焚火

 鍵の作成とレサトのバージョンアップには一週間程かかるらしいので、ケイジはロイの尻を「何かとってこいや」と言って蹴り飛ばした。

 それなら……と他のメンバーも呪文スペル技能スキルを増やすことになった。

 ガララは目の利かない場所でモノを見る為の呪文スペル探査エコーを彫ると言って居た。索敵にも使えるし、既に持って居る無音殺人術サイレントキリングの向上にも繋がる呪文スペルだ。

 リコはガスグレネードの技能スキルと言うかレシピを取るらしい。可燃性のガスを噴出するソレを撃ち込んだ後に火を付ければまぁ、控え目に言って地獄が出来上がるだろう。リコに取らして良いか迷ったが、本人がやる気なので何も言えない。

 アンナは徐々に傷が回復する継続治癒リジェネ神官クレリックの奥義とも言える秘跡サクラメントの両方を取ると言って居た。迷う位なら両方とると言う潔さはアンナらしいが、その分出費が痛い。

 そしてロイは取るものをケイジとアンナが決めた。チェイサー。当たるまで追いすがる魔銃使いバットガンナーの代名詞である魔弾を精製する呪印を彫り込むことになった。

 そしてケイジは強奪ロブを取ろうとストリップバーにやって来たのだが――


「ヨ、ヨ、助言者メンターらしく言ってやるぜ。それは止めとけ、ボーイ。お前に強奪ロブは根本的に向いてない」


 出迎えたのは煙草の煙をぷかりと浮かべながらのこの言葉だ。


「……習得できねぇってことかよ?」

「ヨ! 何時ぞやのセリフを返すぜ、ボーイ? このマスターキティの愛弟子、ケイジをボーイは安く見積もり過ぎてるぜぇ? オレが保証してやるよ、ボーイ。いや、ケイジ。蛮賊バンデット技能スキルでお前さんに習得できない技能スキル無い・・

「……ヤァ。そんなに褒めんなよ。何? 俺、肩たたき券とか送った方が良い?」


 因みに有効期限は一年な、とケイジ。

 言いながら、話が長くなりそうなので、キティの向かいのソファーにぼすっ、と沈み込む。


「――ンで、そんじゃ向いてねぇってのは?」

「ボーイの場合、アレを使う隙があるならぶん殴った方が早い。それだけの力があるし、技術もあるだろ?」

「ロブのおっさんが使ってるの見て便利そうだと思ったんだがなぁ……」

強奪魔ロバーロブ? ヨ! 確かにあそこまで行けば便利だろうが……ボーイ、お前にはあそこまで行くほどの才能は無い――分けではないけど、同じ時間で強襲アングリフを磨くことをオススメするぜぇ?」

「そうかい。そんじゃ助言者メンターの意見に従うとして――オススメは?」

素手喧嘩ステゴロ……と、言いたいが……」

「正直、要らねぇ」


 一応、父親に仕込まれたモノがある。人間であるケイジがホブゴブリン相手に殴り勝てる以上、今更近接戦闘インファイトを学ぶ必要は無いだろう、と言うのがケイジの考えだ。それはキティも同じ考えの様で「だよなぁー」と言いながら咥えた煙草をぴこぴこ揺らしている。


「ボーイ、何持ってたっけ?」

「あーと……強襲アングリフ、回復薬、煙幕スモーク、銃剣術、挑発プロヴォーク、RMD」

「……ヨ! 言い忘れてたけど、強襲アングリフとRMDの併用は止めとけよ! 鼻血でちゃうから!」

「……ヤァ。今更の警告、ありがとどーも」


 もう試した、とジト目でケイジ。キティは「おーぅ、好奇心旺盛な仔猫ちゃんだぜ!」と嘆いて誤魔化した。いや、誤魔化せてねぇからな?


「将来的に助言者メンターやるの見越して強奪ロブ覚えとく?」

「まだ五年後が危うい状況で寄り道はしたくねぇなぁ……」


 技能スキルでも一応、呪印を増やす以上、無駄には成らないだろうがあのアホ鹿に文句を言えなくなりそうだ。


「ヨ、ヨ、ヨ! そうだ、そうだ。ボーイの所のお嬢ちゃん、ダークエルフの方は暗黒騎士ヴェノムだったよな?」

「そうだな」


 良いことを思いついたと喜びだすキティに、それがどうかしたか? とケイジ。


「お嬢ちゃん、ガスグレネードのレシピは?」

「丁度今取ってんな……」

「ヨ! そんじゃ決まりだ、ボーイ。直ぐにカグヤのババアのとこに行って彫って貰って来い。残火グルート、今のお前にオススメの呪文スペルだ」


 はいこれ助言者メンターからの許可証、と千切られたメモ帳に汚い字を這わせた物を渡されたので、はいこれ代金、とケイジはメモに書かれていた銀貨を五十枚渡した。






 パッチェから錆ヶ原に行くには車で五日ほど掛かる。

 当然、その移動の間にも食事をしなければならない。レサト程、ケイジ達は燃費が良くないのだ。食って、飲まないと直ぐに動けなくなって死ぬ。生きて居るだけで削れていくのがイキモノの特徴だ。

 移動を急ぐ場合なら干し肉を齧って、水を含むだけで済ませる時もあるが、今回はそこまで急いでいない。だったら温かい物が食べたくなるのが人だ。

 吹きおろしの風が沼の毒を飛ばすせいだろうか? パッチェの側にあるにも関わらず、山の木々は腐っておらず、青々としていた。見通しが悪いことを嘆くべきか、毒の心配が無いこと良しとするべきか迷う地形だが、キャンプの跡があると言うことは、休めるポイントだと思って良いのだろう。


「ケイジくん、本当にやるの?」

「……しゃーねぇだろ。本番でとちったら笑えねぇ。余裕のある内に試しときてぇ」

「わたしの本番を前に、ケイジくんの実験で使われちゃうんだね……うん。ケイジくんなら……良いよ?」

「……なぁ、オイ? 何か空気変な感じになっからその言い方、止めてくんね?」


 言いながらケイジは気体で膨らんだ小さな風船を口に含んだ。頬が膨らむ。


「だってわたしだって実戦では試したことないのに……」


 なのにケイジくんが先に試すなんて……。ぶぅーとリコのほっぺがケイジとは違う意味で膨らんだ。それは中々に可愛らしかった。「……」。だが残念。拗ねたお嬢さんのご機嫌を取る程の余裕は今のケイジには無い。なんと言っても可燃性の気体、ガスグレネードの中身が風船越しとは言え、口の中に入っているのだ。


「……」


 眼を閉じる。手順を確認する。割って、吐いて、呪文スペルを起こす。三工程だ。動作を脳で繰り返してそれ用の回路を造る。今度は風船を割らずにその手順を実際の動作にして回路を更に深くした。


「……うし」


 眼を開き、ガララが組んだ枯れ木の山を見る。油分の多い葉で囲んである。アレが燃えれば取り敢えず着くだろう。ケイジはそんなことを考えて視線を鋭くした。行く。ギャラリー、特に錫杖を持つアンナにも緊張が奔る。


「――っ!」


 割った。ぱん! と言う分かりやすい音は出なかった。危機管理の為に気体に付けられた匂いが鼻腔をくすぐる。あ、コレ、鼻に抜けねぇ様にもしねぇと駄目か。問題点の洗い出し。いや、今は良い。吐け、吐け、吹け。その行動を意識して膨らんだ肺を押しつぶす。

 呪文スペル

 残火グルート

 吐き出した気体が唇の三センチ先の火に触れて赤い花となる。


「おぉー」


 薪に火が付いた。ぱちぱち。ギャラリーから拍手が送られる。


「……アンナ」

「え? 失敗? 舌、火傷しちゃった?」


 唾つける? あたしの?


「……いや、ちょい吸い込んだ」


 浄化ピューラファイ頼む。んべ、と舌を出して胸を擦りながらケイジは助けを求めた。






 変に迷ったのが拙かったな――。

 アンナの膝に頭を乗せたケイジはぼんやりと星空を眺めながら、そんなことを思った。平時の状態でもう数回試した後、ガララを相手に組手しながら試して実戦に投入で良いだろう。

 浄化ピューラファイで軽く発熱した頭にアンナの冷たい手が乗せられた。「……」。気持ちが良いので、目が細くなる。特に傷を撫ぜて貰うのが気持ち良い。


「寝る?」

「……いや、寝ねぇ」

「そ?」


 言いながらも瞼を隠す様に手を置かれると、つい目を瞑ってしまう。だが駄目だ。ここは街中では無い。そこまできつく無いのだ。何時までもサボって居て良いわけでは無い。そもそもここまで大事にする必要すらない。


『ケイジ、車両が一台来た』

「賊?」


 だが居心地が良かったことには変わりはない。ガララからの通信コールに答える声が少し強く成ったのは、そのせいだ。身を起こすケイジに、アンナが上着を着せる。ボタンも締めてくれるらしいので、されるがままになりながら、ケイジは双眼鏡を通って来た道へ向ける。

 夜道を照らすライト。道なりに来ていることから、多脚戦車ではなく、ガララの言う様にこちらと同じ車両タイプだろう。


『不明だよ。囮かもしれない』

「――リコ、ロイ」


 夜目の利くダークエルフと獣人が見張りに付いていたのは有り難い。上着をズボンに入れてタクティカルベストを纏いジッパーを上げる。異変を感じてアンナの護衛にやって来たレサトがご丁寧にもケイジのSGを持って来た。はい、と手渡して来たので、有り難く受け取っておく。お礼の催促は無かった。その後アンナに寄って行ったので、ケイジよりもアンナに褒めて貰うことにしたのだろう。


『んー……こっちは別動隊とかなさそう……かな?』

『同じく』

「そうかい」


 言いながら足元の焚火を見る。他の光源が少ない山の夜だ。こっちがあっさりライトを見つけた様に、あっちもこちらの焚火を見つけていると考えるべきだろう。


「ガララ、リコ、ロイ、そのまま潜伏。アンナ、車の銃座行け。レサトはその護衛」

『ケイジは?』

「まぁ、取り敢えず話せるか試すさ」


 何と言っても俺は平和主義者って奴だからな? 言いながらこの時代の話し合いの必須品、銃器の確認を済ませる。

 ワンショルダーバッグから懐中電灯を取り出し、ズボンのポケットに捻じ込む。道の真ん中に立ち、こちらに昇ってくる車のライトを双眼鏡で追う。

 直線なら兎も角、曲がりくねった山道だ。時折、木々に隠れながらも近づいてくる。「……」。腕時計を見る。整備されていない道なので、そこまで速度は出せない。昇ってくるのにまだ数十分の余裕はあるだろう。正直、火を消したい。だが、見つかった状況で消したらそれこそ揉め事の種にしかならないだろう。

 キャンプ用の小さな折り畳み椅子を引っ張って来たケイジは、道の真ん中に座って待つことにした。







あとがき

遂に火が吹ける様になった高貴系主人公。

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