第33話 目覚め


『――こちら、アース。

 間もなくランディングゾーンに到着する』


 僕たちは焼けるような天空を施設の屋上から眺めていた。

 気がつけば、明けの明星が星々の影から輝いている。


 それだけで、実感するよ……。

 暗かった霧は晴れ、髑髏どくろは無事に大地へと還った。

 もう、悪夢は醒めたのだと……。


「――まったく、とんだ目に遭いましたね?」


 僕は桜さんへと視線を落とした。

 桜さんは夏の夜空に咲く千輪のような微笑みを返してくれた。

 ……結婚しよ。


「――えへへ……。でも、皆が無事で良かったね?

 これも、何もかもが、イツカ君のおかげだよ?」


「そうですか?僕はてっきり桜さんたちがいなければ、お陀仏だと想っていましたよ?」


「そんなことないよ?イツカ君が決死の覚悟で命を賭けてくれたから、私たちの現在いまがあるんだよ?

 ね?だから、そんなに謙遜けんそんしないで?」


「ち、近いから」


 僕は自然と接近する桜さんから距離を離した。


 ちなみに、僕の傷と綾乃さんの傷は桜さんが治療してくれた。

 まこと、魔法とは万能の医療である。

 どこの血の施しかな?

 そんな言葉はさて置き、バフォメットのせいで血塗れた制服も彼女が元通りに戻してくれた。


 対魔官って、心底『凄い』と本当に想い知らされる。

 まぁ、その以前よりも神秘が存在していること自体の方が驚きなんだけどさ。

 僕のその身体も『夢』を見続けた『あの日』から魔人のように変質してしまったから、一概に神秘のことを否定するつもりはないよ?

 だって、神秘が実在する世界にこのような奇跡があるなんて、まるで神々の祝福のようだから……。


 けどさ、本当は神秘なんて代物、存在しない方が良かったんじゃないかな?

 神秘の数だけ、この世界を歪めているって言う証拠でしょう?

 そんな世界が果たして、辿る結末だと言えるだろうか?


 僕は否だと想う。

 世界は在るべき姿へと還るべきだ。


 確かに神秘は有用だ。

 正しき使用者が扱えば、それは『特効薬』にでもなるだろう。

 だが、こんな事件が起きてしまった。

 世に殺人鬼リッパーを放ってしまった。

 悪魔という残虐な生命体を創りだしてしまった。


 何もかもを神秘の力だと片づけてしまえば、それで終いだが、この事件に一つ言えることがあるとすれば――。


 何度だって言う。

 神秘なんぞ最初から存在しなければ良かった。


 そうでしょう?綾乃さん?


「――そうね?イツカ?あんたの言っていることは正しいわ。神秘がこの世界するだけで、理を歪めているに等しい。

 もし、神秘がなければ、無駄な犠牲は生まれなかったかも知れない。神秘がなければ、こんな事件、起きなかったのかも知れない。

 でもね?残念ながら、神秘は実在するの。かつて、モーセが奇跡を起こしたように、我々人類には脈々と受け継がれてきた結晶があるの。

 それを悪用するやからがいるから、神秘は時に『毒』と言われるのよ……」


「綾乃さん……?だから、僕は神秘のことは嫌いですよ?こんな事件、正気じゃない。まるで狂気の一端にでも触れているようだ」


「あら?元々、世界は残酷よ?それに……イツカ、あんたは純粋過ぎるわ?」


「僕が純粋?」


「あんたはまだ社会を知らない青二才だって言うのよ?

 それに、神秘だって最近知った素人じゃない?」


「た、確かに、そうですが……」


 綾乃さんは焼けるような斜陽に笑顔を投影させた。


「その前にイツカ?あんた、私たちに先に断ることがあるんじゃないの?」


「はて?何のことですか?」


「勝手に突っ走ったことよ?」


「……アレは、そうしなければ、全滅していましたよ?」


「で、でも!私たちの気持ちも考えて……。

 もう誰かを失うことは懲り懲りなんだから……」


「前に殉職したと訊いた?悪魔祓いエクソシストさんのことですか?」


「そ。“アイツ”はいつもそうだった。

 周りを視ようとせず、勝手に突っ走る愚か者。

 あんたの影とよく重なるわ?」


 綾乃さんは悲しそうに瞼を伏せた。

 それだけで分かる。

 綾乃さんはきっと――。


「……好きだったんですね?その人のこと……」


 すると、どうだろうか?

 綾乃さんはみるみるうち顔を赤面させた。


「ち、違ッ!」


「――むしろ、好きだったのは私の方だったんだよ?」


「え?桜さんからも好意を抱かれていたんですか?その人は?謎に羨ましいのは何故でしょうか?」


「――主人公補正という奴だ。イツカ」


 佐々木さんは泰然と両腕を組むと、ウン、ウン。と頷いた。


 その人、さぞかしイケメンだったに違いない。

 だって、二人の美少女から好意を抱かれていたんだよ?

 普通だったら、あり得ない出来事だ。


「主人公補正ですか……。

 って何を言わせるんですか!佐々木さん!」


「ん?神成?俺は間違ったことを言っているか?」


「あはは……、あの人は確かにオーラが違ったから……」


「交際していた、お前ならよく分かっているはずだぞ?雛詩?」


「え?桜さんと交際して尚、綾乃さんから好意を抱かれるなんて、自分――殺意を抱いてもよいですか?」


「「ダ、ダメ!」だよ!」


 あらま?二人の呼吸はぴったり。

 きっと、おもい出の中でじっとしてくれとでも抜かすのだろう。

 それに、故人を冒涜ぼうとくするのはNG。

 これまでにしよう。


 雑談になるが、生き残った信者たちは手錠で柱に縛りつけているらしい。

 後で、土御門さんたちが回収に訪れるらしいが……。


「しっかし……、土御門さんか……。

 ――何者なんですか?」


「一言で――警視庁の万事屋よ?」


 綾乃さんは鋭い視線を僕へと向けた。


「はぅ~、警察にも何でも屋が存在するのですね?」


「何でも屋って言うか、とにかく、凄腕の警視正だよ!

 変態だけどね!」


「桜さんたちよりも階級が上だと……。

 それより、変態という一言は要らないのでは?」


「つまり、だ。俺たちの上司にあたる人物だ」


「女性なのですか?男性なのですか?」


「男性よ?何、女性の方が都合よかったのかしら?」


「別に僕はそんな意味で言ったわけじゃ――」


 そんな時だった。


『こちら、アース。ランディングゾーンに到着。待機する』

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