エルフ

 今度はわざと声を出させたのだろう。

 少し薄くなった煙幕スモークの中、ゴブリンソルジャーの上げる悲鳴だけが響いていた。

 仲間の死に際の声と言うのは混乱に拍車をかけるには実に効果的な様だ。ケイジ達を応用して前に出ておきながら、その絶叫に足を止めて戻ろうかと迷うゴブにSGを叩き込んだ。距離があるのでばらける。まぁ、弾は勿体ないが、数でその辺は補うことにしてフォアエンドを煽った。


『そっちにいくから撃たないで』


 そうして暫く『作業』を続けていたら、ガララからの通信コールが来た。『あいよ』と返すと、ぬらりと赤錆色のリザードマンが出て来た。


「おつかれさん、ガララ。終わったかぃ?」

「うん。もう動く奴は無いよ」

「そうかい、そんじゃ――」


 ファイブ・ミー。

 言いながら掲げた掌にガララの掌がぶつかる。ハイタッチ。ブーツが叩かれる。足元を見ると、レサトが両鋏を掲げていた。ご希望道理にハイタッチをしてやった。


「ケイジ、強奪品の扱いはどうなるんだっけ?」

「基本、雇用主サマへの献上だが……」

「グレネードの補充、それと小さい装備位なら良いんじゃない?」

「ばっか、このバカガララ。略してバカラ。こう言うのはな、信頼が大事なんだよ、信頼が。だからレサト、ジェネラルが持ってたモノが良さそうな拳銃とかパクるなよ? 殻の中に入れるなよ? 殻の中が見られることが無いとは言え、ぜってぇそんなことやるなよ?」


 分かったか? とケイジに言われたのでレサトは、わかった! と鋏を掲げて流れる様に拳銃をパクった。うっかり手が滑ったケイジがジェネラルの傍にソルジャーが持って居たSMGを二つ転がしてしまったので、まるでジェネラルはSMG二丁で戦うスタイルの様に見えてしまった。仕方がない。特に悪気はない。不幸な事故だ。

 数が合う様にとソルジャーの死体を二つ、森の中に放り込んでからケイジはボスに通信コールを送った。




「……何を食っている」


 と、聞かれたので


「ゴブが造ってたシチュー」


 素直にケイジはそう答えた。

 待ち伏せは長期戦だ。だからゴブ達は食事を用意していた。運良くひっくり返すことなく残っていたので、有効活用させて貰うことにした。クリームシチューだ。しかもルーを使わずに小麦からホワイトソースを造る本格仕様。野菜は少ないが、現地調達でもしたのか、肉ときのこはたっぷりだ。とても美味しいです。それがケイジとガララの感想だった。


「ジープの方は勿論、死体にも触らずそのままだ。適当に欲しいもんかっぱらった後に一声くれりゃありがてぇ……あぁ、地雷にも触ってねぇから気ぃ付けてくれや」


 しれっ、とシチューを啜りながらそう言ってみせるケイジをガララはどこか頼もし気に見ていた。


「……」


 まぁ、バレてはいるだろう。

 そんな品行方正のお利巧さんはラスターまで来ない。来たらカモにされるだけだ。だが、今回の様な場合であれば、多少の目こぼしをしないと商会のみみっちさが強調されるだけだ。

 S魔女サマもソレに気が付いていることを表に出さずに「そうか」とだけ言うと部下に道の掃除と地雷の除去を命じだした。


「シチューは余っているか?」

「食器が有ればよそうよ」


 ガララの答えに、「そうか」と魔女。時間も時間だ。ここら辺で休憩をするらしい。トレーラーから降りて来た商会のお偉いサマは答えを聞く前から食べる気だったらしく、ほくほく顔で食器とパンを持って来ていた。


「ジャックさん、良かったらコレ、どうぞ。いえね、ウチの新商品でして保存が利く様にしたパンなんですが――」

「ヘィ、冗談だろミスター? これがパン? 石じゃなくて?」


 貰ったパンを齧った――と、言うか口に入れたケイジが半目で抗議をしながら、指で弾く。コン、と硬質な音が鳴り、指が痛くなった。一口、同じようしたガララも「ケイジならこれでゴブ殴り殺せるよね?」と言っていた。


「そこは唾液でふやかしたり、こうしてシチューに入れて見て下さい」


 入れて見た。特に柔らかくはならない。


「……」


 シチューの中にトラップが仕掛けられ、うかつに食べれなくなったケイジとガララは無言でお偉いサマを見つめた。


「暫くふやかして貰えれば、とですね、はい! ――現場の意見としてはどうでしょうか?」


 だがそんな抗議の視線も何のその。流石商人。強い。アンケートに乗り出し、メモ帳を手に取っていた。「……」ケイジは無言で一枚手に取り、口に入れてふやかした後、齧ってみた。齧ると言うよりは削ると言った感じだ。少し甘い。そう言う味付けなのだろう。


「最後の保存食でこうやってちみちみ齧るには良いんじゃねぇかな?」

「うん。逆に普通に野営をしている時には止めた方が良いと思う」


 シチューに入れた分を齧りながら、ガララ。外は多少ふやけたが、中はまだ石の様だったらしく悲しそうだ。

 そんなやり取りをしていたら、ジープを調べている魔女に呼ばれた。何だ? そんな気分でシチューを片付け……られなかったので、仕方なしに器を持ってスプーンを咥えたままそちらに向かう。


「……」


 見てみろ。

 無言で顎をしゃくられたので、ひょい、と覗き込む。枝肉が有った。うっかり付いて来たお偉いサマが走り出し、道の端で吐き出した。ケイジもガララもテンションは一気にローだ。


「吐かないのか?」

「吐かねぇよ? っーか性格悪くねぇか、テメェ?」

「知らないままよりは良いだろう?」

「そうかもしれねぇけど、そうじゃねぇですよ?」


 優しさのお話ですよ? もう少しマイルドに伝えちゃ頂けなかったんですかね? とケイジ。


「……フロッグマン平気なケイジはまだ良いでしょ?」

「いやいやいやいや、良くねぇ良くねぇ良くねぇですよ?」


 赤錆色の鱗に変化はない。カメレオン型では無いので、ガララの顔色は変わらない。それでも吐きそうになのを堪えて居るのか、声に水気が多くなったその言葉に首を振って答える。


「亜人食は平気だが――エルフはなぁ」


 ――ヤァ、流石に吐きそうだぜ。

 そう呟くケイジを枝肉の元の持ち主であろう生首が見つめていた。

 どうやらゴブには死体の眼を瞑らせる文化は無いらしい。そんなどうでも良い感想をケイジは持った。






 残り二台のジープの確認はケイジとガララに任された。

 雇われはこう言う使い方をされるので、クソだ。

 食事を摂る前以上に疲弊しながら、ケイジとガララは確認を進めることにした。

 運転席側のガラスをバックストックで割って、手を突っ込んで、ロックを解除。エルフ二人が簀巻きになって居た。うごうご動き、こっちを向くと何かを言った。猿轡的なモノを噛まされているのでケイジには何を言ってるかは分からない。外してやる。「助けてくれ」。お決まりのセリフだった。


「身体に爆弾とか仕掛けられてねぇよな?」

「ないっ! ないない! たすっ、助けて――」

「レサト」


 呼びかけに、あいさ! と答えてカサカサカサ。登攀し、荷台に乗り込んだレサトが鋏で拘束を切って行く。自由になったエルフが這い出るが、力なく足が崩れた。随分と衰弱している。


「……」


 どうするかは雇われのケイジ達では決められない。まぁ、一応は商人だ。人権ガー聞こえの良い理由を叫びながら助けてやるだろう。何と言っても死体は金を産まない。

 助けを求める様な視線を無視して、最後の一台に向かう。開ける前に覗いてみれば――半場予想通りにエルフが居た。女二人だ。


「……」


 ――まぁ、そう・・するよな。


 言葉にしない。人であれ、亜人であれ、攫った女に男がする・・ことなど、相場が決まっている。ドアを開けて解ったのは、ゴブのモノも人のモノを成分に大して違いが無いのか、匂いは変わらないと言う余分なことだけだ。

 取り敢えず、レサトに指示を出して拘束を解く。

 一人は動かない。息はしているが、動かない。折れているのだろう。


「……アンタは、随分と平気そうだな?」

「えぇ、長く使うつもりだったのか、食事も水も与えられていましたから」


 対して、もう一人は随分と平気そうだった。

 ゴブの趣味なのか、彼女の趣味なのか、野戦服を着こんでいた仲間とは明らかに一線を画す何故かのメイド服を着た銀髪エルフは冷たい声で言うと、スカート裾を直し、立ち上がった。


「それにしても貴方達に助けられるとは……これも縁ですかね」


 言いながら、お久しぶりです、と頭を下げられる。

「……」知ってっか? とケイジ。

「……」知らないね、とガララ。


 そんな二人には大して興味が無いのか、銀髪メイドエルフはレサトに近づく。


「お元気でしたか、レサトさん?」


 呼びかけられたレサトは嫌そうにケイジの後ろに隠れた。







あとがき

一体誰なんだ……ッ!!

資料集を見ないと名前すら分からないぜッ!!

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