Heart
ラスター
駄犬から首輪が外れるとどうなるのか?
その答えは簡単だ。好きな様に走り回る。ご主人サマの怖さも忘れ、自分の好きな様に走り回る。そして何れ自分が一番偉いのだと勘違いをしてしまう。
ご主人サマの居るヴァッヘンから遠く離れたラスターにはそんな駄犬の成れの果てが多くいる。うっかり自分が偉いのだと勘違いしたそいつ等は性質の悪いことに頭は悪い癖に腕は立つ。ここ、ラスターまで来ることが出来る程度には、だ。
ギルドに忠誠を誓う物。駄犬の群れ。それらに始まり東域都市群の旧文明の遺産を狙うハイエナと、彼等を相手取る商売人。
人の土地と言うより
荒野のただ中、防壁で囲まれたこの街はどこもかしこもブラック・バック・ストリートと同じ“匂い”が充満している。
「……」
――いや。
ケイジはサイドカーで足を投げ出しながら無言で首を振る。
ヘビーマシンガンを背負った全身鎧の
ここに居る開拓者は“あがり”を迎えたか、“あがり”に近いモノだけだ。オークとゴブリンの国が傍に有り、ラミアやミノタウロスなどの巣がぽこぽこ有って、ついでのおまけに稼ぎ場の東域都市群は暴走機械共の大工場だ。そうで無くては生き残れない。
そして、この場所よりも錆ヶ原などの方がはるかに安全に、楽に稼げる以上、この街に居る連中は頭のネジが外れているのか、そう言うマシな街に居られなくなった犯罪者か、或いはケイジの様に旧文明の何かを探してる連中だ。
あの
「……
ショタの男娼店。
それをまぁ、こんな所までご苦労さん。とケイジが拝みながら言えば――
「
だからこんな街で働きながら楽しんでるでしょ? とバイクに跨った赤錆色の鱗のリザードマン、ガララが応じた。
「そんだけで態々この街に? 命がけ過ぎね?」
「ブラック・バック・ストリートに来る観光客の大半は――」
「……ヤァ。そうだったな。ヘンタイ野郎ばっかだ」
それと似た感覚か。一般人がエロの為にヴァッヘンの、しかもその裏に来るような感覚で腕の立つあの
「……ケイジ、男って悲しい生き物だね」
「脳みそが下にも付いてんだろ?」
だから金的喰らうと死ぬほどいてぇんだよ。
そんな適当な返しをして欠伸を一つ。ショタコン
「……これで四人だね」
「情報通りならコレで全員っーわけだ……『レサト』」
「ケー。そんじゃ野郎共、お仕事の時間だ」
「ヤァ」と言う返事が横から。そして視界の中ではもう一度大きく光が弧を描いた。
「……何を、してるんですか?」
スーツ姿ながらSGとSMGを持った暴力の匂いがする男たちがやって来たら逃げるのが普通だろうに、律儀にもモーテルの管理人の獣人はケイジ達に声を掛けて来た。ウサギの獣人だ。耳はその心の内を表す様に、恐怖で垂れ下がっている。
ブラック企業で摩耗された神経は眼前の明確な暴力の匂いよりも、あるかも分からない“今後”のオーナーからの叱責の方を怖いと判断したらしい。
「管理人さん?」
「はい、そうです。あの、困ります……ので……」
止めて下さい。
ガララの問い掛けに、オドオドと、それでもはっきり『止めろ』とウサギは言う。
「……」
「……」
どうするの? と言うガララの視線に、どうっすっかね? とケイジも視線で返す。
暴力で、脅す様な口調で来てくれれば判断が楽だった。オドオドと、それでもこうもはっきりと『止めて』と言われると、ちょっと罪悪感が出てくる。
「そうかい、そんじゃマスターキー貸してくれや」
だが、所詮は“ちょっと”だ。アクセル踏み込み、瞬間風速を最大に。ケイジは手早く“仕事”様に神経を造り変えて、それ用の顔を見せる。
素直な言葉には、素直な悪意をだ。ケイジは平気で笑いながらSGの銃口をウサギに向ける。どっからどう見てもワルイヤツだ。「……」。ガララがソレをみて、やれやれと溜息を吐き出した。ブレーキと言うか、ストッパーが居なくなってからケイジは切り替えが早過ぎて時たま置いて行かれそうになる。
「管理人さん」
「うぇ? あ、はい?」
「出した方が良い」
あっさり撃つから、彼。
「でも、あの……叱られる」
「ヤァ、そうだな。ラビット。全くだ。俺達はこれからここで
「……」
ケイジの言葉に管理人が無言で頷き、それを見てケイジの笑みが深くなる。
「だから俺は言ってんだよ、
――分かるよな?
否。
――分かれ。
命令調の視線。それでも迷うそぶりのウサギに――
「……死体が出てもこっちが回収するし、死体の財布は貴方の好きにしたらいいよ」
「季節外れのサンタクロースからのプレゼントだぜ? 帰りにキンキンに冷えたビールで今日あったことを飲み込んじまえば――わぉ! 何時も通りの日常に素敵なボーナスが!」
畳みかける。
「……」
ウサギ管理人が無言で手に視線を落とす。銀貨を握らされた手だ。
金。実際の金。手の中にある重さが更に増える様をウサギ管理人は想像する。ブラック企業で摩耗した眼に光が戻る。少しだけ正常になった思考回路は悪徳の街、ラスターの住人に相応しい思考を彼に許した。
ノロノロと、それでも迷いなく鍵が取り出され、渡される。
「次の見回りは、二時間後になります――お客様」
恭しく頭を下げるウサギの管理人にガララは「……わぁ」と半笑い。ケイジは満面の笑顔で、ぴっ、と人差し指と中指を揃えて敬礼した。
「やっぱり安いには安い理由があると言うことだね。ガララは学んだよ」
「俺等も結構やらかしてるからな、気を付けようぜ」
おら、行くぞ。
言いながら目的の部屋に。『ファイブカウント』。
「――!?」「――!!」「――! ――!」
窓が割れる音。外から飛び込んだレサトに中の連中が慌てている。
SGを抱えたケイジが素早く、音を立てて派手に。
SMGを掲げたガララが、素早く、その影に隠れる様に。
飛び込んでいく。
廊下、敵影無し。ベットルーム視認。今見えるのは一人。特徴、金髪、人間。金庫番、リーダー共に該当せず。――殺して良い。
そう判断した瞬間に、戦闘を予感した瞬間に、身体能力が、認識能力が、何よりも心臓が――跳ねた。
ならばソレに従え。
「……先行く」
「ヤァ」
言葉を残し、返事を聞かずに、一歩。力強く、それでも音の少ない無駄のないその一歩でケイジの身体が弾丸の様に疾駆する。勢いそのままにドロップキック。入って来たレサトに銃口を向けていた金髪の後頭部を踏みつける様に蹴り倒し、思いっ切り壁に叩きつける。
立て続けの闖入者による暴行により、部屋の中の空気が固まる。動きが止まる。実際、ケイジには止まって見えた。さっき入って行ったウッドエルフが見えた。全裸のドワーフが見えた。そしてリーダー各である狼の獣人――ではなく、ベッドに縛られているエルフの女が見えた。
「あ?」
壁と靴でサンドイッチを造っていたケイジが、床に降りると同時に『具』をミンチにしながら、不穏な呟きを漏らす。
人数は確かに四人だ。
だが、その内ターゲットは三人しか居ない。四から三を引くと一だ。
取り敢えずケイジはSGをウッドエルフに向けて引き金を引いた。呪印で防がれる。だが、やっても良いと判断したレサトが追撃を担当した。重要な役割について無いのが悪いし、武器を手放さないのが悪いのだ。
「……」
無言で全裸ドワーフに銃口を向ければ彼は無抵抗を示す様に両手を空に向けてくれた。「……」。結果、隠されなくなった見慣れた見たくないモノが、ぶらりと揺れた。
見ていても何も楽しくないので、ケイジは見るのを止めて、ベッドの女エルフを見る。ウッドエルフの処理を終えたレサトが、だいじょうぶですかー? と言いたげに近寄っていた。「拘束解いてやれ」。そんなケイジの言葉にレサトが鋏を、かしょん、とやった。
「……ヘェイ、ガララさん?」
どう言うこった?
「……ラプトルズの若僧だね」
やらかしてくれたよ、と目を覆いながらガララ。
「ケー。そいつにゃ仕事の大切さを後でたっぷり教えてやるとして――」
人差し指で眉間を押す。考える――と、言うよりは探す様な仕草。
『確認した。後始末の部隊は直ぐに送――』
『ヘェィ、ボス? ボスボスボース? 皆大好き、ラプトルズのボス、ミスター・アルファラプトル? テメェんとこはアレか? 脳ミソも恐竜並なのかよ?』
『……どういう?』
『昨日の夜から今日の引き継ぎまでの間、モーテルから出てねぇはずのターゲットの代わりにエルフの姉ちゃんが居るんだけどよ、どう言うこと?』
性転換に加えて種族変換? わぉ、科学の力ってすげぇー。
『……』
『ヘィ、黙ってねぇで部隊遅れや。金庫番は居る。吐かせるまでも俺達に外注するってんなら料金増しな。部下を責めるパフォーマンスも、言い訳も要らねぇ。取り敢えず今、捕らえた獲物の処理をしようぜ? リーダーに関しちゃその後だ』
言うだけ言って、ケイジがふぅ、と息を吐く。
「あ、あんたら、何だ? 何なんだっ!」
そんなケイジに唯一無事な全裸ドワーフが吼える。「……」。ケイジが無言で近づき、その鼻を思いっきり摘まむ「――ッ!」痛みで涙目になる全裸ドワーフ。
「何? 何って言われてもな、何だって良いだろーが。大事なのはテメェらがラプトルズさんのシマでおクスリを売った。それだけだぜ?」
ぐっ、と鼻を握ったまま、ケイジの手が動きだす。鍵をかける様な動作だ。固定されているはずの鼻が無理矢理回り出す。
「っぁ! あいつらだってギルドに話は通していない! 儂らと同罪っ――儂は! ギルドっ、ギルトぉっ! か、顔が効く!
ぐちっ、と鼻の軟骨を潰して回す音が悲鳴の中でも聞き取れた。
「わりぃな、金じゃなくて情報で雇われてんだ」
弱々しく蹲る全裸ドワーフが、だくだくと血を流す。それを三秒ほど見て居たらラプトルズの連中がなだれ込んで来た。金庫番のドワーフは勿論、さっき管理人に言った通り、死体も回収して行く。使い道はあるのだ。女エルフは白。純粋な被害者の様で、服と口止め料を握らされて追い出された。足取りがふらついている。「……」。アレではすぐに“次”になってしまいそうだ。「レサト」。ケイジが呟けば、それだけで少し成長したサソリは両の鋏を掲げておろした。まかせとけぇー。そんな感じだ。
「護衛?」
かっくん、と不思議相に首を傾げるガララに――
「護衛」
こっくん、と首を縦に振ってケイジが答えた。
「ガララはケイジが良い奴か、悪い奴か分からないよ」
「基本は良い奴だぜ?」
「ダウト」
くくっ、と笑いながら部屋を出て、外に。白いスーツを纏い、肉食獣の様な目と、サメの様な歯をしたオールバックのエルフが居た。
今回のバイト先の店長、
「こっちのミスだが……仕事を完了して貰いたい」
「あぁ、分かってるぜ? もともとテメェが俺等雇ったのはコイツ等雑魚じゃなくて、リーダーのジオ相手の為だからな。……んで、落とし前は?」
「料金を乗せる。それと――」
彼が顎を、くい、とやると、側近にド突つかれて一人の若者が転がされた。顔が腫れて居て判別が付かないが……まぁ、やらかした若僧だろう。
「漁礁だ」
「……漁礁かよ」
違った。もう既に漁礁だった。
「沈める前に
「……」
「……」
無言でケイジとガララが見つめ合う。すっ、とケイジが軽く胸の前にグーを出す、ガララもそれに応じる。最初はグーで――結果、ガララが勝った。「……後ろ、開けて」。ゆらり、ガララが進み出れば、漁礁の背後が開けられる。そして――右。
叩きつけられた暴力が漁礁を吹き飛ばす。くの字に折れ曲がったまま、一回転。吹き飛び、廊下で顔面を削りながら止まったっきり、ソレは動かなくなった。
「……奴が良く行く会員制のカジノだ。行ってみてくれ」
――偽装屋の手配もしてある。
擦れ違いざま、言葉と共に渡された名刺を受け取ったケイジは『了解』の返事の代わりにソレをピラピラと振って返事をした。
あとがき
むいむいっと更新再開。
再開したけど、ストックがあんま無いのである。
そんな訳で暫く毎日更新は無理なのである。
多分、一日おき……かなぁ?
またお付き合い頂けレバー。
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