シシル

 金髪メイドが所属組織を名乗るのを聞いてお偉いサマの頬が軽くヒクつくのが見えた。

 無理も無い。

 他の地域なら兎も角、ヴァッヘンを起点に伸びているこの地域ではその組織とはあまり仲良くするメリットは無い。ケイジが開拓者になってからの二年の間に限っても三回ほど揉め事を起こしている。

 ブラーゼン協同組合。

 故郷である大森林を失ったエルフ達が新たな故郷を求めて造ったその組織は設立にドワーフが関わっているヴァッヘン区域とはあまり仲良くない。

 だが、まぁ、金に成る。

 開拓者の命など二束三文だ。

 それでも不思議なことに命は金に成る。お偉いサマは笑顔で彼女達に接し、諸々の援助をしていた。

 毛布でも余って居たらケイジも一枚噛んだかもしれないが、生憎とお呼びは掛からない。仕事の履行を求められただけだった。大型トレーラーの天井に広域レーダー代わりに尻尾をアンテナ換装したレサトを貼り付け、ガララはサイドカー付きのバイクで、ケイジは積み込んでおいた小型のバイクで周囲を固めておいた。

 それが良かったのか、特にトラブルも無く、無事にラスターへと戻ってくることが出来た。


「今回の報酬だ」

「どーも」


 魔女から渡された袋は重い。「……」。中身の確認はしない。この規模の商会だと、ソレ自体が無作法に当たる。払いの良い客だ。態々気分を害する気は無い。


「……良い腕だった」


 去り際、魔女が一瞬止まり、振り返らずに小さな声で、それでもケイジ達に聞こえる声でそう言った。


「ヤァ。褒められてわりぃ気はしねぇな」

「またのご利用をお持ちしている」


 軽く肩を竦めるケイジ、ペコリと頭を下げるガララ、ばいばーいと鋏をふるレサト。二人と一機は商会の皆さんを見送り、背伸びを一発かました。


「さて、宿さけぇって寝るべさ」

「そうするべさ」

「その前にお食事はいかがですか?」


 涼し気な声が挟まった。メイドエルフだ。他の被害者がお仲間に回収されていく中、何故か彼女だけはここに残っていたので、嫌な予感はしていた。ブラーゼン協同組合とは関わりたくない。それはケイジ達だって変わらない。

 そんな訳でケイジとガララはアイコンタクトすら躱すことなく『ソレに気が付かなかった』体で行くことにした。


「……屋台で済ませようぜ、ガララぁー」

「そうだね。レサト、自分の分も買って良いから飲み物の調達を頼める?」

「いえ、仕事が終わった後です。しっかりと栄養を付けましょう。レサトさんのメンテも大切です。何なら私がやらせて貰います。いえ、やります。ヤって良いですよね?」

「……おい、コラ、変態クソエロエルフ。レサトへのお触りは禁止だ。離せや」


 あと、最後、おかしかったよな? 何かおかしかったよな?


「失礼。ゴブリンに汚されたのでレサトさんに慰めて貰おうと」

「ケイジ。彼女の言ってることの前後がガララには繋がらない」


 どうしてゴブリンに汚されたのを、レサトが慰められるの? とガララ。


「ヘィ、ガララ。ここはラスターだぜ? そう言う種類の変態だ。ソレで処理しとけ」

「あら、心外です」


 言いながら、メイドエルフがケイジの鋼の右を抱きしめる。


「私、きちんと人も好きですよ? 貴方は――随分と良い男になりましたね、ケイジさん?」

「完全に俺の右手目当てで言われても嬉しくねぇですよ?」


 身体が目当てと言うのはこういう状況なのだろう。爛れた性。ヤルだけヤって責任を取らなくても良い関係。そう言葉にすればおいしい話の様な気もするが、ほいほいついて行くと右手と致してるのを見てるだけになりそうなので嫌だ。


「助けて貰ったお礼をさせて下さい」

「そうかぃ。人として当然のことをしただけだ。気にしねぇでくれ」

「バンデットマンとシーフマンは正義の味方だからね」


 と、言うか給料分の働きをしただけだ。障害物を退かしたら、そこにたまたまメイドエルフ達が転がっていた。別に助ける気も無かった。


「それでは仕事の話をさせて下さい」

「仕事? テメェらんとこの? だぁれが受けるか。ファックだ、ファック。クソ喰らえファックオフだぜ、お嬢ちゃん」

「貴女達は嫌われていることを自覚した方が良いとガララは思うよ」

「そうですか。では情報提供です。この街の空白、ラプトルズが居た場所に今、どの組織が居るか――でいかがでしょうか?」

「……」


 欲しい情報ではない。

 だが気に成る情報だ。どうする。どうする。どうしよう。ケイジが考える。十秒以上経った。「ケイジ」。ガララが溜息混じりに名を呼ぶ。反応したケイジに銅貨が投げられる。受け取った。「表は行く、裏は行かない。数字が裏ね」。さっさと決めろ。そういうことだ。


「――」


 無言でケイジは銅貨を弾いて。

 くるくるくると空に昇って行く様子は何時かのエルフの銃士ガンナーとの決闘を思い出させた。






 コトの後だ。せめてシャワーを浴びてからにした方が良いだろう。

 そう言う話になったので、一度別れた後、オススメの店とやらで待ち合わせをした。果物が自慢の店だ。エルフらしい――と、言う感想よりも、ジュースの種類にわっしわっしと鋏を上下させてテンションを上げているレサトを見るとメイドエルフらしい、と言う方が正しい気がしてくる。

 肉、イズ、正義。

 例えうっかりカニバってしまった後でも肉を求める程度には鈍い神経と胃袋を持って居なければ、ラスターで開拓者などやれない。そんな訳でケイジとガララにはあまり嬉しくない店のチョイスだ。


「ケイジ、フルーツソースのステーキとかならあるよ」

「……米が進むモンが良い」


 それでも甘い果物に辛いスパイスを合わせる様な料理があるリザードマンであるガララはまだ良い。酢豚のパイナップルとすら和解で来ていないケイジのテンションはだだ下がりだ。


「フルーツカレーとかどう?」

「それで」

「ガララも同じモノにしよう」


 店員を呼び止め、ガララがカレー二皿とレサト用のドリンクバーを頼む。それに追加してメイドエルフが何皿か大皿料理を追加する。取り敢えず、コレで食事が来るまでは暇になった。一人、と言うか一機、既に食事が出来るレサトが嬉しそうにジュースを取りに行くのを見送り、さて、と言う空気になった。


「シシル、と申します」


 以後、お見知りおきを。

 メイドエルフ――シシルが言いながらスカートの端を摘まんで優雅に頭を下げる。


「ハジメマシテ」

「ハジメマシテ」


 それにケイジとガララは機械音声の様に応じた。


「いえ、お二人と私は一度お会いして――」

「ヘィ。お嬢ちゃん。俺等だって馬鹿じゃねぇ。それを理解した上でもう一回聞けや。――ハジメマシテ」


 こん、こんこんこん、とテーブルを叩きながら詰まら無さそうにケイジ。

 ケイジだって馬鹿では無い。いや、思い出したのはついさっきなので、あまり賢くも無いが。それでも『彼女』をどこで見たかは覚えている。老エルフの背後に静かに立つ姿を覚えている。氷の様な、ナイフの様な殺気を覚えている。そしてその老エルフとの取引で得たモノが『お互いに出会わなかった』と言うモノである以上――


「……そうですね。私の勘違いでした、初めまして、ジェントルマン。お名前を窺っても?」

「ケイジだ」

「ガララはガララだ。よろしくお願い――はあまりしたくないけど、まぁ、よろしく、シシル」


 欠伸をしながらケイジ、握手はしないよ、とガララ。


「……嫌われたものですね」

「ヤァ、クスリ撒いて、戦争仕掛けて、抗争の火種造った。――直近の表に出てる悪事だけでもこんだけやってる組織と仲良くすんのは正直きちぃよ」

「一個は思い切り巻き込まれたしね」

「その自覚があったので、私たちは今回、ラスターから受け入れて貰おうと空いた場所に入ろうとしたのです」

「……」


 既にその発想が間違っている気がする。そう思ったが、ラプトルズの後釜を狙った時点でそんなことは分かって居るのだろう。言うだけ無駄だ。


「ンで、その狙ってた場所に座ったのは?」

「大物ですよ。オルドムング教団です」

「……あー」


 思わずケイジから変な声が出た。ガララも同じようなものだ。

 宗教、ヤバい。

 邪神、ヤバい。

 二つを足してみれば邪神を祭る宗教、超ヤバいだ。


「ガララはダークエルフの宗教だったと記憶をしている」

「リコ曰く、そんなん信じてるのは今の世代にはいねぇっー話だったんだけどなぁ……」

「造られた宗教には、造られる必要性があります。必要性があるのなら――」

「ヤァ。利用価値がある」


 正当性も無く、兵を動かす理由とかが良い例だ。神の為とでも謳えば、その宗教に属している奴を動かす理由にはなる。


「受ける気はねぇ。良いか? 受ける気はねぇ。受ける気はねぇんだが……テメェらが頼みたい仕事ってのは……」

「教団の上層部。そうですね、巫女や神官、上級教会騎士辺りを攫ってきていただくか、始末して頂きたいと言うものです」

「無理だね。貴女達と違って、教団はそこまで嫌われていない」


 元がダークエルフの宗教だからだろう。

 変な勧誘が無いのでどうでも良いと言うのが大半の人の感想だ。人間と言うだけで勧誘してくる無名教よりもケイジの中だと好感度が高いまである。


「そうですか、残念です」


 さして残念そうでもなく、シシルが言う。丁度、料理が来たこともあり、話はそこで終わった。「……」。まぁ、ブラーゼン協同組合は組織だ。ケイジ達の様なのを別に飼っているのだろう。そんなことを考えながら、大皿の料理に手を伸ばした。トルカみたいな色をしたフルーツの揚げ物だった。


「――」


 ケイジと酢豚ップルとの和解の日は――遠い。





あとがき

(前回、髪の色を間違えた結果、設定資料集を見ても、と言うか見た人程新キャラでは? となる状況を造り出してしまった)作者の言い訳


ちゃうねん。

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