ナナカマド

 錆ヶ原の中は結構な頻度でリフォームが行われている。

 それは材料運搬の動線を確保する為だったり、生産ライン同士の接続の為だ。

 そして機械は埃を嫌う。

 常に清潔に保たれた研究施設内はその道が何時造られたかをあやふやにしてしまう。

 ユキヒメ達もそんな道に迷って奥に行き、結果として帰ってこれなくなったのだろう。

 何となくケイジはそう結論づけていた。事実、ケイジも今、道を間違えている最中だ。一本、曲がる角を間違えた。地図に無い道を歩いている。それに気が付いたと同時に、ユキヒメ達の行方不明の理由の予想を思い出したのだ。


「……ケイジくん?」


 思い出してしまったからリコのこの『どうするの?』と言う視線に上手く答えられなかった。

 錆ヶ原の探索には特殊な鍵が必要だ。それは電子錠をこじ開けることが出来るクラッキングキーだ。白濁した人工血液の中で夢を見ながら“彼”或いは“彼女”は扉を開く。

 そうして苦労して開けた扉も通った後に閉めてしまえばロックが掛かる。開けっ放しは許されないのだ。

 それでも開拓者たちはその扉が開いたことがあるかを判断することが出来る。

 油性ペンで開けた扉の鍵付近に日付とチーム名を書くことが礼儀となっているからだ。

 別に何のボーナスが貰えるわけでは無い。

 大した情報でも無い。

 それでもその日付以降、そのチームの連中を見掛けたら『返ってこられる』と言う判断基準には成るし、はふりが良ければ『儲かる可能性がある』と言う判断も出来る。つまりは後に続く者の為のマナーだ。

 ケイジ達は錆ヶ原に来てまだ二ヵ月も立って居ない。ここではそんなひよっこだ。だからこれまでは『誰かが開けた扉』しか開けたことが無かった。

 だが、目の前にあるのは――


「……帰るぞ、ヤロウ共」

「あら意外。開けないの?」


 あと、あたしとリコは女の子、と言うアンナに「失礼、このアマ共」と言いながらケイジは、モミジケースを掲げるレサトからケースを奪い、そのままレサトに積みなおした。


「責任とれねぇのに処女膜なんざ破れねぇよ」


 ケイジの言葉に何故かロイが視線を逸らした。「……」。あの鹿は去勢しておいた方が良いかもしれねぇな。そんなことを思った。

 思って、回れ右をして、扉に背を向け、歩き――出す刹那に、がちゃ、っとロックが外れる音がした。


「っ!」


 反応が出来たのはケイジとガララのみ。そして振り返ったケイジとガララが見たのは開いた扉から飛び出したソイツが最後尾から最前線に移動してしまったアンナの髪を掴んで部屋の中に投げ捨てる様にして放り入れるところだった。

 見て、認識するよりも前に足が動いて居た。

 ロイとリコ、レサトを追い抜き、構えたSGの引き金を引く。ソイツは跳んで下がった。部屋に入るケイジとガララ。わざと大きく音を立ててアンナを背中に庇った。

 それに遅れてリコとロイ、レサトも部屋に入ってくる「バッ――!」カ、テメェ等何してんだ! 後半が声に成らなかった。扉が閉まる音がした。ちっ。舌打ちをする。頭を掻く。「……」。それで切り替える。飛び出した俺がわりぃな。クソが。ミスった。

 きゅらきゅらきゅら。

 ケイジの舌打ちが響く中。そんな金属が擦れ合う高い音が響いた。部屋は暗い。音の出所は目の前のソイツだと言うことは分かるが、ソイツの何がなって居るかは分からない。「……」。油断なくSGを構えたまま、タクティカルベストのポケットからサイリウムを取り出し、腿に叩きつけて化学反応を促す。軍用サイリウムの光量は中々のモノだ。放り投げれば闇の中からソイツの姿を浮き上がらせる。

 ぬらり、とソイツは闇の中から現れた。

 機械の硬い動きではない。

 動物の柔らかい動きだ。

 身長はケイジよりも高く、ガララよりは低い。黒の軍帽を被り、黒の外套と黒い詰襟の古い軍服を纏った人間――の様に見える少年だった。明らかに違和感がある。深い黒の瞳には瞳孔が無く、ぽっかりとした孔の様に見える。頬が金属で補強されているのも明らかに異質だ。

 武装は左腰に拳銃のホルスターと刀を佩いているのみだが――ゆったりとした外套だ。中に何かを隠していると警戒し置いた方が良いだろう。

 一歩、ソイツが歩いた。重い。いや、足取りでは無く、体重が重い。ソレが分かる一歩だった。体格と体重が合って居ない。密度が人のソレではない。


「……戦闘用自動人形バトルオートマタか?」

「否定をする」

「……!」

「当方、東部解体戦線直掩部隊所属、ナナカマド。ここは当方が守護を仰せつかった場である。貴君等の所属を述べよ。述べねば侵入者として扱い――」

「排除するってか?」


 おぉ、こえぇこえぇ。言いながらケイジは前に出る。注目を集める。背後のアンナをリコをロイをレサトを庇って――ガララを隠す。

 ぴりぴりする。ちりちりする。首の後ろが疼く。不気味だ。それ以上に強烈な死の匂いがしている。鼻で呼吸をしたら吐き出しそうになった。それを誤魔化す様にケイジは唾を呑んだ。そして更にそれを誤魔化す様に嗤う。


「否。排除はしない」

「そうかい? 良いね、アーミー。話し合いで解決って分けだ。俺もソイツには賛成だ。何を隠そうヘイワシュギシャって奴でね?」

「黙れ不法侵入者。当方は貴君等を排除はしない。貴君等には、当方の研究対象となって頂く」


 そこで部屋に明かりがついた。

 否定はされた。それでもナナカマドは間違いなく戦闘用自動人形バトルオートマタだ。そうである以上、ケイジ達よりも遥かに暗闇に対する耐性は高い。目の性能が違う。その有利を捨てる。それが分からなかった。分からなかったが、分かった瞬間にケイジは固まった。

 死臭がするはずだ。

 その部屋には無数の死体が吊るされていた。

 両手を引っ張って吊り上げられているそれらは何れも背中が露わになって居た。


「呪印。当方は貴君の持つその不可思議な技術が知りたい」

「……」


 ケイジは返事をしない。

 後ろで仲間が驚愕する気配がした。

 この様を見て感情を動かさなかったガララは流石だと思う。

 古い死体は部屋の隅に捨てられている。肉が腐り、溶けている。強烈な匂いはそこからだろう。そして新しい獲物は天井から吊るされている。

 新しい死体が六つあった。

 ソレは女の死体だった。

 戦闘の衝撃で動いたのだろう。

 ぐる、っと一つの死体の首が傾いて黒絹の様な長い髪がさらりと流れた。その横顔が露わになる。開きっぱなしの眼に光は無い。距離があるはずだ。それなのに何故か、ぱかっ、と開かれた口からハエが頭を出し、戻って行くのが見えた。


「……ユキヒメ」


 そして杖を取り落としたアンナが彼女の名前を呼んだ。







ウォール展開、リコ、ロイ、そこから援護。アンナ、レサト、扉開けろ!』


 一息。


『ガララ、行くぞ』

『うん』


 低い声に返される冷たい声での答を受けながらケイジは扉から離れる様に走りながらSGの引き金を引く。弾はサボットスラッグから従来の散弾に切り替えた。

 雑な狙い。

 適当に引かれた引き金。

 指を動かすだけで生物を殺すそんな魔法使いマーリンの杖。SGが無数の殺意を吐き出す。後ろに飛び去りながら顔を手で庇うナナカマド。当たった。金属音が響いた。成程。手は機械で顔は生身か。そう判断する。ナナカマドが左手で拳銃を抜く。リボルバー。シンプルなソレだ。だが、口径が大きい。きゅぃ、と音がした――様な気がした。それはケイジの気のせいだ。だが、目が。ぽっかりと開いた黒い孔の様な目の奥で機工が動いてレンズに光が差した。三発。ダブルアクションリボルバーの重いトリガーとは思えない三連射。

 一発目を跳んで避けた。二発目が着地先を狙っていたので、無理矢理止まった。


「……やるな」

「褒められても嬉しくねぇよ、ポンコツが」


 その二発で狙いが正確であることが分かったので、顔面を狙った一発を額の鉢がねで叩き落とした。

 まぐれだ。

 心臓がばくばく言っている。心臓を守る為に置いた手の甲からソレが伝わって来た。だからソレを悟られない様に『出来て当たり前』の様にケイジは振る舞う。嘘だ。そんな余裕はない。三歩くらいはクール麺を維持できたが、直ぐに走り出し、部屋の中を駆けて滑り込む様にして無作為に置かれた机の下に潜りながらその足を引き倒した。上に乗っていた書類が落ちて、蹴り飛ばした椅子から落ちた何かが「ぐえっ!」と呻いた。着弾三発。薄いスチールの机はあっさりと貫かれてブラインドくらいでしか役に立ってくれなさそうだ。「……」いや、違う。そうじゃねぇ。


「……ヘイ?」


 何だよ、テメェ? そんな感じでケイジが爪先で突くと、ソイツはのろのろと顔を上げた。チビのおっさんだ。白衣を着ている。緑の髪で耳が尖ってるので、まぁ、お馴染みの糞種族ノームさんだ。白衣ノームは顔を上げるとその死んだような目に徐々に光を取り戻して行ったかと思ったら、スライディング体制で横たわったままのケイジの右足にしがみついて来た。来たので、空いている左足で蹴り飛ばした。鼻を踵で潰す。体重差から吹き飛んで行った。「ふべっ!」。と地名の様な呻きを漏らしながらブラインドの外に弾かれる。

 それを見逃すナナカマドではない。


「博士! どうして隠れておられないのですか!」


 だが、銃撃ではなく、心配する言葉が来た。

 このノームはアレの関係者か? そんな疑問。そして「た、助けてくれ!」という言葉。ただし、ソレはナナカマドに向けられたモノでは無く、ケイジに向けられたモノだった。「……」。さっきのことがあるので、足にはしがみついてこない。それでも泣きながらナナカマドの敵であるケイジに縋る様に机の中に入って来た。


「おのれ、貴様っ! 博士を人質に取るかっ!」

「……ヘェイ? 何だよ、テメェ? アイツと仲良しか?」


 にやにや笑う。立ち上がり、机を蹴り飛ばす。右手にSGを持ったまま、左手でゴブルガンを抜く。その銃口の先には当然、白衣ノームが居る。


「悪役っぽくて嫌なんだが、分かるよな・・・・・? 動けばハカセのおミソで床が汚れることになるぜ?」

「やめっ……やめっ……」

「(安心しろや、テメェ等は気に食わねぇが、あのポンコツから逃げるまではぶちまけねぇし、俺はこれでも義理がてぇからよ。殺さずに逃がすくらいはやってやる)」


 おら、だから茶番に付き合えや。小声で言いながら、ゴブルガンで眉間をぐりっ、とやるケイジ。そんなケイジに『そうじゃない』とふるふると首を振り続ける白衣ノーム。そんな彼の震える指先が部屋の角を指差す。そこにも死体が有った。それでも幾分かは丁寧に扱われているのが分かる。防腐処理でも施されているのか、腐って居ないし、雑に積まれるのではなく、キチンと並べられている。

 それは白衣を着たノームだった。「……」。ケイジは視線を落とす。ゴブルガンの先にも白衣を着たノームがいた。床で眠っている奴等との違いは生きているか死んでいるか。それ位だろう。嫌な予感がする。予感と言うか、もう嫌な答えだろう。

 ナナカマドに視線を向けてみれば――


「浅いな賊めがっ! 当方既に護国の鬼である。その程度で鈍る足であるのならば、当の昔に止まって居るっ!」

「……あァそう」


 狂ってんな。酔ってんな。勘弁してくれや。

 リコとロイの射撃を腕で受けながら猛然と走り出したナナカマドを見ながら、呆れる様に溜息を吐き出し、跳ねる。右へ。白衣ノームを置き去りにしながら素早くSGで牽制の一発。フォアエンドが引けない。連射が出来ない。大した時間稼ぎにならない。それでも足元に撃った一撃を嫌って相手を停めることに成功した。

 そこにロイの銃撃が刺さる。

 使い慣れてコントロールが効くヴァイパーが三発。真っ直ぐに進んでいた弾丸が軌跡を切り替え、ナナカマドの顔面に迫る。


「邪魔だぁ!」


 それを外套の一振りで払いながら刀を抜いて襲ってくるのだから勘弁して欲しい。さっきケイジがやったことと同じことだ。狙われる場所が分かる。その軌跡も読める。だったらタイミングだけを合わせれば良い。同時に着弾する様にしたロイのミスだ。マルチターゲットの場合なら有効だろうが、ピンポイントの場合は上手くない。「……」ターゲットすら切り替わらねぇのかよ。嫌になるな。悪態。呑み込み、通信コール


『アンナ』

『ごめん、まだ! ロックが硬いの!』

『そーですかい』


 それはそれは――悲しいことで。

 ゴブルガンを乱雑に押し込み、SGを構える。迫ってくるナナカマドの腹に向かって一発、下がりながら更に一発、壁にどん、と当たりながら更に一発。コレが本命だ。近い距離でのSG程残酷なモノは無い。足を狙う。飛んで避けられた。反応速度が速い。


 ――思ったよりも、少しだけ。


「なんとぉっ! 受けるか! この一撃を受けるのか、賊っ!」

「重っ――てぇな、クソが!」


 火花が散る。交差したSGと刀がざりざりと鳴く。

 鍔迫り合いはフィクションだ。そんなことをやる奴は馬鹿だ。刀が悪くなる。そんな話を聞いたことが有る。あるが、実際にやられると、それで刀が悪くなって切れなくなるのだとしても、十分に怖い。怖いし。鉄の塊だ。切れずとも折る位はやるだろうし――そもそもこの刀は今の時代に造られたモノでは無い。常識での憶測はやらない方が良い。

 ぎり。鍔迫り合い。ぎりり。押し込まれる。黒いぽっかりとした瞳にケイジが映る。中にカメラの機工が見えた。片目に三つのレンズ。通常視野、暗視視野、あとはなんだ? 何れにしても思い切り造り物だ。思いっきり戦闘用自動人形バトルオートマタじゃねぇかよ。そう思ったら笑えた。黒い目の中にそんな自分の顔が映って、更に笑みが深くなる。


「――何故なにゆえ笑う?」

「この状況で笑う理由なんざ一つだぜ?」


 言って、口の中の風船を割る。

 残火グルート

 肺からの空気で濃度を薄めながら吹き出された気体が燃える。


「っ!」


 生身の頭部に火が吹きつけられ、慌ててナナカマドが後ろに飛ぶ。逃がさない。当たり前だよなぁ? 強襲アングリフ。高速発動。血が巡り切るよりも早く、無理矢理身体をソコに持って行く。一歩。それが欲しかった。足を踏む。飛ばせない。バランスを崩させる。止める。止まった。

 その瞬間、ナナカマドの影がゆらりと蠢いた。

 影は二メートルを超すリザードマンだった。

 蛇の様に撓る腕が止ったナナカマドに襲い掛かる。そこに握られた長い針が光る。前と横。耳と鼻。それらが生身の弱点に突き刺さり、内側を抉り――


「――ケイジ、駄目だ。失敗した」

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