第13話 贖罪



 気が付けば――崩壊したダンジョンのまうえにいた。


「……師匠」


「起きたか……、イツカ……」


「――これ、は……?」


 目の前には匂い立つような死臭が漂っていた。

 無数のモンスターたちと無数のアプリロイドが織り成す、槍衾やりぶすまのような情景だ。

 僕は想わずその情景に、込み上げてくる吐き気を飲み込んだ。


「――僕が意識を失って、一体……」


「……まぁ、数分といった所だな」


 彼女は瞳は虚ろだった。


「……そうですか」


 僕たちはまたしも――救えなかった。

 誰一人として……。


「――もとより、奴等は亡霊だった。亡霊に生命は息吹かん。

そう、とは思えないか?イツカ?」


「――何が言いたいんですか?」


「私たちが頑張ってあがいたとしても、神々の領域まで昇りつめることは不可能だ、ということだ。

私たちは最初から救うことばかりに固執し、その本質は実際、間違っていた。

この者たちの運命は天運により、定められていたのだ」


「随分と都合の良い解釈かいしゃくですね」


「……イツカ。でなければ、私たちは大罪人だ。最早、度し難い」


「僕たちは生まれてついての大罪人ですよ?

今から罪を帳消しにしようとしたって叶いません」


「……私たちは、いつから選択肢を間違えたのだ?」


「最初からですよ?師匠……」


 僕は瓦礫の上を飛び降りると、『希望』に縋った。

 少しでも、良い。

 せめて、誰かに――生きていて欲しかった。

 咽返むせかえるような血臭の中、僕はひたすらに彷徨った。


 そんな血臭漂う泡の中から、呼吸を覚える者がたった一人。


「……Search and Destroy. ……Search and Destroy.」


 彼女の外套を纏ったアプリロイドだった。


「――もういい、喋るな……」


 僕はそんなアプリロイドを抱きかかえると、腰に添えたポーチの中からポーションを取り出した。

 それを、おもむろに彼女の口元へと傾ける。


 みるみる内に超再生していく細胞。

 まるで時間が巻き戻ってしまったかのようだった。


「ハゥ――ッ!」


 アプリロイドは眠るようにその機能を停止させた。

 恐らく、気絶したのであろう。

 そうであって欲しい。

 僕はそのアプリロイドを背負うと、彼女へと近づいた。


「なぁに、ぼやぁ。ってしているんですか?

ゆいつの生還者ですよ?」


 彼女は泣きじゃくる子供のように、僕へと抱き付いた。。


「よかったぁ……、よかったぁ……」


 彼女は瞳から大粒の水滴を零していた。

 まるで、神様に感謝するように、とにかく、泣いていた。


「――師匠……」


「私たちは……、己を救う為に、尊い命を犠牲にした。

それが、いかに自己中心的であったとしても、生きねばならなかった!

そんなこと――絶対に間違っている!」


 人間は『犠牲』の元に成立している。

 家畜という言葉があると同時に、それは生まれついての呪いだ。


 人間は残酷だ。

 他者を捕食しなければ、生きてはいけない。

 必ず、『絶対悪』という存在が必要なのだ。


「……師匠?お忘れ、ですか?人は利己主義エゴイズムの塊ですよ?」


「そんなこと、分かっている!分かっているから、尚更許せないのだ!」


 彼女は苦しそうに僕の胸を叩いた。


「――イツカ!私は――」


 僕は彼女の唇をそっと塞いでいた。


「――もう、いい……。これは、僕の罪だ。

未来永劫みらいえいごう、背負っていく罪だ。

あんたが背負うべき罪ではない。

あんたはいつものように天真爛漫てんしんらんまんに振舞えば、それだけでいいんだ」


◆◇◆◇◆


 ベースキャンプに戻った僕たちは、眠るアプリロイドに着替えの服を纏わせた。

 こんな寒空の下だ。

 外套だけでは明らかに寒いでしょう?


「――流石に、ポーションだけではままならぬか……?」


「――極度の脱水症状に栄養失調……、明日までには町に戻らなければ、彼女は助からないでしょう」


 僕は彼女の瞳を鷹のように見つめた。

 その瞳にはまた大切な人を失うかも知れないという恐怖の炎が揺らめいていた。


 事は一刻を争う。

 しかし、もうとっくに陽は暮れていた。


 ――急がば回れ。


 ここで急げば、かえって僕たちの命も危ない。

 夜中はモンスターたちが最も活発になる時間帯だからだ。


「とりあえず、塩分を混ぜた水を飲ませることにして、後は栄養の為におかゆを食べさせましょう……」


「……うむ」


 僕はおわんにおかゆを注ぎ分けると、そのか細い口へと静かに零した。

 アプリロイドは微かだが、無意識の内に咀嚼そしゃくしてくれているようだ。

 それだけで、『安心』の一言に尽きる。


「少しでも、『洗脳』が解ければ良いのですが……」


「あぁ……、『エーテル』の効果に期待するしかないな」


 ――エーテル。


 その状態異常を治す万能の薬だと言われている。

 特に毒や火傷、痺れにはその効能は高い。


 そんなエーテルを使って、僕たちはアプリロイドの洗脳を解こうとした。

 「――え?どうして、そんなことが分かったのか?」というと、英語の資料の解読に少しだけ、成功したからだ。

 そんな成果あってか、気付いたことが一つだけある。

 それは、アプリロイドたちが何者かによって洗脳されていたということ。

 洗脳――つまり、旧文明は自分勝手にアプリロイドたちを自らの操り人形の駒にしようとした算段が大きい。


 だから――滅んだ。

 勝手に遺伝子を弄り、生命を創ろうとした末路がこれだ。


「――こんな苦い経験は二度と繰り返したくない、のですがね……」


 僕たちの未来にもしかしたら、人工生命体ホムンクルスを創ろうとする輩が突如として、出現するかも知れない。

 その時は未然に防がなくてはならない。

 当然、このことについては、政府には内密だ。

 もし、このアプリロイドが回収され、研究材料モルモットとして使われたら?

 それこそ、本末転倒ほんまつてんとうだ。


「……当初の通り、政府に渡すつもりはない。

この娘は、私たちのものだ。

誰にも渡すつもりは毛頭ない」


「その方が、この子にとっても都合が良いでしょうからね」


 彼女は朝桜のように微笑んだ。


「――クスッ……。責任をもってして、私たちで育てることにしよう」


「何だか、会話が老年の夫婦みたいですよ?」


「そうか?」


「フフッ……。でも、悪くない。

むしろ、幸せだと想える僕がここにいる」


 僕たちは互いに微笑み合った。


「――そうだ!名前を決めねばならぬ!

単なるアプリロイドでは、不便であろう?」


「そりゃ、名案ですけど……、いい名前が想い付くのですか?」


「――いざ!と言われると、中々想い付かないものだな」


「変な名前を付けることだけは、止めてくださいよ?」


「分かっている」


 彼女は必死に頭を悩ませると、ピンッ。と金糸のアンテナを突き立てた。


「――太郎丸!」


「――却下」


「――なにおう!」


「圧倒的にダサすぎます。

そして、何で、僕の故郷に因んでいるのですか?」


 僕は想わず、頭を抱えた。

 これでは、先が思いやられるからだ。


「そ、それは――分からぬ!」


「――分からんのかい!」


獅子しし大猩々おおしょうじょうさい


「その謎の動物の羅列は何なのですか!?」


 オイッ。とツッコミを入れる僕。

 対し、彼女の顔には自然な笑みが零れていた。


「じゃあ、こんな名前はどうですか?」


「――聞こう」


 彼女は兎のように耳を研ぎ澄ませた。


「彼女の名前は――“メーティス”。

智慧ちえを意味する知性の神の名前です」


 ギリシア神話に登場するこの女神様は、主神ゼウスの善悪を予言すると言われている。

 では、どうして?

 僕がこの名前を冠したのか?と言われると、それは、この子に僕たちの頭脳をつかさどって欲しかったからだ。

 見ての通り、僕たちは――頭が悪い。

 世界の秘密を解き明かすならば、必ず頭脳となる人間が一人は必要だ。

 そんな願いを込めて、僕はそう決めた。


「神々から名を借りるとは――いいセンスだぞ!イツカ!」


「お褒めに預かり光栄です。……師匠」


「よし!今から、貴様の名前はメーティスだ!

明日まで保ってくれよ、メーティス……」


 彼女はメーティスの手を握り締めた。

 その手には希望の灯が燈っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る