第31話 この黒歴史に救済を!




 さて、『ステルスヒッキー』とはなんぞや?と思考にふける方々もいることだし、一応、説明だけしよう。

 そのステルスヒッキーとは『ぼっち』のみに、脈々と継承されし、究極の極意である。

 自身の影を極限まで薄めることにより、その存在を『無』とする。

 これを極めれば、他者にまで応用が可能である。

 まるで、まろばしに近い技法ではないか?という質問に対して僕はその通りだと断言せざるを得ない。

 常日頃、変化する日常に対し、順応は不可欠である。


 では、前座はここまでにしよう。


「――イツカ!バフォメットのことは任せたぞ!」


「――任されました」


 佐々木さんは携帯端末を幽鬼のように起動させるや否や、それを鷹のように睨み、管理ルームへと火の粉を散らすように去って行った。

 残された僕は巨壁のように佇む壁を一人寂しく見つめていた。


 恐らく、この先に――。

 信者たちが必死になって守る――神秘が秘匿されているのだろう。


 ――“バフォメット”。


 通称――山羊頭の悪魔デーモン


 犬……!うぅ……!頭が痛い!


 って、そんなわけもなく、佐々木さんの情報によれば、ルシファー、ベルゼブブ、アスタルトに仕える上級第六悪魔の一人、大将サタナキアと同一視される大悪魔である。

 その格も、以前、死合ったラミーとは一線を画すだろう。

 果たして、僕にこのような――大物を狩ることができるだろうか?


 対峙するは醒めない悪夢。

 永遠と晴れない霧。


 なればこそ、僕は――!


 僕は大聖堂へと続く扉に手を掛けた。

 それだけで、歪な音色を響かせ、黄泉へと続く階段が幕を開ける。

 僕は導かれるがまま、その軌跡を辿った。


 刹那、視界に否応もなく映る一対の暗闇。

 まるで洞のように深淵は際限なく続いていた。

 そんな場所の中央に――。


 ――見上げるような巨大な『目玉』が浮いていた。


「これは、これは……。お初にお目にかかります。


 ――バフォメット様」


『誰かと想えば……、貴様か……』


 目玉がギョロリ。

 それだけで心臓が舐められているような気分だ。

 うぇ~気持ちが悪い。


「ナルホド……ネ?


 もう、僕の正体にはお気づきのようだ」


 僕は呆れたように口角を釣り上げた。

 対し、バフォメットの瞳孔はひっきりなしにうごめくばかりだ。


『我を狩りに訪れたのか?』


「そうだ」


『フッハハハッ……、我も情けない姿で降臨を果たしたものよ……

 本来の姿であれば、貴様なんぞ容易い

 いとも簡単に狩ってみせよう』


「それは、いつでも僕を殺せると、とらえてもよいのでしょうか?」


『そうだ』


「やれやれ……、僕も見縊みくびられたものだ」


 僕はサバイバルナイフをバフォメットへと突き立てようと、場を駆け抜けた。

 が、しかし、眼前にて阻められてしまう。

 おまけに視えない攻撃が僕を襲った。

 僕の鼻梁びりょうから微かな鮮血が血桜のように散った。

 そんな攻撃に、否応もなく僕は尋ねた。


「その前に一つ、お聞かせください……?」


『なんだ?』


「あなたか?佐々木さんを傷つけたのは?」


『何だ?そんなことか?』


 バフォメットは喜劇でも観ているかのように瞳孔を細めた。


『あぁ……、そうとも。

 貴様たちのパイロットを傷つけたのは我だ

 あれは、我の――呪詛だ』


「なるほど……、超次元的神秘が行使されたことは分かった」


 この哀れなる悪魔に神々の祝福を……!

 ついでにこの無宗教者には鉄槌を……!

 神様を冒涜するにもいい加減にしろ!


 僕はそんな祈りをめて、バフォメットにもう一度、サバイバルナイフを突き立てようとした。

 けれど、再び、眼前にて阻められてしまう。

 鼻梁から零れる血桜が強くなる。


「その呪詛とやらは随分と使い勝手がよいものです、ね!」


『我の呪詛を見縊るな。


 ――人間』


 僕がバフォメットから、飛び退いた時だった。


 背後から複数の気配がぽつり、ぽつり。


「――ええい!武士もののふたちよ、出合え、出合え!曲者くせものだ!」


 無数の信者が僕の眼前に立ちはだかる。


 刀、短刀、槍、鎖鎌、双節棍ヌンチャクなど、様々な武器を所持していた。

 僕は無言でサバイバルナイフを制服のジャケットの中へと仕舞うと、徒手を構えた。

 如何いかに、相手が敬虔けいけんな教徒だとしても、殺す道理はない。


 一ノ段。


 一人の信者の刀が咄嗟に閃いた。

 僕はそんな攻撃に対し、刀の横腹を殴ることにより、何とか事なきを得る。

 が、安堵に似た溜息を吐く僕とは裏腹に、身体をぐらつかせる信者。

 そんな信者に僕は裁きを与える。

 すぐさま、雷光のような足払いを仕掛けた。

 宙へと放り出される信者。

 僕はその水月に向けて、空間ごと捻った拳をぶち込んだ。

 彼はトラックと激突したように、明後日の方向へと吹き飛んで行った。


 二ノ段。


 すかさず、振り下ろされる短刀。

 僕のその短刀を真剣白刃取りのように咥えると、その胸元へと掌打を放った。


 三ノ段。


 槍が力任せに豪快に振るわれる。

 僕は咥えた短刀で槍の切っ先を受け止めると、唾でも吐くように短刀をその信者の左肩に向けて投げ飛ばした。

 信者は血桜を散らしながら、苦しそうにその場に沈んだ。


 四ノ段。


 鎖鎌が飛来してきた。

 僕は瞬時にその動作を視切ると、分銅を受け止める。

 しかし、腕に蛇のように絡まる鎖。

 それは、何よりもみにくく、僕へとへばりついた。

 瞬時に鎌が閃く。

 僕はその致命をスラリ。と避けた。

 そうして、鎖を引っ張り、僕の近くまで引き寄せた信者の水月に拳を捻じ込んだ。

 恨めしそうに倒れる哀れなる信者。

 そんな可哀想な顔はしないでおくれ。

 僕の情が移ってしまう。


 五ノ段。


 双節棍が連続して僕へと襲い掛かった。

 その猛攻は――嵐。

 双節棍の蓮華は非凡の域まで達していた。

 けれど、その致命を避けられないほど、僕も弱くはない。

 すかさず、間合いに入り込むと、その顎下を殴った。

 その信者は白目を剥き、気絶をしていた。




「――ば、馬鹿な……!猛者どもがこんなにもいとも容易く……!」




 残された信者たちは怯えていた。

 だが、その気持ちは分かるよ?

 まるで、悪夢を見ている気分だろう?


「……さて、遊びはここまでだ」


 僕はパチンッ。と手を叩いた。


「――その呪詛を解いてください。バフォメット様」


『使えんゴミクズ共め。たかが一人の人間にここまでしてやられるとは……!』


「ま、誠に申し訳ありません!

 私たちには、その足元にも及びませんでした!」


『まぁ、よい。

 潔く貴様の相手をしてやる』


 バフォメットの瞳孔がギョロリ。と牙を剥いた。

 厳密に言えば、その瞳から零れた荷電粒子砲チャージ・フォトン・キャノン

 それは、地面に転がる信者たち諸共、一掃すると、僕に獅子の如く牙を剥いた。


「――クソッ!敵も味方も見境なしか!」


『当然だ』


 僕は想わず義憤に駆られた。

 こんなやり方――間違っている。

 他者を犠牲にしてまでも、自己エゴを押しつけるなんて、間違っている。


 僕は制服のジャケットからサバイバルナイフを取り出すと、盗賊のように逆手に構え、その荷電粒子砲に猪突猛進。

 その呑むような輝きを一切悉ことごとくを切裂いた。


『……ほう。我の呪詛を切裂くか?

 貴様、相当な腕前を持つ。

 どうだ?対魔官より、我ら邪神教の使徒にならぬか?』


「生憎、宗教は間に合っています。

 僕は仏教一択です!」


『愚かな釈迦の教えを信じるか?


 フンッ……、小賢しい』


「神様を否定しているあなたには、当然、僕の気持ちは分かりません、よ!」


 僕は荷電粒子砲を掻い潜りながら、何とかバフォメットに近づこうとする。

 しかし――本当の意味で無駄だった。

 僕のサバイバルナイフを幾重にも阻む呪詛。

 それが、邪魔で近づけやしない。

 それに、またしても、視えない攻撃が僕の身体を切裂いた。


 容赦なくほとばしる血桜。


「――ッ!」


 クソッ!このままじゃ、ジリ貧だ!

 何とかして、この戦況を突破しなくては……。

 それに――必要だ。

 この戦況を変えてくれる特別な出来事が必要だ。


 ――その時だった。


「――『アルカナ』を創りし者たちよ。我に『翼』を授けたまえ。

『ワイルド』の底知れぬ力と共に、汝を示さん!

 ――『ブラスト』!」


 背後から、確かな救済を僕は聴いた。




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