第12話 喪失する意識




 何が起きたのか、分からない。

 だって、そうだろう?

 常人が意識しても理解できないほどの死闘が目の前では繰り広げられている、のだから……。


 僕のサバイバルナイフが横に一閃。

 槍のようになぐ。

 対し、ラミーの刀が縦に一閃。

 包丁のように斬った。

 だが、決定的な一打は決まらず。

 相反する極地のように、北と南、剛と柔のように、その死闘に明確なる終わりは訪れない。


「――やはり、この面子の中で、貴様が一番……『できる』か」


「――さてね?」


 僕は疾風のように場を駆け抜けると、ラミーの臓腑ぞうふを切裂こうとした。

 つまりは――内蔵攻撃である。

 しかし、無念。

 刀の切っ先で止められてしまった。

 どうやら、野郎をぶっ殺すには、もう一段ギアを上げる必要があるらしい。


「フンッ!」


 ヒュン。と恐ろしいひびきと共にラミーの刀が迫る。

 僕の首を切り落とす算段らしい。

 が、僕もそう容易く首をもがれるほどに弱くはない。


 僕はバク転をすることによりその致命を回避する。


 ここで、僕は一つの賭けにでた。

 この終わりなき闘争に終止符を打つ為の有効な一撃打だ。


 命知らずの僕は刀の振るう制空権へと無理矢理、侵入を果たした。

 それを、不利だと自然と感じたラミーは慌てたように後ずさる。

 そんな瞬間、を僕は見逃さない。


 ギアを上げたアキレス腱は最早、神速へと化していた。


「――てい」


 既に――ラミーの首をもいでいた。


 宙へとほとばしる鮮血。

 それは、夜天を修羅しゅらへと染め上げると、その場をみにくく彩った。




 ――”彼女”は言った。


『――生殺与奪せいさつよだつの権利を先に抱いた者が勝利する。

いいか?イツカ?これが世の常だ』




 “彼女”は一輪、映えるような笑みを零してくれた。


「――僕はいじめられっ子の『ろくでなしルーザー』でした。

けれど、今は何だか変われそうな、そんな気がします。

これも、総てがみえぬ、あなたのおかげです」


 僕は『幻想』に感謝した。

 身体がどこか、覚えている。

 見ず知らずの“彼女”のことを……。


 ふと、想い出したかのように僕はサクラさんとアヤノさんを視界に戻した。

 まるで呆けたように、時間でも止まってしまったかのように、彼女たちはその場へと立ち尽くしていた。

 僕はそれが堪らず、お腹を抱えてしまう。


「――ぷぷぷッ!なんて、顔をしているんですか?」


 アヤノさんは両肩をプルプル。と震わせた。


 大凡だが、予想がつくよ?

 僕の正体についてだろう?


「――あ、あんた!一体、何者!」


 ビシッ。と人差し指が僕に突き付けられる。


「――ただの民間人ですが?……なにか?」


「って――そんなわけがないでしょ!

悪魔を祓えるなんて、私たち対魔官か、それとも『悪魔祓いエクソシスト』だと相場が限られているのよ!」


「――うん。君は確実に人間を止めていたよ?」


二人の頭上にはあからさまな疑問符が浮かんでいた。


「――いや……、ですから!本当にただの民間人なんですって!」


「呆れたわ!そんな嘘がまかり通るとでも!?」


「ただのサバイバルナイフ一本だけで悪魔を祓う人間なんか、見たことがないよ?」


 悪魔って――サバイバルナイフで祓えるんだ。

 むしろ、僕はそっちの方に驚愕していた。


「――その前に一つだけいいですか?」


「……何よ?」


「……何かな?」


「――悪魔って実在するんですね!」


「「――まずは、そこから!?」」


 二人の顔には『呆れた』と一言だけ文字が刻まれていた。


「――どうする?サクラ?」


「――どうしよっか?アヤノちゃん」


「とりあえず、拘束する?」


「分からないし、そうしよっか」


 えぇ……、僕が一体、何をしたっていうのさ。


「――か、帰らせて頂きます!」


 しかし、アヤノさんは携帯端末に視線を落とすやいなや……。


「無理よ。えぇっと……、22時42分。

あなたを今から『保護』します」


「――ほ……、ご……?」


「さて、行きましょう?」


 僕の両腕は二人の美少女にガッチリホールドされてしまった。

 人によれば、単に羨ましい光景かも知れない。

 だが、その実際は謎の組織に拘束された過酷な情景だ。


『こちら、サジタリウス。間もなく、ランディングゾーンに到着する』


 二人の片耳に付けられた無線から音声が漏れる。


 もしかして、謎の組織ではなく、自衛隊の人たちなのかな?

 いや、そう考えるには早計か。

 格好が迷彩服と全然違う。

 まるで国家に仕える隠密おんみつのようだ。

 である、とするのならば、この者たちは一体何者だ?


 僕は素朴な疑問をぶつけてみた。


「――あなたたちは何者ですか?」


 アヤノさんは静かに答えてくれた。


「――『警視庁超常現象特殊捜査室』。

通称、Special Investigation Office for Paranormal.略して、『S.I.O.』と言えば分かるかしら?」


「――ほえ?」


「オカルトを専門とする『特務機関』よ」


「私たちはそこに所属する、『警視』だよ?」


 警察だと!?

 これは予期せぬ事態だ。

 僕は警官に逮捕されたと同然だ。

 この事実を知られれば、学校、家族までにも迷惑が掛かるかも知れない。


「そんな顔しないでよ?

私たちはあんたを別に『逮捕』しているわけじゃないんだから……」


「あのぅ……、逮捕と保護ってどう違うんですか?」


サクラさんが満面の笑みを浮かべる。


「逮捕が検挙の過程で拘束することで……、保護は署まで連れていくことだよ?

えぇ……と、検挙とは、容疑者を捕まえて署に連れていくことだよ?」


「どちらにせよ、逮捕と変わりないじゃないですか!?」


 僕は二人を退かそうと、我武者羅に足掻いてみせる。

 しかし、そんな願いなど、叶わなかった。


「もう!そんなに暴れないで!」


「次に暴れたら、公務執行妨害で逮捕するから!」


 両側からの圧が凄まじかった。


 どうしてかな?

 美少女に囲まれているといのに……、全然、嬉しくないや。


『こちら、サジタリウス。ランディングゾーンに到着』


 光学迷彩を取り払った、最新鋭のヘリコプターが目の前に佇む。


 その風圧に思わず目を瞑りそうになる。

 まるで、風に抱かれている気分だ。


「その前に……っと」


 美少女さんが握りしめた眩いような杖を僕に向けてくる。


「この者に大いなる平和を与えよ!

――『コスモス』」


 何だか、身体が至上に包まれているようだ。

 瞼は自然と垂れ下がり、安寧あんねいへと向かう。

 たったそれだけの行為で……思考は神楽鈴かぐらすずの音色と共に暗転する。


「大丈夫だよ?何があっても、『悪い夢』みたいなものだから」


 総じて、微睡まどろみの中へと僕の意識は沈んだ。


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