第26話 ようこそ!オカルトの世界へ!




 僕は高野さんを近くの駅まで見送った。


「――ありがとう、……イツカ。今日は楽しかったわ

 また明日……」


「――うん、また明日」


 彼女は屈託のない笑顔を浮かべるや否や、人混みの中へと夏影のように溶けていった。


 そんな日常を僕はしみじみ。と噛み締めていた。

 浦松君たちに襲撃されなければ、まことに今日はよい一日だった。


 でもさ?

 神様は僕にどこまでも試練を課すらしい。


 まるで、ここから先が地獄だと知らしめるような……。

 もしかして、神様は僕のことが本当は嫌いなのかも知れない。


 懐に仕舞っていたはずの携帯端末の着信音が鼓膜へと仄かに突き刺さる。

 僕はスッ。と端末を懐の中から取り出した。


「――え?」


 僕が想わず画面を凝視した。


 ――志乃さんからだった。


 僕は途端に恐怖に駆られた。

 どうして、彼女が僕の携帯番号を知っている?

 もしかして、知らず内に個人情報を抜き取られたとでも言うのか?


 僕は同時にガックシ。と落胆した。


 こんな結末を望んだわけじゃない。

 S.I.O.と関わる結末なんて、たかが知れている。

 それこそ、混沌に満ちた代物に違いない。


 僕は無視しようと、携帯端末から視線を逸らした。

 が、生憎あいにく、僕が協力するのはS.I.O.という悪夢のような特務機関。

 どうやら、一筋縄ではいかないらしい。


 次はメッセージで丁寧な忠告が送られてきた。



 ――おまえをみているぞ。




「…………」


 僕は周囲を鷹のように見渡した。

 すると、防犯カメラらしき物体の影が数十体。


 まるで――宙に浮かんでいた。


 僕はその物体の一つを獅子の如く睨みつける。

 それだけで、その物体はこの世界から消滅した。

 どういう原理をしているのだろうか?

 これもオカルトの範疇はんちゅうだと抜かすのだろうか?

 まぁ、僕には関係ないことだけど……。


 もう一度、音声を響かせる携帯端末。

 次は素直にその着信に僕は応じた。


「……はい?……もしもし?」


『ヤッホー!イツカ君!元気にしていた?』


「昨日、会ったばかりじゃないですか……」


『そう落ち込まない!運気が逃げて行くわよ!』


「志乃さんからの連絡がきた時点で、僕の運気はだだ下がりですよ?」


『もう!そんなこと言わないで!こっちのテンションもだだ下がりになるわ?』


 僕は視界の先を朧気おぼろげに睨んだ。

 相も変わらず、帰宅ラッシュの人混みの光が自棄に目に入る。


 僕はこれから仕事だよ?

 それも無給で、無休で、無窮な、とにかく、生死もいとわない酷使される仕事だよ?

 オオ……、ジーザス……。


 神様?僕はあなたに何か悪いことをしましたか?

 答えは否ですよね?

 僕は全面的にあなたを信じ、ここまで敬虔けいけんに信仰してきました。

 けどね?けれどね?

 僕が一方的に『悪い』という理由は、誰にもとがめられる必要もないのだよ?


 僕は諦めたように瞳を細めた。


「――どうでもよいので、用件だけでも伝えてもらえませんか?」


『そうね?単刀直入に言うわ?

 あなたが昨日、襲われた悪魔――アレを憶えているかしら?』


「運命的な出会いでしたからね?あのような苦い経験を忘れられるほど僕も野暮じゃ、ありませんよ?」


『そ?僥倖ぎょうこうね?』


「……何が?」


『アレを崇拝する邪神教の『サンクチュアリ』を発見したのよ』


 ――サンクチュアリ。


 神聖な場所を指し示す言葉である。

 特に、宗教によっては聖域として指定している。


「お仕事が早いことは?よいことです?

 しかし、分かりませんね?その事件と、僕がどのような関係性が?」


『あなたの力を貸して欲しいの。

 相手は最近、巷を騒がせている邪神教。何をしでかすか、分からないわ?

“土御門”の捜査によれば、裏で上級悪魔が暗躍しているとか……』


「……いや、です?」


『あら?あなたに拒否権があるとでも?』


「やれやれ……、だぜ……」


 僕は深く溜息を零した。

 まことS.I.O.とは厄介事を運んでくる機関である。

 否、それに特化した300委員会のような代物か?


『それでね?ヘリで迎えに行くから、近くのビルの屋上にきてくれないかしら?ランディングゾーンを指定するから』


「……了解です」


『えぇ……、とね?駅の隣のビル!あそこをランディングゾーンに指定するわ!』


「……やはり、位置情報まで把握済みでしたか」


 なんて奴らなの?

 国家権力をMAXで活用し過ぎだろうに。


『あら?あなたはもう、立派な対魔官……。階級が――ないとはしても、あなたはもう、私たちの所有物なのよ?』


「……物になった覚えはありませんが、それは?」


『――関係ないわ?』


「……関係あるから」


 僕の声を遮るように志乃さんは言葉を続けた。


『まぁ、あなたなら、あのビル屋上までひとっ飛びでしょ?』


「僕はどこぞの蜘蛛男か何かですか!?」


『いいから、は・や・く!隔離病棟にぶち込むわよ!』


「――イ、イエス、マム!」


 僕は人混みを抜けると、隠れるようにビルの隙間に潜り込んだ。

 そして、宙を蹴り上げる。


 その勢いに身が竦みそうだ。

 でも、これこそが、僕の身体に起きた一つの変化。

 超人のように至ってしまった僕を戦場へと駆り立てる。


 辿り着いた屋上には既に光学迷彩を取り払った最新鋭のヘリが佇んでいた。

 その奥から一人の美少女が僕に対し、手を差し伸べる。


「――イツカ君!乗って!」


 桜さんに導かれるがまま、僕はヘリへと乗車した。


『上昇開始』


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