V.Sジオ 前

 運が良いか悪いかを問われれば、間違いなく悪いのがケイジだ。


「良い引きだね、ケイジ」

「……」


 そんな訳で、一発引き。ポーカーの席に意気揚々と向かってみれば、卓にチップを積む前にターゲットを発見。途中のバーカウンターで酒を煽る銀色の毛並みの狼獣人を発見し、目を細めて笑うガララに、ぱぁん、と肩を叩かれて早くもお仕事の時間となってしまった。


「……ファック」

「ファックオフ」


 中指立てて抗議をしてみても、親指下に向けられてさっさとヤレ。頼りになる相棒様は労働意欲に満ち溢れて居て遊ばせてくれない。

 ガリガリと頭を掻く。息を大きく吸う。息を止める。三秒。俯き気味に大きく息を吐き出して――「うし」。ケイジは仕事用の回路に切り替える。瞬時に周囲を見渡す。入り口で変にごねたのが拙かった。機械の義肢、右腕をそのまま持ち込んだケイジは要監視対象としてリストアップされてしまったようでフロアの中、懐が不自然に膨らんだ層から注目されてしまっている。どうすっかな? 取り合えず、ちょっと賭けてみるのはどうだろう? そんな名案が浮かんだ。


「ケイジは人気者だ。煽って、アイツに先に抜かせれば目撃者がいっぱいだね」

「……素敵な意見をありがとよ、ガララ。素敵過ぎて涙が出そうだぜ、クソッタレ」


 名案と言う名の迷案を提案する前に本物の名案が提示されてしまった。仕方がない。仕方がないので、行く。

 肩を回す。首を鳴らす。指を引っかけ、ネクタイを緩めて――挑発プロヴォーク。指向性を持たせて飛ばすことはケイジの練度では出来ない。だから範囲を絞り狭い範囲、自分の周囲の濃度をとびっきりにしてケイジは歩く。

 擦れ違った客が、その不快な気配に振り返る。

 戦闘要員ではなく、擦れ違ったバニーウェイトレスが確認する様に警備員を見る。

 それらを気にせず、にやにや笑いでケイジはガラガラのバーカウンターのターゲット、ジオの隣に滑り込む。


「ヤァ、兄さん。楽しんでる? ハッピー? そいつぁ素敵だ。所で金庫番変えた方が良いぜ?」

「?」

コレ・・じゃ帳簿は付けらんねぇし――」


 相手が言葉を理解するよりも先に、ハンカチでくるんだ十本のモノを放り投げ――


「今頃は魚の餌だ」


 更に写真、丁度二つの漁礁・・が沈められているシーンを指で弾いてカウンターの上を滑らせ、コースターに、かっ、と止めさせる。


「……おい、どういうつもりだ?」


 銀狼、ジオが黄色い目でケイジを睨みつける。


「どういうつもり? どういうつもりかって? ヤァ。冗談だろ、ディッキー? 何? ねみぃの? 見りゃ分かんだろーが。喧嘩売ってんだよ。テメェのオトモダチの写真と短くて太い田舎臭い指でな。ヘーイ、お眠の時間には早いんじゃないでちゅか、仔犬パピィちゃん?」

「……どこの組織だ」

「何処だって良いだろ? それともテメェは相手の名札みて喧嘩売るかを決めんのか? だったらそりゃぁ――あぁ、糞ダセェな。尻尾を股の間に挟んでおくことをオススメするぜ負け犬ルーザー?」

「私が――」からん、とグラスの氷を揺らし、琥珀色の液体を見つめるジオ。「私が、貴様のその安い挑発に乗ることこそ、負けだろう。私にとっても、彼に――彼等にとっても」


 グラスを煽り、そう言い切る彼の眼には冷たさがあった。「……」。成程。切れるな。鋭い。手強い。クソが。ちろ、と相手に見えない程度に舌を出し、ケイジは唇を湿らせた。


「施設内での呪文スペルの使用は禁じられている。摘まみだされると良い、蛮賊バンデット

「そうかい。そら残念だ。まだチップの一枚も使ってねぇからな。所で――その酒、美味い?」

「何だ? 奢らせる気か?」

「まさか」


 そろそろか、と注文を取りに来たバーテンにメニューの一番上、安いミルクを指で指し示し、ケイジはわらう。笑う。嗤う。


「仲間見殺しにして呑む酒は美味いですかって聞きてぇだけですよー?」


 犬歯を見せて、嗤ってみせる。


 ――ひゅう!


 と高い音が次の瞬間、ケイジの唇から出た。

 基本的には、吹けない口笛。

 偶にマグレで鳴ることが有るソレは今回、不発だった。カッコワルイ。だが、そんなモノに注目しているのは、このカジノでガララ位だろう。

 銃声が鳴った。

 弾丸は寸前までケイジの頭が合った場所を通り抜け、ウェイトレスのうさ耳(偽)を撃ち抜き、壁際の観葉植物を撃ち抜いた。


「ヤァ! 抜いちまったな、負けルーザー!」


 足の高いバーチェアに足を引っかけ、だらんと、逆さづりでケイジが笑う。「――」。氷の様なジオの視線がソレを見て、緩やかに手が動く銃口が向けられる。ケイジは足を解いて、重力に任せ、落ちる。両手を付いて、頭を付いて、三点で降りて腕の力で自分を撃ち出す。銃口を避ける様にバク転で距離を取った。ジオの銃口はその後を追う。「……」。自動拳銃オートマチック。装弾数は十五発。くらい。多分。っーか持ち込ましてんじゃねぇよクソが。悪態。それを吐き出し、とんとんとん、と踊る様に右に左にフラフラフラ。ケイジが下がって距離を取る。他の客を盾にする。従業員を盾にする。

 静かに、氷の様に、刃物の様に、それでも確かにキレた・・・ジオは構わず撃つ。悲鳴が上がる。怒声が上がる。

 そこで漸く、警備が動いた。遅せぇよ。それがケイジの感想で、ジオにとっての事実。無数の球体が浮かぶ。詠唱はケイジの知るどの魔術師ウィザードよりも早い。その点は同情してやっても良い。正直、理不尽な速さだ。だが、それを差し置いても警備の動きは遅い。遅すぎる。遅すぎた。過去形だ。練達の魔術師ウィザードにとって一秒は正真正銘で値千金だ。無数の球体が放たれる。ケイジは咄嗟、強襲アングリフで跳ね上げた身体能力でギャンブルの卓を蹴り転がしてその裏に飛び込んだ。優しさでディーラーの首根っこを掴んでひきずりこんでやることだって忘れない。

 同じ様に対応出来た奴や、運が良かった奴。それ以外は悲惨だ。“あがり”に、そうで無い奴例外なく撃ち貫かれる。「は、」と零れる乾いた笑い。時間と威力が釣り合わない。コレだ。コレが、ラプトルズが外注に出さざるを得なえなかったジオと言う個体の特異性だ。

 神の眷属である銀狼。その獣人であるジオは神に愛されている。

 理不尽なまでの火力。典型的な選ばれたモノ。

 その愛は組織よりも自分が強いのだと勘違いさせるのには十分で、十二分で――


「ディーラー? テメェ、生きてるよな? 見てたよな? アイツがキレた。だから俺が制圧する為に動いた。そう証言できるよな?」


 それでもケイジとガララが退くには不十分だった。

 アイコンタクト。それは一瞬。通信コールすら使わずに、人混みに紛れたガララと殺戮ショーの舞台に役者キャストとして半分上がっているケイジの眼が合う。


「……出来ない。そう言ったら?」


 ちょび髭エルフのディーラーがケイジに崩された襟元を正しながら。大人の男として余裕を持った態度を見せようとしているが、その手は震えていた。


「……ここでテメェと一緒に祈っといてやるよ。ダレカタスケテー、ってな」


 ハズレ引いたな。その感想を口にも顔にも出さない代わりに、態度にだす。肩を竦めて、困った様に笑いながらケイジが言う。


「……出来る」

「ヤァ、良いね。ダンディだよ、テメェ。そんじゃ、ま――」


 右袖のカフスを外し、ブンブンふって緩める。外した赤いネクタイを目立つ様に左拳に巻いて――


「スーパーヒーローの登場だ。良い感じのBGMをよろしく頼むぜ?」

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