未帰還者

「ケイジ、ガララは馬鹿では無い」

「そうかい。そいつぁ良い。素敵だぜ、ガララ?」

「だから聞いておくよ。……しっかり訊いておいた方が良い?」

「……」


 無言でガリガリと頭を掻く。ふぅーと大きく息を吐き出す。そうしてからケイジはペラペラ、と手を振った。止めてくれ。そんな動作だ。それを見てガララは一言「わかったよ」とだけ言うと歩きだした。一歩がケイジよりも大きいので、先を行くケイジをあっさりと追い抜く。追い抜いてから振り返り、何をしてるの? と軽く首を傾げる。

 無関心は心地が良い。

 何でもかんでも知って居て何時でも一緒な仲良しこよしのベストフレンドではなく、背を任せておけるバディ。ケイジがガララに望んだのがその関係で有った様に、ガララがケイジに望んだのもその関係だったと言うことだ。


「……御馳走させてくれや、冷血蜥蜴コールドブラッド

「何? 気持ち悪いね、ケイジ。でも、そう言うことなら遠慮はしないよ?」

「いや、遠慮はしようぜ?」


 ソレが人としてのが優しさってもんだろーがよ?


「ガララは冷血蜥蜴コールドブラッドらしいからね」


 すぅーと目を細くして音なくガララが笑った。

 リザードマンの笑顔は人間には分かり難い。細められた目と、少し開いた牙の除く口は威嚇の様にも見えるし、リザードマンは『そう言う風』に怒ることも有る。


「……」


 何時からだったっけかな? ケイジは思い返す。何時から自分はガララの表情を読み間違えることが無くなったのだろうか、と。







 気が付いていた。気が付いては居た。でも、仮に気が付いていたとしても、口にしなければソレは確定されない。

 そんな風にシュレディンガーの猫を気取って居たわけでは無い。

 ただ箱を開けるのが怖かっただけだ。

 二日潜り、移動時間含め二日休む。そんなサイクルで潜るケイジ達と同じ様なサイクルでユキヒメ達も潜って居た。当然、休憩時期は被る。適当に材料を用意して闇鍋をしたりもした。その位の交流はあった。

 その位の交流が有ったから、ある休憩の日にユキヒメ達が居なかった時、『そんなはずはない』と思ってしまった。次に会わなかった時にも『休みがズレただけだ』と誤魔化した。

 そして会わなくなってから三回目の休憩の日、やはり隣の装甲車にはユキヒメ達の姿が無かった。


「……」


 ガララが装甲車に背を向けて食事をしていた。リコとアンナが装甲車を覗きに行った。ロイが生活の痕跡が増えて居ないことを知らせて来た。

 蓋は開いていない。

 それでも中身が透けて見える。

 箱を開けるのを怖がっている内に、箱の中の猫が死んでいる様にケイジには感じられた。


「リコかアンナ」


 ちょい付き合え。ケイジがそう言うとリコが駆けて来た。


「わたしは一応、向こうと面識があるからね」

「あぁ、そういや賞金首連中引き渡しの時にキャンプ行ってたな」


 そう言うことなら頼むぜ。ケイジがそう言って歩き出すのに追いつくためにリコは跳ねる様に駆けて、止まる為にケイジの背中に体当たりした。柔らかい。暖かい。「気にしない方が良いよ?」そんな言葉に「……」ケイジは無言を返した。

 別に気にしちゃいない。

 正確に気が付いていたとしても、助けられるとは限らない。これはそう言う事態だ。

 特に楽しいことも、厄介なことも無く、街の中心、ブルーゾーンに来た。

 大きな工房が持つトレーラーラボが目立つ。そのラボで産まれた技術を形に落とし込んだ新兵器もある。そんな中に車を停めることを許される開拓者と言うのは錆ヶ原で生み出された技術と同等の価値があると認められた様な連中だ。“あがり”を迎えている奴等が大半だ。

 スール四番隊ヴァルトラウテの第一小隊。つまりは四番隊の本隊に所属する六人の戦乙女も多数派であり、“あがり”を迎えていた。


「君の噂は聞いているよ、ケイジ」


 その隊長であるヴァルトラウテの細く長い指がケイジの顎を撫でる。ケイジはされるがままだ。好みだったからではない。肩で髪を切り揃えた男装の麗人。隊長であるヴァルトラウテの動きの起こりが分からなかったからだ。予備動作が無い。肩が動いて居ない――いや、身体操作が上手すぎて肩の動きが分からなかったから伸びて来た手に気が付かなかっただけだ。

 こえぇな、オイ。

 心中でそんなことを思った。思ったが顔に出さずに「良い噂だと良いんだがな」と軽薄そうにへらっ、と笑ってみせた。


「安心したまえ。チサにグリムゲルデ、二人から聞いたのは良い噂だったよ・・・・

「……詫びた方が良いかい?」


 過去形。その意味を何となく理解したケイジは、それでも椅子に深く座って足を組んでそう言った。片方の眉が持ち上がる。本気で言ってんの? そう言う表情だ。


「まさか! 金にもならなければ、時間も巻き戻らない。君に謝られてもどうにもならない。得られるのは――君の自己満足。その程度だ。バカバカしい。僕は付き合わないよ」

「ま、そらそうだ。謝れって言われてもする気はねぇから安心しろ」

「反省はしていない?」

「する必要がねぇ」


 ユキヒメ達が戻って居ない。

 その報告が遅れたことを責められても知らない。知らせに来たのは完全な善意だ。そもそも未帰還者になったユキヒメ達が一番悪いのだ。彼女達の未熟はケイジには関係ない。


「傲慢だな。だが良い。……僕も君の良い噂を語れそうだ」


 ――良い男だな、君は。僕が女だったら惚れていたよ。


「――」


 そんなセリフにケイジの視線は膨らんでる部分に向く。アンナは勿論、リコよりも『女』だった。


「……ヘェイ、痛ぇんですけど、リコちゃん?」


 割と真面目な話してるからほっぺ抓らねぇでくれねぇかな?


「ケイジくん、見過ぎです。めっ!」


 全然真面目な話してないじゃん、とリコ。


「いや、だってよ……」


 おっぱいおおきい。


「大丈夫だよ、お嬢さん。身体は“こう”だが心は違うからね。彼の気持ちは――分かる」

「……」


 理解されるとソレはソレで大分困る。そのことが良く分かった。


「それで? 報告に来ただけかい?」


 だったらありがとう。だがそれ位は認識しているよ、とヴァルトラウテ。


「……知らねぇ間柄でもねぇからな。どういう扱いかくらいは聞いときてぇ」


「一応聞いておくけれど――恋人関係の子がいたりは?」とヴァルトラウテ。

「居ねぇですよ?」それに何訊いてんの? とケイジ。


「それなら良いか。……スールと言う括りでみれば大切な姉妹だが、所詮は別部隊で、本隊ですらない。更に良く聞けば小隊長の独断でココに来たらしいからね、同じ部隊――ゲルヒルデの連中以外は……『良くあること』で済ませているよ」

「……ヤァ。何かスールの皆さんに持ってた良い匂いの幻想が砕けた気分だぜ」

「うん? 君は女の子が砂糖とスパイス、それと素敵な何かで出来ていると思って居る口かな?」

「……そうは言わねぇよ。俺だってカエルは兎も角、カタツムリは嫌いだしな」


 ただ、普通に糞じゃねぇか。

 そんなことを言うケイジに「人らしいだろ?」とヴァルトラウテ。ごもっとも。ケイジは肩を竦めて肯定をした。


「探す理由が欲しいなら、ドッグタグを見つけたら僕が個人的に買う位はさせて貰うよ」

「……俺がそこまで優しそうカモに見えるのかよ?」

「言ったろ? 僕の心はよりだ。納得して進まないと弱くなるのがオトコノコだ。違うかい?」

「残念だな。そう言うカッコイイオトコノコって奴は希少でね。っーか多分、絶滅だ」


 そんなもん無くてもダラダラ進めるのが今の時代のオトコノコだぜ?

 捨て台詞の様に言ってケイジはヴァルトラウテのテントから出て行く。その後をリコが追う。


「ケイジくん、本当になんもしないの?」

「何かしてぇの? っーか何か出来るのかよ?」

「ユキヒメちゃん達の骨が回収できる?」

「……このタイミングでテメェの趣味の話は止めてくれよ」


 うへぇ。嫌そうな顔で、流石にどうかと思うぜ? とケイジ。


「わたしの信頼が思ったよりも低い件! ちがうよ! そうじゃ無くてさ……錆ヶ原って暗いでしょ?」

「まぁ、基本は暗いな」

「暗い所に置きっぱなしって言うのは……少し、可哀想かな、って?」

「……アンナさんの影響デカ過ぎねぇ?」


 テメェはそう言うこと言うじゃなかっただろーがよ。


「うーん、アンナちゃんとは違う……よ? 一緒に戦った人が死んだなら、一緒に戦ったことのあるわたし達が覚えておかないとダメでしょ?」

「何時か重さで潰されそうな宗教観だな。俺はごめんだ。めんどいし、重い」


 味方の戦死者を覚えている、死を背負っている指揮官と言うのはある意味、美徳かもしれない。だが、そのリソースを勝つ為に使ってくれた方が何倍も有難い。それがケイジの考え方だ。


「わたしは重くないし、面倒じゃないから」


 何故か悲しそうに笑いながらリコが言った。「……」。雰囲気が違うので少し困る。まぁ困るが、少しだけだ。死んでいる可能性が高いユキヒメ達の為にリスクを犯せる程の余裕はない。だからケイジは何もしない。


「リコ、ちょい店で保存食買い込んでから帰ろうぜ」

「? 良いけど、今も十分にあると思うよ?」

「同じくれぇのユキヒメ達が帰ってこねぇんだ。用心して買い足しとくんだよ」

「そう言うもんですか?」

「そう言うもんです」


 レーションを扱っている店を覗く。ケイジは何個かを買い、銀貨で支払った。


「ケイジくん」


 にまにま笑いながらリコが身体を摺り寄せて、買った品物を見てくる。「……」。ケイジはそれを無視した。


「わたしね、こう言う時に消化の良いおかゆのレトルトを選ぶケイジくんが好きだよ?」


 だからその流れでこの言葉も無視した。

 だってリコが勝手に勘違いしただけだ。別にユキヒメ達の生存の可能性を諦めて居ないから消化の良い物を選んだわけでは無い。






『アスリート2に、ボックスヘッドが4。団体さんを連れて来たよ、ケイジ』

『ヤァ。いい仕事って奴だぜ、ガララ? 団体割引が効かねぇことは説明済みと思って良いんだよな?』

『そもそも無一文みたい』

『そいつはぁいけねぇ。いけねぇな。仕方ねぇ。身体で払って貰うとしようぜ』

『それはエロい意味で?』

『エロくねぇ意味でだよ……猪突戦ブルから入る』

『ケー。それじゃガララは走り抜けるよ』


 通信コールを終えてケイジは傍に居たアンナにSGを手渡し、扉を見る。正確には扉があった場所を、だ。枠だけが残っている。壊したのが暴走機械なのか、人なのか、双方が争った結果なのか。その辺は分からないし、興味も無い。大事なのは、この扉が曲がり角のすぐ傍にあり、事故が起こりやすい環境だと言うことだ。それを証明する様に床にはテープが四角く貼られた跡があった。あそこに三角コーンでも置いて廊下側の人の動線を膨らませて衝突を回避していたのだろう。

 ソレが何年前かは知らないが、今はそこに三角コーンは無く、代わりに壁を背負う様にしてリコが立っていて、天井にはレサトが張り付いていた。

 そして正面には衝突事故を起こす気満々のケイジが居る。


『C3』


 短いガララからの通信コール。ソレに合わせて軽くケイジが跳ねた。

 とーん、と軽い跳躍。膝は柔らかく、力を入れず、落ちる勢いそのままに、曲がって――爆ぜた。

 強襲アングリフ。口内で転がしたのはその呪文スペルで、両手が形造ったのは拳だ。ソレは指の動きに合わせて動くレザーグローブの中で砂鉄が押し固められ鉄拳と化す。

 ガララと擦れ違う。互いに一切の減速は無く、言葉も無い。それでもガララが吊り上げて来たアスリートを捉えたケイジが笑い。そのケイジの笑みを見てガララも笑った。


「掲ぐかいなに言葉の意味を――保護ヴェール


 アンナの声。力ある言葉により生み出された保護ヴェールの膜がケイジの拳に集められた。鉄拳が更に補強される。補強されたので、やることは単純だ。

 ぶん殴る。

 ガララを追って居たアスリートの変わらないはずの表情が驚愕した様に見えた。見えたのでソコに叩き込んだ。

 顔面だ。

 アスリートのモノアイがくしゃりと潰れて、突進の勢いがゼロになる。つまりは止まった。止まったのなら二発目だ。振り抜いた右の拳の代わりに思い切り引かれた左腕。一歩踏み込み、その衝撃を腰から肩に回して威力へ代える。

 宣言通りに猪突戦ブル


「ヘイ、カルシウムが足りてねぇんじゃねぇか、アスリート?」


 脆弱な肉が笑いながら鉄を砕いて見せるその様はある種の冗談の様だった。

 重量差を覆す全身連動。

 腹に突き刺さったケイジの拳は人間大の金属をぶっ飛ばし、通路に押し返す。

 後に続いていたアスリートを巻き込んで壁に叩きつけて、更にその後に続いていたボックスヘッドも一機、止まれずに転んでアスリートの上に落ちた。


撃てファイア撃てファイア撃てファイア!」


 ケイジが言うよりも早く、飛び出したリコと天井に張り付いたレサトが衝突事故を起こした三機に向けて弾雨を浴びせる。アスリートはばら売りをすることにしたので、制御系がある身体を特に重点的に、だ。ケイジもアンナからSGを受け取り、歩きながら人型の腹目掛けてサボットスラッグのAP仕様を叩き込んでいく。口径が大きいので、威力もエグイ。売り物になるはずだったアスリートの腕を盾ごと吹き飛ばしてしまった。勿体ねぇ。そんな感想。だが、それに浸る時間は無い。


「ロイ」

「へぇ。やらせて頂きやすよ、っと」


 遅れた二機はロイの担当だ。言いながら出鱈目に撃ち出された三十二発の弾丸は廊下の先に居たボックスヘッド二機へ不意打ち気味に襲い掛かる。その隙を付く様にレサトが動く。ケイジが動く。天井のレサトに合わせる様にケイジが廊下の角から飛び出す。注意を引いて、戻る。

 そんなケイジを追うボックスヘッド。

 そんなボックスヘッドの後ろに落ちたレサトは楽しそうに一機の足を挟みで掴んでこけさせると、その前を走っていた一機に向けて尻尾を撃ち込んだ。







 アスリートの手を外し、名前の通りに箱型のボックスヘッドの頭部を捥ぐ。それらが金に成るからだ。

 ボックスヘッドの中に納められた生体脳はリサイクルできるし、何と言っても今の錆ヶ原のトレンドはアスリートの腕だ。どうやら改良中らしく、最近、色々な構造のモノが出回っている。ケイジ達が見て解る程に明らかに違うモノもあれば、持ち帰って本職に見せて初めて判明する様なモノまでさまざまだ。今回の二機は構造が共通していないので、片方当たりか、両方当たりかのどちらかだろう。


「……」


 レサトが背負える様にアンナが一纏めにしているのを見ながらケイジは拳を握って開いた。痛みは無い。痛みは無いが、コレを続けるのは少し拙い。形になってしまっているのが拙い。そんな気がする。

 少し、調子に乗ってたか?

 そう思う。

 索敵と囮をやるガララと、囮と初撃を担当するケイジの負担が大き過ぎる。

 来るのが早過ぎた。そんな感覚がある。もう少し経験を積み、技能スキル呪文スペルを増やしてから来るべきだったかもしれない。

 錆ヶ原は一つのゴールだ。

 呪印を彫り切る材料はまだ『先』にある。だが、ここは稼ぎが良い。つまりここで稼いで彫り切る連中が多い。そんな場所だ。


 ――それでもここに過剰な人が集まらねぇってことは……。


 まぁ、そう言うことだろう。

 錆ヶ原は一つのゴールなのだ。そこで呪印を彫り切る連中も居れば、ユキヒメ達の様に人生のゴールとしてしまう連中も居る。そう言う場所だ。


「……ガララ」

「どうしたの、ケイジ?」

「退こうと思う」

「……うん。良いと思うよ。ガララとケイジは兎も角――」

「ヤァ。キツイ言い方になるが……他が付いて来れてねぇ」


 こうして言葉にしたのは初めてだ。だが、それを感じているからこそケイジとガララを休ませ、戦利品のまとめを他の三人がやってくれているのだろう。「……」。苦笑い。変な気遣いだ。そして終わるチームの中にはそう言う部分から崩れて行った連中も居るのだろう。だったら終わらない為にさっさと引くべきだ。

 ケイジはそう結論を出した。

 今回の探索が終わったらヴァッヘンに戻る。パッチェ辺りを拠点に、もう一度しっかり足場を固めよう。そう思った。

 そして、その結論は少しだけ、ほんの少しだけ――遅かった。

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