第30話 なぜか僕の選択肢は間違っている。



 これが――『サンクチュアリ』。

 神域と謳われた唯一の境界線。


 現在いま、僕たちはそんな領域を侵している。

 勿論、罪を重ねたくて、そんな行動をとっているわけじゃない。


 考えてみて欲しい。

 僕たちの身に一体、何が起きたのか?

 何があって、こんな破目になっているのか?


 常に行動には理由が付きまとう。

 理由が付きまとうからこそ、僕たち人類は運命を強いられている。


「――イツカ?背後も気にしろよ?いつ信者が襲い掛かってくるとも限らん」


「――分かっていますよ?佐々木さん……」


「――イツカ君?バフォメット以外は、出来たら殺めないで物事を解決して欲しいな?」


「桜さん?僕はいつから殺人鬼リッパーへと堕ちたのですか?」


「――それぐらい、この状況が危機的なのよ?少しは察しなさいよ?」


「綾乃さん?誰が好き好んで、この任務を引き受けたと想っているんですか?」


 これが、サンクチュアリを侵されたという復讐心。

 やけに熱烈だね?

 そんな言葉を体現しているかの如くサンクチュアリ内は汚泥のようによどみ、はたまた、熱々の釜のように煮えたぎっていた。

 その領域を僕たちは闇夜に潜み、時々たまに隠密のように歩み、進む。

 道中、血眼で僕たちを探す信者とすれ違いそうになる。

 が、僕たちにとってみれば、このような出来事――容易い。

 木々の影に隠れることにより、難なくその危機から脱した。


 流石はS.I.O.。

 伊達に隠密の動作を真似ているわけじゃないという訳か。

 特務機関だけある。


 僕はフンッ。と頷くと、遠くからミュージック・ボックスのように流れるその吐息に耳を傾けた。


「――どうやら、我がサンクチュアリ内に何者かが侵入したようだ!」


「――あぁ……!バフォメット様の名に懸けて、ここを通すわけにはいかぬ!」


「――バフォメット様よ!どうかお救いを……!」


 おー、怖い、怖い。

 頭がイカれているって、はっきり分かるね?

 まさか、この平和な日本国内に未だこんな連中が存在しているとは、……恐れ入ったよ。


 綾乃さんも確かにその言葉を聴いたのだろう。

 困ったように眉をひそめた。


「奴らも必死ね?」


「そりゃ、そうでしょ?後少しで王手ですよ?

 その鼓動は確かに伝わってきます」


「そりゃ、そうだけど……。

 普通、ここまで必死なるかしら?」


「それだけ、奴らが守るバフォメット様とやらが大事なのでしょうよ」


 桜さんの頭にはあからさまな疑問符が浮かぶ。


「ねぇ、ねぇ、イツカ君?やっぱり、バフォメットって『存命』しているのかな?」


「さぁ?僕に訊かれても、オカルトはてんで分かりませんよ?

 ですが、奴らの口調からオカルト的に言えば、存命しているのは確かでは?」


 佐々木さんはショットガンの柄で肩をポンポン。と叩いた。


「あぁ……、この科学の時代に悪魔が存在しているとは、何か中世の時代にでも迷い込んだ気分だ」


「佐々木さん?悪魔を祓った僕の言える立場じゃありませんが、悪魔は確かに存在しています。しかも、人間という命を糧に……。

 僕も命を狙われた理由わけじゃありませんから」


「そうだったな?イツカは悪魔と実際に闘ったんだったな?それなら既に、奴らの実力も把握済みなのか?」


「まぁ、計算上ですが、ラミーよりは一線を画すのではないでしょうか?

 それでも、バフォメットに関しては些か情報が不足しています。

 てか、よくそんな憶測でサンクチュアリを侵そうと踏切ましたね?」


「私たちも必死だったのよ。これ以上に犠牲者は増やせないし。何よりも、市民たちからすれば、邪神教なんて、害悪でしかないわ?」


「そりゃ、そうだけど……、普通は令状とかが必要でしょう?確実とした手段をとるのが普通なのでは?」


「まぁね?イツカ君。でも、私たちはS.I.O.だよ?

 普通の人間では裁けない事件を追いかける組織だよ?

 もしかしたら、私たちのニーチェ先生が『人生を危険にさらせ』と言っているのかも知れないね!」


洒落しゃれになってないから……」


 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。

 誰が上手いことをいえと言った!

 こちとら、本当に生命の危機だよ!


 そんな僕の意思などさて置き、三人はどんどん前へと歩み、進んだ。

 そうして、辿り着いた怪しげな施設の前。

 眼前には複数の信者たちが復讐鬼のように松明を揺らめかせていた。


「イツカ?あんたなら、この状況をどう切り伏せる?」


「ほえ?僕ですか?僕だったら――」


「敵兵を誘い出して仕留める」と素直に答えた。

 だって、それが一番の近道でしょう?

 まぁ、時間もたっぷりあることだし、興じることはどうだろうか?

 と提案してみた。


 綾乃さんはうん、うん。と頷いた。

「けれど――」と綾乃さんはくぐもった。


「半分正解で、半分間違いよ?イツカ?」


「理由を訊いても?」


「私たちはチームよ?チームを活かす行動がとれなきゃ、正解だとは言えないわ?」


「失礼ですが、もう一つの案は、誰かを囮にして先に進むですよ?」


「そ、それこそダメよ!せっかくのチームを殺しているようなモノだわ!」


「では、綾乃さんの案をお聞かせください」


 綾乃さんは顔を風船のように膨らませた。


「コ、コイツ……!」


「おや?その顔は本部からもまともな指示を受けてないと想えますね?もしかして、僕の案が採用ですか?」


『大人しく、悪魔祓いさんの案に従おうよ?綾乃ちゃん』


 と三人の耳に取り付けた無線から、幼い声色が漏れる。


「で、でも!」


『門番は何人?隠密に先に進むためには犠牲が必然的だよ?ここは悪魔祓いさんの案に――』


「――分かったわよ!やれば、良いのでしょう!」


 綾乃さんは緩やかに舌打ちを打つと、桜さんと佐々木さんの顔を交互に一瞥いちべつした。


「あ、綾乃ちゃん……」


「で、誰が囮になる?」


「人選からして、俺だろう?」


「相手は呪詛を秘めているかも知れない連中ですよ?佐々木さんは大人しく施設の管理ルームを乗っ取ってください」


 綾乃さんは屈託のない笑みを浮かべた。


「じゃあ、僕と佐々木さんが施設内に侵入するので、後のことはヨロシク!アディオス!」


 僕は木陰の中からゆるり。と身体を抜き出した。

 つられて、佐々木さんも僕の背後に隠れる。


「いつになく、平和だな?」


「馬鹿!こういう時は、な!嵐の前の静けさって言うんだよ!」


 よく分かっているじゃないか。

 警護を緩めた瞬間、お前たちの最後だ。


「――今です」


 僕はぼそり。


 綾乃さんと桜さんが疾風のように場を駆けると、門番たちと小競り合いを始めた。


「警察だ!大人しく、その場に伏せろ!」


「警告する!お前たちに逃げ場はない!」


 彼女たちは腰に添えた拳銃をガンスリンガーのように構えた。


「け、警察だと!?それなら、先ほどのヘリも……!」


「行きましょう?佐々木さん?」


「あ、あぁ!」


 僕たちは忍ぶ者のように影を薄めると、総本山に問題なく侵入を果たした。


 僕はその極意『ステルスヒッキー』の便利さに人知れず眉をひそめていた。



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