射手座午後九時

 ガララの声を鼓膜で認識した段階で蹴り足を放てたのは、ソレを予感していたからかもしれない。

 足裏で押し出す様にして突き飛ばし、その反動で横に飛ぶ。数瞬前まで頭が有った場所の刀が振り下ろされた。壁に当たる。折れる。刃がくるくる回って顔の傍に落ちて来た。それを見ながら転がる様に起き上がる。

 前を見る。

 ナナカマドがこちらを見た。

 耳と鼻に針が刺さっている。顔の表面は吹きつけられた火で焼けただれていた。


「……」


 ナナカマドが無言で自身の顔を掴んで、毟って、捨てた。針も捨てられる。血の一滴もついていない。


「……あァ、そうかい。別に生身じゃねぇんだな」


 表面を捨てて出て来たのは、剥き出しの金属。

 詐欺じゃねーか。そんなことを思った。だが、別にナナカマドが『当方の顔は生身である!』と言ったわけでは無いので、詐欺でも何でもない。勝手にこっちが勘違いしただけだ。

 きゅらきゅらきゅら。

 金属が擦れる音がする。暗闇の中で聞いたあの音だ。音はナナカマドの軍服に隠された腕から聞こえている。

 ナナカマドが折れた刀を捨てて、無手で構えた。

 左手を伸ばし、右手は口の前に。拳は造らずに、ゆらりとした手刀。


『……どうもくせぇ。俺が受ける。手ぇだすな』


 機械の癖に柔らかい構えだ。それを見てケイジは前に出て仲間に――ガララに警告をする。

 骨と肉なら作れる、鋼では作れない柔らかさ。無手の戦闘を叩き込まれたが故、ケイジはその違和感に気が付けた。


「火を吹いたのは呪印とやらの効果か?」

「ちげぇ。先祖がドラゴンなんだよ」

「抜かせ、猿が」

「そう言うテメェのご先祖様は? ネジ? わぁぉ、ネジ穴にぶっ刺してテメェが誕生ってか? エロいエロい」


 ケイジが腰を下ろす。バネを溜める。踵を浮かせ、何時でも動ける状況で待つ。いや、待たない。止めた。相手の方が速い。だから小刻みのステップを踏みながら挑発するような動きを造った。

 きゅっ。

 リノリウムの床が高く、一度鳴いた。動いたのはナナカマド。歩く軌道は曲線。回る様な足運び。身体で回って、腰で回して、放たれたのは横の一撃。

 ケイジがそれに合わせて後ろに下がった。避け切った。そのはずだった。咄嗟に仰け反る。遅い。熱が奔った。鼻の上が切られる。手刀が伸びていた。それは技術ではなく、構造上だ。仰け反るケイジの目の前を関節を伸ばした手刀が通って行く。

 ふわ、と吹き出した赤い血。それを拭うこともせずに、ととと、ステップを踏んでナナカマドから距離を取るケイジの目の前でナナカマドが腕を振り、腕を引き戻していた。

 人を模した腕ではない。手だけは人のモノだが、手首から後ろは潰れた菱形の金属片だ。それがワイヤーで繋がれ、空を泳ぐようにしながら服の中に戻って行く。


「……答えろ、賊。その見切りも呪印とやらか?」

「さぁな?」

「……欲しいな」

「やらねぇよ」


 蛇腹剣。剣? 腕? 兎も角アレが本命だ。と、言うか隠し玉だろう。真っ向から行けば近接に慣れていないジュリオクラスまでなら一瞬でやられる。そんな予感がした。相性が良かったな。背中に冷たい汗を掻きながらも、それ以上に頭を冷やしてケイジはそう判断した。

 扉は?

 未だ開かない。そうなると、もう開かない、の判断をした方が良いかもしれない。『ガララ』。ナナカマドから目を離さずに通信コール。『何?』。返答。『ノーム確保しろ。学者っぺぇ』。『分かったよ。開けさせろ。そう言うことでしょ?』。そう言うことだ。その回答はせずに、挑発プロヴォーク。叩きつけてナナカマドの視線を引っ張る。


「む! 面妖な術を! 何をしたっ!」

「は? 何もしてねぇよ?」


 干渉を感じられても何をされたかは分からない。そんなナナカマドを言葉で煽り、歩き、自然にガララと白衣ノームから遠い位置に視線を持って行く。

 機械の身体だ。

 決め手になる有効な手で手頃なのはリコの粘性燃料スライムオイルからの着火、あとはレサトの尻尾から撃ち込む電撃。その辺りだろう。動きを完全に止めないと当てにくい。弾かれる。つまりは無理だ。逃げる。それを最優先に持って行く。


『ロイ、注意引け』

『……あいよ』


 ロイがまた撃った。銃声は六発。何れも弾道は不規則。下から跳ねる。曲がって迫る。四発が鞭の様に腕を振ることで弾かれた。弾かれなかった二発に二回目の曲がりが加わり、鞭を掻い潜る。「む?」そこで初めてナナカマドがロイを意識した。「やるな、鹿」。だが甘い。ワイヤーを引く力を動力に、戻しながら腕を振り、レッドスパイラルで二度曲げられた弾丸を弾く。

 ケイジは既に動いて居た。戻す腕に合わせる一歩。「はっ」。笑う。しっかり見られている。腕を戻す隙に――。そんな思考。残念、隙は無かった。

 だから行け。


 ――強襲アングリフ


 二歩目の加速。

 身を屈めたケイジが弾丸の様に鋭く直線的に跳ぶ。

 膝、顔面。ニーパッドに衝撃。仰け反るナナカマド。ダメージはさしてねぇな。だが仰け反った。カメラが上を向いた。視界がケイジから外れた。

 着地/同時/全力稼働フルドライブ

 蹴り/突き/肘/肩/突き

 前蹴りからフック、フックから肘、肘から肩を叩きつけ浮かせて、止めに突き。

 連続した打撃音は大きな一回に統合される。音を追い抜く。そんな比喩表現の似合う高速連撃でナナカマドを吹き飛ばす。


「ケイジ、開いた」

「ケイジくん、ガスグレネード行くよ!」


 ガララの報告。それに被せる様にリコが撃ち込む。指先を倒れたナナカマドに向ける。出来るだけ遠くに、手元から遠くに。そう意識する。残火グルート。ぷしゅー、とガスを噴き出しながら床で転がるガスグレネードに火が付く。流石にこれならば効くだろう。

 二歩、後ろを向きながら、燃えるナナカマドを見ながら走り、動きが無いことを確認して反転。一気に出口に向かい、走る。既に開いた出口から飛び出し、安全を確認したレサト、白衣ノームを担いだガララ、ケイジの逃げる時間を稼ぐために銃を向けるロイとリコ、アンナが見えた。行けるか? そんな疑問。「ちぃ、動きやした」否定する様にロイが言う。


「ナナカマドの名は――伊達ではなくてなぁ!」


 言って、燃えながらナナカマドが腕を振る。振られた腕が伸びる。伸びた腕が出口に向かう。

 SGを構える。撃つ。ロイもその腕の部分を狙って撃つ。

 鋭い一撃だ。

 速い一撃だ。

 それでも遠心力を頼みに、伸びながら振られるその一撃に重さは無い。弾丸の衝撃で空中でたわませることが出来る。

 そのはずだった。

 パージ。蛇腹剣の剣が外れる。剣を狙っていた銃弾が外れる。通り抜ける様にして鞭が撓る。


「っ!」


 ケイジが捕まりそうなリコを右手で突き飛ばした。伸ばした右腕に鞭が巻き付く。


「……」

「……」


 ナナカマドの機械の眼とケイジの眼が合う。表情を無くしたはずのナナカマドが笑った。何故かケイジにはそれが分かった。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――!」


 瞬間、熱。

 熱ぃ。どこだ? 腕だ。腕? どうなった? 見るな/見ろ。見た。無い。ごっ、音。足元。また見た。腕。落ちている。速さで引き切られた。いてぇ。当たり前だ。すげぇいてぇ。知っている。どうする? 逃げる。逃げろ。そうだ。早く、速く、逃げろ。


「――ぁ、さ、秘跡サクラメントっ!」


 アンナの声。傷がふさがる。血が止る。腕は生えてこない。当たり前だ。

 いや、それよりも良いから逃げろや。死んでねぇから大丈夫だ。そんな感想。


「くそッ!」


 悪態を吐き出しながら、ガララが来た。運んでくれるのだろう。有り難い。

 杖を掲げたアンナに鞭が絡むのが見えた。それに驚き、それでもケイジの無事を喜ぶ様に笑うアンナ。みっ。巻き付いた鞭が軋む音が届いた。


 ヴィジョン:柔らかいアンナの胴を引き切る映像


「っ!」


 ソレを拒否する。アンナを蹴り飛ばす。張っていた鞭を緩める。「む?」。感嘆の声と同時に、衝撃。ガララが体当たりする様にしてケイジを担ぎあげる。ケイジが顔を上げる。感嘆の声を上げたナナカマドを見る。両手の鞭の先にはアンナと――残って道を造ろうとしていたロイが居る。部屋の中で転んだままのリコの足も見えた。


「――仇を取りに戻って来い。待って居るぞ、賊。当方は貴君の呪印を所望する」


 そんな言葉が遠くなって言った。







「……ガララ、もういい。下ろせ」

「下ろしても戻らない?」

「戻らねぇ」

「冷静?」

「ヤァ、勿論。超絶クールって奴だぜ?」

「そう」


 走って、逃げて、逃げた先。比較的安全なロビーに下ろされる。来客を迎える為の机がある。打合せの為の無数の古くなったテーブルと椅子も見える。そう言う場所だ。下ろされたケイジは無言で歩きだし、左手で鉢がねを脱ぎ捨て――手頃な壁に思いっ切り頭突きをした。

 割れる。血が出る。

 何故見捨てた! そんな抗議をしに来たレサトがその迫力に思わず後退っていた。「安心しろや、俺も見ての通りだ」。尻尾を軽く叩き、ガララの下に戻る。


「な? クールだろ?」

「……額から血を流すクールは知らない」

「最新のクールはこうだ。覚えとけ」


 垂れて来た血を舐めながらケイジは視線でガララに肩の荷物も下ろす様に言う。「……」。ガララはソレに無言で従った。下ろされたのは白衣ノームだ。ただでさえ細い身体は衰弱している。弱っている。かわいそうに。そう思ったので、ケイジはワンショルダーバックから食料を取り出したレトルトのおかゆだ。

 差し出す。


「……?」


 状況がつかめず、きょとんと白衣ノームが見返してくる。


「食えよ、おっさん。腹、減ってんだろ?」


 優しい声。それを受け、おずおずと白衣ノームが手を伸ばす。封を切り、啜る様におかゆを口に入れる。噛んで、飲む。「~~」。助かった安堵か、優しさに触れたからか、ぼろぼろと白衣ノームが泣き出した。


「美味いか?」

「……ぁぃ」

「テメェも大変だったな、でももう大丈夫だぜ」

「――ぁ、ありがっ、ありがとう! ありがとう!」

「ヤァ。気にすんな。困っときはお互いさんだ。そうだろ?」

「――、――」


 声にならない声で、感謝を述べ、頷く白衣ノーム。ケイジはそんな白衣ノームの肩に残った左手を乗せる。


「ところでよ。テメェ、星座何? 射手座?」

「へっ?」


 突然変わった話に、白衣ノームがそこで初めて顔上げる。「~~っ」。白衣ノームは泣きそうになった。初めて顔を上げて、初めてケイジの顔を見た。優しい声に勘違いしていた。食べ物をくれたから勘違いしていた。笑っていた。嗤っていた。笑顔で――キレていた。


「んで、星座は? いや、俺は蟹座なんだがよ。一応、今日一番ついてる星座らしいんだ」


 来る前のディンが運転する車の中、星座占いが趣味だと言う別パーティの魔女種に占って貰ったんだがよ、と笑顔のケイジ。


「んで、最下位は射手座だったんだ。……で、テメェの星座、何?」

「し、獅子座……です」

「ヘェ! マジかよ、喜べ。ソイツは二位だぜ?」

「あっ、あはは、や、やったぁー……」

「でもおかしいな」

「へ?」

「だってよ――どう考えてもテメェはついてねぇぜっ!」


 左手一本で白衣ノームの胸倉を掴み、壁に叩きつける。「かはっ!」と乾いた空気が白衣ノームの口から零れた。気にしない。無視をする。そのままぎりぎりと押し付ける。壁とケイジの手に挟まれ、白衣ノームの喉が潰される。苦しそうだ。


「ほぉらついてねぇ」

「――! ――!」


 声が出せず、呼吸ができず、真っ赤な顔でじたばたもがく白衣ノーム。そんな白衣ノームにケイジが顔を近づける。「動くな。暴れんな。殺すぞ」。低い声。遊びの無い声。「――」。白衣ノームは死に掛けだった。だから死の匂いに敏感だった。頷く。それ以外のい返答がないことを悟り、素直にうなずいた。首を圧迫される。喉を潰される。ぶぷっ、と苦しさに耐えかねてよだれが泡になって噴き出した。そこで解放されて床に転がされる。


「ケイジ。冷静に」

「見ての通りに超クールだぜ?」

「額から血を流しながら、人を絞め殺そうとするクールは居ない」

「クール業界の流行の最先端を行ってんだよ」


 ――良いから、代わって。


 ガララがそんな言葉を言ってケイジを押しのける。白衣ノームは助かったと思った。気のせいだった。「いぎぃ――っ!」。手が踏まれる。骨が砕ける。重い。体重もあるが、確実に『踏み砕く気』で『踏み砕いた』。そう言う一歩だ。


「~~~~~~~~」


 泣きながら、手を踏むブーツを開いた手でカリカリと書く。許しを乞おうにも、何に許しを乞えば良いかが分からない。理不尽だ。畜生。どうしてオレがこんな目に!


「あぁ、ゴメン。うっかりしていたよ」


 謝罪の言葉。だが足はどけられない。いや、それどころかより体重を掛けられた砕けた骨が手の中で位置をずらすのを感じた。あまりの痛みに、無事な手で床をバンバン叩く。


「アナタは本当に獅子座? 何だか――射手座になってしまいそうだね?」

「何がっ! あ、あんたら、何がしたいんだよっ! たすっ、助けてくれたんじゃ、助けてくれたんじゃないのかよぉぉぉぉっ! オレは! オレが! 扉を開けたんだぞおっ!」

「ご苦労様。感謝をしよう。でもね。ガララは、アナタを抱えていたことを心底から後悔しているよ」


 手が空いていればもう一人は連れ出せたはずだ、とガララ。


「ヘイ、ガララ? テメェこそクールになれよ」

「額から血も流れて居ないからガララは冷静だ」

「そんでもやり過ぎだ。もう片手潰しちまったじゃねぇか。指は一本一本じっくりと、が基本だぜ?」


 ――それもそうだね。


 そんな言葉を残して足がどけられた。白衣ノームが手を抱きかかえる。その身体は震えていた。一瞬、浸った安らかな安堵は遠い。助かった? どこがだ? 助かったと思わされた温かさに触れさせられた。あぁ、一瞬でも希望を持たされた。死にたくない。死にたくない。死んだ方が楽になる。そう思って実行しなかった。あのイカレタ人形と居た時間よりも性質が悪い。死にたくない。死にたくないと思って居るのに――殺される。殺されてしまう。


「ヤァ、ドクター? その白衣は飾りってわけじゃねぇよな? 賢いアンタにゃそろそろ現状が理解出来て、俺等が何をしたいかが分かって来てる頃だと思うんだがよ――どうだい? まだ足りなきゃ追加オーダーも承るがよ……」

「ガララはオススメしない。イライラしているからね。お代が高い。射手座になってしまうよ?」

「……」


 ふるふると震えながら顔を上げる白衣ノーム。

 見下ろされている。逆光で表情は見えない。

 それでも。

 それでも爛々と輝く四つの眼は心を折るには十分だった。







「お、オレ達は、機械技師エンジニアなんだ」


 震えながら正座をした白衣ノームが言って、反応を窺う様に上目遣いでケイジ達を見た。


「そうかい。続けな」


 向けられたのは冷たい目とSGの銃口だ。潰された右手の先を突かれて痛みが奔った。


「ここに、錆ヶ原には、色々なモノがある。その中に噂で第六世代の戦闘用自動人形バトルオートマタの存在があったんだ」

「……おかしいだろ? 旧時代末期で自律兵器は第五世代だぜ?」


 おら、あそこで見張りしてるサソリがそれだ、とケイジ。


「そう、そうだ! おかしい! ここの研究所が稼働していたのは旧時代の最盛期! 末期から見ても更に古い! そんな所に第六世代があるはずなんて……なかったんだ」

「ところが有った、と」

「否定した割にあっさり信じるんだね、ケイジ?」


 ガララの言葉に「まぁな」と返す。あそこまで人間らしい動きをして、人間の言葉を操るナナカマドがレサトと同世代と言うのは無理がある。人間をベースに機械を埋め込んでいるという話でないなら――


「自律兵器の歴史は暴走機械からの汚染への対策だ。第一世代が暗号化通信の強化、第二世代は有線接続により外に脳を置く、第三世代では生体脳による対策を、第四世代では性能が低かった生体脳への対策として複数の生体脳を搭載、第五世代のレサト達は一個の生体脳をメインに身体の補助に機械脳を複数搭載。んで、当時研究者が夢見たのが――」

「だっ、第六世代! 性能を上げた生体脳一つで動く自律兵器! 『新しい人種としての機械』だっ! お前は多少詳しいな? ど、どうだ? 彼を見た感想は! 素晴らしかっ――……」

「……ヘェーイ? テンション上げるなら周りを良く見ようぜ? 事故りたくはねぇだろ? 俺だってこんなことで引き金は引きたくねぇ。空気を読む、大事。ケー?」

「――け、けー」


 SGを額に当てられ、頷く白衣ノーム。


「オーライ。肝に命じときなそれでウィンウィンだ。……んで、無いはずの第六世代を見つけたテメェらは、はしゃいで稼働させました、と」

「そ、そうだ。……そうです」

「ところが既に当時の任務がインストールされて居たので、お話が通じませんでしたってか?」

「そ、その通りだ。何とか稼働させた我々を軍の技術者だと信じ込ませることは出来たが……話が通じずに……かっ、彼は技術と、命令の年代が合って居ない。こ、これは、とても奇妙なことだ! 彼を造った者は戦時中で止まっている! それなのに、彼に使われた技術は旧時代末期の物どころではないっ!」

「知らねぇよ。興味もねぇよ。それよりも、なぁ、おい、なぁ、二度目だぜ? 良いか。最終通告だ。空気を読め」

「……わかっ、り、ました……」

「そうかい。そんじゃペナルティだ」


 バックストックで白衣ノームの顔面を殴る。歯が砕けた。「~~!」泣きながら蹲り、口を押える白衣ノーム。少々手荒だが、これでスピーカーはオフだ。


「ケイジ、どうするの?」

「取り敢えず第六世代っーんなら、やっぱ頭が弱点だ。脳みそふっとばしゃ死――あぁ、だから一応、頭庇ってたのか……んで後は機械だから強烈な電撃とかでも行けそうだが……」

「今の話だと、未知の技術が使われている可能性が高いんでしょ?」

「ヤァ。アホ面晒してたから心配になったが、付いて来てるじゃねぇか、ガララ? その通りだ。変にギャンブルはしたくねぇし、そもそもレサトの尻尾はそこまで性能良くねぇ」

「それじゃ顔面を狙おう」


 そうと決まれば、一度戻って体勢を整えよう、ケイジ。

 ガララはごく自然にそう言った。そう言って、荷物を背負い、歩きだそうとした。


「は? 何言ってんだ、テメェ? 弱点は分かった。やることも決まった。だったらヤる。そうだろ?」

「……ケイジ、冷静になって。アナタは今、右腕を失った。五体満足で逃げ帰った相手に、右腕無しで勝てるの?」

「テメェこそ冷静に考えろや。アンナ達捕まってんだぞ?」

「……呪印の観察をされている可能性が高い。三日くらいは大丈夫だよ」

「そらテメェの想像だ、ガララ。死体を三つ持ち帰ってもハッピーエンドにゃならねぇぜ」

「……勝ち目は?」

「俺が本気出して、テメェが居りゃ楽勝だ」

「何、それ? さっきまでは本気じゃなかったの、ケイジ?」


 ガララが目を細めて笑った。ケイジも笑った。


「あァ、本気出すと寿命が吹き飛ぶからな。だがそうも言ってられねぇから本気で行くぜ」


 笑ったまま、ケイジは言った。冗談の様だった。いや、冗談にしか聞こえなかった。単なる強がり。そうとしか聞こえないソレを――


「……どれ位?」


 低い声。真剣な眼での問いかけ。

 その冗談を、ガララは真実だと見抜いた。


「……」

「……」


 沈黙。数秒。それから口を開いたのはケイジだった。


「俺の親父は三十で死んだ」

「……今の時代なら珍しくないのでは?」

「あぁ、そうだな。だが、殺されたわけでもねぇし、病気でもねぇし、怪我の悪化でもねぇ。ただ単純に寿命だ」


 心臓のな。

 胸を叩くケイジ。


「今は鍵が掛けてある。が、外せばもう掛けれねぇ。今まで抑えてた分、多少は親父よかマシだろうが……」

「手段は?」

「――ここより先に、だ。代替の心臓でも良い。新しい技術でも良い。そもそも旧時代では平均寿命と同じくらい生きられたらしいから――」

「なら話は簡単だ、ケイジ。先に行こう。ガララは勿論、付き合うよ」

「……ヤァ、そうと決まればさっさとお姫様達とそのペットを助けに行こうぜ」


 言ってケイジは歩きだす。

 そんなケイジをレサトは見た。

 俯いている。表情は見えない。でも水滴が一つ、落ちた。


 ――ないてる? なんでだろう?


 ……。


 うでがいたいのかな?


 経験の浅いレサトはそんな結論しか出せなかった。


 ――でも、ちがうきがする。


 何時か。

 何時の日か、ケイジがどうして泣いたかわかると良いな。レサトはそんなことを思った。

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