は見上げるような火柱を掴むと、それをバフォメットと僕へ向けて放った。
『な!?貴様、よもや……』
「もう、とっくにあなたの
『クッ……!我を離さぬか!』
「離してみろよ?
離せば、どうなるか分かるだろう?」
『――己!人間の分際でよくも……!』
僕は迫る炎から瞬時に離れると、成り行きを見守った。
バフォメットは焼かれていた。
醜く、まるで『汚物は消毒だ!』と言わんばかりに……。
が、流石は上級悪魔、そんな致命すらも耐えていた。
『貴様ら……!よくも……、この至高なる我の身体に……』
「どこが……?至高だよ……」
咄嗟に僕のサバイバルナイフが閃く。
「――イツカ!」
「――イツカ君!」
それだけで、溢れるドス黒い鮮血。
それは、まるでシャワーのように僕の制服を濡らした。
――鬼の如く豹変する僕。
その風貌は復讐者を極めていた。
『我が……、人間に――ましてや、こんな小僧、小娘共に狩られるとは……』
「もうよい、喋るな」
もう一裂き。
バフォメットは赤子のような断末魔を上げると、その場に崩れ落ちた。
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