V.Sタカハシ 後

 荒野に風。

 砂塵の中を転がる回転草タンブルウィード

 悪路場の屋台街ではそんな絵になるシチュエーションを用意することは出来ない。

 ――それでも決闘開始の合図は何時だってコイントスだ。


「兄さん、ルールの確認をしておこうか?」


 一応の体裁を整える様にテーブルが端に寄せられた。今のケイジ達を攻撃しても無駄なので、時折鉛玉が飛んでくるだけで平和なものだ。

 向かい合う様に立つタカハシが弄ぶコインも良く見える。アレが地面に落ちた瞬間が始まりと言う訳だ。


「要らねぇよ。死が二人を分かつまで。ロマンチック過ぎるが、ここから出る条件はソレだろ? 時間稼ぎがお望みなんだろうが……付き合わねぇよ」

「そりゃ残念。こっちが優勢になるまで兄さんを引っ張っときたかったんだがなぁ」

「俺一人で戦況は変わんねぇよ」


 だからさっさと俺をこの不思議時空から出せ、とケイジ。


「周りを煽動して参加させた兄さんが言っても説得力が無いぜ?」


 深くテンガロンハットを被り直しながらタカハシ。


「……」

「……」


 沈黙が落ちる。

 攻防一体のバーンズ・スタイルを取るタカハシに対し、ケイジは抜き身のゴブルバーを普通に向けた。

 銃士ガンナーでは無いのだ。抜き打ちと言う特に意味のないスタイルを取る理由は無い。最初から抜いておく。最初から向けておく。「……」。決闘の強制と言う特性上、何らかのペナルティを受けるものか? と思って居たが、特に何も起こらない。コレは認められるらしい。意外だな。そう思った。タカハシがコインを弾いたのは、その思考と同時だった。くるくる回る。くるくる落ちる。アレが落ちた瞬間、引き金を引く。弾丸を叩き込む。そう言う勝負――


 ではない。


 ルール違反とも言える自身の構えがケイジにソレを教えてくれた。

 ケイジはエンチャント:スェアーの説明を受けた。

 一対一を強制する呪文スペルだと言われた。

 互いの攻撃以外を受け付けず、互い以外に攻撃も通せなくなるモノ。エンチャント:プライドが弾丸に施されるのに対し、フィールドに施される呪文スペルだと説明された。

 その後、タカハシが西部劇のガンマンみたいな佇まいを見せたので騙された。その雰囲気に呑み込まれた。

 そう。説明の中に――コインが落ちたら開始・・・・・・・・・・と言う縛りは無い。

 引き金を引く。弾丸が吐き出される。ケイジが気が付くことも予想していたのだろう。さしたる動揺も無く、次いでタカハシが抜く、トリガーに掛かった指は引きっぱなしに、その左手がブレる。連射ファニング。シングルアクションリボルバー専用の技能スキルがハンマーを煽る。

 ゲット・オフ・スリーショット。

 スライドする銃身が同時に・・・放たれた三発の弾丸を三つの的へ届ける。

 足。

 胸。

 顔。

 狙われたのはその辺りだろうか?

 そんな予想はできるが、正解かどうかは分からない。既にケイジは地面を転がる様にして避けていた。転がりながら抜いたウォールのポーションを投げて、構成されるカバーに体当たりする様にして潜り込む。「はは」乾いた笑いが零れる。心臓が跳ねていた。死の予感に跳ねていた。危なかった。今のは――危なかった。


「ヘィ、銃士ガンナー! 正々堂々とかそう言うモンはねぇのかよ?」


 思い切り自分に有利な様にルールを勘違いさせてくれてありがとよ! と、ケイジが吼える。


「先に引き金を引いた兄さんが言ってもなぁ……」


 バーンズ・スタイル。

 抜き撃ちに自身があるのか、構えを崩さず、カバーに隠れることもなく、やれやれとタカハシが溜息を吐き出す。


「……早撃ち勝負だろ? アレが俺なりの早撃ちだよ」


 言いながらスイングアウト。ゴブルバーに弾丸を吐き出させて、新たに六発を込める。カバーがあるからこそ出来ることだ。リボルバーの装弾の隙は大きい。そんなことはタカハシの方が分かって居るはずだ。それでも風を受けて立っていると言うことは残弾の三で決める気なのだろうか?

 舐めてんな。

 そうは思わない。カバーから顔を出せば撃ち抜かれて終わる。

 弾丸に力を乗せやすい銃士ガンナーが更にファストドロウと制約を掛けて威力を上げているのだ。生粋の騎士ナイトなら兎も角、蛮賊バンデットは話にならないだろう。

 だから正面から行かない。

 煙幕スモークグレネードを投げる。煙を嫌ってバックステップで下がるタカハシが見えた。あっさりと構えを崩せた。早撃ち勝負で無いのなら幾らでもやりようはある。

 一足。跳ぶような踏み込みで持ってケイジは勢いよく煙を切り裂いて飛び出す。無駄撃ちはしない。どうせマグレで当たっても呪印は抜けないのだ。撃つタイミングは選ばないと駄目だ。

 ならば、行け。

 距離を詰めろ。逃げる獲物に追いすがれ。そう――


「ヤァ、寂しいじゃねぇか、ディッキー? 逃げないでくれよ」

「新人の兄さんにすら距離詰められてやられたからな……お断りだ」


 息が交わされる距離こそがケイジの距離だ。

 バックステップ&ファニング。

 と、と、軽い音を立てながらタカハシが下がる。上半身が殆ど動かない。引き金が引かれる。ハンマーが煽られる。目を狙われた。ぐぃ、と仰け反る様にして避ける。走った勢いそのままに、膝でのスライディング。止まるよりも前に回る。水面蹴り。足払い。そんなん。跳んで避けられた。空から来る最後の一。回転の中心に有ったケイジの身体が狙われる。知っている。鋼の右で受けた。孔が開いた。こえぇな。銃士ガンナーの一撃はやはり怖い。それでも抜けた弾丸に力は無く、空で死に体になったタカハシは弾切れだ。

 水面蹴りの勢いそのままに回りながら体を起こす。左のゴブルバーが空を向く。ショット。引き金を引く。銃声。金属音。かち合い弾が出来上がる。

 冗談だろ? ケイジは自分の眼を疑った。予備が有った。ソレは良い。一瞬で抜いて撃った。ソレも良い。

 飛ぶ弾丸に弾丸を合わせて撃ち落とした。

 これが信じられなかった。

 疑いようも無く一流の銃士ガンナーだ。ソレを相手にしていることをケイジは理解した。

 自動拳銃オートマチック二丁拳銃トゥーハンド

 何時の間にか両手に銃を持ったタカハシの着地に合わせて、右。殴る様にして撃ち出した一撃がタカハシに当たる。浅い。後ろに飛ばれたな。それが分かった。「――」舌打ち。抜けなかった。いや、抜き切れなかった。タカハシが血を吐いている。呪印は抜いた。後は肉と血と骨で出来た糞袋をぶち抜くだけだ。だから追う。

 砂が舞う。飛び去るタカハシが余波で生じた砂礫を尾の様に引きながら後ろに流れて行った。左半身、右半身。組み替えられるステップ。ケイジの照準を惑わしながら距離を造り、自分はしっかりと狙いをつけて引き金を引いてくるのだから堪らない。動きながらの荒い狙い。それでもケイジのバイタルラインに置かれたソレに敢えて踏み込むことでケイジはずらして距離を喰った。狙い通りに詰められた。だが肩が逝った。肉を抜かれて、骨で止まった。衝撃が熱の様に広がる。叫び出したい程度には痛い。頬の肉を噛み千切って耐える。

 右腕の杭を撃ち出す。飛び出すソレを瞬間で掴み、リーチを誤魔化しての横薙ぎの一撃。嫌ってタカハシが下がった。手を放す。タカハシを追う様にして杭が飛ぶ。バイタル。狙われたのだから、当然、狙う。当たった。刺さった。ざまぁ。そんな気分。崩れた。状況が。傾いた。天秤が。押し込め。そう決めた。

 ケイジの踏み込み/同時/銃声

 口から血を吐きながらの一撃がケイジの太股に刺さる。損傷する筋線維。痛みで崩れる身体。反射に近い動作でケイジの左手が動く。ベストに逆さまに刺さっていたアンプルを抜く。服ごと肉を貫いて、傷口付近に差し込む。勢い良く吹き出す薬液は一瞬の痛みの後、全てを奪い去る。

 痛覚遮断カット

 ケイジがケイジの身体の為に調整した薬液は魔法の様にケイジから痛みとあらゆる感覚を奪っていく。左足が無くなる。肉になる。重さだけが残る。だから思い切り叩きつけることが出来た。一歩を踏むことが出来た。不様に倒れ込む様に。それでも空いた両手を内から外に弾き、ケイジを狙う二つの銃口を弾いた。

 銃声、二つ。

 タカハシの二丁拳銃が空を撃つ中、ケイジは倒れ込む様にして身体で杭を押し込んだ。タカハシとケイジが触れ合うことは無かった。代わりにケイジの腹にも杭が減り込んだ。ぐぇ。潰れたヒキガエルの様な声がケイジの口から洩れる。


「    」


 腹を貫かれたタカハシからは、黒い血だけが、ごぽっ、と漏れた。

 双眸に光は無く、声も無かった。





あとがき

へそに杭が来てたらケイジもアウトだった説。

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