仕事受注

 ヴァッヘンから先に撃ち込まれた無数の砦へとつながる道、大街道。

 その入り口には車もちの開拓者と幾つかの箱を持った商人が集まっていた。

 商人は荷物を出来るだけ安く、信頼できて強い開拓者に運んでほしい。

 開拓者は出来るだけ高い値段でその仕事を受けたい。

 そんな訳であちこちで交渉の声が上がる雑踏の中をケイジは歩いていた。

 服装は一応、戦闘に対応できるように着なれた野戦服だが、SGは持って居ない。ガンベルトにゴブルガンを差し込み、砂鉄入りのレザーグローブを嵌めてはいるものの、直ぐに出発できる様な恰好では無い。

 ケイジは自分と同じ様な連中が集まっている商人をチェックしていく。

 そう言う商人は明日以降の荷物を運んでくれる人員を探して居るからだ。

 ケイジはそう言う集団を見つけては「わりぃ」とか「ちょい通してくれや」と言って押しのけて商人の扱う商品を確認しては引き返すを繰り返していた。

 正直、迷惑な奴だ。

 だが、気にしない。これ位出来ない様な奴は、仕事を取ってくることはできない。

 まぁ、そんなケイジでも途中、明らかに自分達とは“空気”が違う集団を見掛けた時は割り込まずに端から商品を眺めるのに留めておいた。扱って居るのはかなり上の機工技師メカニックが造ったであろう義肢や機械人形オートマタなどだ。

 物によっては同じ重さの金よりも高い。

 そう言ったモノを運ぶには並程度の開拓者はお呼びではないのだろう。

 それでもケイジはその集団に入り込み、暫く話を聞いた後、立候補もしてみた。

 店主どころかその前、その弟子の段階で弾かれた。まぁ、仕方が無いだろう。


「車もったばっかの奴なんかお呼びじゃねぇよ」


 少し呆れた様にその弟子が言った。年の頃はケイジと同じ位だろう。親方である店主が上の開拓者達との交渉に入り暇だったのだろう。世間知らずな後輩をからかうついでに色々と教えてやろう。そんなことを思って居るのか、声音にはどこかからかう様なモノが混じっていた。


「そうかい。勉強になったぜ、ありがとよ」


 コーヒーの入ったコップを差し出しながらケイジ。

 これから出発する者達への向けてのものか、この辺りには弁当を売り歩いている商人が居る。立った今、適当にその中の一人を掴まえて買ったモノだ。

 受け取った弟子がヴァッヘンの外壁を指差す。そこは交渉を進める二つの集団の間、混ざらない様に開けた緩衝地帯だった。ケイジと弟子は往来の邪魔に成らない様にそこに入り込み、壁を背負ってコーヒーを啜る。


「それで?」


 コーヒー代位は教えてやる。一口啜りながらの端的なその言葉に、ケイジは軽く肩を竦め、同じように、ずずっ、と行儀悪くコーヒーを啜って唇を湿らせた。


「弾丸扱ってる商店が知りてぇんだがよ。あぁ、勿論、運搬頼みたがってるところで頼む」

「……食料にしといた方が良いんじゃないか?」


 お前成り立てなんだろう? と弟子。


「弁当位なら追加できるぜ?」


 そんな窺う様な視線を受けながら、不敵に笑うケイジ。


「いや要らんよ。……欲しい種類は?」

「ヤァ! 何だよテメェ、話が早ぇタイプじゃねぇか。重機関銃扱ってるところで頼まぁ」

「……口径」

「五十で」


 残りのコーヒーを一気に飲み干す。「捨てといてくれ」そう言って返された空の紙コップには――蓋の代わりの様にメモが置かれていた。







 大量に用意すれば単価が安くなる。それは流通の一つの仕組みだ。

 だから銃火器店にも特色が出て、得意な商品が出てくる。


 ヘビーバレル。


 あがりを迎えて引退した銃鍛冶師ガンスミスが開いたその店は名前の通りに重機関銃に力を入れて居るようだった。

 騎士ナイトの中には呪文スペルの恩恵でもって重機関銃を振り回す様な奴も居るらしいが、大抵は車用だ。これまでのケイジには用が無かったその店もやはり他の街へ注文された弾丸を届ける為の足を必要とし、大街道の入り口に来ていた。


「……」


 当然、名前を持って居る店と言うのはある程度付き合いのある開拓者がおり、運搬の仕事はそう言う連中が持って行ってしまう。だから正直ケイジはここでもお呼びではない。お呼びではないのだが、折角来たのだから話位はしてみよう。


「爺さん、仕事中わりぃけどちょいと俺と話でもしねぇか?」


 恐らくこの場のまとめ役なのだろう。空箱に腰を下ろして煙草を吸って居るドワーフの老人に話しかける。おしゃれなのか、何なのか、白い立派な髭は大きな一つの三つ編みにされ赤いリボンで結ばれていた。


「……」


 そんなおしゃれドワーフから返って来たのは煙草の煙だ。思いっきり顔に噴き掛けられた。「――」ケイジはそれを適当に叩いて散らし、空箱をひっくり返して隣に座る。片づけを進める弟子からの視線が痛いが気にしない。

 タクティカルベストのポケットから電子タバコを取り出し、ボタンを五回プッシュ。電源を入れる。咥えて、蒸気を吸い、吐き出した。ハッカの爽やかな匂いが鼻に残る。


「……」

「……」


 暫し、並んでぷかぷかと煙と蒸気を吐き出す。


「……軽ければ良いと言うモノでは無いぞ?」


 紙巻煙草の弊害だろうか? 一本吸い終わったおしゃれドワーフが先に折れた。新しい煙草を取り出しながら『お前、現役だろう?』と言ってくる。

 喫煙者は何故か喫煙者に優しい。解体ばらし屋時代に学んだことの一つだ。その為、ケイジは喫煙の習慣は無いが電子タバコを持って居る。


「ニコチンはねぇよ。禁煙用のメンソールリキッドだ」


 ぶっふぁー、と鼻と口から蒸気を吐き出しながらケイジ。アンナ作成のモノで、適量なら身体に良いくらいだ。


「煙草の美味さも知らずに禁煙の真似事か……粋ではないの」

「親が厳しくてね。イイコなんだよ、俺は」

「……」

「……」


 そうしてまた暫く沈黙。二人並んで煙草をふかす。ふかすが、おしゃれドワーフがチラチラとケイジの手元を見ていた。電子タバコに興味があるのだろう。


「……女房がな、禁煙しろと言ってくるのだ」

「そうかい。そいつは辛いな」


 わかるぜ。わかんねぇけど。そんな適当な相槌。


「……それは、禁煙の効果としてはどうなんだ?」

「一応、煙吸い込むから多少の満足感は有るらしいぜ?」


 吸うかい? とケイジが差し出してみれば太い腕が伸びて来たので簡単に使い方を教える。


「……甘い」

「ヤァ。お口に合わなくてザンネンだ。だが安心してくれや。リキッド変えりゃ味も変わる」


 言いながら別のリキッドが入った吸い口を取り出す。入っているのはコーヒーのフレバーだ。


「……」


 付け替えてやるとおしゃれドワーフはぷかぷかと吹かし出した。


「代わりにゃならんが、悪くはないの」

「そりゃ良かった。少しづつ慣らしてきゃ禁煙できるらしいぜ?」まぁ、やったことねぇから知らねぇけどな、と聞こえない様に呟いて。「良けりゃやるよ、爺さん」


 言ってリキッドが入った小瓶も放り投げる。


「……」

「……」


 沈黙。今度はおしゃれドワーフだけがぷかぷか吹かす。


「……どこに行く?」


 ぽつり、呟く様に。


「パッチェだ」

「お前さん、運が良いなぁ。丁度荷が有る。明日の朝十時にまた来い。報酬は銀貨で十五だ」

「ケー。良い商談が出来て嬉しいぜ――と、言いてぇが……」

「?」


 何か不満が有るのか? と片眉を持ち上げるおしゃれドワーフ。


「五十口径のライフル弾で払ってくれねぇか?」

「……お前さん、上がりたてか?」

「まぁな」

「よくもまぁ、大物の様に振る舞えるもんだの。その自信は何処から来る?」

「ヘイヘイヘーイ。思い出してくれや、爺さん。初デートの前日の夜をよ。テメェは愛しの彼女と何処まで行く気だった? 手をつなぐ? キス? それともファック? ――当然ファックだよな? 男ってのはそう言うもんだ。ビッグマウスを叩いて上を目指そうぜ?」

「……実力が伴わなければ滑稽だぞ?」

「安心しな、爺さん。その心配は要らねぇよ」


 重い声に軽く返して見せたケイジが少し意外だったのだろう。軽く目を見開き、ドワーフは貰ったばかりの電子タバコの蒸気をたっぷり吸いこんで吐き出した。


「上手く行った時の為に覚えておいてやろうかの――パーティ名は?」


 その言葉にケイジが身体能力を誇る様に勢いよく立ち上がる。

 そして振り返り――


「ジャックだ」


 不敵に笑ってみせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る