最後の痛み

倉田京

最後の痛み

 人の感覚はいつまで続くのか。私は死ぬのが怖い。



 私とN子は一番の親友だった。毎日どちらかが寝てしまうまで、携帯でメッセージをやり取りしていた。携帯にはN子専用の着信音とバイブレーションを設定していた。


 私たちのやりとりはN子が病気で亡くなった後も続いた。


 N子が亡くなった翌日、携帯からN子専用の着信音が聞こえてきた。

「届いてる?」

 怖くはなかった。私は嬉しかった。ほんの少しでもN子とまた話ができる。それだけで幸せだった。死後の感覚は薄くぼんやりしていると彼女は語ってくれた。


 葬儀中もトイレにこもり、ずっと携帯でやりとりをした。お互いに『ありがとう』を何度も言い合った。痩せ細る前の元気だった頃の彼女の姿を思い出した。二人で同じ人を好きになったこともあった。将来の夢について真剣に語り合ったこともあった。

 携帯の画面に涙のしずくがいくつも落ちた。


 やがて火葬の時が近づき、N子から最後の言葉が届いた。

「さようなら」

 私も同じ言葉で返信をして桐の箱に包まれた彼女を送り出した。



 しばらくすると携帯がメッセージを受信して振動した。N子専用のバイブレーションだった。


「あつい」


 それを読んだ直後、N子の言葉が次々送られてきた。


「あつい」「あつい」「たすけて」「あけて」「だして」「あつい」「あつい」「だして」「あつい」「たすけて」


 携帯が震えるたび、私の頭の中に音が響いた。

 ドン! ドン! ドン! ドン!

 火葬炉かそうろの中から音が聞こえてくるようだった。真っ赤な炎で燃やされていくN子の、必死にもがく音が…。皮膚と骨が壁にぶつかる音が。


 私はトイレの個室に逃げ込み、両耳をきつく抑えた。音は頭の中でずっと鳴り続けた…。



 やがてN子からのメッセージは途絶え、携帯は静かになった。



 三日後、私は意を決して携帯電話を開き、N子からのメッセージを読んだ。

 『あつい』それが彼女の最後の言葉だった。



 人の感覚はいつまで続くのか。私は死ぬのが怖い。

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最後の痛み 倉田京 @kuratakyou

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