第21話 モンスター狩りの夜




 巣穴の中は汚泥のように澱んでいた。

 それも、そのはずだ。

 だって、辺りにはあらゆる生物、モンスター問わず、死骸や骨々が散乱していたから。

 この鼻につくような死臭もそのせいだろう。


「――まず、罠を仕掛ける」


 そうカムイさんは懇切丁寧に狼をその場に吊るし上げた。

 その上に鮮血の混ざった酒を浴びせる。


「――流石のプラチナ・ランクだな?モンスターの誘き寄せ方もよく分かっている」


「世辞は止せ。魔王を討伐した伝説の一人――金色の稲妻、お前には似合わぬ」


 カムイさんは次に腰に下げたポーチの中から仕掛け爆弾を取り出した。


「……ふむ。奴を爆撃するつもりか?」


「そうできたら、越したことはないのだが、生憎あいにくそれだけではままならぬ、であろうな?俺たちが対峙する相手はプラチナ以上・以下の難敵だ」


 ふいに松明の炎がゆらり。と蠢いたような気がした。


「お前たちも浴びておけ。獣避けになる」


「あぁ」


「――承知」


 僕たちは絞られた狼の鮮血を鬼のように浴びた。

 まるで、その姿は復讐に燃える化物モンスターのようであった。


「……後は隠れるだけだ」


 僕たちは頷くや否や、松明の灯りを掻き消し、ごく小さな竪穴の中へと身を隠した。


 せっかくの機会だ。

 僕は頭上に浮かぶ疑問をカムイさんに尋ねてみた。


「カムイさんはどうして?冒険者稼業を続けているのですか?」


 カムイさんの朱の師玉が時に、炎のように揺らめいた。


「……無論。モンスター共を皆殺しにするためだ」


「……理由を聞いても?」


「俺はかつて、モンスター共に村を蹂躙じゅうりんされた経歴を持つ。

だから、その時に誓ったのだ。蔓延はびこる汚物はすべて消毒すると……」


 オオ……、ジーザス……。

 神様はなんて過酷な運命をカムイさんに突きつけたのであろうか?


 カムイさんがムキになるのも無理はない。

 僕だって、そんな過去を辿れば、復習に燃える鬼となるだろう。


 ロレンツィオのギルド長がかつて説いた、「汚物は消毒だ」という講演を聴いた時は胸がくすぶった。

 それほどまでにモンスターは脅威だ。

 そんなモンスターたちのよこしまな手から人々を守護る。

 それが、冒険者たちに課された本来の使命だ。


「まぁ、魔王という怪物を討伐してくれた――金色の稲妻、お前には感謝している。

世界の汚物を一つ取り除いてくれたからな?」

 

 アイリスは「礼に及ばん」と頷いた。


「アレは自然と生まれるがん細胞みたいなものだ。人類の欲望が根源だとしたら、アレは人を蝕む邪そのものだろうな?」


「然り、モンスターとは人類に蔓延る獣性に過ぎない」


「では?モンスターとは元々は、人間だったのでしょうか?」


「さてな?それこそ、『神のみぞ知る』だろうに……。少なくとも、人類の獣性から生まれた汚点だと『聖典』には記されているが……」


 ――聖典。


 この世界のあり様を説いたアカシックレコードのような代物。

 その一節によれば、モンスターとは人類の獣性から生まれた悪意だと記されている。


 つまり、だ。

 人とモンスターは紙一重だということだ。

 人はモンスターに成り得るし、モンスターもまた人に成り得る。

 その悪意の数だけ人は魔王にだって成り得る。




  ――その時だった。




 やがて、その瞬間は訪れる。


「――シッ!現在いま、音色が聴こえた」


 現実世界へと引き戻された、僕は闇の奥底を蛇のように睨んだ。

 どうやら、ビッグフットとやらが、巣穴に戻ってきたようだ。


「■■■■■?」


 一言で――獣だった。

 だが、分かるよ?

 その巨体に、その爪の鋭さ。

 そのすべてが脅威だ。

 なるほど、これが――ビッグフットか……。


 奴は狼の死骸に近づくや否や、クンクン。とその酒を嗅いだ。

 どうやら、恍惚こうこつを覚えたらしい。

 奴は大きな牙を研ぎ、獲物に喰らいつこうとした。

 その足元に爆薬が仕掛けられているとはいざ知らず。


 瞬間――飲むような爆炎が場を駆ける。

 僕たちはその余りの勢いに息を飲んだ。


「――遅れを取るなよ?」


 刹那――カムイさんの師玉が炎のように揺らめいた。

 カムイさんは容赦なく爆炎へとその身を突っ込ませると、背負った巨大な金槌を振り下ろした。


「■■■■■――ッ!?」


 まるで鋼を打ちつけるような響きが場に轟く。

 それでも尚、奴の四肢はもがれていなかった。


「想った以上に――硬い」


 カムイさんは奴の鮮血を浴びながら、まるで血に酔った獣のように金槌を振り下ろし続けた。

 が、ここで初めて奴が反撃に転じた。


「■■■■■――ッ!」


 奴はカムイさんの横腹を蹴りつけた。


「――グッ!」


 それだけで、紙きれのように吹き飛ばされていくカムイさん。


「――カムイッ!」


 アイリスの輝くような剣が奴に牙を剥いた。

 だが、奴はその刃の切っ先を巨爪で防いでいた。


「――イツカッ!」


「分かっていますよ!」


 僕は縮地しゅくちを使い、疾風の如くカムイさんに駆け寄った。


「カムイさん?ポーションです!」


「……すまない。油断した」


 カムイさんはポーションを兜の上から浴びるように飲み干すと、見上げるような金槌を振り回し、武人の如く構えた。


「――燻る火種よ。火薬庫の証と共に汝の仇敵を撃ち滅ぼせ」


 金槌に蛇のような炎が蜷局とぐろを巻く。

 それは時として、爆炎の如く輝くと、奴の脊髄せきずいを大きく撃ちつけた。

 たった、それだけの行為位で奴の背中が爆ぜた。


 僕たちは奴から距離を置くと、その成り行きを見守った。


 ビッグフットは――死んでいなかった。


 あれだけの高火力の一撃を浴びせられても、奴は生きていた。

 その代わり、背中は溶岩の如くただれているが……。


「――ダメか」


「いえ、むしろ僥倖ぎょうこうです」


 僕は縮地を使用すると、そのみにくい背中に向けてバタフライナイフを突き立てた。


「■■■■■――ッ!?」


「スノー・ゴーレムより他愛無い」


 僕既に真横に切り裂いていた。


 ほとばしる鮮血。

 濡れる身体。


 ――構わない。


「ウオオッ!」


 幾ら皮膚が硬くても、体内までも攻撃を防ぐことはできまい。

 僕は奴の体内へと片腕を突っ込んだ。


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