抗争

 悪路場はそれなり程度には『深い』部分にあることもあり、食事処は店舗よりも屋台が多い。店が壊れて損害が出た場合、店舗と屋台では損害の大きさが違う。旧時代の都市跡を利用することで成り立っているラスターとはこの辺りが違う所だろう。

 悪路場。

 名前の通り、悪路に造られたこの街は、元々はラスターへの資材運搬の際に造られた集積地点だ。ゼロから生み出されていると言う歴史がそう言う風土を造ったのだろう。

 そんな屋台村に用意された立ち食い用のテーブルに置かれた瓶コーラの表面の結露を、つー、と指で撫でて線を引きながらケイジが溜息を吐いた。

 ――多分。

 レサトと遊んでやったのが間違いだった。

 夜だ。夕食時だ。つまりは飲食店の書き入れ時だ。

 安っぽい電飾が光、人が集まり、食べんものと飲み物が売れて、腹に入って行く。

 そんな明るい場所にケイジとガララも居た。

 テーブルの上にはふっといソーセージに始まり、ビール会いそうな品々が並んでいる。

 こう言った人混みでは踏まれることが多い体高が低いレサトは、どこぞの木の上にでも逃げ込んだのだろう。それは良い。問題はケイジの前に瓶コーラが置かれ、ガララの前には瓶ビールがあると言うこの現実だ。


「……」

「仕方ないでしょ? 飲酒運転になってしまう」


 恨みがましいケイジの視線に「ガララは事故にあうのは遠慮したい」と言う心無い言葉が送られる。


「……」


 そうだ。

 レサトと遊んでやったのが間違いだったのだ。

 ヤジローに色々なモノを圧し折られたケイジには狂った体内時計をどうにかする為に夜まで起きている気力は無く、サイドカーと言うガタつくベッドで眠る気にもなれなかった。そんな訳でガララへ我儘を言って安宿に転がって夜を待った結果がコレだ。

 夜間移動でラスターまで行くことになり、前半――と言うか大半部分の運転手をケイジがやることになった。

 本来ならガララと細かく交代をして疲労を分散させるはずだった。

 だが、ケイジの我儘で出発が遅れてしまったので……。


「……世界を回すのは優しさって奴だと俺は思うぜ?」


 そんな訳で優しさを俺にもくれよ、とケイジ。


「大丈夫。ビールにソレは入ってない」


 ラベルを見ながらガララ。


「……」


 ケイジの抗議する様な視線もガララは気にしない。

 ぷっっ、とフォークで刺されたソーセージから透明な肉汁が噴き出す。鍛えられたケイジの動体視力は跳ぶ肉汁も、吹き出し、一瞬の盛り上がりを見せた後、表面を伝って流れる肉汁も見逃さない。一口。余り咀嚼をしないリザードマンのソレは大きい。いつもはソーセージも丸のみだ。だが、今回、ガララは噛み切り、味わう様にして食べた。そしてビール。キンキンに冷えたビール。「~~~!」。喉に流されたソレがガララから言葉を奪う。


「美味い?」

「最高だね」

「コーラ飲んでる俺が可哀想だとは――」

「思わない」

「そうですかい……くたばれ、冷血蜥蜴コールドブラッド

「お断りだね」


 すっ、と目を細めるガララ。目を細めると言うよりは半目のケイジ。

 アルコールで熱を持ち出した血を冷やす為に、ガララが野戦服の上を脱いで、腰に巻く。Tシャツにはニラレバと書かれていた。ケイジのレバニラTとはペアルックの様で戦争の火種にも成りかねない程に真逆の言葉だった。


「……ニラレバの屋台ってあったっけ?」

「レバニラの屋台なら有ったよ。買ってくるの?」

「っーかよ、ニラレバとレバニラの違いって何?」

「レバーが多いか、ニラが多いかの違いじゃない?」

「そうかい。そんじゃレバニラを買ってくるぜ」


 肉=正義。肉はニラよりも偉いのだ。


「ガララの分もお願いをする」


 これまたビールに合いそうなメニューだから仕方がないだろう。

 渡された銅貨を引っ掴み、へーへー、と気の無い返事をしてケイジは人混みに入って行った。

 大雑把だが、人の流れは出来ている。揉める気は無いので、素直にその流れに乗って歩くケイジ。別に道が割れたりはしない。当たり前だ。

 だが世の中には人混みを割って歩く人種と言うモノも確かに存在している。人の流れが淀む、前を行くものが足を止め、後続も止まる。迷惑そうな舌打ちが聞こえて来た。ケイジも同じ気持ちだ。どこのアホだよ? 面くれぇは拝んで愚痴のネタにしよう。そんな気分でケイジは人混みから覗いてみた。漆黒の鎧が見えた。暗黒騎士ヴェノム。ソレを連想したが、腕が普通だから騎士ナイトかもしれない。彼等は中心の人物を守る様にして歩いていた。幅がある。邪魔くさい。文句を言いたい。


「……」


 だが、まぁ、関わる気もない。

 マントに刻まれたエンブレムは、漆黒の炎に包まれた髑髏。

 ソレは彼等が祭る神の姿だと言う。

 オルドムング。

 肌の色が自分達と違うと言うだけでエルフに奴隷として使われていたダークエルフ。彼等が地の底に逃げてから造り出し、崇めだしたその神は血を好む。

 エルフから領土を得る為、似た形のエルフを殺しても良い理由を造る。殺人を賞賛する思考を『理』による教育では無く、『感覚』による宗教で許す。そして戦い、死ぬことの恐怖を薄くする為に自信の死も賞賛する。

 ――ダークエルフは残虐だ。

 時折、そう言われることが有るし、彼等の領土を許可なく歩けばソレを実感することも出来るだろう。

 だが、リコ――は参考文献として適切ではないが、普通のダークエルフは普通の人だ。

 そんな彼等が、彼等自身を殺し合いに送る為に造り出したのがオルグムンドと言う正真正銘で実在・・しない神で、そんな神を崇める、言わば血を流すことを肯定する宗教こそがオルドムング教団だ。

 まぁ、古い宗教だ。

 建前の為に造られたので、時々の上層部により都合の良い様に教義がころころ変わると言う初期構造からの欠陥を抱えている。

 だから今の世代だと殆ど誰も信仰していない――と、言うのがリコに聞いた話だった。戦時中、と言うか逃亡中は教育が行き届かず、騙されて――真剣に信仰していたらしいが、落ち着いて、教育が広がれば、賢く成れば、安い虚構は剥がれる。そう言うことだ。

 だが、宗教は金になる。金に成るのだから信仰はしていなくても使われはする。彼等は使っているのだろう。


「……」


 シシルから彼等が来ていることを聞いていたケイジは意識して避けるルートを選んで買い物をして、同じように避けるルートを選んで席に戻ってきた。


「ガララ、急いで食って出ようぜ」

「? 何かあった?」

「教団が飯食いに来てる」

「あぁ、それで――」


 エルフの何人かがピリピリしてるんだね、と声に出さずにガララ。何となくケイジは新しい武装のゴブルバーに触れた。

 王国正規軍、しかも特殊部隊所属のゴブリンジェネラルが持っていた銃だ。

 ゴブリンの見分けは人には付かない。だが、銃ならどうだ?

 教団からの依頼を受け、ブラーゼン協同組合所属のシシル達を攫ったゴブ。彼等から奪ったこの銃を覚えている者が――


「ケイジ」

「あ?」

「ビビり過ぎ。逆に怪しくなっている。その銃を見て連想は出来ても、確信は出来ないよ」


 フォークでレバニラを取り分けながらガララ。


「……あぁ、まぁ、そうだな」


 周りの空気に当てられてピリピリしていた自分を恥じる様に頬を掻き、ケイジもレバニラに手を伸ばす。濃い目に味付けされたタレが美味しい。だが、レバーが多分、大ネズミなので少し臭かった。







 まぁ、無関係だ。

 いちゃもんを付けられたら『対応』はするが、教団は同じ宗教団体の無名教よりはお行儀が良かった。人間と言うだけで勧誘してくるあのクソ共は本当に勘弁して欲しい。

 だから適当に食べて、適当に飲んで、さっさとラスターに戻る。そのつもりだった。


「ケイジ」

「どうした?」

「ゴメン。やっぱさっさと帰るべきだった」


 どう言うこった? その答えを言う様にガララがテーブルに手鏡を置く。ガララが角を覗くときに使っている愛用のモノだ。そこにはケイジの背後が映っていた。背後にいるエルフの男を映していた。

 無精髭、テンガロンハット、咥え煙草のその男は――


「――タカハシかよ」


 ケイジの声が硬さを持った。

 別にタカハシ自体は良い。美少女クレリックなミコトよりもケイジの中の好感度は高いくらいだ。だが、彼の身体が適度な緊張と適度な弛緩の中にあり、軽い戦闘準備の様な段階であるのが最悪だ。それがケイジに向いているのでは無く、別の所に向いているのが更に最悪だ。

 恨みで狙ってくれていた方が有り難い。

 それならばタカハシの単独、居ても精々が一パーティだ。だが――


「……」


 ゆっくり、温くなって少なくなったコーラを飲み干すケイジ。瓶を空にする為に大きく顔を持ち上げながら視線を奔らせる。周囲を確認する。居た。何人かのエルフがタカハシと同じ様なコンディションになって居る。蛮賊バンデットのケイジでも見つけられた。盗賊シーフのガララの五感は多分、もっと多くの彼等を見つけて居るのだろう。


「抗争……」

「っーよりもお礼参りだろうなぁ」


 気持ちは分かる。

 やらないといけないことだと言う理解もしてやれる。

 けど、今やんなや。


「あと一時間位待ってくれねぇかな、くれねぇだろうなぁー……クソが」

「ガララは気付くのが遅れてしまった。やっぱりヴァッヘンの外でアルコールは取らない方が良いかもね」


 それで、どうする?

 視線での問い掛け。ちゃんと通信コールがレサトと繋がっていることを確認する。タカハシ達、ブラーゼン協同組合のエルフ達の視線の先を確認する。位置は悪くない。


「……走れっか?」

「自信はないね」


 ふん、と鼻息吹き出し、肩を竦めるガララ。


「……ヘィ、良いか、良く聞け酔っ払いドランカー。……得意気に言うんじゃねぇよ」


 ケイジがガララを担ぐのは無理ではないが、シンドイ。二メートル越えの巨体は相応に重い。


「アルコール何かに負けんじゃねぇよ。ガンバだ、ガララ」

「……まぁ、仕方ないね。がんばるよ」


 むん、とやる気を見せるガララを半目で見ながら、レサトを先行させて荷物の回収をさせる。抗争が始まる前にさっさとこの屋台村を抜け出してバイクの所に――


「……ケイジ。ガララ達は日頃の行いが悪かったのかな?」

「……ヤァ。それだ。間違いねぇ」


 行く前に銃声が響いた。

 だが、幸いにも騒ぎの中心からは離れている。テーブルの上の皿を持てるだけガララが持ち上げたので、ケイジも左手に皿を二つ乗せると、鋼の右の馬力でテーブルを転がした。その裏に隠れる。


「教会に行った方が良いかもね」


 呑気に食事を再開しながらガララ。


「アンナが居ねぇと行かねぇからなぁ」


 寝てる時に叩き起こされて連れてかれてた時が懐かしいぜ、とケイジもソーセージに手を伸ばした。逃げる人々が見えた。キレて応戦する馬鹿もいたし、ケイジ達の様に安全地帯に隠れる連中も居た。

 問答無用の撃ち合いだ。騎士ナイト呪文スペルには盾や壁を強化するモノがあるらしいが、蛮賊バンデット盗賊シーフにはそんなモノは無い。「ン」。食べる? とガララが焼き鳥の入った紙コップをよこしてきたので「ん」食べる、と手を伸ばした。その手の先が突然爆ぜた。


「……」

「……」


 無言が落ちる。テーブルに開いた穴から明かりが漏れていた。

 ガララの手は無事だ。呪印もあるし、そもそも当たって居ない。だが、ピンポイントで焼き鳥が吹き飛んで行った。ガララの手の中、半分になった紙コップの底でてらてらしている油は切なさすら感じさせる。


ウォール、使う?」

「背に腹ってやつだなぁー……無駄な出費がいてぇぜ」

「後で原因に請求しよう」

「いや、無理だろ?」

「そうなれば強制徴収だね」


 眼を細めながら、指をうにうに動かすガララ。微妙にエロい。……いや、ちげぇな。そうではない。盗賊シーフ技能スキルであるピックポケットの使い処さんだ。ガララは普段、グレネードを入れることにしか使っていないが、出し入れ自由の謳い文句がその素敵技能スキルだ。


「……頼りになる相棒を持って俺は幸せモンだぜ」

「お褒めに授かり――」


 教悦至極。

 そう続けようとしたガララ。おどける様に頭を下げるガララ。

 今度はその頭を下げる前の場所に穴が開いた。


「……」

「……」


 何となく、二人でその穴を見る。ちょっと抗争が激しすぎるな。安全を早々に確保した方が良いな。ケイジとガララの意見が一致したので、ケイジがベストのポケットからウォールのポーションを取り出し、手だけだして落とす。テーブルの向こう側に壁が生まれる。着弾音が増えた。どうやら抗争関係者だと判断されたらしい。「……」。ちげぇよ?

 どっちが撃ってるのかを確認して、そっちから徴収することにしよう。

 そう決めたケイジがカバーから外を覗く。教会騎士に守られてこちらに掛けてくる黒いローブの女が見えた。褐色の肌。銀の髪。ダークエルフの特徴だ。顔は見えない。顔は見えなかった。ただ、走った勢いで弾んだ銀のネックレスが見えた。


「――強襲アングリフ


 血が燃える。心臓が燃える。熱を喰らって肉が駆動する。

 飛び出し、疾走。彼女の背後に迫っていた弾丸を、そこら辺にあったテーブルで防ぎ、彼女をその影に放り込む。

 突然の闖入者に、エルフ、ダークエルフからの視線が集まる。テーブルを庇う様に前にでたケイジのスタンスを見て、一部は困惑を深め、一部が敵意に代わる。良い。別に良い。

 走り、駆け抜け、銃弾を避けながらエルフを狙う。SG。無い。ゴブルバーはある。抜いた。跳んだ。膝で鼻を潰しながら倒れ込み、その口の中に銃口を突っ込む。引き金を引く。割れた。赤、赤、血。肉と液体が床を赤に染める。ソイツの持って居たARを奪い、屋台の中に飛び込む。隠れていた店主と目が合う。愛想笑い。


「わりぃね、借りるよ」


 言うだけ言って、返事は待たない。屋台をカバーに、ARの銃撃を開始する。


『――ケイジ?』

『わりぃ。無関係なふりしてやり過ごしてくれ』

『遅いね』


 もう来た。と、ガララ。


『……マジでわりぃ。どうにか――』

『――するよ。後で理由は話してね?』

『あぁ』


 通信終了アウト

 ケイジにはローブに隠された顔は見えなかった。

 ケイジに見えたのは銀のネックレスだけだ。

 強化された視力で見たソレは十字架で、その意匠には見覚えがあって――


 ――ソレはケイジが彼女に贈ったモノと同じだった。

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