第28話 厨二病乙!
『――桜ちゃん!綾乃ちゃん!佐々木さん!
――応答して!』
まるで心に語り掛けてくるような幼い声色が聴こえる。
僕たちはそんな『声』の光に導かれて、意識を覚醒させた。
「うッ……」
「ここ……、は……?」
「……私たち、生きているのよね?」
「…………ッ」
操縦桿に一番近かった僕は無線へと縋るように手を伸ばした。
「――こちら、サジタリウス。……全員無事だ。
……が、佐々木さんとやらが負傷している。
……至急、救援ヘリを送ってくれ」
『あなたは!?』
僕は絞るように声を吐き出した。
「……僕の名前はイツカ。
……あなた方の室長――志乃さん、いや、滋岳さんの協力者だ」
『あなたが噂に訊いていた――
無線の奥からグッ。と息を飲む声色が聴こえる。
「……僕は悪魔祓いになった覚えはありません。
それよりも、至急ヘリを――」
「――それが、できないんです!その一帯の霧が濃くて――」
僕はその言葉の意味を理解するや否や、すぐさま無線をプツリ。と切った。
どうやら、僕たちは孤立無援らしい。
さて、どうやってこの状況を切り抜けようか?
「桜さん?綾乃さん?佐々木さん?生きていますか?」
「何とか……、な……」
佐々木さんは痛そうに胸板を押さえていた。
その漆黒の軍事用ハイテクスーツにはザクロのような切り傷が刻まれていた。
「……その傷を見る限り、大丈夫ではありませんね?」
「……俺のことは問題ない。……所詮はパイロットだ。
……問題は雛詩と神成だ」
佐々木さんはもがくようにその場に倒れる桜さんと綾乃さんを
頭痛でもするのだろうか?綾乃さんは頭を押さえながらも、確かに頷いた。
「……私たちは問題ではありません。……桜?佐々木さんの傷の回復を、お願い」
「……うん。……分かっている」
桜さんは身体を亡者の如く引きずると、
「ガイアの癒しと恵みをこの者に与えよ……!
――『スペクトル』」
すると、どうだろうか?
あら、不思議?
佐々木さんの傷口がみるみる活性化していくではないか?
これが、オカルトの力。
まさしく、時の逆行。
――『巻き戻し』
対魔官にのみ許された根源への接続。
魔法とは正しく、万能の医療である。
そう考えるには早計だろうか?
開いた傷が完全に再生したのであろう。
佐々木さんは穏やかな溜息を零した。
「……ありがとう。――雛詩」
「……礼には及びませんよ?」
佐々木さんは漆黒のヘルメット中、まるで微笑んでいるようであった。
「……さて、問題は――」
「――分かっているわよ」
綾乃さんは身体を引きずらせると、堕ちたヘリから抜け出した。
「……まず、このヘリから抜けましょう?」
僕も堪らなく外界の空気が吸いたかった。
釣られて、全員がヘリの外へと脱出した。
が、しかし、外界はまるで禁止区域のように澱んでいた。
否、霧が支配しているといった方が正しいか?
「……ここが、……サンクチュアリ」
「……そう、みたいね?」
綾乃さんはブォン。と立体画面を表示させる携帯端末に視線を落とした。
桜さんも、佐々木さんも、綾乃さんの行動を真似るように己の携帯端末を起動させる。
「……
「……あぁ、これで任務の続行は可能になったに近しい。
が――。」
「――問題は、イツカですよね?」
綾乃さんは疲れたように瞼を落とした。
「……そうだ」
「……どういう意味ですか?」
「イツカ?あんたは無線もなければ、この端末さえ所持していない。
この意味が分からないほどあなたは愚かじゃ、ないでしょう?」
あ、そっか……。
僕は納得したようにウンウン。と頷いた。
「……僕は完全なる『部外者』。ましてや、任務に支障がでないように装備が与えられなかった。
だから、僕は『ネイキッド』なのですね?
最初から、使い捨ての駒だった。という意味なのですね?
……やれ、志乃さんも困った人だ」
「室長もそこまで想定していたわけじゃ、ないと想うわよ?
このすべてが一連とした事故よ?」
「ですが、僕は無理やり『忠誠』を強いられている。違いませんか?」
「……イ、イツカ君?」
桜さんは困ったように額に手を当てた。
「……室長もきっと意識の範囲外だったんだよ」
「……何が起きるか、分からない。
だから、僕を連れてきた。
まるで、こう仕組まれていたように……」
「……なぁ?イツカ?室長はきっとお前に『期待』していたんだ?
でなければ、学生にこんな過酷な因果を突きつけるはずがない」
「……ははッ?期待?笑わせないでくださいよ……」
僕は呆れたように口角を歪めた。
「僕は単なる学生ですよ?あの時の悪魔退治はたまたま運が良かっただけ……。
よいですか?僕は望まれて、こんな場所にいるんじゃない」
「……イツカ」
綾乃さんの真横を悲しそうな風が通り過ぎていった。
だからと言って、そんな視線を彼女から向けられる筋合いはないのだよ?
神様は乗り越えられる試練しか与えないのだから。
僕は「やれやれ……」と首を振ると、思考を切り替えたように辺りの分析を始めた。
「とにもかくにも、この後の行動はどうするんですか?綾乃さん?」
綾乃さんへと視線を投げかける。
「そ、その……!良いの……?」
僕が志乃さんの掌で踊らされているとしても、やる事は変わらない。
バフォメットを討伐しなければ、どのみち悪夢は晴れないのである。
だったら、僕のとる行動は一つ。
「慣れましたよ……。この程度、誤差に過ぎません」
すると、彼女はくすぐったそうに微笑んだ。
「……ありがとう。……イツカ」
綾乃さんは伏せた瞳を持ち上げると、そう高らかに宣言した。
「これより、オペレーション・アタランテを開始するわ!」
「厨二病乙!」
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