小悪魔

 休暇四日目。

 『宿泊』ではなく良く『ご休憩』に使われるホテルの一室で。

 人好きする笑顔を貼り付けた清潔感のある金髪美少年の同僚が。


「ケイジ、お前上と下、どっちが良い?」


 と、言って来た。


「……」


 ブラック・バック・ストリートにある蛮賊バンデットギルド経営のラブホテルの一室。リックと共にベッドメイクのバイトに借り出されていたケイジは、無言で精神を戦闘状態に移して行った。

 ――ヤられる前にる。

 単純にそれだけだ。首を回す。ゴキンと鳴る。サンダルを脱ぎ、裸足でカーペットの上に立つ。拳を造って、開いて、造った。


「良し。死ね」

「――いやいや、待て待て待てって、何でファイテイングポーズとってんだよ!」

「残念だぜ、リック。さよならの時間だ。墓に刻むのは『ホモ野郎ここに眠る』で良いな?」

「あっ、分かった! お前、とんでもない勘違いしてるな! 違う違う! そう言う意味の上とか下じゃないから! カメラの回収の為に肩車するからその話だから!」

「カメラ?」

「そう、カメラカメラ!」


 ベッドの真上にあるライトを指差しながらリック。

 ケイジよりも一ヵ月ほど先輩の蛮賊バンデットである彼は、残念ながらケイジ程戦闘能力は高くない。本人曰く、『夜の戦闘能力ならぜってぇ負けないぜ?』とのことだが、開拓者としては余り強く――いや、一般的な部類なので、ケイジ達の様に一日おきに『仕事』をすることは無い。

 そう言う普通の見習い開拓者はどうやって金を稼ぐかと言えば、ギルドの仕事の手伝いだ。

 蛮賊バンデットギルドであれば、本拠地であるストリップバーのボーイから始まり、こう言う休憩施設の掃除などだ。

 普段、ケイジはやらない。

 SG担いでゴブでも撃ちに行った方が稼ぎが良いからだ。今回手伝っているのは単純に長い休みで暇だったからだ。

 だからこの清掃の仕事も当然、初めてだ。だから知らなかったのだが――『ご休憩』の最中の様子は『撮影』されており、それを回収するのも清掃員の仕事だった。


「くっ、の、ぉ! 取れねぇ!」


 そんな訳で、やたらふわふわで踏ん張りが効かないベッドの上で、グーを出したリックを、チョキを出してしまったケイジが肩車していた。

 男二人分の体重で沈み込んだベッドのお陰で十分あったはずの高さは微妙に足りなくなり、プルプルしながらリックが天井に手を伸ばしていた。

 無茶な大勢だ。バランスは崩れている。だからそう言う風に、押し付ける様な体勢になってしまったのだろう。


「――ヘイ、ヘイヘイヘイ! もうちょっと頑張ってくれやしませんかねパイセン! 後頭部にめっちゃ不快な感触があるんすよ!」


 なぁに、これ? ねぇ、なぁに、このぐにっとしたの? と、ケイジが悲鳴を上げる。


「うっせ! おま! うっせぇよ!? お触りは許可してないからな! 金取んぞコルァ! ……あ、取れた! 一回降りる!」

「ケー……踏むなよ」

「あぁ、慣れてるよ、っと」


 ケイジが屈み、リックの足がベッドの上に付く。それで漸くケイジの後頭部から何とも言えない感触が無くなった。


「……」


 次は俺が上な。そう言いたいケイジだが、ソレはソレでやっぱり嫌なので何とも言えない表情で後頭部を撫でるだけで止めておいた。

 そんなケイジを放置してリックは電球を回収していた。ケイジには仕組みが良く分からないがアレの中にカメラが有って撮影しているらしい。


「……良く分かんねぇんだけどよ、線引いて映像もどっかに引っ張れるようにしときゃ、いちいちこんなことしなくても良いんじゃねぇの?」


 ケイジの純粋な疑問をリックが、へっ、と笑い飛ばす。


「考えてみろよ、ケイジ。それじゃオレ達、蛮賊バンデットギルドが『撮影』に関わってるって言ってる様なモンだろ? けど、こうしておけば――」

「……ヤァ、レベルのたけぇヘンタイの仕業ってわけだ」

「そういうことだ。お前も『使う』時はフロントに言えよ? チップ払えば『無い』部屋に案内されるから。でないと次の日にはお茶の間デビューすることになるからな?」

「……お茶の間には流れねぇだろ」

「あ、でもこの前の魔女種のお嬢ちゃんやダークエルフのお姉さんとヤってるとこならオレ見たいなぁ……どうだ? 何ならオレも混ぜて――」

「ヤァ。残念だぜ、リック? 墓に刻む文字が変わるだけでテメェとはやっぱりここでお別れみてぇだ」

「軽いジョークじゃんか、マジになんなよ。ほれ、さっさと終わらせてコレ見ようぜ」


 代えの電球を持ちながらリックが肩車されるのを待つように、足を開きながら言えば。


「……あぁ、そうかい。俺のパイセンはレベルのたけぇヘンタイってわけかよ」


 心底嫌そうにケイジは溜息を吐き出した。







 天井からのカメラアングルだけだったのであまり面白く無かった。

 アレは『覗き見ていること』事態に興奮出来る人の為のものだ。生憎とそう言う性癖が無いケイジは楽しめなかった。


「……」


 それでも男女の情事を覗き見たことには違いは無い。少しだけ微妙な気分でケイジはホテルの門を潜って外に出た。

 空は薄墨色に染まり、星がまばら光っている。ヴァッヘンの歓楽街である通りは裸電球で明るく照らされ、弱い星々はその光に負けて見えない。

 夕食時だ。


「ベッソにでも……いや」


 呟き、軽く首を振る。

 性欲を刺激されたが解消する手段も特にないので、代替行動で責めて食欲を満たしておこう。ケイジはそんなことを考えた。ベッソはその点、安く大量に食えるので良い選択の様な気もするが、どうせなら魚よりも肉が良い。それも大ネズミのハンバーグの様な柔らかいヤツではなく、肉を噛み千切る系統、言うなればステーキ系だ。

 恐らく今日のバイト代は全部飛ぶ。飛ぶが、まぁ、別に今は金に困っていない。そうなればがっつりと――


「つ~か~ま~え~たっ!」


 弾む様な声。衝撃。背中に柔らかい感触。不思議と先程後頭部に感じたモノとは違い、とても気持ちが良かった。

 鼻孔を女の匂いがくすぐる。

 運動をしてきた女の匂いだった。


「――」


 飛びついて来た彼女の弾んだ吐息が耳元に掛かるのがくすぐったい。

 走って来て、飛びついたのだろう。その名残の様に――

 さらり、と銀の髪が躍った。


「……リコ?」

「あったりー、リコちゃんでっす!」


 ケイジの言葉に背中に伸し掛かっていたダークエルフの暗黒騎士ヴェノムがくるん、と前に躍り出る。

 安っぽい街の明かりの中に、柔らかい月の光の様な銀髪が躍る。


「何かテンションおかしくねぇかテメェ?」

「あぁ、うん。そかもしんない。今、超眠いの! 聞いてよ、ケイジくん! お師匠様ったら酷いんだよ! 極限状態での訓練だーとか言ってさっきまで徹夜した状態で只管盾撃シールドバッシュの練習させられたんだよ? お風呂も無しなんだよ? 酷くない?」

技能スキルの習得はそんなもんだろーがよ」


 ケイジも強襲アングリフと銃剣術の習得時はそんなモノだった。強襲アングリフに至っては更に極限で――とか言って骨を折られた状態でやらされた。そのお陰でどうにかなった場面も確かにあるので、文句が言えないと言うことにケイジとしては文句が言いたかった。


「そだけどさー、わたし頑張ったんだよ?」

「そうかよ。えらいえらい」


 褒めて? と言って来たので、ケイジは褒めて差し上げた。「ぶぅー」だと言うのにお姫様はご機嫌斜めだ。金色の瞳は『不満です』とでも言いたげに半目だ。

 仕方がないので、ケイジはリコが背負っている鎧一式を引き取ることでご機嫌を取ることにした。「ソレ、重いなら持ってやるぜ?」と言えば満面の笑みで荷物が下ろされた。持ち上げ、肩で持つ。掛かる重さは中々に暴力的だ。


「……こんなん着て良く走れんな」

「わたしに言わせればあんな軽装で敵陣に良く突っ込めるね、だよ?」

「継戦能力と瞬間火力が蛮賊バンデットの強みだぜ? 走れなきゃクソだ」

「それでこんな傷造ってたら説得力無いよ?」


 うりー、とリコが人差し指でケイジのおでこを突く。

 右目の上から頭に向かって奔る傷跡。拷問で付いたその傷は額から頭に向かって伸び、そこには髪が生えなくなっていた。


「わたしは女の子だからね?」


 こんな傷が付くのは流石に嫌なのです、とリコが笑う。


「下ろしときゃ左程目立たねぇし、鉢がね巻きゃ隠れるしなぁー」


 俺は割とどうでも良いぜ? とケイジが応じる。


「と、言うかね……アンナちゃんだけじゃなくて、わたしも心配してたんだよ?」

「……それに関しては、悪かったな」


 気まずそうに視線を逸らしながら頬を掻くケイジ。


「あー……俺、これからちょい良い肉食いに行こうかと思ってたんだが……」


 どうだ?

 視線での問い掛け。


「……」


 それにリコは驚いた様に瞬きをした後、にっこり笑って。


「しょうがないからご機嫌を取らせてあげる」


 そんなことを言った。







 大ネズミよりは良いが、所詮は安い肉だ。それでもその肉はそこそこ美味しくて、それなりの値段でがっつりと量が食べれた。

 大ネズミ同様に『匂う』肉なのだろう。中心に骨が有る円形のステーキは、匂い消しの為のスパイスが刷り込まれていた。泥蛇。ケイジとガララがスルーした大ネズミ、ゴブリンに次ぐ見習い開拓者が相手取る変異生物の肉らしい。

 味としては大ネズミと大差は無いが、歩留まりが圧倒的に良い泥蛇の肉はこの辺りではよく食べられているらしい。

 ただ大ネズミ以上に肉が臭いので、こうして香辛料に漬けた形の料理が一般的であり、馴染みの無い種族は余り好んで食べない。

 一般的にこういった香辛料が大量に使われた料理はリザードマン、ドワーフ辺りが好み、エルフや獣人は好まない。

 ケイジもあまりそう言った料理は好きではなかったので今まで手を出さなかったのだが……中々美味い。今度ガララを連れて来るのも良いかもしれない。リザードマンである彼ならば自分よりも好んで食べるかもしれない。ケイジはそんなことを考えた。


「? あげないよ」

「……要らねぇよ」


 ダークエルフの味覚はエルフ寄りではないのか、リコの口にも合った様だ。ケイジの奢りと言うことも有ってリコは容赦なく食べている。


「そいやさー」きこきこと肉を切り分けながら「ケイジくん、ラブホテルで何してたの? もしかしてナニ?」リコが平然と下ネタをぶち込んで来た。


「……ヘェイ、お嬢様レディ?」


 何言っちゃってんですかテメェ?


「いや、割と真面目な話ですよ、ケイジくん。どうなの? 恋人? それとも買った?」

「バイトだ。バイト。ギルドのな」

「ふーん。……男娼?」

「……掃除だよ」

「ほんとにぃ?」

「本当に」

「そかー」


 だったら良いのです。言って切り分けた肉を口へ運ぶリコ。


「買うのは良いけど、ケイジくんは恋人つくんないでね。……いや、本当は買うのも止めて欲しいけど……」

「……何、お前俺のこと好きなのかよ?」からかう様に笑いながらケイジ。

「うん。まぁ、普通に」パンでソースを拭いながらあっさりとリコが言う。

「……」


 どう返したら良いかが分からず、固まる。


「友達として、だけどね?」


 そんなケイジの様子に満足したのか、にー、と笑いながらリコ。


「……リコ」

「んー?」

「割とマジでびびった」


 心底から吐き出した様な重いケイジの言葉にリコが笑う。楽しそうに。金色の瞳を猫の様に細めながらリコが笑う。笑って、そっ、とケイジに耳打ちをする。


「ねぇ、ケイジくん? 友情と愛情ってさ、どう思う? わたしはね、友情の先に愛情が有ると思ってるの。だから、ね? 好きな友達の先は――どうなると思う?」


 くすくすくす。

 小悪魔の様な笑み。


「……眠い状態で酔っ払うと性質わりぃな、テメェ」

「そ? うん。そかもね。まぁ、これ以上はアンナちゃんに悪いし、ケイジくんも反省しただろうし、やめたげるね? でもまた変な失敗して怪我したら――こうやって虐めるよ?」









あとがき

リコのターン!!


忘れてるかもしれないけど、リコもヒロインなのです。

そして今は共通ルートみたいなもんなので、アンナだけじゃなくて、リコのイベントもあるのです。

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