第27話 孤独な犠牲者




「――こ、こんにちは!」


 僕は貴族のように椅子に腰掛けた唐紅からくれないの美少女に声を掛けた。

 た、確か……?アヤノさんだっけ?


 アヤノさんは僕をその美麗な師玉に映すや否や、口角をまるで三日月のように歪めた。


「――あら?昨日ぶりかしら?……“犠牲者”さん?」


「……犠牲者?」


 はて、彼女は一体何を言っているのだろうか?

 僕は真偽を問いただそうと、彼女の一対の唐紅の師玉を見つめ返した。


「私たちS.I.O.に巻き込まれてしまった民間人のことよ?尚且つ、室長に捜査の依頼を強制させられた。

 これを、犠牲者と呼ばずにして、何て言うのかしら?」


 確かに……。あの時の僕に選択権はなかった。

 あるのは、歪な選択肢だけ。

 僕は志乃さんに強制されたのである。

 でなければ、今頃、僕は隔離病棟に一直線である。


「――まぁ、そういう時もあるよ!イツカ君!一緒に頑張ろう!」


 桜さんが境界線に残された僕を奮い立たせてくれる。

 ……結婚しよ。


 僕は脳裏を一色に染め上げる桃色を振り払うと、想いだしたようにアヤノさんに尋ねた。


「あ、あのぅ……、アヤノさんの本名は何て、言うのですか?」


 僕は彼女の本名を知らない。

 それに、いつまでも、アヤノさんじゃ、親近感も湧かないし、何よりも不便でしょう?


「――私のこと?私の名前は――“神成綾乃しんじょう あやの”。『精霊使いエレメンタラー』よ?」


 綾乃さんは唐紅の髪を発光させた。

 まるでその情景は月光に照らされた線香花火のようである。


「せ、精霊使い?」


「まぁ、精霊を操ることができる魔法使いウィッチみたなものだと、考えて頂戴」


「そもそも問題、精霊とは……?」


「精霊とはこの世界に住まう万物に宿る魂のことよ?私はその中でも炎の精霊たちを操ることに長けているの」


 何を言っているんだろうか?

 てんで理解が追い付かないゾ。

 もしかして、彼女もオカルトに汚染された電波さんなのだろうか?

 いや、既に手遅れか……。


「今、失礼なことを考えなかった?」


「考えていません」


 僕は内心焦りながらも、彼女と真摯しんしに向き合った。


「まぁ、今すぐに信じろとは言わないわ?ゆっくりとその末端から世界の秘密に近づいていけば良いのよ」


「……世界の秘密か」


 オカルトとは、超次元的神秘、この世で言い表せない行為を指し示すのではないだろうか?

 例えば、目に視えない世界とか。

 スピリチュアルや占いなどが身近なオカルトと呼べるのではないだろうか?


「……そう言えば、桜さんは何の能力者なんですか?」


「わ、私!?」


 突然、話しを振られて困惑したのだろう。

 桜さんは慌てていた。

 あらまぁ、内面と外面がよく一致していること。


 そんな彼女の代弁を務めるかのように綾乃さんが冷徹に口を開いた。


「――『魔法少女プエッラ・マギ』よ?最も、もう少女とは言えない年齢だけどね?」


「あ、綾乃ちゃん!」


 桜さんは恥ずかしそうに首をブンブン。と振った。


「ち、違うし!私はもう立派な魔法使い兼、対魔官だよ!」


「立派な対魔官であることは認めるけど……、魔法少女は卒業しないって言ってなかったかしら?アレは嘘?」


「むぅー!綾乃ちゃんのイジワル!」


「イジワルじゃありませーん。事実を述べたまででーす」


 綾乃さんは皮肉気に顔を歪めていた。

 対し、桜さんは顔を風船のように膨らませている。


「そ、そう言う所が、イジワルって言うんだよ!」


 僕の視界の中で二人の美少女がじゃれている。

 これこそ眼福。

 いつから、ここは高天原へと化けたのか。


「何か、土御門さんのような視線を感じる……」


「うん。確かに……、ね?」


 心外だ!その土御門さんが何者かは知らないけれど、心外だ!


「ちゅーか?今日はどこまで向かうのですか?」


「邪神教――総本山。つまりサンクチュアリよ?室長から訊いてないの?」


「訊いていますよ?が、場所など任務内容など詳しい詳細は知らされていません」


「場所は岐阜県の山中。そこに隠されたサンクチュアリがあるの。

 そのサンクチュアリが邪神教の――総本山だと土御門さんからの報告があったのよ」


 土御門さんってスゲー。

 この前もそうだし、まるで何でも屋じゃん!


「それで?その場所を訪ねてどうするんですか?」


「訪ねるんじゃなわいよ?……破壊するの」


 綾乃さんは一変、愉悦。

 悪魔のように微笑んだ。


「オオ……、ジーザス……」


 なんて、物騒な話しだろうか?

 まさか、令状もなしに咄嗟に行動を起こすとは、まさしく秘匿されし特務機関。


「って、そんな大事な捜査に僕を呼んで良かったのですか?

 チーム・プレイなど僕は大の苦手ですよ?」


「私たちはあくまでも、あんたのサポート。

 悔しいけど、今回は民間人に協力を要請するしかなかったのよ……。

 それに、上級悪魔を祓える人間なんて、私たちの組織にはもういなから……」


 綾乃さんの視線に影が落ちる。


「かつては所属していたのですか?」


「えぇ……、そうよ」


「殉職しちゃったの……」


 桜さんの視線にも同じく影が落ちる。


「ま、まぁ、それで僕が今回の主役に抜擢されたと言うわけですね?」


 すると、どうだろうか?

 綾乃さんは唐紅の髪をおもむろに発光させた。


「調子づけば――死ぬわよ?イツカ?」


 桜さんも真剣な眼差しを僕に向ける。


「イツカ君?油断は禁物だよ?」


「わ、分かりました!」


 でも、僕は自ら望んでここにいるわけじゃない。

 それこそ、選択されたが故に、決定された不可視の逆光だ。

 果たして、これが正当な大人たちのやる行為なのだろうか?


「それで?敵の情報はどうなんでしょうか?」


「大将はバフォメットよ」


「――バフォメット?」


「『黒ミサ』を司る山羊頭の悪魔デーモンだよ?」


 桜さんは豊満なお胸に手を添えた。


「黒ミサとは?」


「神様を冒涜することを旨とした儀式のことだよ?」


 神様が可哀想。

 何も、悪いことはしていないのに……。


「要はそのバフォメット様、率いる邪神教徒の一掃ですよね?」


「一掃とは物騒な物言いね?ただ、逮捕するだけよ?」


「ほえ?そんな法律ありましたっけ?確か、憲法だと、信教の自由だとか……」


「関係ないわ」


「か、関係、ありますよ……」


「それなら、現在いま、作ったのよ。それに奴らは人殺しを何とも想っていない。

 私たちの捜査によれば、その犠牲者は十もくだらないわ?」


「そ、そんなに大勢なのですか?」


「えぇ、きっと、秘密裏に処理されたのよ。

 それより、イツカ君?

 年間の行方不明者数をご存知かしら?」


「年間の行方不明者数ですか?」


 僕は思考を絞った。


 うーん、分からないや。


「はて、皆目見当がつきません」


 綾乃さんは冷静に僕の瞳を見つめ、そう言った。


「凡そ――八万人よ?

 その内の一体、何人がオカルトの犠牲になっていることやら……」


 綾乃さんはやれやれと両肩を落とした。

 対し、桜さんは熱意を燃やす。


「だから!私たちのような特務機関があるの!

 そんなよこしまな手から民間人を守るために私たちS.I.O.が存在するの!」


 S.I.O.とは国家を影から守る特務機関である。

 人の手には余る神秘の行使から人々を守るために存在している。

 所謂、目には目を……。

 歯には歯を……。

 オカルトにはオカルトを……。


 ――この判断で間違ってないよね?




 ――その時だった。




『――前方に雲!』


「「――ほえ?」」


「――は?」


 辺りに『霧』が立ち込める。

 何だ?この霧は?

 まるで亡霊のようだ。


「まずいわ!“佐々木”さんが気絶している!」


 それだけでヘリがぐらつく。

 操縦者を失ったヘリは難破船のようであった。


「――『アルカナ』を創りし者たちよ。我に『翼』を授けたまえ。

『ワイルド』の底知れぬ力と共に、汝を示さん!

 ――『スフィア』」


 桜さんが背負った杖を颯爽と掲げた。

 杖から圧縮された粒子が零れる。


「お、重い……!」


 彼女の呪文のおかげで何とかヘリは保っているらしい。

 それでも――。


「流石に限界か……」


 僕は佐々木さんと呼ばれた人を退かすと操縦桿を握った。


「そ、操作の仕方が分かるの!?」


「分かるわけがないでしょう!?

 では、一体、誰が操縦するんですか!?」


「そ、それは……!」


「いいから、頭をさげろ!」


 僕は我武者羅に操縦桿を持ち上げる。


「上がれえええええ!」


 桜さんが更に杖の呪文によるブーストを掛けた。


「風よ!獣の楔をいざ、解き放たん!

 ――『サイス』」


 ようやく軌道を持ち直したヘリコプター。

 が――しかし、その眼前には見上げるような山が佇んでいた。


「――堕ちる!」


 こんな所で、人生が終わるのか?

 こんな小間使いのような人生で一生を終えるのか?

 そんなこと、絶対に嫌だ!


 ――頼む!

 その刹那、僕に与えてくれ!


 心臓がドキリ。と跳ねる。

 緊張のせいか、汗も止まらない。


 けど、悪くない。

 この自然と零れる感覚は僕を至福へと導く。


 一種のアドレナリンの放出なのかな?

 それとも、走馬燈なのかな?


 緩慢となった世界の中、僕は確かに紡がれた言ノ葉を聴いた。


『――Let’s Play Game?』


 僕の決意は揺るがなかった。


「――うん」


『OK!――Maximum Drive!』



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