フェーブ
どこの開拓都市においても見習い開拓者と、そこから抜けた開拓者の違いはただ一つだ。
車を持って居ること。
ヴァッヘンの様な開拓都市は門に過ぎず、人類の手はそこから先に伸びている。そんな場所への移動には車が必要不可欠だからだ。
そう言うわけで、見習い開拓者の卒業試験は『車を調達して来ること』と言うモノになる。
車は入手しにくい。
軽の四輪車であれば金貨の十枚もあれば買えるだろうが、開拓者が走るのは舗装がされていない道だ。ケイジが『お使い』でのったピックアップトラックでも不足する。
履帯を纏った装甲車か、多脚戦車か、スライムボールか、何れにしても瓦礫の道でピクニックが出来なければ開拓者に取っては『車』とは言えない。
入手する方法はいくつかある。
玩具の代わりにしかならない軽自動車とは文字通りにケタが違う大金で買う。
そこら辺に置いてある車を無期限で借りる。
ヴァッヘン最寄りの暴走機械たちの
大まかにはこの辺りだ。
が、その何れの手段にしても、今のケイジには取ることが出来ない。
買うには資金が足りない。
借りれば元の持ち主に殺される。
そして最後に然る筋に話を通さないとクラップ・スクラップ・クレタ―からモノを持ち出すことは許されない。
車は高く売れる。金が動く。金が動くのであれば、そこに人が集まる。ギルドではない。開拓局でもない。単純に、ヴァッヘンとは別の街がソコには出来上がっている。
テントが集まり、鉄くずが積まれ、そしてヴァッヘンへと運ばれていく。
そこは暴走機械の亡骸が転がる鉄の街だった。
クラップ・スクラップ・クレーターの傍に出来た街、フェーブ。
ヴァッヘンの先に造られた街はヴァッヘン以上に『お行儀が良い』。
屋台が並ぶ通りを歩いていた時だ。
「ひゃぁ!」
とアンナが可愛らしく叫んで、尻を抑えた。その傍では「うえへへー」とガマガエルの鳴き声にも似た笑いをドワーフの男がしていた。
――まぁ、触られたんだろうな。
ケイジはそう判断して、痴漢ドワーフの下へ歩いて行く。
「……ヘイ」
酒くせぇ。顔を顰めながらケイジが痴漢ドワーフを呼ぶ。
酔っているらしい。有り難い。やり易い。雇った覚えは全くないのだが、見せしめの為のサクラの為に存在している様なヤツだ。有り難い。有り難くて――丁度良い。
「ふへへ、あーんだよ、兄ちゃん? オメェの女かぁー? ひひっ、柔らかくて良い尻だなぁ? どうだい? オイラに一晩貸し――」
「……」
殴るのも面倒だったので、呪印の影響が少ない口内にゴブルガンを突っ込んで引き金を引いた。痴漢ドワーフの頭が吹き飛び、膝から崩れ落ちる。適当に胸元を漁って財布を拝借。布袋だった丁度良い。中身を回収したケイジは、その財布で唾液の付いたゴブルガンを拭いた。そして、その死体の上に財布だったモノを捨てる。
「ガララ、リコ、レサト」
――やれ。
ケイジの出さなかった言葉に二人と一機は正確に応じるSMGの連続音に合わせて死体が躍り。あっ、と言う間にドックフードが出来上がった。
舐められたら骨までしゃぶられる。
ヴァッヘンよりも『お行儀が良い』フェーブはマナーに厳しいのだ。ケイジ達がマナーを知らない田舎者だと判断されたら大変なことになってしまう。
だからケイジ達は行儀よく出来ることを見せてやる必要があった。
大抵の奴等はそれでケイジ達から視線を切った。
ケイジ達はマナーを知っている普通の住人だ。珍しくもないので、わざわざ注目する必要もない。だが、道の端のテーブルで酒を飲んでいたドワーフの一団が不意に、ざわり、と揺らいだ。お仲間だったのだろうか?
こう言うのにはケイジよりもガララとロイの方が早く気が付く。ロイが近づき、そのテーブルを蹴飛ばした。皿が飛び、食事と酒が床に落ちる。
「旦那方はアタシらに何か御用でございやすか?」
「……いや」
「へぇ、左様で。では、ここいらで失礼をしても?」
「……」
ひひ。ロイの引き攣った様な笑いが響く中、ドワーフ達が重々しく頷いた。
正直、そのドワーフの一団も、先程の痴漢ドワーフもケイジ達よりも格上だ。だが酔っていた。酔っていたので、つい新入りにちょっかいを掛けてしまった。
追い詰められた鼠が猫を噛むのだ。なら舐められた奴が舐めた奴を殺すのは何もおかしいことではない。
やる気がなさそうにやって来た警邏の
「……」
ケイジは無言でその手に向けて銀貨を一枚弾くと目的地に向けて歩き出す。
フェーブの街の住人はそんなやり取り気にすることなく、喧騒は揺るがない。
料理をひっくり返されたドワーフの一団も『災難だった』と溜息をつきながら注文をし直し、すっかり野性を無くして街全体に飼われている大ネズミが今晩の餌を巣穴に運んでいく。
引きずられた肉の塊がアスファルトに赤黒い跡を残していった。
クラップ・スクラップ・クレータから車を持ち出すには縄張りを持って居るパーティに話を通し、そこでの狩りを許可して貰わなければならない。
ナックルズ。秋雨。BBB。レッドテール。その四つだ。何十人もの人員を抱えたそれらはパーティと言うより、組織と言う方が近いだろう。
無論、ギルドと比べてしまえば話に成らない小さな組織だ。だがケイジ達と比べた場合も同じ様に、それでも意味を少し変えて話に成らない規模の相手だ。喧嘩を売ってはいけない。
「……ねぇ、ケイジ?」
「……」
責める様なアンナの声音に、俺も知らねぇよ、まだ何にもやってねぇよ、と首をふりふりとケイジ。
――ナックルズは一番話が通じるって聞いてたんだがなぁー。
五人と一機で仲良く万歳しながら頬をかりかり。
嗅ぎ慣れた匂いが充満する地下闘技場、金網に囲まれた中央リングと観客席がある底に入り、約二十分。何とか話を取り次いでもらおうとしていた所、何故か一斉に銃口を向けられたのでバンザイをする羽目になった。
「ヘイ、ちょい、良いか? 行き成りバンザイさせられる様な真似をした覚えは……あー……」
セリフの途中で四人のドワーフが出て来た。
それを見てケイジ達は一斉に溜息をついた。覚えがある。バンザイさせられることに凄く覚えがある。
特に間近で煽ったロイは本気で嫌そうな顔をしている。
「ニィさん、続きを言ってみてくれよ」
そんなケイジ達の様子に、にやにや笑いながら人間種の男が進み出た。ごつごつした金の指輪に、ダークスーツ。くすんだ金色の髪をオールバックにした男は数人の男を引き連れる様にして歩いていた。
「……誰だよ、テメェ?」
ケイジがそう言うと、囲んでいた一人がストックでケイジを打ち付けた。
「へぇ!」
どこか嬉しそうな声はオールバックから。
スリップ。囲んで、殴る。既にソレを経験したケイジは当たる瞬間、冷静に頭を振って威力を逸らしてみせた。ダメージは無い。だからケイジの声のトーンは微塵も変わらない。
「んで。誰だよ、テメェ?」
「ココの管理を担当してるナックルズのモンだよ、ニィさん。それよりも、なぁ、続きを言ってみせてくれよ。バンザイさせられる覚えが……何だって?」
「わりぃ、超あるわ」
「だよな! ウチのモンが随分と世話になったよな!」
「――いやいや、そんな大したことしてねぇよ? な?」とケイジが仲間に振る。
「そうだね。ちょっとじゃれ合ったくらいだ」うんうん、とガララ。
「ほんとそう」死体も燃やしてないしね! とリコ。
「まぁ、良くある意見の擦れ違いって奴ですよ」ひひ、と引き攣った様にロイが笑って――。
「あら、でも喧嘩を売ったのはあっちが先よ?」ふん、と髪を靡かせアンナが締めた。
レサトが追従する様に鋏を掲げるのを見ながら、ケイジは軽く肩を竦める。最後にアンナがまとめたのが全てだ。
「まぁ、そう言うこった。こっちにも落ち度はあるけどよ……テメェらのお仲間が弱ぇことを俺等に言われても困るぜ、ミスター?」
「……煽るねぇ、ニィさん?」
「そりゃテメェらの流儀は有名だからなぁ、ナックルズ?」
――揉め事が起こったのなら拳で決めろ。
荒事上等のステゴロ
「そうだな。どうせ車の件もあるんだろ? サービスだソレもセットで付けておくよ。楽しませてくれよ、ニィさん?」
「ヤァ、良ねぇ。話が早くて仕事が出来る。素敵だぜ、
「ニィさんもな。……それで、誰が出る?」
「はっ、」吐き捨てる様にケイジが笑って言う。「この流れで俺以外が出たら場が白けるだろ?」
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