V.Sタカハシ 前

 ガトリング持ちが来た。

 重装甲の騎士ナイトが装甲に任せるまま、ゆっくりと歩きながら構えるソレから殺意が吐き出される。

 ソレは騎士ナイトのスタイルの完成系の一つだ。

 徹底的に上げた呪印の強度と、鎧への付呪エンチャントによる防御力のごり押し。まともに抜けるのは弾丸に力を乗せやすい銃士ガンナーくらいだろう。それもあの騎士ナイトと同等クラスの。


「……」


 つまり、言ってしまえば――ケイジには無理だ。

 呪印深度は同等、若しくはあちらが上。やべぇな。こん、と何時もの調子で銃口で額を軽く小突く。冷静になる為のルーチンだ。額当てが無かったので、直で頭だった。いてぇ。そんな泣き言が漏れる。いや、やっている場合ではない。鋼鉄の右で屋台側面をぶち破り、空いた穴をタックルで破って転がる。

 弾雨が屋台をジャンクに変えたのは次の瞬間だった。

 屋台の店主がハチの巣になる。弾丸が当たった場所が爆ぜる様にして散って行く。人の原型は数秒で無くなった。


 ――ひゅう。


 と、吹けない口笛を一つ。飛び出す様にして屋台から飛び出たケイジは騎士ナイトを視界に納めたまま、地面を転がり、右手で弾く様にして身体を起こした。左のゴブルバーの引き金を引く。雑な狙いだ。それでも当たった。やっぱり抜けない。ケイジの位置を相手に知らせただけだ。銃撃が動く。教団のダークエルフが死ぬ。無関係な魔女が吹き飛ぶ。味方のはずのエルフも巻き込む。トリガーハッピー。暴力に酔った重騎士ヘヴィナイトはケイジの後を追って余分な被害を出している。


「……」


 呪印深度と戦闘技能が噛み合ってねぇ。そんな感想。


 ――彫っただけの雑魚が。


 悪態。吐き出したい。我慢。呼吸を乱してまで叩きつけなければいけない悪態ではない。挑発プロヴォークを発動するまでも無く、こちらを狙ってくれる。こちらだけを見てくれる。ありがてぇな。感謝の言葉。寧ろそれが出そうになる。

 目を付けていたカバーに飛び込む。ダークエルフが出迎えてくれた。

 ただし、死体で。


「!」


 カバーの内側に潜り込んだ“蛇”の毒にやられたのだ。ケイジはそう“理解”した。した瞬間、咄嗟に顎を引いて首を守った。そこに腕が来た。良かった。内心での安堵。針か、締め技か。その二択だった。死体の状況から咄嗟、締め技と判断したが――確信と言えるものは無かった。つまりは運が良かっただけだ。

 絞殺術スネークキリング

 ガララも使う盗賊シーフ技能スキルだ。足音無く、背後に立っていたエルフが首に腕を入れようとしてくる。馬鹿が。グレネードでもポケットに捻じ込んでさっさと引くべきだったのだ。この距離はケイジの距離だ。判断をミスった。なら死ね。入りが浅かったことを良いことに、服ごと腕を噛む。噛み千切る。肉の味。しない。血の味。しない。だが匂いはした。感触もある。肉を喰った感覚だ。その痛みに、腕が離れた。身体が離れた。

 肘鉄/同時/裏拳

 二連撃を隙間なく繋げて一撃へ。出来た空間と意識の隙間にケイジの右が奔る。崩された盗賊シーフエルフ。離れていくその顎をケイジが掴む。右だ。だから撃った。ゼロ距離から撃ち込まれる杭。炸薬の音と、火薬の匂い。被せる様に人体が爆ぜる音と鉄の匂い。

 その匂い鼻からたっぷりと吸い込んだ。


 ――肺が膨らむ。


 足が力強く地面を掴む。


 ――力みに血管が張る。


 不安定な体制からケイジは無理矢理、背負い投げの要領で右手の先に突き刺さった死体を前方に放り投げた。

 強襲アングリフ

 強化された身体能力はガララの、否。ガララでも不可能な芸当をケイジに許した。死体が高く飛ぶ。杭を頭から生やした死体が飛ぶ。跳ぶ先には重騎士ヘヴィナイトがいた。

 避ける必要な無い。

 避けてはいけない。

 ただの肉の塊だ。重さはある。速度は無い。両足で踏ん張って衝撃を堪え、継続しての銃撃が彼のやることだった。やらなかった。避けた。銃撃が途絶えた。強みのはずだった重い装甲が単なる重りに成り下がる。構え直す時間。数秒。

 それはケイジが勝つには十分な時間だった。

 と、軽い音。

 ずっ、とその音からは想像もつかない重さ。

 ガトリングの凶悪で、強大な銃口を踏みつけてケイジが立っていた。


「あ?」


 思考の停止。間の抜けた声。そんなモノを出した時点で勝負はついて居る。手刀。ヘルムのスリットに叩き込む。そこには呪印の防御が薄い目が有った。知らんとばかりにそのまま突き刺し、機械の馬力で無理矢理指を閉じる。手刀から拳へ。変化した形がスリットを広げる。痛みで手放されたガトリングに乗っていたケイジが落ちて、手が抜けて、一瞬、目を貫かれた無残な顔が見えた。『あ』と口が開いている。殴る様にしてソコにゴブルバーを突っ込む。


ひゃめっ――」

ねぇよ・・・、ベイビィ」


 引き金を引く。脳に穴が開いた。崩れる重騎士ヘビィナイト

 蛮賊バンデットは、


「――平和な屋台村への襲撃とか許せねぇな」


 周囲の視線をたっぷり集めて――


「っーわけで、正義の味方、バンデットマンの登場だ。間抜けを晒す悪い子はこう・・なっちまうぜ? それでも良けりゃ掛かって来な。相手をしてやるよ、臆病者プッシー


 嗤ってみせた。







 注目を集めた。

 それから数秒後に何人かのポケットが爆発するのだからガララは最高だ。ケイジへの怒りと、ガララからのプレゼントで一気に混乱しだすブラーゼン協同組合・強襲班アサルト。先手の有利も、奇襲の優位もこうしてごちゃ混ぜにしてしまえば台無しだ。


「……」


 コレで良い。ある程度頭が回る奴がいりゃ、立て直せんだろ。そう思う。

 戦いは数だと言う。

 この状況、冷静になって動けば、その数も稼げる。突然襲撃して来たのはブラーゼン協同組合なのだ。上手く思考を誘導すれば、この場にいる客全員がブラーゼン協同組合と敵対する。言葉ではない。理でもない。大事なのは恐怖だ。付く方を間違えると『どうなるか』。ソレをシンプルに見せてやれば良い。だから――


「毎度毎度、はしゃぎ方が雑過ぎやしねぇか。なぁ、おい。どうなんだよ? ブラーゼン協同組合の皆様方?」


 煽る様に。奔らせる為に。嗤いながら血濡れの右手と、銃を見せてやれば盤面は一気に黒駒優勢に早変わりだ。

 目立った脅威だった重騎士ヘビィナイトが沈んだ。

 沈めた血濡れの蛮賊ブラッディバンデットが敵対すればこう・・なるぞと言っている。

 巻き込まれない様にしている者は何もしない。

 銃を握ることにした連中は強い方に付いた。

 それだけだ。


「――先に、手を出したのはそちら・・・さん、あぁ、いや、兄さんのことでは無くて、そこの黒い奴等なんですがね?」


 あぁ、いやだいやだ。

 身体全体でそんなことを言いながら、ケイジと面識のあるタカハシが気怠そうに前に出た。咥え煙草に火を点け、吸い込み、吐き出す。


「つまり、これ・・はケジメだ。俺に教えてくれたのは兄さんだろ?」

「ヤァ。前にも言ったがよ、ソイツは神官クレリック共の商品だ。ラブ&ピースがキャッチフレーズの蛮賊ウチじゃ扱ってねぇよ」

「それなら人生の先輩として俺が教えよう。組織同士のことだ、口を出すのは良くないぜ?」

「ヘイ、もしかして今のは笑うとこか? だったら編集ん時にソレ用のSEでも当てといてくれ。笑えねぇよ、ディックフェイス。組織同士の問題? はしゃいで、巻き込んどいて、ソレは無しだ」

「飛び込んで来たのは兄さんだ」

「テメェらんとこの下手糞が俺の晩飯の焼き鳥を吹き飛ばしたのがわりぃ」

「弁償をしよう」

「安心しな。させて・・・やるよ」

「……引く気は?」

「この登場でそのオチはねぇよ」


 へ、と吐き捨てる様な笑いを零すケイジ。「……そうか」。と、心底嫌そうに言ってタカハシが煙草を落とし、ブーツの先でぐりぐりと踏み消す。


「それじゃ、仕方ない」


 言って、タカハシが取るのは半身。心臓を隠す変則ファストドロウの構え。攻防一体バーンズ・スタイル。ふぅ、と肺に残った煙を絞る様に吐き出し、顔を上げる。テンガロンハットの下には中年の覇気の無い気怠い濁った瞳の代わりに、猛禽の眼。射抜く様にケイジを見た。


「やろうか、兄さん」

決闘ファイトかい? 前にも言ったがよ。して・・くれるオトモダチを探すことからやりな。嫌いじゃねぇが付き合う気もねぇよ」

「良いや。ダメだ。付き合って貰う」


 一息。タカハシが吸い込んだ息を腹で止めた。


「『偉大なる父祖に勝利を誓う』」

「――!」


 芝居がかったセリフ。

 聞いて、ぞわっ、と首に冷たさが奔った。

 タカハシが何かを言っている。誰かに何かを言っている。それはケイジに向けられて居ない。誰かに向けられている。それが分かった。それが誰なのかが分からない。


「『勝利はここに、この胸に』」


 それでも直観する。

 言わせてはいけないと直感する。ゴブルバーの引き金を引く。六発。距離がある。当たらない。当たってもタフな男が考案した生き方スタイルは正面からくる相手には強い。抜けない。


「『勝利はここに、この指先に』」


 舌打ち。走り出す。距離がある。間に合わない。それでも――


「『銃士の《ガンナー》タカハシが蛮賊バンデットのケイジに一対一の決闘ファイトを申し込む』」


 同じ様に何かを感じていたガララが五日の様に背後からの一撃を加えていた。

 うねる双頭の蛇をソコに見た。

 蛇の牙は鼻と耳からタカハシに入って行く。無音殺人術サイレントキリング。呪印の影響が薄い身体の内側を狙った一撃。


 ――入った。


 致命的な一撃クリティカルヒットだ。それがケイジの眼に映った光景だった。


『ケイジ、駄目だ。効いて居ない』


 そして、ガララからの通信コールがその結果だった。

 鼻と耳に針を突っ込まれたタカハシが歩きだす。針が零れる様に落ちた。ノーダメージ。一瞬、ナナカマドが過る。だが直ぐに過去の二回の勝利が塗りつぶした。タカハシはただのエルフだ。血を流し、倒れて、死にかける。そう言う普通のエルフだ。ならば、それならば――


 ――これは何だ?


 ガララの無音殺人術サイレントキリングが通らない。

 味方に引き込んだ連中の銃撃がただ歩くタカハシに当り、ぽこぽこと軽い音を立てて落ちて行く。

 何だ?/思考する

 何なんだ?/思考をする

 無敵。そんな言葉が過った。ソレは無理だ。有り得ない。そんなモノがあるなら全員、銃士ガンナーになる。だからソレは有り得ない。有り得ない? だったらアレはどう説明すんだよ? 「……」。呼吸、一回、深く。落ち着け。落ち着け。落ち着け。言い聞かせる。銃撃が来た。タカハシからでは無い。ブラーゼン協同組合からでもない。無敵のタカハシにビビった味方だった奴からだ。しまった。そう思った。思えた。「?」。疑問。弾がぽこぽこ軽い音を立てて落ちていた。ちょっと前に見た。タカハシと同じことになって居る。


「……」


 まさか。

 そう思って、カバーから立ち上がる。ブラーゼン協同組合の連中からの銃撃も来た。

 ぽこぽこ落ちる。直ぐに何かを察した連中がケイジから狙いを外す。ケイジにとっては異常事態だが、連中にとってはそうでも無いらしい。つまり――


「……銃士ガンナーいるか?」


 ケイジは他の職業の全技能スキル呪文スペルを把握している訳ではない。

 だから声を張った。周囲を、仮の味方連中を見渡す。さっき撃った奴も見る。笑顔を贈る。泣きそうな顔を返された。


「居るぞ。んで、心配するな。相手から説明がある。コレはそう言う種類の呪文スペルだ」


 そしてケイジの問い掛けに答が返された。中立なのだろう。腕の立ちそうなドワーフ達が『我関せず』と言った具合に、騒ぎで持ち主が曖昧になった酒を回収して酒盛りをしていた。その中の一人、銃士ガンナーアピールなのか、テンガロンハットに酒を入れて呑んでいた奴が赤ら顔でケイジの質問に答えてくれていた。


「エンチャント:スェアー。『命を賭けた三回目の決闘であること』『前二回は敗北していること』『目玉焼きは黄身から食べること』。やたら厳しい縛りがあるが――銃士ガンナーに唱えられたら六割負けだ」

「……ヤァ。ほぼ不可能じゃねぇか。二回負けたら死んでるぜ?」


 そして条件の割には勝率が微妙だ。そしてタカハシとの決闘は三回目と言えなくもないが、一回目とか普通に反則負けだと思う。判定が相手によるとかクソだな。そう思った。


「全くだ。二回も自分を殺そうとした相手を生かしておくのは――馬鹿か聖人だ」


 うけけと笑って、気分はどうだ馬鹿? とドワーフ。


「決まってんだろ? ファックだ」


 そこは聖人にしといてくれや、言いながら肩を竦めてケイジが答えた。







あとがき

その場で抜き撃ちが最速である限り呪印が無視できるけど、そうじゃなければ何の意味も無い(と、言うかデバフがのる)エンチャント:プライドと言い、今回の強制決闘と言い、ガンナーさんはとってもピーキー。

格上にあっさり勝つことも有れば、あがりが新人二人にボコられることもあるのです。

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