第25話 どうしてこうなった! 




 生徒指導室から解放された僕は校門に向かって歩いていた。

 その際、偶然にも高野さんと遭遇を果たした。

 否、彼女が一方的に僕を待っていた方が正しいか?


「――おっそい!何分待たせるのよ!」


「えぇ……」


――高野愛梨たかの あいり


 その名前を校内で知らぬ者はいない。

 曰く、男を喰った数は千人に達するとか。

 曰く、その美麗さと裏腹に腹には悪魔を抱えているとか。

 曰く、ヒエラルキーの頂点に君臨し、その頂点から下界を見下ろしているとか。

 とにかく、噂が絶えぬギャルであり、僕にとってみれば、謎の美少女だ。


 高野さんは泰然と両腕を組み、僕をまるで見下ろしていた。


 うぅ……、眩しい!

 これが、ヒエラルキーの頂点に君臨する者の余裕という貫禄か!


「ほら?映画に行くんでしょ?」


「それって?まさか……、今日?」


「当たり前でしょう?決めたら、すぐ行動!それが、私の本分よ!」


 彼女はビシッと人差し指を突き付けた。


「ナルホド……ネ?」


 どうやら、僕に拒否権はないらしい。


 僕は呆れたように瞳を細めた。


「ちゅーか?ドラゴンボウズに興味あるの?」


「ない……、けど?」


「無理して行く必要はないんじゃない?」


「け、けど、それは、お前との約束だから……」


「約束ね……」


 高野さんは僕の腕を「ほら!行くわよ!」と、頬を赤らめながら引っ張った。

 僕はその勢いに流されて、彼女へとうっかり寄り添ってしまった。


 丘に昇る夕陽が二つの影法師を重ねた。


「…………」


「…………」


 高野さんは恥ずかしそうに視線を逸らながら、口を開いた。


「それに……、嬉しかったから……」


「嬉しい……?」


「誰かに守ってもらえるなんて『奇跡』だと想ったから……」


 かつては僕を見下していたのに……。

 でも、そんな恨みさえ吹き飛んでしまうような、とにかく今の彼女は可愛かった。


「そりゃ、僕を買被り過ぎない?」


「ううん……」


 君はこんな炎天下の中でも咲いたヒマワリのように微笑んでいたね?


「お前なら、きっと、私を助けてくれるって……、信じていた」


 僕はその笑顔に惹かれて、くすり。と笑みを零してしまった。


「まったく……、僕が助けてなきゃ、どうなっていたことやら……」


「さぁ?こんな運命なんて、なかったのかも知れない」


◆◇◆◇◆


「――以外と面白いじゃない!」


 高野さんは咲いたように微笑んだ。


「でしょ!?でしょ!?」


 僕も満足そうに微笑んだ。


 僕たちは劇場近くのハイカラな喫茶店で映画の余韻に浸っていた。


「しっかし、まさか……、あぁ、なるとはね?最強VS最強って奴?」


「だよね~」


 高野さんは美味しそうに瞬くようなグレープ・フルーツ・ジュースを一口。

 美味しそうだな?

 僕も一口、貰うとしよう。


「にしても……」


「――何?」


「どうして、お前はそこまで『強く』なったの?

 入学当初はあんなに怯えていたじゃない?

 まるで見違えるほどの別人よね?

 もしかして、度々、意識を失うことと関係しているの?」


 確かに、僕は日常生活――学校内においても、意識を失い、保健室に通うことが多かった。

 が、それも一年も経てば、この有り様だ。

 最近もごく稀に意識を失うこともあったが、それでも日常生活を簡単に過ごせるまでは落ち着いてきた。

 この前の意識を失ったことは久しぶりだったのである。


「そ、それは!ほら!身体を鍛えた結果だよ!」


「身体を単に鍛えるだけで、浦松たちに勝てる――脳筋野郎はお前だけよ?

アイツらの強さはまた、格別なんだから!それに、伊達に『喧嘩番長』の称号は嘘じゃないんだから!」


「うへぇ……、喧嘩番長なんて、今の時代に合ってないよ?情けなくないの?」


「知らないわよ……。私はただ、強い人間について行っただけ……。それが、すべてだと今までは想っていたわ」


 高野さんは一輪、映えるように微笑んだ。


「でも……、違った!スッキリしたわ!浦松たちを逆にギャフン。と言わせるなんて……。三浦の奴なんてザマーみろよ!」


「えぇ……、それは飛んで火に入る夏の虫では?」


「私は虫になった覚えはないわよ?」


「そ、そういう意味では……」


 高野さんは暑そうに団扇をパタパタ。と叩いていた。

 それだけで胸元に零れる秘蔵の雫。

 まるで星屑のように輝き、尚且つ、つややかだった。


「どこ見てんのよ?」


「い、いやぁ~、何でもない」


「これだから、童貞は困るのよ」


「ど、童貞ちゃうし……!」


「そう?匂いでそう感じただけよ?」


 ほえ?オカシイな?

 童貞って匂いで分かるんだっけ?

 この娘、恐ろしい鑑定眼を持ってやがる!


 そんな驚く僕を差し置いて、彼女は言葉を続けた。


「ねぇ?もう少しで夏休みでしょ?

二人で、どこか遠くに遊びに行かない?」


「その誘いは嬉しいんだけど……、金銭的に余裕が……」


「独り暮らしでもしているの?」


「そうだけど?」


「あらそう?それなら、今度、遊びに行くから」


「あら?どうして、そうなるのかしら?」


 わけが分からないよ……。


 僕は高野さんのことを心の底から信用したわけじゃない。

 だって、ギャルだし。

 僕をいじめていた張本人の一人だよ?

 そう易々と信じられるほど、僕はお人よしじゃない。


「いいでしょう?どうせ、暇を持て余しているんでしょう?」


「そ、そうだけど?」


「バイトは?」


「……今はしていない」


「そ?なら、時間的にも余裕があるわね?」


 不思議だね?

 何か一方的にこちらが押されているような気がする。


「い、いや~、でも、恥ずかしいな?」


「女子を部屋に招くことは初めて?」


「うん!……てか、誰も入れたことがない」


「家族も?」


「か、家族は別だよ!」


「そ?じゃあ、良かったじゃない。

ほら、友達一号」


彼女はラ〇ンのORコードを僕へと見せつけた。


「…………」


 僕に拒否権はないのかな?


「ほら!早く!」


「あ!えぇ……と!よろしく、お願いしまぁぁぁす!」


 ポチッ。とな。


 カラン。とコップの氷が音を立てた。




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