とりあえず、自分達の行動範囲を広げよう。

 1

 次の日……。


 会議が始まる。

聖星川せいせいがわたちから聞いた話では……ゾンビがいたと」

 虎縞山とらじまやまは言った。

「どうせ嘘だろ」

 周りの人たちは言ったが、

「違う!! 本当にいたの」

 と、上故かみゆえは言った。

「まぁみんな、この世界はあくまで異世界だ。だから信じよう。こんな時に上故と聖星川は嘘をつくとも思えないし」


 僕は見た、

 魚の腐ったような目をして、全身が腐り果て、死臭を放つ生物を。

 そして、その怪物が僕に撃たれ、盛大に血を出し死に逝く様を。

 一方上故も――あんなに優しい上故も、二羽を殺したことで、心が汚れた。

 上故はブルブル震える右手を眺めていた。

 あの震えている右手の人差し指を少し曲げただけで、二羽は死んだ。


『教室』の扉が開いた。

 ガスマスクを着けた一人が入ってきた。

 床爪ゆかづめだ。

 床爪は殺菌スプレーを自身に掛けた。

「……枠井の両腕に堅い鱗が出来た。鱗は少しずつ増えている。体の痛みを訴えてもいる」

 床爪は言った。

「まじかよ……」

 教室はまた異様な空気になった。

「今は『治療セット』の中に入っていた抗生物質で体内での繁殖を出来る限り押さえている。

 あと、これを渡しに来た」

 床爪はそう言って宇宙食のような銀色のパックを渡してきた。

「無菌の食料らしい。暫くこれで耐えるしかない」

 床爪は三十パックほどの食料を出した。


「とりあえず、自分達の行動範囲を広げよう」

 虎縞山は言った。

「みんな少しでも体調が悪いようだったら、すぐに『三年三組おれのところ』に来て。それが一番の絶滅を防ぐ方法だから」

 床爪はそう言って、廊下へ出た。


 現在、床爪がガスマスクを装着しているため、

ここにあるのはガスマスク 2つ、銃 3丁、針ショットガン 1つ。

 つまり、廊下に出れる人数はガスマスクの数――二人だ。


「聖星川と上故は休んでていい。他に今から散策に行けるやつ」

 虎縞山は言ったが、しーんとした。

 だが、湯川ゆかわ比奈梨ひなりは立ち上がった。

「パパッと終わらしちゃお」

 湯川はそう言っていた。

 湯川に続いて不来流ふくる莉癒りおも立ち上がり前に行った。

「私も比奈梨ちゃんとなら行ける」

 不来流はそう言った。

「女子二人で大丈夫か?」

 虎縞山は言ったが

「二刀流で行くから大丈夫」

 と、湯川は言い、机の上の銃を二本取った。

「私も逃げ足だけは得意だから、殺される事は無いっしょ」

 と不来流は言った。

「「行ってくる」」

 二人はそう言い『教室』から出た。


 ……

「トイレ行きたい」

 男子の黒名くろな夏彦なつひこは立ち上がり言った。

「行けばいいじゃんか」

 手桐てきり勇大ゆうだいは言った。

「……いや、他に行く人いない?」

 黒名はそんなこと言って、一向に行こうとしない。何故かは予想つくけど。

「俺、行かねぇわ」

 手桐はそう言うと、二つの机をベッドの用にして仰向けに寝た。

「手桐もチビっても知らねーぞー」

 女子の『亀空かめぞら藍音あいね』は小バカにするように言った。

「……分かった。俺がついていく。『教室』から一人で出たら危険だ」

 虎縞山は言った。

「……いいよ。はいはい。一人で行けば良いんだろ。息止めていけばほんの一分くらい感染しないしね」

 黒名はそう言って『廊下』へ出た。



――途端。


「嫌だァーーーーーーーーー!」

 と、隣の部屋から聞こえた。

 そして床爪がおぼつかない足取りで『三年四組』に来た。

 廊下に出たばかりの黒名は『三年三組』の方を見たままだった。


 そして、黒名の視線の先から二本の緑の蔓が伸びてきて、黒名の全身を巻き付けると引っ張った。


「や、やめろーーーーーーーーー!」

 黒名はようやく喚き出した。


「く、黒名!!」

 虎縞山は『廊下』へ出て、ギリギリのところで黒名の右腕を掴んだ。

 しかし、虎縞山の引っ張る力より、蔓の方が強かった。

 蔓は『三年三組』から来ているようで、黒名や虎縞山を『三年三組』に引っ張っているようだ。

「おい!」

 手桐も二人を引っ張りに向かった。

 しかし、二人は隣の教室まで一気に引っ張られた。

「待て!」

 手桐も『三年三組』へ入った。


「な、何が……!?」

 上故は口を震わせ言った。

「……枠井の腕が植物になって、暴走した」

 床爪は言った。

「ぼ、僕行ってくる!」

 ソダスケも向かった。


 2

……隣で激闘があったのだろう。

 ドタバタ音が激しくなっていた。

 やがて、戦ってる場所が廊下に移った。

 

「落ち着け枠井!! 俺だ!! グハッ――」

 コンクリートの壁が崩れる音がした。

 蔓のペチンッという音が無音の『廊下』に響いた。


 水道のステンレスの場所に誰かが乗ったのかバンッという鈍い音がなった。

 そして蛇口が一気に緩む音と、激しく放射される水の音がした。


 そんな激闘の音を、聞いてるだけしか出来ない僕がいた。


 激しい音は止んだ。

 恐る恐る『廊下』を覗くと、びしょ濡れになって倒れ失神している枠井がいた。


「床爪ー! もう大丈夫だ! 来てくれー!」

 手桐は廊下からそう叫んだ。

 床爪は恐る恐る『教室』を出て、枠井の元へ行った。

 床爪は枠井の首筋に触れると、

「……まだ脈はある」

 と言った。


「……なんか水がかかったら、こいつの腕の蔓が無くなって」

 黒名は言った。

「水? さっきの水道の?」

 床爪は聞いた。

「うん」

「水か……」


 まさか、ウロコウィルスにかかると、こういう症状も出てしまうのだろうか。

 そして、こういう症状は水で抑まるものなのだろうか。


 3

 その後、湯川と不来流が帰ってきた。

 湯川の手にはもう一つガスマスクがあった。

「……殺されかけた」

 湯川の口は震えていた。

「でも、ワクチンは5本持ってきたよ」

 不来流はそう言い、液体薬品の入っているガラス瓶を出した。


 虎縞山は殺されかけたと言っていた湯川に何があったか聞こうとしない。

 これで、みんながこの異世界の恐怖を知った。


 床爪は枠井の抗生物質の投与以外、『三年三組』に行かないことにした。

 

 また、湯川と不来流いわく、ワクチンのある部屋の周辺は強敵がいるらしい。

 二人は『保健室』でガスマスクを被った巨体でナイフを持った男と戦ったらしい。

 殴り飛ばされたりしたが、結果銃で心臓を撃ち、男を殺したそうだ。

 男のつけていたガスマスクとナイフを回収したため、現在この部屋にはガスマスク 3つ、銃 3丁、針ショットガン 1つ、ナイフ 1つだ。


「じゃあ床爪、このワクチンを枠井に使ってきてくれないか」

 虎縞山は言ったが

「無理だ」

 と、床爪は言った。


「治療セットには注射器が無かった。つまり、枠井には飲用の抗生物質しか使えないんだ」

 と言った。

 つまり、この世界から出て医者に渡すしか無いと。

 いやそうでも無いかもしれない。

「えっと……」

 僕は発言した。

 あまり発言する性格じゃないから、『教室』は静かになった。

「保健室に注射器あるんじゃない?」

 僕はそう言った。

「一理あるね。僕が行こう」

 枠井は立ち上がった。そして、銃を1つ取った。

「俺も」

「俺も行く」

 と、手桐と黒名も立ち上がった。


「注射器とその他色々取ってくる」

 三人はガスマスクを被った。

「ありがとう。出来れば銃をここに置いておいて、……手桐、代わりにナイフを持っていってくれ」

 虎縞山はそう言い、ナイフを差し出した。

「うっす。俺に銃なんて不要だわ」

 手桐は机に銃を投げおき、ナイフを受け取った。

 三人は『教室』から出た。


……

「何だか皆強いね」

 上故はボソッと独り言を言った。


 あの三人はあんなに恐怖の体験をしたのに、今も怖いはずなのに、未知の場所へ向かっていった。


「虎縞山~。この部屋の見張りは私がやるよ」

 亀空はそう言うと、机の上の銃を取った。

「いやいや、女子にそんな雑務は――」

「いいの。虎縞山は寝て。虎縞山には今後も学級委員として指揮を取ってもらうつもりだから、今の内に休んで」

「……」

 虎縞山は黙った。


「……僕も、見張るよ」

 僕は針ショットガンを取り、亀空の隣に行った。

 僕はもう休んだ。

 もう、ゾンビを殺したくらいで吐き気は催さない。


「……分かった。何かあったら起こしてくれ」

 虎縞山はそう言うと安心したように仰向けになって眠った。


「じゃあ僕が後ろの入り口見てるよ」

 僕は言うと、

「うん、私は前を見る」

 と、亀空は言い、前の入り口へ向かった。

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