第18話 メーティス




「――イツカ!貴様はいつまで寝ているのだ!いい加減に起きろ!」


 僕は彼女に叩き起こされた。


「……ほえ?……どうしたんですか?……師匠」


 一変、彼女は頬の糸筋を歪に緩めた。


「メーティスが目を覚ましたらしいぞ?」


「お、想った以上に早いですね?」


 アプリロイドとは、不屈なのかな?

 が、それでも、めでたいことには変わりない。

 実にめでたい。

 太陽賛美を贈ることにしよう。


「――というわけだ……。

早速、メーティスの見舞いに行くぞ!」


 僕は半ば強制的に彼女に襟首を捕まれると、強引に引きずられた。


「――待って!まだ、着替えてないから!」


 僕は水玉模様のパジャマをまとっていた。

 こんな格好では外を出歩けない。

 恥ずかしいし、何よりも――寒い。

 しかし、彼女は――。


「――関係ない!さて、出発するぞ!」


 想った以上に外は寒かった。

 だって、ここは最北端の町だよ!?

 こんな格好で出歩くこと事体が大きな間違えだよ!


「せ、せめて……、コートを……!」


 そんな僕を無視して、彼女は天真爛漫てんしんらんまんに振舞っていた。

 街のショウ・ウィンドウに顔を映せば、ニコッ。と微笑んでみたり、寝癖を整えたりしていた。

 まるでその姿は城を抜け出したお姫様である。


「――ぶえっくしょん!」


「そんな恰好で出歩くからだよ……」


 カエルのような顔をした主治医は呆れたように眼を細めた。


「――先生!そんなことよりも、メーティスが目覚めたとは本当か!?」


「あぁ……君は地獄耳かね?今朝、目を覚ましたばかりだよ?」


「やったぞ!イツカ!ほら、貴様も喜べ!」


「へい――ぶえっくしょん!」


「汚いぞ!イツカ!」


「誰のせいだと想っているんですか!」


 理不尽だ……。

 あと、不幸だ……。


「――先生!早く、メーティスと面会させてくれ!」


 ちゅーか?僕のことは無視なのかな?


「あぁ……、その前に注意事項を一つだけいいかい?」


「な、何でしょう……?」


「メーティス、彼女には――記憶がない」


 僕たちは息を飲まざるを得なかった。


「厳密に言えば――エピソード記憶が欠落している。

これは、異常だよ?

彼女は今まで、どこで、一体どんな生活を送っていたのかね?」


 ――エピソード記憶。


 個人が経験した出来事に関する記憶である。

 僕も学者ではないので、上手く言葉に紡ぐことはできない。


「……そ、それは」


 彼女が僕を片手で制する。


「――先生、メーティスは、彼女は、私たちが発見した時は、ひどい環境にいました。

まるで、モンスターの巣の中で生活を営んでいたのです」


 彼女は演じる。

 メーティスが何者か分からぬように……。

 一切を悟られぬように……。


「――モンスターの巣の中でかい?

それは、非常に――過酷だね」


「そ、そうなんですよ!だから、メーティスを発見した際は大変、驚かされました!」


 僕は彼女と主治医を交互に見合った。

 彼女の顔には「黙っていろ」という文字が描かれていた。

 ひゃ、ひゃい!すみません!


「でも、不思議だね?

“メーティス”という名前は誰が付けたのかね?

記憶が欠落しているというのに――」


「――それは、私たちが名付けた。

いつまでも、“奴”では不便であろう?」


「なるほどね。

だから、彼女にはメーティスという名前があったわけか……」


 主治医はポンッ。と掌を叩いた。

 その様は、まるで医者ではなく、講談師のようである。


「疑問も解けたことだし、面会するかい?」


「「――勿論!」」


 僕たちは主治医に導かれるがまま、メーティスが眠るベッドへと足を運んだ。

 そんなベッドの上には、メーティスがまるで幽鬼のように佇んでいた。


「――だ……、れ?」


 メーティスは朧気な眼差しで僕たちを見つめた。

 その瞳は一言で――不純。

 緋の師玉にはどこまでいっても、濁りはなかった。


「――私の名前は“アイリス”!

そして――」


「――僕の名前は“イツカ”!」


「以後、宜しくな!メーティス!」


「――メーティス?」


 メーティスは何それ?美味しいの?といった具合に小首を傾げていた。


「メーティスという名は貴様の名前だ!

いつまでも、“奴”だと不便だからな!

勝手につけさせてもらった。気に食わないか?」


「――分かりません」


 メーティスは視線に影を落とした。


「――私は……、誰?」


 メーティスは再び、小首を傾げた。

 僕は言い聞かせるように、メーティスに告げる。


「――君の名前はメーティス。

今日から僕たちが君の親代わりを努めるよ!」


「――親代わり?」


 メーティスの頭上にはあからさまな疑問符が浮かんでいた。


「――そう。君はこれから独りだ、なんて、どうやって生きていく術さえ分からないでしょ?

僕たちがそれをバックアップしていくつもりだよ」


「――バックアップ?仰る意味が分かりません……」


「オオ……、ジーザス……」


「先生?これは重症だな?」


「だから、言っただろう?」


 主治医はメーティスに近づくや否や、その両肩に手を添えた。


「いいかい?君の名前はメーティス。

君は退院したら、彼女たちについていくんだよ?」


 すると、メーティスは脳内にインプット。


「――了解しました。私の名前はメーティス――」


 メーティスは瞳に彼女と僕を鮮明に映した。


「そして、マスター御一行に御同行します」


 メーティスは機会仕掛けのロボットのように瞼を瞬かせた。


「メーティス!必ず、貴様を守るからな!

貴様は安心して、私たちの冒険についてこい!」


 本当ならば、その余生を冒険以外で過ごして欲しかった。

 けれど、彼女はアプリロイド。

 いつ研究材料モルモットにされてもオカシクはない。

 だったら、僕たちの側に置くことが一番丁度良い。


「メーティス?僕たちはまだ、この町にいるから!

本調子に戻ったら、『王都』に遊びに行こう!」


「――王都?」


「この世界で最も大きな都市だよ」


 王都は大きい。

 それこそ、世界有数の都市の一つである。


 この世界にはエルフ、ドワーフ、ホビット、リザードマン、水中人、獣人、人間、そして、オークが里や国を形成している。

 特にその中でもオークは――異質だ。

 5年前、突如として現れた巨大な壁の向こうへと引きこもってしまったらしい。

 そのせいか、オークだけの情勢は分からない。

一体どんな生活を営んでいるのだろうか?


 ――閑話休題かんわきゅうだい


 王都とは、人間が主体となって作り上げた、多民族による地域社会コミュニティだ。

 魔王襲来の際、オーク以外の多民族が一丸となり和平を築いた為、現在は多くの人々で賑わっている。


「――王都は華やかだぞ!」


 彼女はメーティスに根気強く話し掛ける。


「食事は美味いし、何よりも、活気で満ちている!」


「――食事は……、美味しいのですか?」


 メーティスは紅蓮のアンテナをピンッ。と突き立てた。


「――王都に行きます。マスターたちと共に向かいます」


「その調子だ、メーティス。一亥も早くその傷を回復させてくれ」


 メーティスのおぼろげだった瞳には既に活気で満ちていた。


「――その前にマスターという呼び方はよせ。恥ずかしい」


「同感です」




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