第17話 逃避行
僕は自室の、これまたベッドの上に丁重に寝かされていた。
どうやら――随分と長い間、桜さんの手によって眠らせられたらしい。
「――そうだ……!僕は……!」
――また、夢をみていた。
どうせ忘れる記憶の欠片を……。
”彼女”と一緒に過ごした
それが、いつも泡沫の如く消えていく。
僕は瞳から静かな雫を零していた。
――会いたい。
会って、この現実のすべてを
けれど――そんな願いさえも許されない世界なのかな?
僕は予想せずに零れた雫をテッシュで拭えば、深い溜息を漏らした。
同時に記憶には
僕はベッドの淵に重たい腰をおろせば、おもむろに足をバタ。つかせた。
それだけで――ふと想い出す。
今日の一日の出来事を……。
――意識を一回だけ失ったこと。
これは、頻度がさがっているとは言え、油断はできない。
その日常生活に支障をきたすのであれば、僕は志乃さんの言う通り病院に入院せざるを得ない。
そんな疾患に
その実質は、
そんな悪魔の暴走による被害を食い止めるため、S.I.O.が事件の解決に乗り出したこと。
その過程により、僕は協力者として、無理矢理に捜査の協力を強いられたこと。
「――おろ?……これが、現実で夢はどっちだ?」
僕は途端に頭を抱えた。
だって、『オカルト』なんて普通はあり得ない話しでしょう?
そのすべてを夢だと片づけてしまえばお終いだ。
それに――健常者たちならば、とっくに気づいているはずだ。
こんなこと『オカシイ』って……。
僕は天井に向かって
果たして、僕はどちらの世界を生きているのだろうか?
”僕”は”誰”で、どっちの世界が『本物』なんだ?
その境界線すら、あやふやだよ……。
「……えぇーと?忘れる方が夢で、憶えている方が現実か……」
確か、それであっているよね?
「あぁ……!もう本当にわけが分からなくなってきたよ……」
もう、どうでもいいや。
これ以上に考えに
と考えた僕は、さめたようにキッチンへと移動した。
手慣れたように夕飯の支度を始める。
今日の夕飯は――麻婆豆腐だ。
僕は香辛料と今日買った食材を扱い、中華鍋を巧みに振るった。
「ヌオオオオオオ!」
完成した料理はまるでグツグツ。と溶岩のように煮えたぎっていた。
「皿の準備はできているか!俺はできている!」
そんな独り言を呟いても、返ってくる『ことば』は無音だった。
せめて、“彼女”がいてくれたのであれば、状況は変わるのだろうが……。
――“彼女”は言った。
『――イツカ!貴様の作る料理は相変わらず別格だな!
どうしたら、そんなに料理が上手く作れるのだ?』
『――師匠?料理には一つのスパイスが必要です』
『……スパイス?何だ、それは?』
『
必要なのは――愛情です』
『――な!?』
君はひどく驚いていたね?
そんなどーでもよいことを僕は憶えている。
僕は少し多めに作った夕飯を見比べていた。
「――“彼女”なら、もうちょい食べるかな?」
僕は見えない幻想に恋をするかのように、もう一つの皿に料理を装った。
ランチョンマットを二つ、テーブルに並べてみる。
「“彼女”なら、喜んでくるかな?」
僕は独り寂しく真白な天井を眺めた。
孤独に奏でたメロディは透き通るような木目へと吸い込まれていった。
◆◇◆◇◆
夕飯を食べ終わったら、食器を洗い、自ずとゲームの時間が訪れる。
先に断っておくが、“彼女”の分と言い残した料理は冷蔵庫の中へと収めた。
明日の朝食にでも食べるつもりだ。
真夏だから、腐っていなければよいが……。
まぁ、冷蔵庫の中だから、大丈夫であろう?
「――こんばんは~、“ミジンコ”さん」
『――“ミカヅキモ”さん、こんばんは~』
ヘッドフォンから聴き慣れた女性の声色が
その腕前はボチボチ。
可もなく不可もない、といった具合だ。
ちなみに、僕のニックネームは――ミカヅキモ。
微生物からその名前を拝借した。
デュオを組む、ミジンコさんも僕と同様らしい。
「――ミジンコさん?あなたの今日の一日はどうでした?」
『――私ですか?まぁ、それなりには……、って――あぁ……、想い出すけで嫌になる!
会社の上司がですね!?もう余りにも理不尽な文句ばかりで!散々、叱られましたよ!』
「そんなにですか?いやはや、社会人というものは大変ですね?」
『ミカヅキモさんはまだ学生ですから、そんな気分を味わわずに済むのですよ!
今の内ですよ!その気分を満喫できるのは……!って右です!』
「フフッ……、了解しました!」
モニターからありったけの銃声が轟く。
まるで、鼓膜を破きそうな音色だが、そんなことお構いなしだ。
僕たちは意気込みを
そんな成果が功を奏してか、僕たちは何とか敵の奇襲から耐え忍ぶことができた。
ところで、バトル・ロワイヤル系のゲームと言えば、素直に身を隠し、穏便に事を進めるか、それとも行動を起こし、敵を索敵するかに限られている。
その時、肝となってくる事と言えば、敵と遭遇しないに限る。
敵と遭遇すれば、こちらも死力を尽くして、挑まねばならなくなるからだ。
「――気がつけば、残り9人ですね?」
『後、少し……!ファイトですよ!ファイト!ミカヅキモさん!』
「ミジンコさんも頑張ってくださいね?
こんな所で野垂れ死にでもされたら、ここまでの苦労もすべてが水の泡ですからね……!」
『言葉をそっくりそのままお返ししますけど、ミカヅキモさんも死なないでくださいよ!』
100人中、残り9人という枠に食いこんだ僕たちは中々の勇士だと言えるだろう。
その
『それは、そうと――』
ヘッドフォンの奥から冷たい吐息が漏れる。
『ミカヅキモさんの今日の一日――はどうだったんですか?』
僕は一瞬、彼女にすべてを伝えるべきか迷った。
が、しかし、今日の出来事を伝えれば、間違いなく、ミジンコさんの記憶が
僕が捜査の協力を強られた相手は秘匿された特務機関S.I.O.だ。
もし、この通信が相手に筒抜けだったら?
もし、この位置情報までも把握されていたら?
目的のためなら手段を選ばない。
そんな連中だったら、どうする?
それに――。
彼らを完全に信用したわけじゃない。
それこそ、警察という職権を乱用し、今すぐ僕の記憶を改竄しに訪れてもオカシクはない。
「僕の今日は――いつも通り、普通でしたよ?」
僕は
孤独に毒を吐くように嗤った。
『どのように、普通だったんですか?』
「それは……、勉強ばかりでしてね?
特に僕は数学が苦手ですから……。
授業について行くこと自体が大変なのですよ?」
『もう、大学受験も考えてらっしゃるんですか?』
――違う。
逃げているだけだ。
「いや、僕は馬鹿ですからね?高校を卒業したら、働こうと想っています」
『そうなんですね~。いや~立派!その年齢で将来を見据えているなんて……。
私なんて、大学を卒業するまで、将来のことは考えたことがありませんでしたよ?
何か伝手はあるんですか?』
――伝手。
志乃さん曰く、僕には対魔官という選択肢が提示されている。
いや、絶対そうさせるように僕だったら仕向けるだろうな?
「まぁ、『ない』と断言することはできませんが……」
「羨ましい!何のお仕事なのですか!?』
オオ……、ジーザス……。
ミジンコさん、その実際、僕は地獄なのですよ?
それでも、あなたは僕についてきてくれますか?
「――警察官っぽいお仕事です」
『――警察官?』
その言葉が僕の心に重く沈む。
――もう、後戻りはできないぞ?
日常生活には二度と戻れないぞ?という警句に聞こえた。
「まぁ、一言で治安を守るような、『正義の味方』だと想ってください」
――正義の味方。
誰しもが、子供の頃、一度は憧れたことはないだろうか?
だが、その真実とは、一人でも多くの犠牲から救う為の
『――もう!ミカヅキモさんったら!
正義の味方は期間限定ですよ?』
そんな代物に僕はなろうとしているのか……?
――――まるで。
血に酔った獣と何ら変わりないじゃないか!
「…………」
『――あれ?もしかして、私、変なことを言っていましたか?』
「い、いえ……、全然!そ、そんなことよりも――」
僕は混沌極める思考を振り払うようにモニターを凝視した。
木々の後ろには丁度、二人が隠れていた。
『――前?ですよね?』
「そそ!って――大丈夫ですか?」
『――大丈夫ですよ!』
ミジンコさんは疾風の如く二人に近づくや否や、AK-47をぶっ放した。
『敵将、打ち取ったりぃ~。なんちって!』
全く見事に仕事が早いこと。
僕も何とかして、貢献しなければ……。
「流石!そこに痺れる、憧れるぅ!」
『――まだ、ですよ!後ろにいますよ!』
「――ほえ!?」
『――あ!死体でした!』
「もう、驚かせないでくださいよ!」
『テヘペロ!』
ミジンコさんと出会って約二ヶ月。
僕たちはそんな惹かれるようなネーミングセンスと共に知り合った。
それこそ、ギコチナイ会話から始まったが、この人となら、直感的に悪くないと想った。
だから――続いている。
『――やったドン!一位だ、ドン!』
「やりますねぇ~!!」
『やりますねぇ~!!』
先ほどまでの思考は果たして、どこにいったのだろうか?
僕の身体はとうに至福に包まれていた。
「さて、一位も取れたし――」
『――気持ちよく、今日は終わりましょう!』
「お疲れさま、でした!」
『こちらこそ!』
僕はゲームを閉じると、睡眠薬を手に取った。
それを生唾と一緒にゴクリ。
共にベッドの上へと横になる。
あぁ……、今日も僕は夢を見るのだろうか?
あの夏影のような夢を……。
『――イツカ!』
『――イツカ!』
『――イツカ!』
――“彼女”が僕の名を呼んでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます