一年後の君へ……

 地下街のテナント区画は旧時代の役割そのままに店になって居るものが大半だった。

 まぁ、大体は上に出ている店と大差はない。ヴァッヘン東区は悪徳の街だ。ご禁制と言えば、ギルドの利益を害する品、例えば暗黒騎士ヴェノムギルド以外が造ったおクスリとかだ。そしてそんなものは地下でも扱えない。扱えば、次の日には暗黒騎士ヴェノムギルドの粛清で地下街は全滅だろう。事実、過去には一度、出入り口を全て封鎖した状態でのガス実験が行われたらしい。結果、その時に地下に潜って居た奴は全滅だ。

 まぁ、全滅しても湧くのが虫であり、悪人であり、落ちこぼれだ。年ではなく、月の単位で地下街が再生したと言う話を聞くと生命の神秘を感じないでもない。

 まぁ、そんなことはケイジには関係ない。

 オリジナルブレンドと称して混ぜ物がされた麻薬の試食を進めてくるガイコツの様にガリガリの男を無視して、テナントの一つ、居酒屋に入る。「……ヘイ」。こんこん、とバーカウンターを叩きながら、いらっしゃいの挨拶も無い店員にバーカウンター越しに話しかける。


「……何か?」


 細く鋭い目を眼鏡の奥に隠したエルフからは、それなりにヤバそうな匂いがした。こういう場所で商売をするなら、ある程度の力が居るのだろう。そんな店主の前に銀貨を三枚積むと、店内の何人かに緊張が奔った。銃に手を掛けている奴も居る。だがターゲットはカウンターで呑気に酒を飲んでいた。ケイジはそれを横目で確認したので、銀貨を引っ込めない。


「三分だ」

「それで済むかは相手次第だぜ? まぁ、掃除夫は二人連れて来てるから汚した場合も安心してくれや」


 眼鏡エルフの言葉に、ケイジがくだを巻く様な口調で言いながら、背後を指す。二人のリザードマンがおずおずと頭を下げた。


「……」


 眼鏡エルフに銀貨が掻っ攫われた。承諾して貰えたらしい。リザードマン――トルカと、その兄弟を残してケイジとガララとロイが居酒屋に入る。汗を流しながら睨む何人かを無視して、目当ての奴の両隣にロイとケイジが、どかっ、と椅子を揺らして座った。


「ヤァ、兄さん? 美味そうなの食ってんね? 景気良いの?」

「……なんだぁ、てめぇ?」


 口裂け男が威圧するのも気にせずに、ケイジはソイツが頼んだ串焼きを一つ齧った。フロッグマンだった。ならば塩ではなくタレの方がケイジは好きだ。それでも一度手を出した以上、残さず食べる。


「ごっそさん」


 からん、と竹を加工して造られた串入れに新しい串が放り込まれる。それを合図に固まっていた口裂け男が再起動した。


「……て、てめっ! 何勝手に食って――」


 怒りに任せて立ち上がろうとした口裂け男――モミジが言葉の途中で止まる。ぶわっ、と一気に汗が吹き出し、それで酔いが醒めたのだろう。現状を理解できたようだ。


「――」


 いや、単純にケイジが一本食べる間に四本の串を片付けていたガララがその四本の串を両耳に突っ込んでいるからかもしれない。

 リザードマンは口の構造上、あまり咀嚼をしないとは言え、随分な早食いだ。


「動かねぇ方が良いと思うぜ? 左右は勿論のこと、前後、上下もだ。――あァ、少し回りくどい言い方になっちまったな。シンプルに言うぜ? 動くな、動けば殺す」


 言いながらケイジがまだ残っていた串焼きに手を伸ばせば――


「横から失礼。騒ぐのもオススメしやせん。黙って、動かず、アタシらの話を聞く。それが一番だと忠告させて頂きやす」


 枝豆をぷちぷちやりながらロイが補足する様に言って、ひひ、と引き攣ったように笑った。モミジは了解したと言う様に、深く瞼を下ろした。


「コレ、テメェで良いよな?」


 ケイジが手配書をモミジの前に置く。置いてから、そこに書かれている文字を指でなぞる。デッド・オア・アライブ。生死問わず。


「どっちが良い? 因みに俺はどっちでも良いぜ?」


 串の入ったままの耳にケイジが口を近づける。ふっ、と息を吹きかけるとびくっ、とモミジの身体が跳ねて、目には涙が滲んだ。

 ケイジはその眼を覗き込む様に見る。モミジの眼の中に自分が写っているのを確認して、無言で嗤った。

 心を折るにはソレで十分だった。






 無抵抗の意を示したのに、両手両足をテープでぐるぐる巻きにされた時点で気が付くべきだった。

 開拓局と蛮賊バンデットギルドで引き渡されずにケイジ達が賞金を受け取っている時点で気が付かなかったのはもう、致命的だ。

 ヴァッヘン南区の工房街。そこの研究室の冷たいリノリウムの床に転がされて漸く気が付いたのだから、控え目に言っても遅すぎる。


「ふむ。家の工房でも確かに造っているが……少し割高になるよ。あぁ、その分、性能は保障させてもらおう」


 四角い眼鏡、皺の無いぴしっとした白衣。それらを纏った無精髭のダークエルフ、ドクターニタは足元に転がされたモミジを見てそんなことを言った。

 その眼に温度は無い。捕らえられた一つの命では無く、瓶に入った薬品を見るのと大した差は無かった。


「幾ら掛かる?」

「金貨一枚は貰いたい」


 じゃぁはい。ケイジでは無く、回収した台車兼財布係のレサトがパーティ資金の入った巾着から金貨を取り出して掲げてみせた。


「……働いているじゃないか、彼は」


 良いことだ。とドクターニタが頷き、金貨を受け取る。その眼は我が子の成長を喜んでいる様だった。


「そう言えば……この前彼がヒマを訪ねて来て私にも何やら右の鋏を見せて来たんだが……調子が悪いのかい?」

「ん? いや、そんなこたぁねぇと……あぁ、そうか。ちげぇよ、ドクターニタ。レサトはただ、ミサンガを自慢しに来ただけだ」


「ミサンガ?」とドクターニタが首を傾げたので、ケイジは「ミサンガ」と言ってレサトの右鋏に巻かれている物を指し示した。


「コレは彼だけに?」

「? 一応パーティ全員に配ったぜ?」


 な? とケイジが言うと、ロイは左手を捲って見せ、ガララは右足を指差した。ブーツで見ないが、そこに巻かれているのだろう。「――」君は? とドクターニタが見て来たので、ケイジも右足を指しておいた。


「支配欲を持ったパーティリーダーが首輪の代わりに巻かせている分けでも無いのか……」

「なんだよ、それ? 俺の評価低過ぎねぇ?」

「態々、自動戦車オートタンクの分も買ったのかい?」

「買わねぇと拗ねて怒られるからな」

「彼が拗ねて怒るのかね?」

「いや。レサトが拗ねて、それみた女性陣に俺が怒られる」


 リコとアンナは大体レサトの味方だ。殆どの場合、無条件でケイジが怒られる。最近、それを学習したレサトはケイジがトランプでイカサマをするとアンナに言いつけに行くようになった。止めて欲しいと言うのがケイジの感想だ。


「大切に使って貰えているようで、機械技師エンジニア冥利に尽きるな。……どうだい? 彼の武装を強化してみないか?」

「折角だが、金がね――ヘェイ、レサトくん? 勝手に財布から次の金貨取り出すの止めてくれねぇかな?」


 確かに鍵の予算を多めで金貨二枚にしといたから、その金貨は浮いてる。だけど、止めてくれねぇかな?


「鍵の分と合わせて金貨一枚、銀貨五十枚でやろう。どうだい?」


 以前、最低金貨一枚からと言って居たので、お得にはなって居るのだろう。ドクターニタにとってレサトは子供の様なものだ。その子供が大切に使われると言うのは見ていて気分が良かったのだろう。


「――いや、良いわ。鍵分と合わせて金貨二枚払うからやってくれ」

「おや、気前が良い」

「景気は悪くないんでね」


 水陸両用AR特需と大規模クエストで貯金は増えた。だから金を使うべき場面でケチる必要は無い。そう言うことだ。


「ところで、いい加減に現実を見ようと思うのだが……匂わないかい?」

「……漏らしたんだろーよ」


 だから人間やエルフよりも鼻の良いリザードマンと獣人が近寄ってこないのだ。


「まぁ、首から下は使わないから問題は無いさ。『下』は破棄で良いかい?」

「取っといてもしゃぁねぇしな。使えるのってどれ位?」

「一年と見ておいてくれ」

「そうかよ」


 それじゃ、とケイジは足元に転がった材料を見る。


「罪と罰が釣り合ってねぇ、とか色々言いたいことはあるだろうがよ。『やった』テメェがわりぃと思って諦めてくれ。まぁ、一年後には死なせてやるよ」

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