ウィルスバッシュ ~クラスで『ウロコ病』が流行っています。ワクチンを取りに行きましょう~

白湯蓮々

クラスが半減しました。マスクを着用しましょう。

ウロコびょう【ウロコ病】体の皮フに鱗のような物ができ、動きが取れなかったり脳に異常が起こる病気。ウロコウィルスによって発症する。


 1

 本日1月12日。

 時期外れのインフルエンザだろうか。

 教室の生徒の数は半減していた。


「みんな体の痛みで欠席だそうです。こんなに欠席が多いのは、三年四組このクラスだけです。みんなはうつらないよう授業が終わる毎に手洗いうがいをし、マスクを着用しましょう。マスクを持ってない人は保健室で借りてください」

 と、朝のホームルームで担任は言っていた。


 現在、このクラスにいるのは先生一人、生徒は僕を含めて十一人。


「じゃあ一時間目、理科の準備をして下さい」

 担任はそう言い教室を立ち去った。


 ……。


「……みんな」

 クラスメート、僕の隣の席、男子の曽田蛇助じゃすけ、ニックネーム『ソダスケ』はボソッと言い出した。

「……だよ。早く……じゃうよ」

 といった具合に全然聞き取れない。

 独り言だろうか。

 僕も人の事を言えないが、ソダスケは友達がいない。

「みんな……聞いてよ……」

 ソダスケは確かにそう言った。

 ソダスケはいつもより増して弱々しい。

 僕はもう少し耳を澄ませ、ソダスケの声を聞いた。

 すると意外に話が聞き取れた。

 そこから聞き取れたのは……


「……ごめん、僕のせいで。みんな死んじゃうよ」


 2

 そろそろ、クラスのみんなの視線がソダスケに向き始めた。


「……なぁ。アイツ何言ってんの」だの、会話が聞こえる。

 やがて、ソダスケは立ち上がり教壇に立った。

「皆さん。すみませんが、このあとみんなで異世界に行くことになります」


 沈黙……。

 段々ざわつき始めた……。


「……あれ、ソダスケ厨二病??」「異世界転生?? いや出来るなら可愛い女の子のいる世界行きたいけどさw」「頭狂ってて草」と、またまたコショコショと話し出した。


 ちなみに前述通り、僕には友達がいないため、そう言ったコショコショ話は出来ない。


「……彼の言うことは本当ですよ」


 そんな声がしたと思うと、ソダスケの右に円陣ができ、スーツを着た一人の男が現れた。アニメとかで見る『転生』だった。

 ただ、男の服装がスーツだというのが雰囲気に合わない。


「うわぁ!! いつの間に……!」

 クラスの男子は言った。


「彼、曽田君があるゲームに応募してくれました。『ウィルス バッシュ』ってゲーム知ってる?」


 そんなゲーム知らない。


「君たちの半分以上のクラスメートに『ウロコウィルス』を感染させました。だが、ワクチンはこの世界には無くてね。今からこのクラス全員を異世界に連れていくんで、取って来てください」


 唖然。


「じゃあ、一斉にむこうへ転生します。早く全員分のワクチンを手に入れないと、彼らは全身鱗まみれになって死んじゃうからね」


「ちょちょちょっと待ってください」

 ある男子は言った。

「おかしくないっすか。ソダスケが応募したゲームを俺らが参加って」


 ド正論。

 僕もそう思った。


「いや、応募サイトには『ゲームの注意点』を書いておきましたよ。『これは応募者のクラスみんなでやるゲームです』って。 ……まさか、曽田くん、読み飛ばしました?」

 男はそう言った。

「ごめん、みんな……」

 ソダスケは泣き出した。

「どうせここにいる皆も、『利用規約』とか読み飛ばしてるでしょ。これからはちゃんと目を通さないとダメですよ。

 私たち運営側はちゃんと書いたから、別に詐欺じゃありませんよね。だから、ちゃんと参加しなさい。 ……とか言ってる場合もないんだ。理科の先生が来ちゃう前に異世界へ行かないとですので」


 3

『君たちは〈青チーム〉です。他のチームと対立、協力しながら頑張ってください』


 あの日から、僕たちは異世界――というか学校の内部を模した異次元世界へ行った。

 学校の内部を模したと言っても、僕たちの母校ではない。

 今の僕たちのいる場所は『三年四組の教室』だ。僕たちは単純に『教室』と呼んでいる。

 中身は普通の教室でも、窓から外を眺めても、空も校庭も見えず、真っ暗な空間しか見えない。

 スマホは圏外だ。


 僕たちは教室の隅にある学級文庫を手に取った。

 本にはこの異世界のシステムが書かれていた。

 どうやら『教室』から離れると、ウロコウィルスに感染しやすいらしい。

 だから、今のところ教室から出る人はいない。


 僕たち異世界に連れてこられた十一人は『教室』で会議を始めた。


 学級委員の虎縞山とらじまやま春汰はるたは口を開いた。

「……そろそろ、ワクチンを探そう」


「そりゃそうだけどさ。ソダスケ、お前が行けよ」

 男子の手桐てきり勇大ゆうだいは、意地悪そうに言った。

 ソダスケは黙りこんだ。

「待った。一人で行くのは危険だ」

 虎縞山は言った。


「俺、行かなーい。勝手にやってくれー」

 手桐と、

「同じくー」

 男子の黒名くろな夏彦なつひこは言った。

「おい!! 手桐、黒名」

 虎縞山は言ったが、二人はそのまま机の上に寝転がった。

「でも、そもそもこの異世界――っていうか校内の地図分からないから、探しようが無くね?」

 女子の湯川比奈梨ひなりは言った。


「いや、でも少しずつ探そう。ウィルスに感染しやすいっていっても、すぐにかかる訳じゃない。

 まず、僕が隣の『三年三組』まで行ってくるよ」

 虎縞山はそう言うと、『三年四組』の扉を開け、走って『三年三組』まで行った。


 そして、一分も経たない内に戻ってきた。

 ……ガスマスク三人分、治療セット、銃三つを抱えながら。

 虎縞山は廊下や『三年三組』では息を止めていたのか、もう息切れしていた。


「そ、それって……」

 女子の不来流ふくる莉癒りゆと、湯川はおそるおそる近付き、銃を手に取った。

 女子でも扱い易そうな、小柄な型だ。


「みんな、ガスマスクもあるし、こんな感じで色んな部屋から物を取ってきてくれ。ただし、三人で団体行動だ。そして銃を持ち運ぶんだ」

 虎縞山は言った。

 虎縞山は結構真剣そうだ。

「じゃあ、上故と枠井と聖星川、行ってきてくれ」

 虎縞山は言った。


 上故かみゆえ夜歌よかは僕より背の高い女子、

 枠井わくい来芽らいがは体育の得意で足の速い男子で、

 聖星川せいせいがわ一志ひとしはコミュ障の『僕』だ。主人公である。

 あ、一応上故と僕は付き合っている。


「了解」

 上故はそう言うと前に出て、ガスマスクを受けとり被った。

 そして、湯川から銃を受け取った。

 枠井もガスマスクを被り、不来流から銃を受け取った。


 そんな中、僕の足は震えていた。


「ちょっと、聖星川。早く受けとれ」

 虎縞山はそう言ってガスマスクと銃をグイと出した。


 周りのクラスメートは「早くいけよ」「迷惑~」「アイツビビりすぎ」と言ってきた。


 僕は恐る恐るガスマスクを受けとり被った。

 そして銃を手に取った。


「でも、なんで銃があるんだ?」

 枠井は言った。

「分からないけど、もしかしたらこの異世界ではゾンビなんかが出るのかも。……嘘みたいな話だけど、クラスが半減したのも異世界に来ちゃったのも本当だから、信じよう」

 虎縞山は言った。


「一人でも体調を崩したら、すぐに戻ってきなさい」

 男子の床爪ゆかづめおさむは言った。

 確か床爪は医者の子供だ。


「じゃあ行ってこい」

 虎縞山のその言葉と共に、僕らは『教室』を出た。


 3

 ガスマスクを被ってるから大丈夫、という安心感があった。

 そのため、学校の廊下を歩くように普通に歩いた。


「でも、異世界転生ね~。私、それ自体信じられないな」

 上故は言った。

「でも、俺は異世界に来てワクワクしてるぜ。虎縞山も結構ワクワクしてたろ。……まぁ、異世界が『学校これ』っていうのは期待外れだけど」

 枠井は言った。


 そうこうしてる内に図書室に着いた。

 一応中を確認して見ることにした。

 僕たちの母校より広い室内。

 教室にあった学級文庫よりこの世界に詳しい本が置かれてるかもしれない。


 室内では単独行動で、いろんな本を探すことにした。

 僕は適当に端っこの化学のコーナーへ行った。

 一段一段、一冊一冊、背表紙を見るが手がかりのある本はない。

 ただ、この部屋が静かすぎて、僕の歩く音、本を取る音めくる音、心臓の音が聞こえる。


――突如


「うわぁ!!!!!!」

 と、枠井の叫び声が聞こえた。


「どうした~」

 上故は枠井の場所へ様子を見に行くと

「キャッ!!!」

 と、叫んだ。

 上故は逃げるように図書室の扉まで走った。

 上故はどうしようもなく崩れたように泣いていた。


 僕は恐る恐る枠井の声のした方へ行った。

 枠井はしりもちをつき、前を指差していた。

 枠井の指の先には……


「アァ……ァ」


 全身腐食人間、ゾンビがいた。


「ヒィッ――」

 僕は恐怖で足がすくんだ。


「に……逃げて……ッ 聖星川……!」

 枠井は声を震わせ言った。

 僕は震える手で銃を握り、銃口をゾンビに向けた。

 そしてなかなか力が入らない人差し指で引き金を引いた。


――バンッッ!!


 ゾンビは激しく血を出し、仰向けに倒れた。


「枠井!! 行こう!!」

 僕は枠井の腕を掴み、図書室の出入り口へ走った。

 震える足のせいで、思うように走れない。

 そんな中、急に目の前に針が飛んできた。

「うわぁ!!」

 と、僕と枠井の足は止まった。


「聖星川君!! 枠井君!!」

 と、上故は僕たちの上の方を指差し言った。

 上故の指差す方を見ると、本棚の上にショットガンを肩にかけた制服の男子がいた。

 制服が違うため、僕たちと同じ学校の生徒じゃない。


「こんにちは〈青チーム〉さん。僕は〈赤チーム〉の『二羽にわ酪介らくすけ』です」

 本棚の上の男子は言った。

 二羽の腕には赤色のバンドがあった。

 よく見ると、僕たちの腕には青色のバンドがあった。


「ちょ、ちょっと……」

 枠井は後ずさった。


「君たちもゲーム参加者かぁ」

 二羽は言った。

「どんな隠しアイテム持ってるのかな」

 二羽はそう言うと、ショットガンで枠井を撃った。

 実際には銃弾は針だ。

 だから、僕たちの持っているようなうるさい銃声じゃなく、スッッという音だった。


「痛っ」

 枠井は針の刺された腕を押さえた。

 枠井はそのまま踞った。


「ウロコウィルスを水に含ませた毒を塗った針だよ。もう、ウロコ病で死んじゃうね」

 そんな二羽の言葉に驚愕した。

 二羽の銃口は次に僕へ向いた。

 僕の足はまた震えてしまい、逃げられなかった。

「まままま待った!! ななな何も持ってないですって。だから撃つのは――」


――バンッッ!!


 と、背後で銃声が鳴ったと思うと、二羽は血を流し本棚の上から落ちた。

 二羽の落ちた床には血の池ができていた。


「上故??」

 僕は後ろにいた上故を見ると、上故の構える銃からは青い煙がユラユラ出ていた。


 僕は二羽の持っていたショットガンを取った。

 そしてポケットを漁り、何十本もの針が入ったフィルムケースを取った。


 枠井は、針の傷口に指を突っ込み、針を取り出した。

 枠井はその血だらけの針を適当な場所へ投げ捨てた。

 無駄にここが静かなせいで、針のチャリンという音が図書館に響いた。


「帰ろう」

 枠井はそう言うと立ち上がった。


 4

 僕たちは『教室』に戻ると、思い出したように泣きわめいた。

 虎縞山は どうした、と寄ってくるが、どうしようもない恐怖と吐き気で起き上がる気も無くなった。


「ど、どうしよう……。俺、死んじゃうのかなァ」

 枠井は情けなくグシャりとした顔で言った。

 上故も

「この腕で……、この指で……殺しちゃった……」

 と人差し指を震わせ泣き続けた。


「ゲホッゲホッ」

 枠井は口を押さえ、咳き込んだ。

 押さえた手には、血が付いていた。


 椅子に座ってた人たちもバタンッと音を立てて立ち上がった。

『教室』の空気が異様なものに変わった。


「……枠井。今すぐ教室から出なさい」

 医者の子、床爪は言った。

「そ……そりゃひどいだろ、床爪」

 虎縞山は震える声で言ったが、

「感染を広げたくない。みんな感染したら終わりだが、一人でも生き残って全員分のワクチンを収集出来たら、救える」

 と、床爪は真っ直ぐに言った。


「聖星川、上故も消毒してくれ。あと、聖星川はついでにガスマスク借りる」

 床爪はそう言いスプレーを掛けてきた。

「僕が枠井の悪化を『三年三組』で防いでいるから、残りはみんなに託す」


 床爪は枠井と共に去っていった。


 二羽はさっき上故が殺した。

 恐らく、二羽の死亡の発覚は、向こうの〈赤チーム〉には遅れるだろう。

 なぜそう言い切れるか。

 二羽は見る限り単独だったからだ。


「詳しい話は後で二人から聞きたい。今はみんなで休もう」

 虎縞山はそう言ったが、誰も気が休まる雰囲気ではなかった。

 僕と上故は泣き止んだが、この『教室』の生徒は皆黙り混んだままだった。


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