同道
坂を上って来た車両が肉眼で確認できるようになると、いよいよ汗の種類が嫌なものへと変わってくる。殺気を感じた……とかそう言うのではない。当の昔に相手のキルゾーンには入っている。今更だ。
ケイジは手に持った懐中電灯をぐるぐる回す。車両が止り、人が降りる。お互いの顔は見えない。シルエット程度でしか判別出来ない距離だ。相手も懐中電灯を着けてぐるぐる回していた。「……」。これで一応、お互いに敵対の意思は無いと言うことを示し合った。まぁ、油断させておいて……が普通にある以上、まだカード三枚は伏せて置くべきだろう。
「……」
「……」
お互いに無言で近づく。そうしてお互いの顔が分かる様になった時、先に声を出したのは彼女の方だった。我儘ボディは輪郭の緩い野戦服に隠されてしまったが、見知った顔だった。
「あら? 貴方でしたのね」
黒髪ロングの戦乙女はケイジを見ると『警戒して損した』とでも言いたげな態度を取った。
「嬢ちゃんか……」
それはケイジも同じだ。張っていた緊張の糸を緩めて、よっす! と手を挙げた。
「その『嬢ちゃん』って言うの、どうにかなりません?」
「あー……そうだな。ここまで縁があんなら嬢ちゃんは失礼か……改めてよろしくな、ぱっつぁん」
「――前髪のことだったらぶっ殺しますわよ?」
「……」
駄目らしい。
あの前髪は似合って居るし、お洒落だと思って居たのに……女心は難しい。「ケイジだ」それならば、と名前を名乗って右手を差し出す。
「ユキヒメですわ」
その手が握られた。
ケイジが警戒した様に、ユキヒメ達も警戒していた。
まぁ、当たり前だ。
一応、双眼鏡で観測していたはずのケイジは全く気が付かなかったのだが、走行中に運転手、銃手、それとユキヒメ以外の三人は降車して伏兵の探索に向かったらしい。結果、リコとロイは見つかってガララは見つからなかった。
「テメェ等のパーティ、全員
本職じゃねぇんだし、仕方ねぇんじゃね? 言いながら貰ったコーヒーを啜る。
「実戦ならそれでは済みませんわ」
火を囲んでいるのは、八人と一機だ。ケイジ、リコ、アンナ、ロイ、レサト、それとユキヒメ側も四人は焚火を囲んでいる。ガララと、探索に降りた二人は未だ戻ってこない。かくれんぼの途中だからだ。
『……ケイジ』
助けを求めるガララの
――見つからないまま、十分経ったら銅貨五枚。
そんなルールでかくれんぼの続行を求められた当初は乗り気だったガララも、銅貨が三十枚も貯まるといい加減嫌になってくるらしい。特にケイジ達が呑気に食事を済ませているのだから猶更だろう。
だが、わざと負ける気は無いので、相手にギブアップをして欲しいのだ。
「……」
まぁ、そろそろ頃合いかもしれない。そう思いながら、相手の面子を見渡す。揃いの柄の野戦服でまとめたお嬢さん達は現在ガララを追って居る二人含めて全員が
ユキヒメはケイジとの面識があるから主だった交渉についているだけで、リーダーは別に居る。かと言って先に言った通り、小隊の一つでしかないので、隊長はゲルヒルデですらない。確か名前は……。
「チサ、だっけ?」
「んー、けーちんじゃん? どしたん? もしかして恋バナに混ざりたい系男子?」
うけるけどだめー、とからからと癖の無いロングヘアをした人間種の少女が笑う。ユキヒメ曰く、問題を起こしておいて自分で問題を解決するタイプの問題児らしい。
「あー……中々に興味を惹かれるが、そうじゃねぇよ」
「そんじゃなにさ?」
アンナ、リコときゃいきゃいはしゃいでいた彼女は金属製のカップを包む様にして啜りながら、椅子ごと回ってこちらを向いた。
「ガララが腹減ったって言ってっからもうテメェんとこの部下引かせてくれや」
「おけー、ギブってことだよね?」
「……いやいやちげぇだろ? 諦めんのはテメェらだ。全然見つかる気配がねぇからガララが飽きてんだよ」
「えー……ほんとうにござるかぁ? 見つかりそうで慌ててるんじゃないでござるかぁ?」
「はっはー」
ケイジは笑った。何ともあからさまな挑発だ。こんな見え見えな挑発に乗る様な奴が居たら
『――ガララ、フラフラになるまでお嬢ちゃん達の相手してやれよ』
だから後で鏡を見ることにしよう。
『嫌だよ。そこまでしたくない』
『舐められてんだぞ、テメェがよ。それで良いのかよ?』
「――もうごはんが食べられるならそれで良いよ」
何時の間にかチサの後ろからガララが出て来た。リコとアンナが一瞬、びっくりするが直ぐに持ち直す。
「ガララくん、お疲れー」
「焚火の側に置いてあるからスープはまだ温かいと思うけど……冷めてるようだったらもう一回、温めてね」
二人からパンと食器を渡されたガララは、取り敢えずの空腹を誤魔化す様にパンを齧った。そのまま積まれた三十枚の銅貨をポケットに納めて、チサに時計を見せた後、手を差し出す。ゲーム開始からの逃亡時間は七十三分、チサは意外にもあっさりと追加の銅貨を払った。
「……ごねるかと思ったんだがな」
「けーちんのことはグリムねぇから聞いてて、更にけーちんとガラやんのことはゆっきーから聞いてるからね。揉めたくないじゃん?」
「ヤァ。賢いぜ……所でさっき俺に喧嘩売って無かったか?」
「えー? あんなやっすいの買ったらキモすぎでしょ?」
「……まぁな」
ロイから焼いたソーセージを貰って齧っていたガララからの視線は気にしない様にしながらケイジは言った。
「ま、終わりだ、終わり。嬢ちゃん二人も戻してやれよ」
「うぃー」
ガララとロイとユキヒメの居る焚火に避難するケイジに気の無い返事をしながら、チサは恋バナとやらに戻って行った。どうにも馬鹿で軽そうに見える。
「テメェがリーダーやったほうが良いんじゃね?」
「うん。ユキヒメは委員長みたいだよね」
ケイジが言えば、ガララも「似合うと思うよ」と続く。だが向けられたユキヒメは頷かない。
「ケイジ、チサは貴方とガララと『同じ』ですわ」
「へぇ」とケイジが面白そうに眼を細め、ロイが「あぁ、そう言う……」と呟いた。ガララは左程興味が無いのか、保存用の硬いパンをちぎってスープに浮かべていた。
「俺とガララ並ってのは――ヤァ。一夜を同じ場所で過ごすのが正直怖いな」
「それは私達もですわ。どうします?」
「先に行くぜ……と言いてぇが……」
休む気になってしまったので、正直キツイ。と、ケイジ。
「そう。目的地はどこですの?」
「錆ヶ原」
「鍵は? お持ちですの?」
「……それはこっちも確認してぇよ」
ケイジが言うと、ユキヒメがチサに何かを言って自分達の装甲車に向かって行った。鍵を取りに行ったのだろう。途中、ガララ追撃隊の二人とも擦れ違い、焚火を指差していた。獣人とリザードマンだ。五感に自信があったからギブアップできなかったのだろう。そんな彼女たちをユキヒメは軽くねぎらい、歩いて行く。副リーダーだろうに、疲れた部下を思いやって自分が取りに行くらしい。見習いたい。
だが『見習おう』ではなく『見習いたい』なのでケイジは行かない。『レサト』。持って来い。
「……しゃぁねぇ」
ロイをパシっても良かったが、色々と面倒になったので、自分で行くことにした。装甲車の助手席から金属製のアタッシュケースを引っ張り出す。大きさの割に重いのは、中に入っているモノを知っているからなのか、単純に頑丈さを求めて造られたからなのか……それはどちらでも良いが、取り敢えず『材料』の名前を聞いたリコが笑顔で貼り付けた紅葉のシールはブラックさが酷くて流石に笑えない。
「……ん」
ほらコイツだ、と焚火の側でユキヒメにアタッシュケースを掲げて見せると、「私達のはコレですわ」と向こうも同じような――いや工具ボックス型の金属箱を見せてくれた。
「お互いに鍵もってんなら……まぁ、盗まれる心配はねぇかな?」
「貴方、口は悪いけど、信用は出来ますしね」
「……こっから四日。二パーティ合同なら見張りもローテが楽になるよな?」
「えぇ。その通りですわ。そして私、楽になるってことは素敵だと思うの」
「んじゃ、そう言うことで」
「はい、ではそう言うことで」
交渉成立。ケイジはロイとガララがナンパを開始した焚火に、ユキヒメは自パーティのリーダーがいる焚火に向かって行く。
「あぁ、そう言えば――」
不意に、ユキヒメが振り返り、呼びかける。
「確認をしましたわ。貴方が手を出して良いのは私、チサ、それとアイナ――チサの隣に居るエルフですから」
「……」
何の確認してんだよ、とか。いや、手ぇださねぇよ、とか。色々と言いたいことはある。あるが、取り敢えず耳の良いダークエルフがジト目で見て来ているので……すごくこわい。
あとがき
ビッチではなく、敢えて許可を与えることで悲劇を生みださないワルキューレ流の自衛術。
なので実際に経験があるかは不明。適当に想像してどうぞ。
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