情報売買

 ネオンの明かりから少し外れた機工技師エンジニアの工房は深夜と言うこともあり、明かりは無く、人の気配も無い。

 その工房の金網フェンスがガシャン、と音を立ててケイジの体重を受け止めた。そのままポケットに手を突っ込んだケイジは電子タバコのスイッチを入れて吹かし始めた。思い切り吸って、ぶふぁぁーと吐き出す。嗜好用ではなく、薬用のリキッドだ。それは旧時代、ケイジの先祖とも言える兵士達が使っていた肺を癒す為の薬液だ。そのレシピは変わり物のオークから買い取ったモノだった。

 開拓者になってから約二年。そして心臓を起こしてから一年。身体の調子はすこぶる良い。人体の限界の枷を外して拍動を刻む心臓さんは今日も元気に敵を殺す為にケイジの寿命を食い破っている。多少なりとも遅らせる工夫は必要なのだ。

 吐きだす煙は薄い。あまりおもしろくない。旧時代では喫煙者は差別の対象だったが故、そう言う配慮がされている結果だった。


「……」


 ――ドーナッツ造れっかな?

 それでもそんな好奇心が出てしまったケイジは大量の煙を吸って、魚の様に口を空に向けてパクパクと吐き出してみた。待ち合わせの相手はまだ来ない。暇だったのだ。


「この業界のルール、教えてあげる」


 不意に、背後から女の声。気配は無かった。敵意も殺意もだ。

 だが気配も敵意も殺意も無く、生物と機械を殺せるリザードマンを知っているはずのケイジはその声に左程驚くことなく、「おぅ」と軽い返事をした。


「五秒前集合、五秒後解散。十五分前から待ち合わせ場所で煙草を吸うなんてナンセンス」

「そうかぃ。次からは気を付けるぜ。あぁ、他にもあんならメモに書いといてくれよ。俺が知ってんのは、そうだな――こういう場合、振り返らずに顔をみねぇっつーことくれぇだ」

「それで十分」

「そうかい」


 言って、だらん、と力を抜いたケイジの右手が下がって金網に触れる。丁度破れている場所だ。素早くメモとカードを握らせられる。


「相棒のリザードマンときみの分、名前はトムとジェリー」

「どっちがどっち?」

「トムがきみ、ジェリーが相棒」

「……どっちがどっちだっけ?」

「猫がトムでネズミがジェリー」

「そうですかい」


 俺が酷い目に合う方ですかい。


「それじゃ」

「あぁ、待ってくれや。仕事の依頼がしてぇ、ラプトルズからじゃなくて俺からだ」


 言いながらケイジが銀貨を弾く。高く打ち上げられた銀色の空飛ぶ円形は残念ながら第一宇宙速度に到達することなく、それでも金網を超えて向こう側に落ちて行った。


「……なに?」

「『心臓』ってキーワードで何か情報ねぇ?」

「……ぼくは偽装屋。情報屋じゃない」

「だが裏の深い所の住人だ。生憎と育ちの良い俺のような奴にゃそっち伝手が無いんでね」


 はぁ、と溜息を吐く気配。何となくケイジはもう一枚銀貨を弾いてみた。


「気前良いね」

「しばらく俺の昼飯はパンの耳だ」

「水に成るまで粘るのも面白そうだけど――」

「……ひっでぇな、おい」


 ィン、と音。弾かれた銀貨が一枚戻って来た。


「? ヘィ?」

「貰い過ぎだから。……ぼくが知ってるのは最近、『心臓』を探してる腕利きの蛮賊バンデット盗賊シーフが街に入ったってこと」

「……」

「未だ“あがり”じゃないものの、並の“あがり”よりも強いそいつ等は用心棒や荒事代行で最近、売り出し中。それを面白く思ってない連中も居るってことくらいかな?」

「どこ?」

「陽炎、LG、ラッカー、この辺りはさっき言った意味で。それと少し別な意味でジェィド」

「別な意味?」

「あそこも兄妹二人だから」

「……あぁ、そう言う」


 仮パーティのお誘い。そう言うことだろう。それにしても、とケイジは思う。気が付けば俺達も有名所のジェィドにお誘い頂ける様になったのか。


「心臓が悪いの?」

「わりぃな、ソレの答えは売りもんだ」

「そう」


 銀貨が弾かれる。受け取り、弾き返す。


「情報料のつもりだったんだけど?」

「情報屋に売っちまった情報だからな。俺が軽くしゃべるのもまじぃんだよ」

「自分のことなのに?」

「自分のことなのに、だよ。ま、別に知られても気に成らねぇことだっつーことを……そうだな。お兄ちゃんにでも教えてやりな、妹ちゃん」


 跳ねる様に金網から体重を回収して歩きだすケイジ。その姿が遠くなり、声が届くかどうかと言う所で――


「気付いてたんだ」


 そんな少女の声が暗闇の中に落ちた。






 ケイジが手渡したカードを熊の様な大男と、熊の獣人のベアベアコンビのガードマンが精査する。大男の方は旧時代の文化には疎いようで、特に何の反応も示さなかったが、熊の方は元ネタを知っているようで、笑いそうになって居る。


「……何かあんの?」


 だからケイジも旧文明に疎い振りをして笑顔で聞いてみた。その笑顔は良く見れば不自然だ。まるで張り付いた造り物の様。無駄に危ない橋を渡らされてる気しかしねぇ。それがケイジの内心だ。偽装会員証は問題なく機能している。腕は良い。だが、余計な遊び心が本当に余計だ。


「いっ、いえ、何も。問題ありません。武装の類はこちらで預からせて頂きますが――」

「来る場所が来る場所だ、最初ハナから持って来ちゃいねぇよ」

「トム様、その右腕は……」

「置いてけってか? カードどうやって持てって? 飯は? おいおいおいおいおーい? 何だ? 客に楽しむなーってか?」


 顔を見合わせるベアベアコンビは凄むケイジを面倒な客だと判断したのだろう。内蔵ギミックの弾薬を抜き取るだけで取り敢えず通すことにしたらしい。


「トムとジェリー様、夢の一時をお楽しみ下さいませ」


 ケイジと同じ様な造りものの笑顔。だが、ケイジとは違い、本当の笑いを誤魔化しながら熊が言って、地下への階段へ通される。降りて、曲がって、ケイジ達の姿が彼等から見えなくなった後――背中から噴き出して笑う声が聞こえた。


「……ケイジ、そんなに面白いの?」


 トムとジェリー?


「それなりには面白いんだよ」


 元ネタ知ってる奴からしたら、スーツ姿の良い年した野郎共が名乗るとな。


「ジェィドの妹さんはお茶目だね」


 すっ、と目を細めてリザードマンらしくガララが静かに笑うが、ケイジは余り笑えない。それなりには面白いのだ。ケイジだってちょっと笑いそうだったのだ。だが笑ったら、不審に思われる。そして疑われる。疑われたらバレるかもしれない。笑えねぇ。そう言う訳だ。


「それにしても良く分かったね、ケイジ」

「親父が好きでな、旧文明の映像データ集めんの」


 大体は映画だったが、偶に他のも混じってた。ケイジがそう答えると「そっちじゃなく」とガララが首を振った。


「ジェィドの方?」

「ジェィドの方」

「陽炎、LG、ラッカー、この辺りが俺等に目ぇ付けてんのは知ってたが、ジェィドは初耳だったからな、カマかけてみただけだ」

「それが当たっただけ?」

「まぁな」


 すげくね? と肩を竦めるケイジに、やれやれとガララが溜息を吐き出す。


「それじゃ勘の鋭いケイジは、この広いカジノからターゲットを探してね」

「任せろ。先ずはポーカーからだ」

「……ケイジ、『先ず』って何?」

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