第20話 カムイ
「――流石に、その足跡すら見つからないとなると、こりゃ大変ですね?」
「――そうだな」
僕たちは『亜高山針葉樹林』を彷徨っていた。
ちなみに、『亜高山針葉樹林』とは、北半球のみに生成される森林――地形の一種である。
「……師匠?もし、僕たち以外にこのクエストに挑んでいる冒険者たちがいたら、どうしますか?」
本来ならば、クエストの二重貼り付けは不可能である。
獲物の奪い合い、即ち――横領が行われるからだ。
だが、もし、あの受付嬢さんが僕たちのクエストの失敗を見越して、もう一度クエストを追加していたとしたら?
それこそ――最悪である。
「一言で争奪戦だな?」
「……争奪戦」
「そうだ。ビッグフットとやらを誰が一番、早く片づけるか……。
これは鬼門だぞ?イツカ?
それにあの受付嬢の対応から、クエストを秘密裏に二重に受け付けているやも知れぬ
本来ならば、認められることではないのだがな……」
「……やはり、予測は裏切れないというわけですか?」
「うん」
されど、幾ら探せど、その痕跡――軌跡は見つからなかった。
果たして、この世に生息していること自体が怪しい。
そんな僕たちに追い打ちを仕掛けるように、やがて日は暮れ、夕闇が忍び寄る
「モンスター狩りの夜が始まる」
彼女と僕は天空を焼き尽くすような夕映えを見上げた。
その果てしない上空には宵の明星が漂うように浮かんでいた。
「――獣共か」
僕たちは視線を元に戻すと、鷹の如く周囲を睨みつけた。
それだけで、視線の先が歪んで視える。
濃密な殺気のぶつかり合いに起きる衝動だ。
「えぇ……、どこもかしこも獣ばかり――僕たちは完全に夕闇へと囚われてしまったようです」
血に飢えた獣が数匹。
まるで隊列を組むかのように僕たちに対して、構えていた。
とどのつまり“狼”たちだ。
狼たちは
対し、僕たちは己の得物を抜き放った。
その響きが合図となった。
彼女の腰に下げられた剣が瞬く間に閃く。
それだけで、無数の獣たちは塵芥と化した。
僕はそれでも尚、飛びかかる獣に対し、バタフライナイフを『
ある者からみれば、その情景に
真白な大地の上はとうに真紅に染まり果て、死臭が漂い始めていたからだ。
が、勝負とはまさしく、一瞬の出来事。
故に、その一瞬すら捉えられなければ、訪れるは明確なる――死である。
「――師匠?戻りませんか?これ以上は探しても無駄ですよ?それに他のモンスターたちを
「早合点だぞ?イツカ?貴様には視えなかったのか?森林の奥深くに巨体が蠢いた影を……」
「もしかして?」
「あぁ……、そのもしかして――やも知れぬ」
彼女は得物を鞘に収めると、疾風のようにその場を駆け出した。
僕も彼女の動作を真似るように得物を鞘へと納めると、その場を駆け出した。
一体、何本の木々を追い越したのだろうか?
それほどまでに彼女が指し示す場所は――遠かった。
が、彼女は目標を的確に捉えていた。
夕闇に蠢く物体の影を……。
そうして、辿り着いた森林の先。
「――ムッ!?」
「――ヌッ!?」
それは、今日僕のことを叱った――見上げるような鎧をまとった“巨漢”さんだった。
「……何様だ?」
「……それは、こちらの台詞だ」
しばし、睨み合いが続く。
そんな静寂に僕は打ち破るかのように波紋を与える。
「もしかして?ビッグフット討伐ですか?」
「無論」
やはり、あの受付嬢さんは僕たちがクエストを失敗することを見越して、二重にクエストを貼っていたか……。
まぁ、最初から信用されていないのは分かっていたつもりだけどさ……。
それでも、ひどくない?
「それで?お前たちは見つけたのか?ビッグフットを?」
「いや、てんでダメだ」
「そうか」
巨漢さんの表情は兜に包まれており、何を考えているか察することはできないが、どこか澄ましているようであった。
まぁ、あくまでも僕の勘に過ぎないが……。
「名を何と申す?」
「――“カムイ”」
「――アイリスだ」
「お前の名前は有名だ。それこそお前たちの
よく、吟遊詩人たちがお前たちの栄光を詩にする」
「そうか」
彼女は恥ずかしそうに口角を綻ばせていた。
「ところで」と巨漢さんが兜の隙間から僕を見つめる。
「坊主。お前だ。――お前の名は何と申す?」
「はい――イツカと申します」
「イツカ、か。ふむ……、悪くない」
「ふはははッ!」とカムイさんは笑うと――。
「ギルドでは至らぬ真似をして、すまぬ」
と申した。
「お前がかの金色の稲妻の弟子とは知らなかったのだ。そもそも、金色の稲妻に弟子がいること自体、最初は疑ったものだがな……」
カムイさんは一拍置くと、僕を見据えた。
「分かる。お前は――強い」
また、一泊、彼は呼吸を整えてこう言った。
「その自然と抜き出た刃のような構え。
――お前にはブロンズは似合わぬ」
僕は嬉しかった。
彼女以外にちゃんと認めてくれる人がここにいる。
その事実だけで、僕は居場所を見つけたみたいである。
「お褒めに預かり光栄です」
「うむ」
カムイさんは満足そうに両腕を組んでいた。
「話しを戻すが、貴様はこれからどうするつもりだ?」
「俺は巣へと向かう」
「何?巣だと?」
彼女はピクリ。と眉を持ち上げた。
「だが、奴はまだ戻っていなかった。しばらくの間、俺は待つ」
「夜は危険だ。それでも貴様は待つというのか?」
「――待つ」
カムイさんはそう言うと、巣穴らしき方向へ向けて歩き出した。
「僕たちも待ちませんか?」
「それも、そうだな?」
彼女と僕はカムイさんの背中を追った。
「獲物を横取りするつもりか?」
「いや、違う。むしろ、逆だ」
「――逆?」
「カムイ。貴様に協力してやる。ただでさえ、貴様は独りであろう?何事にも仲間は必要だ」
「いらぬ」
「そう言うな」
彼女は咲くように微笑んだ。
「獲物も名声もくれてやる。だから、私たちにもそのビッグフット討伐の仲間に入れてくれないか?――頼む」
カムイさんは諦めたように頷いた。
「――今宵だけだ」
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