ジャック

 拷問でズタズタになった肉はその後の無茶な行動で更にズタボロになった。

 右手に空いた孔はしっかりと貫通していて、指を動かそうという気すら起き無い。

 横っ腹に突き刺さり、骨を砕いたタカハシのスポット・バーストショットのダメージは、決して油断できるものでは無かった。

 そんなボロボロの肉体を一瞬で直してしまうのだから神官クレリック秘跡サクラメントは有り難くもあり、怖くもある。

 だが、そんな『死んでいなければ絶対治す』と言う呪文スペルでも生えてこない爪に少し、人間の神秘と言うか理不尽を感じる。そう、秘跡サクラメントでは爪は生えてこない。だから、髪の毛も生えてこない。つまり、つまりは、そう――ハゲは治らないのだ。


「……」


 寝床から、もさっ、と顔を出したケイジは何とは無しに自分の手を見てみた。多少は伸びて来たが、ピンク色の柔らかそうな部分は未だ丸見えだ。別に痛くは無いが、この手と足で戦闘をこなす気は起きない。

 だからケイジは休職中だ。

 流石にこの状態で襲われたら確実に掘られるから――と、漸く兵舎から出て借りた部屋には三つのベッドがある。ガララとロイと一緒に借りたこの部屋には、今はケイジしかいない。荷物もケイジのモノだけだ。「……」。顔だけを布団から出したまま、壁にかかった時計を見る。時刻は十時を回った所だ。屋台で朝食を求める人も減り、昼食時にも未だ早い、適当にぶらつくには良い時間かもしれない。

 そう判断したケイジはもっそりと身体を起こした。Tシャツにトランクスと言う外には出られない恰好で寝ていたケイジは取り敢えずTシャツを脱ぎ捨てた。

 カーテンの隙間から入り込む朝日に背に彫った『鬼の髑髏』が照らされる。そのまま頭をガリガリ掻いて欠伸をしながらカーテンを開ける。ガラスは透明で、上半身は裸だ。

 それなりに人通りが多い道に面しているとはいえ、部屋は二階で、少し窓から下がればみられることが無いから出来た暴挙だ。


「……むんっ!」


 窓ガラスに薄く自分の姿が映っていたので、何となく上腕筋と僧帽筋を強調してみた。ボディビルでモスト・マスキュラーと呼ばれるポーズだ。

 一人だから出来た遊びだ。

 誰かに見られたら軽く死ねる。

 そんな訳で――。

 ガラスの中にサソリの尻尾が映り込んでいたのでケイジは軽く死んだ。






 現在、ケイジは――と、言うかケイジ達は二週間の休職中だ。

 見習い開拓者から抜ける為の試験を受けるには技能スキルないしは呪文スペルが五つ以上あれば良い。

 未だにブラーゼン協同組合が撒いたクスリの影響はあるモノの、当面の安全が確保できたケイジ達は次に『見習い』を取る為に動くことにした。

 呪印の材料は様々だ。何時までも見習いではその材料も、掘る為の資金を増やすことも出来ない。そして呪印が完成しなければ死に至る以上、いつまでものんびりと見習いをやっている義理は無い。

 ケイジは強襲アングリフ、回復薬、煙幕スモーク、銃剣術で四つ。

 同じ様に、ガララは忍び足スニーク鍵開けロックピックトラップ、ピックポケットで四つ。リコも火炎放射フレイムスロアー胡椒煙幕ペッパーガス、ガス耐性、粘性燃料スライムオイルで四つ。

 この三人はあと一つだ。ブラーゼン協同組合を潰すのに貢献はしたものの、『会っていない』ので賞金は貰えなかったが、幸いにもある程度の蓄えはある。適当な呪文スペルでも彫り込めば、次の日には試験が受けられる。

 問題はその三人から少し遅れて開拓者になったアンナとロイだ。

 アンナは、ヒール、保護ヴェール声援エールの三つ。

 ロイはヴァイパーとグラスホッパーの二つだけ。

 これでは全員仲良く一緒に条件クリアは無理だ。

 そんな訳でケイジの爪なども考慮し、二週間の休みと言うわけだ。


 ガララは九日かけて技能スキル呪文スペルの混合である無音殺人術サイレントキリングを。

 リコは四日掛けて騎士ナイト暗黒騎士ヴェノムの共通技能スキルである盾撃シールドバッシュを。

 アンナは自身の防御力を上げるシェルと毒物に対抗する為の浄化ピューラファイ呪文スペルを三日掛けて彫り込み、その後二日程簡単な銃の講習を。

 ロイは二回曲がる弾丸、レッドスパイラルを生成する為の呪文スペルと、命中率を上げる為の技能スキル集中コンセントレート、それと銃士ガンナー魔銃使いバッドガンナーの共通技能スキル連射ファニングの三つを十三日掛けて。


 それぞれ覚えることになって居る。

 因みにケイジは、爪のこともあり、今回は訓練が必要な技能スキルでは無く、掘り込むだけで使える呪文スペルを取ることにしている。


 挑発プロヴォーク


 魔力を不快な波長に変え、身体から発することで敵の眼を、耳を、殺意を集めるその呪文スペルは一日で彫り終わった。

 身体に覚えさせる技能スキルが日数を必要とし、下手をすれば習得出来ない可能性があるのに対して呪文スペルは割高な分、大きいモノでなければ一日程で彫り終わり自分の職業のモノであれば、ほぼ確実に使える様になる。

 つまり一日で呪印を彫り終わったケイジは暇だった。

 何時も遊んでくれるガララはあと八日は帰ってこないし、一番早いリコですら三日後だ。そしてほぼ休日返上のロイには頑張ってほしい。

 だからつい、あんなことをしてしまった。


「……まぁ、そうだよな。俺以上にテメェの方が暇だよな」


 だが、パーティにはケイジよりも暇な奴が一人と言うか、一匹と言うか、一機居る。

 ベッドに座るケイジに声を掛けられて、その通りだ、とでも言う様に尻尾を、くるん、と回して見せたレサトだ。

 技能スキル呪文スペルも無い彼はケイジ以上の暇人成らぬ暇蠍だった。昨日は一日、趣味の日向ぼっこでもしていたのだろう。「……」。いや、別にその趣味なら今日も一人で堪能してくれれば良かったのではないだろうか? そうすれば自分は軽く死なずに済んだのではないだろうか?

 そんなことを考えるケイジの前でレサトが両鋏と尻尾を掲げていた。

 何時の間に持って来たのだろう。尻尾にはズボンとTシャツが、右の鋏にはテーピング、左の鋏にはサンダルが、それぞれ用意されていた。


 ――着替えて遊びに行こう!


 散歩を催促する犬がリードを咥えてくる様な感じでレサトは鋏と尻尾を上下に動かしてみせた。






 最近、ウェイトレスの接客態度が悪い。

 グラスに注がれることなく、瓶で出て来たエールをテーブル席で傾けながらケイジは欠伸をした。

 アリアーヌの酒場にはモニターがあり、そこではアリアーヌがチョイスした映画が流れている。大体は恋愛映画だ。暇潰しには良いが、どうせなら自分の趣味に合ったモノが見たい。そう考えたケイジは映像データの販売を行っている店に行き、買って来てモノをアリアーヌの酒場で見ることで休日の暇潰しにしようと考えた。


「……」


 そして見事に外れを引いた。

 冒頭十分経たずに設定の根源を揺るがしそうな矛盾が出て来て、それが気に成ってどうにも話に集中できない。無駄に撮影に金が掛かってそうなのが更に嫌だ。B級を狙って作ったとかなら笑えるが、普通に名作を造ろうとしている感がするので、速攻で出て来た矛盾が気に成ってしょうがない。

 そんな訳でクソ詰まらん映画を見ながらエールを飲んで、ピザを食べて、エールを飲んで、欠伸をして……と有意義な休日を過ごしていると、テーブルがこんこん、とノックされた。


「……あぁ、俺の番か」


 テーブルに半分、昇る様にしながらレサトが尻尾でノックしていた。促されてテーブルを見ると、どうやらレサトはハートのクイーンを出したらしい。


「……なぁ、おい、レサト。もっかい言うけどよ――楽しいか、これ? 七並べって二人でやるゲームじゃねぇと思うんだけどよ」


 ケイジとガララが遊ぶ場合はポーカーかブラックジャックだ。これなら二人でもそれなりに楽しめる。だが、レサトが好む大富豪や七並べは二人でやってもあまり楽しくない。少なくともケイジはそう思う。

 だがレサトはそうでは無いらしい。

 器用に鋏でトランプを挟んだまま、そんなことない、とでも言う様に、尻尾を左右に振る。そして、いい加減にここを出せ! とスペードの七の横、スペードの八がある場所を叩いた。

 ケイジが止めている場所だ。


 ――ほら見ろ。二人だから戦略も糞もねぇじゃねぇか。


 どうやら――と、言うか手札から判断すると、スペードの数字が多いカードはレサトが殆ど持って居る。ケイジはスペードの十があるだけだ。あそこの道を開けるメリットは殆どない。だからケイジは残り三ターンは出し続けられる上に一を持って居るクローバーの低い数字の方を開拓することにした。

 クローバーの五を出す。

 そこじゃない! と言う様にレサトがテーブルを叩くが、知ったことではない。

 映画がクソなのだ。

 せめてゲームでは勝たないと面白くない。意地悪な兄が弟を虐める様にケイジは大人気なく勝ちに行くことにした。

 エールを一回お代わりし、追加で頼んだポテトも食べ切った頃、アリアーヌの酒場に差し込む日の光が茜色に染まっていた。

 窓から差し込む光で伸びる椅子とテーブルの影が長細い。何となくそれに郷愁を覚えるのは夕焼けのせいか、その細く、歪な影に不安を覚えるからか、どちらだろうか?


「……ヘイ、起きろやレサト」


 そんなことを考えるケイジの前で、種目を変えても十五連敗以上させられたレサトが拗ねてひっくり返っていた。

 ガララに負けまくっているケイジだが、実はそれ程こういった遊びが苦手と言うわけでは無い。ただ、単純に引きが悪いから負けるのであって、今回の様に配られるカードの枚数が多ければ、割と戦略でどうにかできる。それが未だ生まれて一ヵ月程のレサト相手なら猶更だ。遠慮なくブラフまで駆使して勝ちに行った。

 結果、機械のサソリは椅子の上でひっくり返って鋏と尻尾をだらーん、と垂らして不貞腐れていた。


「……」


 暫く起きる気はねぇな。

 ケイジはそう判断し、壁にかかったメニューを見る。もう夕飯も済ませてしまおうと思ったのだ。「……」。だが大して動いて居ない上にポテトを食べ切ったばかりなので、左程腹が減って居なかった。

 どうすっかなー。

 そんな感じで無駄に高い天井を見てはみるが……当然、答えは出ない。


「あっ、あのっ!」


 そんな風に天井を眺めていると、声を掛けられた。女――と言うか少女の声だ。何だ? と視線をそちらに向けてみると同じ位の年齢の少女が立っていた。


「……」


 スッ、とケイジの眼が一瞬鋭くなる。


 ――狩人レンジャーか。


 装備と持って居る武器から瞬時にソレを判断する。声を掛けて来たのはライフルを背負った魔女種の少女だった。紅玉の瞳はアンナを連想させるが、ボディラインはリコどころかミリィを連想させる。古いが、汚れが大人しい見習い開拓者らしい野戦服に押し込められたボディはわがまま気味だった。


「――何だい、嬢ちゃん?」


 纏う雰囲気からも、声を掛けて来た様子からも喧嘩を売りに来たと言うわけではなさそうなので、ケイジは普通に応じることにした。

 因みに拗ねたレサトはピクリとも動かない。


「あのっ、失礼ですが……開拓者ですよね?」

「そうだな」

「見習い、ですか?」

「まぁな」

「そ、それじゃ……パ、パーティの人は……っ!」


 ずいっ、と身を乗り出しながら、鼻息荒くしての問い掛けに、少し引きながらも答える。


「今は居ねぇな」


 技能スキル呪文スペルの習得で。


「居ないんですかっ!」


 すごく くいつかれた。

 目が輝いている。呼吸が荒くなり、頬に朱が刺している。


「……あぁ、そう言うことかよ」


 少女に聞こえない様に呟く。

 ケイジは鈍い方ではない。だから自分の答え方が悪くて、彼女に無駄な希望を与えてしまったと言うことを理解した。

 彼女はパーティメンバーを探して居るのだろう。

 そしてそれは上手く行っていないのだろう。

 正直、組み合わせが余り宜しくない。狩人レンジャーは体力が要る。そして魔女種は体力がない。恐らく魔女種が持つ魔眼の能力で狩人レンジャーを選んだのだろうが、そんなことは見ただけでは分からない。華奢な少女が似合わないライフルを持って居る。見た目から分かるのはその程度だ。

 だから同期の中で組めずにいるのだろう。

 だから酒場で昼からぐだぐだしているダメ人間に声を掛けてしまったのだろう。


「……」


 さて、どう断るか? 珍しくケイジが言葉を選ぼうと考えるが――


「ヒナタちゃん、コイツ駄目だよ。パーティ組んでる奴だから。ジャックだよ、ジャック」


 代わりに通りかかったウェイトレスが答えてくれた。


「……え?」


 それでも絶望した様な目で少女がケイジを見て来た。


 ――嘘ですよね?

 ――パーティの人、居ないって言いましたよね?


 何故だろう? 光の無い目で見られただけなのにケイジには彼女が何を言っているのかが何となく分かってしまった。


「……わりぃ。言い方が悪かったな。別行動中で今は居ねぇ」

「あっ! そういう……。いえ、あの、こちらこそ、すいません……」


 先程までの輝く笑顔は何処へやら。少女が露骨に凹んでしまった。

 そんな少女の様子に先程までひっくり返っていたレサトが起き上がり、九つの眼でケイジを、じっ、と見つめて来た。「……」。何も悪いことはしていないはずなのに、ケイジは何故だかとても悪いことをしている様な気分になった。


「あー……嬢ちゃん。魔術師ウィザードで良けりゃ紹介出来るけどよ、どうする?」

「本当ですかっ!」

「ゼンって奴だ。今は魔術師ウィザードギルドで保護されてるから行ってみてくれ。ケイジからの紹介って言えば話位は聞いて貰えると思うぜ?」


 多分。


「……駄目だったらガララからに変えてみてくれ」

「はいっ! ありがとうございます! 早速行ってみますね!」


 少女、ヒナタはとてもいい笑顔で走って行った。結構速い。割と体力はありそうだ。


「……アンタが良いことしてるの初めて見たんだけど、明日雨?」

「ばっか。俺ほど日頃から良いことしてる男はいねぇぜ、お嬢ちゃんジュリエット?」

「呼吸をする様に嘘を言われてもー」

「うるせぇよ。……で、さっきの何だ?」

「さっきの?」


 はて、と小首を傾げてウェイトレス。


「ジャックって奴だ。何か俺のことそう言ってだろ?」

「あぁ、それね。アンタじゃなくてアンタ達。リコやアンナ、レサトに、それとリザードマン。あとは……何だっけ? まぁ、アンタ達のパーティ名よ」

「……俺達は未だ見習いだぜ?」

「ペース早いからね。割と注目されてんのよ、アンタ達」

「そうかぃ。そら光栄なこって」


 はっ、と詰まらなそうに笑いながらケイジ。

 見習い開拓者でなくなると、パーティとして開拓局に登録される。別に解散も、メンバーの入れ替えも自由だし、ソロでも良い。それでも見習いを脱した開拓者はパーティ単位で動く様になる。

 そしてパーティ名には二種類ある。

 自分で付けたか、人に付けられたかだ。

 そして有名所のパーティは大体が後者だ。

 全員が“あがり”を迎えて尚、最前線に立ち続ける紅蓮に始まり、戦乙女ワルキューレだけで構成されたスール、兄妹二人組のジェイド、一強が全てを引っ張り上げたチーム・八郎。そして、今、久しぶりに『良い速度』で駆け上がって来た期待のルーキーに気の早い奴が名前を付けた。それが――

 ジャック。


「六人中四人が裏ギルドでリーダーが蛮賊バンデットってのが由来なんだってさ」

「いや、何でそれがジャックになんだよ?」

「マザーグース」

「あー……積み上げ唄?」

「うーん? どっちかって言うとケーキ盗んだり、ハンプティダンプティ転がした奴、かな?」

「あぁ、成程――」


 ゴロツキジャックか。


「まぁ、それ程悪かねぇな」


 言いながらケイジがトランプを引く。引いたカードは――








あとがき

前にガララのポーカーの役がジャックのフォーカードでキッカーがクイーンでしたね!

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