第11話 一言でオカルト、二言で近所迷惑




「――『アルカナ』を創りし者たちよ。我に『翼』を授けたまえ。

『ワイルド』の底知れぬ力と共に、汝を示さん!

――『スフィア』」


  何ということでしょうか?

 美少女さんの背中から半透明な翼が生えたじゃありませんか。

 それを使って美少女さんは降るような空を滑空かっくうする。


 えぇ……、全然、意味が分からないのですが……。

 一体、戦況はどうなっていることやら……。


「――ほう……。想った以上に速かったな……。“対魔官たいまかん”とやら」


 ラミーは両腕組むと、心底愉しそうに顔面を歪めた。


「――大丈夫だから!私たちの後ろに下がって!」


 すると、美少女さんの杖が輝きだした。


「風よ!獣の楔をいざ、解き放たん!

――『サイス』」


 杖の先から、風の奔流が零れる。

 それはラミーを呑み込むと、その四肢の悉くを切裂こうとした。

 対し、力こそ総て言わんばかりに、ラミーはありったけの魔力を消費し、これに対し、防御に徹する。


「……小癪な?こんなものが、オレに通用するとでも?」


「そんなもの……、通用するか、どうかは……、試してみないとね……!」


 誰か説明してくれませんかね?

 少なくとも、理解が追い付かないね。

 いや、僕の理解が死んでいると言っても過言ではない。


「――あのぅ……?SF映画の撮影か何かですか?」


 僕は隣に立つもう一人の美少女さんに尋ねた。


 唐紅からくれないに染まるような長髪に、女優のような美しい顔立ち。

 その月白の肌の上には、空飛ぶ彼女と同じ、漆黒の軍事用ハイテクスーツを纏っている。


 所謂いわゆる、大和撫子のような美少女さんは、両腕を組み、静かに瞼を閉じた。


「――そうそう……。よくできているでしょう?」


「出来栄えが良すぎないですか?」


「――あら、そう?きっと、それだけ良い映画なのよ」


「……ほーん」


 大和撫子さんは静かに閉じた瞼を、おもむろに見開いた。


「――“サクラ”、上よ!」


「――“アヤノ”ちゃん!ありがとう!」


 サクラと呼ばれた美少女さんは杖を無音で真上に掲げる。

 颯爽さっそうと呪文を唱えた。


「我を守りたまえ!土塊の鎖よ!

――『エレファン』」


 どうだろうか?

 上空に出現した半透明な壁はラミーの膨大な魔力の流出を阻む。


「クッ……!」


「――ふむ。いつまで、持ち堪えるか、これは見物だな」


 状況は更に悪化した。

 ラミーが放つ魔弾。

 対し、その威力に耐えられる程に彼女は強くなかったのである。


「先ほどまでの威勢はどうした?――小娘!」


「――この……!」


「――サクラ!」


 アヤノと呼ばれた美少女さんはボソボソ。と何かを呟くと、その足元から爆発するような炎が噴出した。

 炎は時に、閃光のように場を駆けると、ラミーへと喰らいつく。

 ラミーはその致命をあっさり。と躱す。


「――ひょえ!」


 僕は飛び退くと、すぐさま、屋上に置かれた物置の影へと隠れた。


「――ありがとう!アヤノちゃん!」


「――当たり前よ!私たち親友でしょ!」


「――うん!」


 サクラさんは嬉しそうに微笑むと、一変、ラミーを鷹のように、睨みつけた。


 なにが『――うん!』だ!

 危うく、僕も巻き添えを喰らう所だったんだぞ!


 抗議しようと、僕は物陰から身を乗り出した。


「――あ、危ないじゃないか!想わず、丸焦げになる所だったんだぞ!」


 アヤノさんはそんな僕を手で追い払う。


「――あんたは邪魔だから、下がってなさい!」


 一喝いっかつされてしまった。


 果たして、これが映画の撮影の一言で片づけられてしまうのだろうか?

 僕はこれまた、疑問を覚える。

 宙を飛べるなんて『神秘)』の類ではないだろうか?

 それに、彼女の足元から溢れた『炎』。

 そのすべてをオカルトだと片づけてしまえば、どれだけ幸いか。




 ――そうだ。




 これは、SF映画の撮影などでは、断じてあり得ない。

 現在、まさに繰り広げられている光景は『嘘』ではない。


 そんな僕に限られた行動とは……?

 うごご……。そんなこと分かりきっている。


「――あのぅ……、サバイバルナイフか何か、持っていますか?」


「――あのね?今は時間が惜しいの!邪魔しないでくれない!」


 彼女は切羽詰まったような表情を僕へと向けた。


 だからね?その気持ちは痛い程に伝わってくるよ?

 今、この瞬間さえ、時間が惜しいのだろう?

 だったら、その瞬間を僕にくれないか?

 僕ならば、その刹那を変えてみせる。


「――い・い・か・ら!持っているのか、持っていないのか、どっちなんだ!」


 本当にさっきまでの威勢はどうしたのだろうか?

 アヤノさんは萎縮したように眉を顰めた。


「……装備しているけど?あんた……、何がしたいの?」


「――野郎を仕留める。それだけです……」


「――は?」


「――だ・か・ら!野郎を仕留めるんです!」


「――ちょ、ちょっと待ちなさい!言っている意味がてんで理解できないわ!」


 僕はアヤノさんの胸に隠されたサバイバルナイフを奪い去ると、それを掌で弄んだ。


「――ちょ!いつの間に……!」


「なぁに……、ちょっとした手品みたいなものですよ?」


 僕はナイフを逆手に持ち直すと、獅子の如く上空を睨み上げた。

 際限のない星空の果てに、何度もラミーとサクラさんの魔力が激流の如くぶつかり合っていた。

 その度に、天空に咲く火花。

 まるで泡沫の末に溺れていくように散っていった。




 ――ゲーム・オーバー。




 サクラさんはラミーの魔力に押されるや否や、僕たちのいる地上に墜落した。


「――サクラ!」


アヤノさんがすぐに駆け寄る。


「――大丈夫だよ!こんなのへっちゃらだよ!ぶい!」


彼女は健気に微笑で見せた。


「――無茶やり過ぎよ!この馬鹿!アホ!」


「――『アホ!』は流石に言い過ぎじゃないかな……、えへへ……」


「――そこは、照れるんじゃなくて……、謝るとこでしょ!」


「ご、ごめんさい!」


「……もう、誰かに……、死なれることは懲り懲りなんだから……」


「うぅ……、ごめんね?アヤノちゃん」


「――いいわ!選手交代よ!次は私が――え?」




 僕は彼女の目の前に立っていた。




「――Hey!悪魔さんよぉ!バカ!こっちを見やがれ!」


「――な!?」


 極限まで光彩こうさいを見開いてくれるアヤノさん。

 ……驚いてくれて、何よりです。




「――ほう……!このオレに喧嘩を売るとは……。

此奴め……、その度胸だけは褒めてやる」




 ラミーの瞳がギョロリ。と僕へと向けられる。

 まるで死闘を愉しむかのようにその表情は愉悦に満ちていた。


 あぁ……、君もそうなのかね?

 この死線を喜ぶ異常者の一人だと確信していいのだね?

 ならば――歓迎しよう……、盛大にな!

 なんちって……


「だ・か・ら!こっちだって!

そんな幼気な少女を甚振って愉しいのか?このロリコン野郎!」


「――ほえ!?」


 極限まで光彩を見開くサクラさん。

 ……驚いてくれて、光栄です。




「――貴様……!」


「いいから、降りてこいや!このヘタレ野郎」


「――殺す」




 単純馬鹿で良い悪魔(デーモン)だ。

 無慈悲むじひで、血に酔っている。


「――あんたは、下がってなさい!」


 アヤノさんが何かを呟く。

 ごく細く、全然聞き取れない程の言葉の数々だった。

 が、突如として現れた炎。

 それは、屋上に業火の柱を突き立てると、ラミーにゆらりと牙を剥けた。


「『精霊使いエレメンタラー』如きが、このオレに勝てるとでも?」


「あら?何でも、試してみないと分からないじゃない?」


 業火がラミーへと迫る。

 ラミーはそんな業火を刀で一喝すると、瞬時に切断面を覗かせた。


「――嘘!?」


「――無駄だ……、小娘!」


 刹那に閃く一本の刀。

 それは、時に暗雲の如く豹変すると、アヤノさんの首に目掛けて迸った。




「――全く、穏やかじゃないですね?」




 僕はサバイバルナイフの腹で刀の切っ先を受け止めていた。


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