第15話 名もなき怪物




 志乃さんは――言った。


 ――協力者になれば、僕の自由は約束されたも同然だと……。


 が、しかし、同時にソレは将来――S.I.O.に所属しろ、といった警句だったのかも知れない。


「――志乃さん?僕はあなたが言っている意味がてんで分かりません」


「――あら?私はあなたにも分かるように伝えたつもりだけど?」


「知っていますよね?

僕は所詮しょせん――民間人の一人ですよ?」


「どの口がほざくのかしら?

悪魔デーモンを……、例の殺人鬼リッパー正当防衛せいとうぼうえいとは言え、殺害した、あなたの台詞とは想えないわね?」


「そ、それは仕方がなかったというか……、どうしようもなかったんですよ!

生きるも死ぬも、こちらも精一杯だったのですから……!」


「その判断もこちら側に不利だと感じたら、それを無下にすることだって、できるのよ?」


「あ、あんたは鬼ですか!」


 僕は危うく殺されかけたんだぞ!

 法を振りかざして、被害者を脅してくるなんて、とても警察の手口だとは想えないね。

 さてはオメー偽者だな?


 志乃さんは携えた扇子は白梅のようにパッ。と咲かせた。


「――と・に・か・く!イツカ君?

あなたに与えられた選択肢は三択よ?

一択は、私たちS.I.O.の捜査に潔く協力すること。

二択は、保護観察として処分を受けること。

三択は、病院で監禁生活を送ること。

あならなら、どれを選ぶのかしら?」


「――そんなこと、決まっているでしょう!」


 ――僕は迷わず一択を選んだ。


 それは、純粋に家族に迷惑を掛けたくないという理由であった。

 保護観察も然り、病院に入院すれば、間違いなく、家族に連絡が入る。

 したらば、「何があった!?」と僕へと急いで駆けつけてくるだろう。

 それに、そんな生活なんて、誰だって嫌だろう?

 自由を奪われることは人間にとってみれば、何よりも堪える。


 そのことばが志乃さんは堪らなく嬉しかったのだろう。

 君は魅せつけるようなガッツポーズをとったね?


「――よっしゃ!未来の対魔官ゲット!」


「――そ、そんなに……、人手が足りていないのですか?」


「実はそうなのよ……

現在いまの時代は――科学でしょう?

そのせいか、オカルトは退廃の一途をたどっているわ。

その影響のせいか、対魔官の数も最早、その指で数えるだけ……。

まぁ、元々、秘匿ひとくされた特務機関だから、新人が入隊しないことも事実よ?

そんな、上級悪魔すら軽くほふる人間が組織内にいてくれれば、私たちからしても僥倖ぎょうこうだわ?」


「えぇ……」


 僕は志乃さんの空色の師玉をジトーと見つめた。

 そんな彼女の瞳には嬉しそうな色彩が揺らめていた。

 僕はその笑顔に想わず、溜息を零した。


「――あら?溜息を吐けば、幸運が逃げていくわよ?」


「――時は既に遅し、志乃さんたちと出会った時点で僕は不幸ですよ?」


「何よ?それじゃ、私たちが不幸の元凶みたいじゃない!」


「だから、そう言っているでしょう?

あなたたちと出会わなければ、僕は少なくともオカルトな協力を強いられることはなかった。

違いますか?」


「違いはしないけど……」


僕は銀鼠ぎんねずの天井を鷹のように見上げた。


 まこと、今日の運勢は――最悪である。

 そもそも問題、自宅に素直に戻っていれば、こんなことにはならなかったはずだ。

 だから、呪うよ?末代まで――赤子の赤子、ずっと先の赤子まで……。

 僕は後悔の念から逃れることはできないだろう。


「――そう、煙たがらないで頂戴。

私は当然の権利を発揮したまでよ?」


「――当然の権利、ですか……。

まるで、僕には法律は適用されていないと想うのですが……。何か?」


「イツカ君?これも、私たちに与えられた正当な法律の一つよ?」


「その実際は?」


「まず、見つかり次第――民間人の記憶は改竄かいざんすべし!」


「まるで、メ○・イン・ブラ○クのようですね?」


「そうそう!あの映画にそっくりでしょう?

それに、私たち対魔官は記憶の改竄や削除は得意分野なのよ!」


「最早、何でもありですね?」


 対魔官とは――万能の塊である。

 その業は人智じんちとうに超えているのかも知れない。

 まぁ、僕にとってみれば、「どうでもよい」の一言に尽きるのだが……。


「さて、調書も上手く書けたでしょう?

お暇させてください」


 僕はふらつくように席を立ちあがった。


 ――眠い


 このままじゃあ、また意識を失いかけない。

 それに、レジ袋が例のアパートの屋上に置いてきたままだ。

 何とかして、戻らなければ、食材が――腐る。


「――あぁ、そうそう……。

現在いま、あのアパートの屋上には戻れないわよ?」


 まるで、心中を見透かせようだった。


「――ど、どうしてですか?」


至極極端しごくきょくたんな話しよ。

現在いまは過去の修繕中。

”土御門”が『結界』を貼っているはずだわ」


「……結界?」


「ほら?アレよ。

神域と現実をわける境界線のことよ。

実にオアカルトっぽくて面白いでしょう?」


「僕は全然、面白くないのですが……」


 過去の修繕とは、一体、どういうことなのだろうか?

 もしかして、壊れた屋上ごと、修復しているのか?


「――って、『アレ』をを修繕できるのですか?」


「そうそう。所謂いわゆる『巻き戻し』って奴?

対魔官って凄いでしょう?」


 一度、壊れた物は、そう易々とは直らない。


 しかし、土御門という人物はあっさりとそれを行っているらしい。

 過去の修繕なんぞ最早、神の業だ。

 対魔官――恐るべし。


「――凄いっていうか……、神域へと昇華していませんか?」


「そんな、専門家エキスパートを集めた集団こそがS.I.O.よ?

こんな事件、私たちの手にかかればお手の物なんだから!」


 志乃さんは得意げに微笑んだ。


 どうやら、僕の理解は依然として、追いついていないらしい。


「――それは、そうと?僕の食材はどうなったんですか?」


「安心しなさい。土御門が気を遣って、『式神』を寄越してくれたから」


「――式神?」


「まぁ、私たち対魔官元より、陰陽師が使用する、魔法みたいなものだと考えて頂戴」


 すると、志乃さんの掌の中から、僕が買い貯めたはずのレジ袋が出現した。

 僕はその中身を遠目から凝視する。

 どうやら、腐ってはないようだ。


「――“サクラ”?出番よ」


「――はい!」


 僕たちを閉じ込めていた重い密室の扉が開かれる。

 その視線の先には、今日、二度は出会ったサクラさんが当然の如く――佇んでいた。


「――えへへ、今日で三度目だね?」


 サクラさんは朝桜のように微笑んだ。

 僕はそんな君の笑顔に見惚れていた。


「――ほえ?どうしたの?」


「――いや、可愛いな~、と想いまして……」


「――ほええ!」


 サクラさんの頬は自然と蒸気が上がっていた。

 「――あら?会って早々、告白するなんて、意外と大体な子なのね?」とむしろ、志乃さんも驚いていた。


「――って、どうして?あなたがここにいるのですか?」


「……し、室長命令です!」


 頬を朱に染めながら、サクラさんは煩悩ぼんのうを振り払うように首を真横に振った。


「志乃さん?説明して頂きませんか?」


「……イツカ君?S.IO.は秘匿された特務機関よ?

ただ、帰ろうとするだけで、特別な措置がほどこされる。

例えば、記憶の改竄とか……、ね?

まぁ、あなたは協力者だから話しは別だけど……」


「それで?サクラさんを呼んだというわけですか……」


「――そう。ここまでの軌跡は総て消去させてもらうわ、

ここを訪ねた時と一緒ね?」


「あぁ……、また、僕は――夢を見るのですね?」


 再び、微睡まどろみへと導かるだろう。

 その果てに”彼女”と再会するかも知れない。

 これは、素直に喜ぶべきか?

 それとも、悪夢だと捉えるべきか?


「ごめんなさい。これもS.I.O.の規則なのよ……」


 志乃さんは申し訳なさそうに瞼を伏せた。


 僕の精神状態を知っているなら尚更だろう。

 だがね?だからね?

 君にそれ以上までの罪悪感を抱かれる必要はないのだよ?


「――っと、その前に、室長?

イツカ君は晴れて、私たちの協力者になったのですよね?」


「えぇ、あくまでも協力者として、形式上だけど?

それが、どうかしたのサクラ?」


「いえ……、これから一緒に仕事をしていく間柄なら、自己紹介をする必要があると想ったまで……、です!」


 サクラさんは豊満な自身の胸に手を添えると、咲くように口角を緩めた、


「――私の名前は――”雛詩桜ひなうた さくら”。

雛人形の雛に、詩吟の詩に、桜花の桜だよ!」


「ぼ、僕の名前は――イツカ!以後、お見知りおき下さい!」


「あれ?苗字は?」


「そ、その、できれば、下の名前で呼んで頂きたくて……。

そちらの方が慣れていますから……!」


「うん!分かった!じゃあ、私の名前も気安く――“桜”って呼んで?」


「ひゃ、ひゃい!」


 君の翡翠ひすいの師玉には、恥ずかしそうに耳を朱に染める僕の姿が鮮明に映し出されていた。

 ……そんなに見つめられると、恥ずかしくなっちゃう!


「――コラ!幼気いたいけな少年をたぶらかすんじゃない!」


「――誑かしてないし!」


 桜さんは志乃さんは互いにじゃれていた。

 上下関係も気にせず、人間関係が構築できるということは非常によいことだ。

 僕はそんな仲睦まじい情景を眺めていた。


「って――ごめんね?イツカ君?」


「別段、僕は気にしていませんよ?」


 桜さんは背負った星屑のような杖を携えると、僕へと掲げた。


「――準備はいい?」


「……お願いします」


 奔流する光が一つに収束する。

 それは、夕凪のように実に穏やかだった。




「この者に大いなる平和を与えよ!

――『コスモス』」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る