ベイブ

 リコとアンナだけだとナンパされそうだったのでロイは残すことにした。

 契約を取ったケイジを先頭にガララと台車レサトが続く。そうしてやって来たヘビーバレルの集積場には既に同業者が何人か集まっていた。適当な従業員を捕まえ、おしゃれドワーフのことを話すと「コゲンタさんならあっちだ」と言われた。おしゃれドワーフはコゲンタと言う名らしい。今更ながらソレを知ったケイジだが、さも『知って居ましたが?』みたいな表情を造って指し示られた方向に向かった。

 案の定、コゲンタはこの場のまとめ役らしく。太い声で怒鳴りながら指示を出していた。

 そんな忙しい中でも近づくケイジに気が付くと『少し待て』とでもいう様に手を挙げた。ソレに人差し指と中指で、ぴっ、と敬礼を返し、ケイジ達は取り敢えず仕事の邪魔に成らない場所に移動した。

 半裸の男たちが筋肉を脈動させながら荷物を運び出し、何やら割符と共に開拓者に渡している。アレを先方に渡すことで報酬を得る仕組みなのだろう。随分と古典的だが、通信網が死んでいるのだから仕方がない。

 適当にガララと駄弁り、レサトをからかっていると十五分程立った。


「待たせたの」

「いや、ゴリ押したのはこっちだ。全然構わねぇぜ?」


 下っ端に任せれば良いものを、態々やって来てくれたコゲンタに軽く挨拶をし、背後に控えたガララとレサトを紹介する。

 やはりケイジ位のランクの開拓者が自動戦車オートタンクを持っているのは珍しいらしい。遠慮なくじろじろと見られたのが気に入らなかったのか、おらー、と鋏と尻尾を掲げて威嚇するレサトを見て「お前さんはもしかしたら口だけではないのかもしれんな」とコゲンタが言った。


「まぁな」


 正直に単なるラッキーだと言う気は無いので表情を変えることなく、へらっ、と薄い笑顔のままケイジが応じた。


「――」


 付き合いの長いガララは目を細くして声なく笑っていたが、付き合いが短いコゲンタにはケイジのその笑みの意味も特には伝わらない。「こっちだ」と低い声で呼びかけられたので、低い癖に分厚い後ろ姿を追う。


「……実はの、元々仕事を頼んでいた奴等がおる」

「だろうな」


 コゲンタの秘密を明かす様な重い言葉にケイジは何でもないように答える。

 何と言っても昨日ケイジが交渉に行った時、既に片付けが始まっていた。その日の積荷を引き渡し終え、次の日の運び手も選んでいる。そう言う時間帯だ。

 ケイジは正直、何日か後に頼まれれば良い位の気持ちで交渉していた。だが、コゲンタは交渉翌日の今日に入れてくれた。

 早い方が有り難い。有り難いが、揉め事は面倒だ。


「ヘイ、爺さん。一応、訊かせてくれや。料金に変化は?」

「無い」

「……ま、だからと言って引くわけには行かねぇよな」


 へっ、と乾いた様に笑い方を竦めるケイジ。そんなケイジの肩がちょいちょいと叩かれる。振り返るとガララ。垂直スリットの爬虫類と同じ様な瞳孔にいっぱいの疑問を讃えてリザードマンを小首を傾げていた。


 ――どういうこと?


 そんな感じだろうか。


「テメェんとこだけで引き受けたはずの仕事に後から別の奴等が噛んでくる。こんなん雇い主に実力疑われてる様なもんだろーがよ」

「成程」


 それなら納得だ、とガララの眼が細くなる。


「……実際は実力云々は関係なく良くあることなんだがの」

「そうなの?」


 なのに再びコゲンタの発言でまん丸になってしまった。

 リザードマンは種全体で見ればどちらかと言えば変化を嫌う閉塞的な種族だ。こう言った交易に関係する物事には疎いのだろう。


「リスクの分散って奴だ。効率は良くねぇ。運搬コストもそれなりに上がる。そんでも手を増やせば――」

「トラブルが有った際に最悪が回避できる?」

「ヤァ。そう言うこった」


 歩くコゲンタの先から聞こえてくる声が女の怒声だと気が付いたのはこの辺りからだ。高い声は耳に付く。若い従業員が詰め寄られていた。


「ここは儂が変わる。別の所へ行け」


 コゲンタがそう言うと従業員は、ほっとした表情を浮かべて立ち去った。「ヘィ、兄ちゃん。変なことに巻き込んで悪かったな」。ケイジがその後ろ姿に声を掛け、その言葉に振り返った男にガララが「良かったら」とアンナに持たされていた塩飴を放り投げた。レサトもごめんなー、と手を振り友好的な態度を前面に押し出していた。

 当然だ。

 仕事をくれる店と喧嘩をする馬鹿は、普通は居ない。


「当初この仕事はわたし達だけが受けた仕事のはずでしたが?」

「支払いは変わらん。それで良いだろう? さっさと仕事に移れ」

「……そう言う態度を取っても良いのですか? わたし達のパーティがどう言うものか、分かっていますよね?」


 さて、そんな馬鹿はどんな顔だ? そんな気分でケイジが声の下に視線を向ける。

 車を見張る必要が無いのか、そこにはパーティ全員と思われる六人組が居た。全員が人間で、男一人に女五人と言う随分と偏ったパーティの編制だ。


「――」


 その六人を見てケイジとガララは顔を見合わせた。そしてニヤリと笑う。知ってる顔だった。


「ヘェ~イ、ベイブ~? ひっさしぶりじゃねぇか! ンだよ? またミコトに交渉やらしてんの? そんなだからテメェは何時まで経っても子豚ベイブなんだぜ、ベイブ?」


 馴れ馴れしく鎧を着込んだ騎士の首を抱き、ヘッドロック。そのままケイジはコメカミをゲンコツでぐりぐりする。


「ベイブが生きていたことにガララは素直に驚くよ。頑張ったね」


 そしてガララも馴れ馴れしくその背中をバンバン叩く。鎧越しなのに痛そうだ。


「け、ケイジにっ、ガララ……っ!」


 ひっ、と悲鳴交じりにケイジ達の名前を呼ぶベイブ。

 ぴたり、とぐりぐりとバンバンが止る。


「?」


 突然の暴力。そしてそこからの突然の開放。それにベイブが疑問符を浮かべる。ゆっくりと顔を起こし、視線を巡らせると笑って居ない笑顔のケイジとガララが居た。何の感情も乗っていない目の光がベイブを見る。


「……残念だ。ベイブ。貴方は、大切なコトを忘れてしまったみたい」

「ヤァ、ベイブ? ――朝食が何か・・、教えてくれよ?」


 ゴキン、とケイジとガララの指の骨が鳴る。音でベイブの視線を集めてからそれらが造った形は――


「けっ、ケイジさんとガララさんっ! おひっ、お久しぶりです!」

「そうだ。それだ。礼儀だ。ソレを忘れるんじゃねぇよ。クソと一緒にすくねぇお脳のおミソを垂れ流してもそれだけは忘れるんじゃねぇよ、ベイブ。じゃねぇと、なぁ。テメェな――死んじまうぞ?」


 うけけ、笑いながらケイジは鉢がねで守られた額をベイブの頭にぶつける。至近距離からがんを付け『分かんだろ?』とケイジ。数秒、ケイジの眼を睨んでいたベイブの眼が、すっ、と横に逸れる。


「……」


 一度舐められたらこうしてずっと舐められるのが開拓者と言うモノだ。それでもそれなりの時間が経ったので、多少は反撃して来るかとも思ったが、相も変わらずベイブはお坊ちゃまのままらしい。良く生きてこられたな。そんなことを思う。「――、」ふっ、と軽く息を吐き出してベイブを開放してやると、露骨に安心していた。その傍に慌てた様子でトモちゃんと新入りの二人組、狩人レンジャー盗賊シーフの少女が駆け寄り、ケイジを睨んでくる。「……」。それに軽く肩を竦めておいた。女の方が強いパーティと言ってしまえばそれまでだが、コレは少しそのが強過ぎる。


 ――ベイブはこんなんでこの先やってけんのかね?


 何となく心配になった。


「ま、良いや。……ベイブ。一応リーダーはテメェだろ? ミコト黙らせろ」


 完全な命令口調。

 心配はしてやるが、弱いままなら喰らう。

 それがこの街の流儀だ。







 無名教一押しの新規新鋭パーティがチームベイブらしい。

 神官クレリックギルドでは無く、無名教の一押しなのでパーティは人間しか居ないのだろう。

 ベイブを勇者に、トモエを聖女に見立てて盛り上げる様は彼等の実力を知っているケイジとしては皮肉以外の何でもない。

 が、そんな彼等の車は無名教が用意してくれたと聞いた時点でどうでも良くなった。

 昔仕事を一緒にやった奴が、実力で車を手に入れ、仕事を受けたと思ったから嬉しかったのだ。上げ膳据え膳のボクちゃんでは信頼を置くことが出来ない。


「何か絡んで悪かったな。もう見掛けても声かけねぇから安心しろ」


 ――んじゃな。

 それだけ言うとケイジは積み込み作業に移った。

 運ぶのは五十口径ライフル弾の弾薬アンモボックスを一グロス。その半分なので六ダース、がケイジ達の担当だ。七十二箱。中々の量だ。


「お前さんへの支払いだ。全額前金、更におまけで一箱付けてやる」


 そう言ってコゲンタが六箱のアンモボックスを指し示した。


「……」


 更に増えた。

 流石にコレはレサトが居ても運びきれない。ガララと並んで「どうすんべ」「しんどいべ」「何往復するんだべ」「良し、ロイにやらせよう」と後輩イビリをしようとしていたケイジだが、そこは流石にコゲンタが考えてくれており、人と台車を貸してくれた。

 そうして一時間程で積み込みが完了した。

 後部の座席とかが用意されて無くて良かったかもしれねぇ。ぎっちりと詰まった後部キャビンを見てケイジはそんなことを思った。


「重い」


 とはハンドルを握ったガララの言葉だ。


「うっし、運転手はガララとアンナ。銃座は俺とロイ、リコで交代な」

「ケイジくん、ケイジくん」


 さぁ各自、乗り込め野郎共! と煽るケイジの裾をくいくいと引かれる。何だ? とそちらに視線をやってみれば、にぃー、と笑うリコ。


「わたしも運転したいのですが?」

「当然の様に却下ですが?」


 笑顔のリコに、ケイジもにっこり応じる。

 リコにハンドルを握らせてはいけない。

 以前の荒い運転は慣れていないからではなく、慣れても荒い。だからテメェはハンドル握んな、とケイジ。


「……アンナちゃん、ケイジくんが虐める」

「あたし初め助手席で良いわよね? 運転担当だし」

「……ロイくん、ロイくん、後輩ロイくん、アンナちゃんがわたしを無視するよ。先輩であるわたしの為にガツンと言っちゃって」

「まぁ、仕方ねぇですよ、リコさん。大人しく後部キャビンに行きやしょう」

「後輩の癖に! 良いもん! レサトはわたしの味方だもん! ねー? レサト、ねー?」


 迷惑そうに逃げるレサトがリコに捕まえられ、無理矢理味方にされていた。だが残念ながらレサトに投票権は無い。喚くリコと彼女に捕まったレサト、それと既に疲れ始めているロイを後部キャビンに詰め込み、ケイジは側面のとっかかりから昇って銃座に付いた。

 開かれた天井は側面に立ち、一応は防壁の様になってはいるが、薄いので防御力は期待しない方が良さそうだ。そんなことを考えながら銃座と機関銃の動作確認を軽く行い、天井を、コン、と叩いた。


「ガララ、出してくれ」


 その言葉を合図に装甲車はゆっくりと動き出した。







あとがき

心無い友人「少女漫画で喫煙描写の規制入ったのにお前、何やってんの?」

ポチ吉「何でお前少女漫画の動向知ってんの?」

心無い友人「ネットニュースでみた」

ポチ吉「ほんとかな?(ほんとかな?)」


ほんとだった。

ニコニコニュースとは言え、こんなんがニュースになるとか平和ボケし過ぎだぜJAPAN!!

アメリカは天然痘テロによりエラいことになって居ると言うのに……(ゲームの話です)

お陰でスリーパーエージェントとしては三流、クソエイマーとしては一流の自分にまで招集が掛かっているって言うのに(現実の話です)

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