ケージ

 研究施設なのだから光はあるはずだ――と言うケイジの予想に反して錆ヶ原の中は真っ暗だった。当然と言えば当然だろう。ここの人型機械の眼は光を必要としない。

 外の灼熱の大地での戦闘機動を前提に造られている奴等でも機械は機械。熱は害らしく、人工的に造られた廊下には空調で冷やされた冷たい闇が広がって居た。

 それは彼にとっては好都合だ。


 ――影よシャドウ


 背に彫った父祖の像に捧げる祈りの言葉は呪文スペルだ。

 蛮賊バンデット強襲アングリフが熱を生むことから始まるのに対し、盗賊シーフ無音殺人術サイレントキリングは熱と音を食うとこから始まる。冷たい闇はその補助にしかならない。

 影に溶ける。

 それは単なる比喩表現だ。日中、太陽の下であってもガララは二メートルを超える体躯を敵の眼から隠すことが可能だ。

 まして錆ヶ原内部は研究施設で、うろつくのは二脚の人型である以上、外よりも地面が荒れて居ない。忍び足スニークが随分とやり易い。速度が出過ぎない様に気を付けないといけない位だ。ついてきているかな? と、背後を振り替え――らない。ガララとは対照的に隠す気の無い彼の強い気配は簡単に感じられる。その発する気配に溶ける様に息を細く吐いた。

 探査エコー。空気に呪文スペルが溶けて、空気がガララの眼となる。冷たい壁に背を付けながら、曲がり角の先を『見た』。

 既に彼――ケイジの隠す気の無い足音に気が付き大型一機と小型二機の戦闘用機械人形バトルオートマタが警戒しながら歩いて居るのが『見えた』。


「……」


 大型はガララに迫る程に大きいが、小型は腰にも届かない高さしかない。最近の錆ヶ原の流行りを思い出す。が、シルエットだけではガララには判断がつかなかった。


『ケイジ』

『接敵?』

『うん、大型一に小型が二、曲がり角の先からゆっくりと警戒しながら近づいて来ているよ』

『……テメェがバレた可能性は?』

『無いね。この距離でガララに気付いているのなら――』

『ヤァ。もう撃ってんな。俺が出て間抜けを演じる。後は頼むぜ?』

『え? 演じなくても間抜けでしょ?』


 割り込んだアンナの通信コールに苦笑いを一つ。ガララは遮温布しゃおんふで造られたマントをしっかりと着込み、角の影に隠れた。

 かりかりと音がする。

 間抜けの演技をしているケイジがSGの先端で壁をなぞっている音だ。機械だって緊張をする。特に人型ならそれは分かりやすい。戦闘への移行を前に三機が軽く身を屈めて重心を落とすのとガララの後ろを通ったケイジが指を鳴らすのは同時だった。

 フィンガースナップ。

 冷たい廊下に、ぱちん、と音を響かせながら三機に向けられたのは挑発プロヴォーク。更にソレに合わせて廊下の先に半歩を踏み出し、姿を見せてやれば生体脳搭載型の第五世代のオートマタは挑発プロヴォークで視線と感情を操られていることにも気が付かず、手の中の銃器をケイジに向けて撃つ。


「うおっ!」


 と慌てた声を出しながらケイジが反転、通路の先に逃げる。その際に「接敵!」と奥に叫ぶのを忘れないのだから無駄に芸が細かい。コレで敵は奥に居るであろう『ケイジの仲間』に注意が行く。

 三機が走り出した。

 先行するのは大型だ。早い。先行ではない、小型二機が付いていけないだけ、ガララはそう判断する。大型の歩き方は独特だ。歩くと言うよりも跳ねている。あの移動方法で曲がるのなら――壁を蹴る。そう判断したガララは身を低く、床に張り付く様にした。

 その直後、質量が上を通って行った。

 凶悪な重さが風を切る感覚に背筋が凍る。

 それでも勝ちだ。

 大型は赤外線を用いたカメラアイから見え難くしたガララには気が付かずに、ケイジ目掛けて飛んで行った。








 ガララにも迫る体躯。逆関節での跳ねる様な移動、そし両腕と一体化した巨大なシールド。

 ガララを飛び越えた大型は着地と同時に更に高く飛び、鉄塊とも言える腕でこちらを潰そうとしてくる。

 ただしく、まさしく、一撃必殺。呪印のガードなど一瞬で吹き飛ばし、そのままミートパテを造り出す為の一撃。それを放った気体のコードは――


「アスリート一機! ロイ!」


 ケイジの叫び声に合わせて銃声が響き渡った。

 装甲の硬いオートマタにAP弾以外は利きが悪い。だからこそ選んだのは使い慣れた普段の散弾とは異なるサボットスラッグ。一発に収束された殺意がアスリートに迫る。

 盾で塞がれた。だが、盾である両腕を前にだしたことにより、脇腹が開いた。そこに弾丸が曲がりながら突き刺さった。ロイのヴァイパーだ。高火力な魔銃使いバッドガンナーのAP弾が装甲を抜いて機体の内側を蹂躙する。上空での姿勢制御に支障をきたし、そのままの姿で固まってアスリートが床に落ちた。それでもその程度で止まらないのが戦闘用だ。軋みを上げながらも、アスリートは直ぐに立ち上がる。

 だがそれを殺し切れるこらこその開拓者だ。

 肥大化したリコの鋼鉄の右腕が孔の開いたアスリートの横腹に突き刺さる。三本の爪が、がっちりと食い込み、そのまま火を吹く。

 孔から中を焼かれる。配線が溶けて焼き付き、アスリートは完全に止まった。


「……」

「やりすぎちゃったぜ☆」


 そしてウィンクしてるダークエルフのお陰で売り物にならなくなった。仕方がない。小型二機に期待しよう。ケイジはそう結論付けて廊下の先を見た。

 廊下の先から猛スピードで飛び出してきた小型二機。彼等が通り過ぎた後、天井からガララとレサトが落ちてくるのが見えた。それは良い。ガララがペンの様なモノで小型の一気にマーキングしたのも良い。寧ろソレをやってくれないと困る。

 問題は出て来た二機の種別だ。頭部に大口径の砲台を背負っているソレはここ錆ヶ原の小さな死神だ。遠距離から何人もの開拓者を屠って居る。特にキャラバンタウンを襲う時は彼等が主役だと言っても過言では無い。

 敵の主力だ。

 だからパトロールをしているとは考えて居なかった。だが現実に目の前に居る。


「……リトルボーイ」

「ヤァ! 最っ高じゃねぇか! リトルボーイかよ!」


 物騒な名前だが、ソレに負けない火力はある。

 それに対して零した怯えを孕んだアンナの声。それは正しい。だがそれを掻き消す様に喜悦を孕んだケイジの叫び声もまた、開拓者としては正しい。

 金に成る。だったら奪え。そう言うことだ。


『ロイ』


 準備をしたんだから早くしろと言うガララからの通信コール。それにロイが反応すると同時にリトルボーイの頭からミサイルが撃ち出された。おせぇよ。ロイに向けた悪態。それを吐き出す代わりにケイジはゴブルガンを右手に、SGを左手にもち、息を細く吐いた。少し、目を瞑った。やれ。やれ。やる。そんな自己暗示。目を開き、両手で別々の的を狙う。直線で来てくれたからやり易い。アンナから保護ヴェールが来た。これで多少はマシなはずだ。

 二つの的を二つの銃で撃った。

 中間点で上がった二つの爆炎はケイジがミサイルを撃ち抜いた証拠だ。近すぎたな。そんな諦観。顔を庇う。そんなケイジの前にアンナが飛び出した。「!」。咄嗟、引き倒して庇おうとするケイジだが、「シェル」と、アンナの口から紡がれた呪文スペルがソレを押し留める。

 爆風がアンナを蹂躙する。それでも不可視の壁がどうにか防ぎ、そのアンナに庇われるケイジへのダメージも防ぐ。

 無傷とはいかない。はみ出した手足を破片が切り裂いた。血が出る。それでもここで泣き言を言っている暇は無い。アンナに庇われている以上――もう少し恰好を付けないとイージス撃ち程度ではお代が不足する。


「――強襲アングリフっ!」


 だから行け。行け。行け。行け。

 唱えた呪文スペルがケイジの速度を跳ね上げる。

 拍動を増した心臓が送り出す血液が傷口から噴き出した。気にしない。

 地を蹴り、収まらない煙の中を突っ切る。煙が晴れると同時、ロイのチェイサーにより、ガララがマーキングした制御ユニットを撃ち抜かれたリトルボーイの残骸と、未だ無事なリトルボーイが両腕のサブマシンガンでガララ達を撃っているのが見えた。


「……」


 リトルボーイはケイジに背中を向けている。


「……」


 そのリトルボーイの先には廊下の先から銃口と片目だけをだしているガララがいる。

 つまり、ガララはケイジの姿が見えた。

 アイコンタクト。

 通信コールの間すら厭ったゼロの領域の反応。

 飛び出したケイジは勢いそのままにバックストックをリトルボーイの後頭部に叩きつける。

 吹き飛んだリトルボーイをガララが蹴り上げ、空に浮かべる。


「レサト!」

「やって」


 そんな二人に急かされ、レサトが尻尾を撃ち出した。

 そうして、ぐるぐると巻き付き――放電した。






「ケイジ、どう?」

「……まぁ、リトルボーイは両方売れそうな感じが――しないでもねぇ」


 多分。

 錆ヶ原の中、ファイルの詰まった本棚が並ぶ狭い資料室でケイジが自信なさげに行ってガララから借りたドライバーを放り投げた。

 肉の解体ならばそれなりの経験があるが、暴走機械の解体の経験は少ない。と、言うか見ても無事かどうかがはっきり分からないのが暴走機械だ。特にレサトが電撃を浴びせた方が微妙だ。中が完全に焼き切れているのかどうかが分かり難い。

 取り敢えず、とモミジくんを二機のリトルボーイに繋ぐ。メインが人間の脳なので機械に汚染される心配はない。戦闘用機械人形バトルオートマタ無効化用のプログラムを奔らせ、アンナの椅子になって居るレサトを見る。

 機械サイバネ殺し。

 次のケイジ達の目的地を聞いたドクターニタがレサトに施した改造は有用だが、使うレサトが未熟なので、やり過ぎが多い。そこが少し悩みどころだ。「……」ケイジは前回潜った際に、レサトが仕留めたアスリートをディンの工房に持ち込んだら完全に死んでいたのでスクラップにしかならずにクソ重い思いをしたのに大した儲けに成らなかったことを思い出した。

 まぁ、今回はリトルボーイだ。

 小さな死神は小さいので運びやすい。一応、アスリートもガララが担いでここに持ち込んでは居るが――開いた孔から中の金属が溶けて零れて固まっているのを見るとまぁ、売れないだろう。「……」。ケイジが資料室の入り口を見ると、ヘルムを被ったリコがわざとらしく「むむ? 今、あそこに敵が居た様な?」と言って視線を逸らした。ケイジは半目で頭をぼりぼり掻いた後、今度はロイを見た。


「機械には俺のSGもガララの無音殺人術サイレントキリングも効果が薄いからよ。テメェとリコとレサトが攻めの要になるわけだが――アスリートの関節、撃ち抜けそうか?」

「……」

「ヤァ。誤解を招きそうな言い方になっちまったが、責めちゃ居ねぇぜ? 俺も出来ねぇからな。ただ、今後の方針の参考にするだけだ」

「……では正直に。それはキツイです。横っ腹にヴァイパー叩き込むのは行けやすが、高速で跳ねるアスリートの関節を撃ち抜くのは、流石に……」

「そうかぃ。そんじゃま、アスリートは基本捨てで行こうぜ」


 異論は? ケイジがそう言うと全員が頷いた後、アンナが「リトルボーイは?」と訊いて来た。「あー……」そんな声がケイジから漏れる。小型で高火力なリトルボーイは脅威だが、速くないのでチェイサーのマーキングも出来るし、小型なので壊し安い。そして何より、高く売れる。


「高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変にやってこうぜ――と、言いてぇ所だが、基本は壊した方が良いだろうな」


 だが命あっての物種だ。余力が無い以上、全力で壊しに行った方が良い。ケイジはそう結論をだした。


「そ。良いんじゃない? あたしは賛成」

「ガララもだ。ボックスヘッドでも十分に美味しいしね」







 ロイのチェイサーで制御ユニットだけを撃ち抜いたリトルボーイは金貨一枚で売れた。レサトが壊した方は完全に壊れていたが、それでも銀貨十枚だ。一般兵とも言えるAK持ちのボックスヘッドが損傷が少ない状態で銀貨十五枚で買い取られることを考えると、壊れてソレと言うのがリトルボーイの美味さを語っている。

 稼ぎは多ければ分け前も多くなる。ケイジは温まった懐に足取りを軽くしながら、キャラバンタウンのバザールをガララと歩いていた。

 キャラバンタウンはその滅ぶのが前提で場所が安定しないと言う特性上、物資が少ない。屋台の串焼き一つとってもヴァッヘンと比べると随分と値段が張る。

 ケイジとガララはそんな割高な串焼きを齧りながら歩いていた。

 物資は少なくとも技術はかなりの先を言っている。

 掘り出された技術をトレーラー・ラボで解析し、サンプリングの為に安く売りだしているので銃火器、弾丸、それと自律兵器や機械手甲ロストガントレットなどは安くて品数も多くて見ていて楽しい。

 そんな屋台の一つでサボットスラッグ弾のAPバージョンが売りに出されて居たので、ケイジが座り込み、店主に色々と質問を投げていた時だ。


「ケイジ」


 もう行こうよ。飽きたよ。と言うガララの声にソイツが反応して――


「待ってよケージ!」


 と言う少女の声にケイジが反応した。


「……」ケイジが少女を見て、知らねぇ奴だなと判断してソイツを見て「あー」と呻いた。

「……」ソイツはガララを見た後、知らないと判断してケイジを見ると「おー」と感嘆した。


 黒髪黒目の良くある髪と目の色だ。

 顔だって似て居ない。ケイジの無駄に鋭い目つきから来る狂相と比べると、ソイツは少しタレ気味の人の好しそうな顔だ。年は同じだろう。身長はケイジの方が少しだけ高い。共通点もあるが、それ以上に似て居ない部分が多い。それでもケイジとソイツ――ケージは何かを感じて向かい合った。


「ケイジって……マジっすか? まんま過ぎっすよね?」

「解りやすいだろっておかんがなぁ……っーかケージってそっちもまんまじゃねぇか」

「あはは! うちの親以外にもいかれてる親はいるんすね」


 それにケイジは全くだ、と肩を竦めた後「にしても、やべぇな」言って、ちっ、と軽い舌打ちした。

「どうかしたんすか?」とケージが小首を傾げる。


「ヤァ。ちょっと能天気過ぎんだろ、テメェ。話が通じるっーことは、そう言うことだろーがよ? ちったぁ嘆こうぜ?」

「そうっすかね? オレとしてはオレ以外の同類に合えて嬉しいっすけど? 全員死んでると思ってましたし……」

「あァ、亡んだ後だもんなぁ。無事に生まれたのだけでも少ねぇだろうな」

「そすそす! 下手すりゃオレ達二人だけっすよ? 仲良く行きましょ……あー……」

「……番号なら俺のが若いぜ?」

「えー……オレも結構、初期ですよ?」

「一桁だ」

「兄ちゃん! 合いたかった!」

「ヘイ、ヘイヘイヘイ! じゃれるんじゃねぇよ! 血の繋がりもねぇし、そう言う間柄でもねぇだろ」


 抱き着いてくるケージをケイジが嫌そうに突き放す。


「ケイジの兄弟?」


 そこで漸く、置いてきぼりにされているケージの連れの少女とガララの内、ガララが先に再起動してそんなことを言って来た。

 それにケイジとケージは互いの見つめ合う。全く似て居ない。当たり前だ。血の繋がりは無いのだ。ケージの言った同類の方がまだ近い。それでも敢えて関係を口にするなら――


「気にすんな。ちょっとした知り合いみてぇなもんだ」


 ケイジはその言葉を呑み込み、ガララの肩を叩く。行くぞ。そんな合図だ。ケージの方もそんなケイジに特にこれ以上は話す気は無いらしく、見送る様に手を振る。


「ヘイ、ヴァッヘン戻るなら気ぃ付けな。嘘みてぇな話だが……お国再興の為に来てるぜ」

「うっそマジすか!? わぁ、一桁の兄ちゃんよりはマシだろうけどなぁ……」

「俺もテメェもロステクだ。さしたる違いはねぇよ。そうだろ?」


 声の届く範囲で交わされたこの会話を最後に二人はそれぞれ人混みに溶けて行った。

 ガララと少女は二人で見つめ合った後「今の、何?」「私も分かりません」と言う会話をした後、取り敢えずお辞儀をしてケイジとケージを追いかけて人混みに潜って行った。

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