花と影

 時代に有っていない。

 蛮賊バンデット強襲アングリフは正しくそう言う技能スキルだ。身体能力を呪文スペルで跳ね上げての全力駆動。ソレの強みは近距離で発揮されるのだから、当然、銃社会の今、間合いと言うモノから行って不利になる。不利になるから余り使われない。あまり使われないから、ソレに対した経験が不足する。


 ――だから、行く。


 それがキティの教育方針。

 それがケイジの思考回路で、強み。

 格上であるタカハシの一瞬の隙を突いて喰ったのは間合い、彼我の距離。赤熱した背の呪印が熱した血がケイジの内側を燃やす。

 相手の脛を踵で削りながらの踏み込み。グリップエンドでグリップエンドを打ち、抜かせない。相手の息が掛かる程の近距離。そこは銃士ガンナーの距離では無く蛮賊バンデットの距離だ。

 時代遅れの近接戦闘インファイト

 足を踏みつけた蛮賊バンデット銃士ガンナーにソレを強いる。

 爪が無くなった足から激痛が昇ってくる。敢えて使った孔の空いた右拳がタカハシの顔面を捉えた際には意識が飛びかけた。痛みで涙があふれ、視界が滲んだ。「――ギッ!」。口から漏れ出た声は意味をなさない獣の鳴き声の様だった。


「――ははっ」


 だからケイジは嗤ってみせた。

 口角を持ち上げ、眼を見開き、犬歯を覗かせ、『余裕だ』とでも言う様に嗤ってみせた。

 タカハシの右手が銃を抜く。内側から外側へ。円を描く様にして向けられた銃口をケイジが逸らし、頭突き。鼻を狙った一撃は額に合わせられ、大した効果は無かった。銃剣術の技能スキルは無くとも、そこは“あがり”を迎えた歴戦の銃士ガンナーは間を詰められた位で詰む様な生き方はしていない。

 払い、払われ、互いが互いに急所を狙って打撃を放ち、隙あらば銃口を向け引き金を引こうとする。不利なのは――ケイジだ。近接戦闘では分がある。元より『その距離』で戦うことを良しとしたのはケイジだ。だが――装弾数。必殺の回数が違う。

 ゴブルガンは単発。

 リボルバーは六発。

 殺し切れる。命に至る一撃を撃てる回数が違う。だから多少殴り勝った位ではどうにもならない。ならないのなら――簡単だ。『多少』ではないレベルで殴り勝てば良い。

 押して駄目なら、もっと押せ。

 それもまたキティの教育方針で、ケイジの思考回路だ。


 ひゅ――。


 不自然に部屋に響く鋭い呼吸音はケイジから。

 その眼から光が消える。ピントの合っていない目は一点を見つめるのではなく、広く、ぼんやりと周囲を見ている。全体を観る。ぼんやり観る。ゴブルガンを握った左手が、拳の形に固定された右手が――稼働する。

 人形の様だった。機械の様だった。正確な打撃の連打だった。

 円を描き、銃口を逸らし、隙を見て急所に打撃を、グリップを叩きつける。肩の動きで腕の動きを読む。踏んだ足から伝わる力で全体を観る。経験の差を、必殺の数の差を、先読みと運動量でケイジは捌いて行く。だが――


「……」


 猛攻。絶え間ないソレに晒されて尚、タカハシは冷静だった。

 近接で押されることなど、彼には成れたものだ。殴られ、銃口を無理矢理逸らされて必殺のタイミングをずらされても慌てない。殴り合いでは勝てない。勝つ気も無い。ただ、ただ、最終的に勝てば良い。

 タカハシが無作為に、それでも力強くケイジの右拳を払った。孔の空いている右手はソレだけで激痛を返してくる。熱い。心臓がソコにもう一つあるようだ。痛みで敏感になった神経は、ずくん、ずくん、と脈打つ血管の振動すらも拾う。そんな状況で傷口を思いっきり殴打された。脂汗が噴き出す。痛みを噛んで殺して無理矢理笑う。ケイジはそうして耐えた。

 耐えたが、耐えられてはいなかった。

 絶え間ない攻防に挟まれる『痛み』と言う隙。それで少し『遅れた』。

 歴戦の銃士ガンナーにはそれで十分で十二分。

 何時の間にかハンマーに左手が宛がわれていた。

 右の人差し指がトリガーを引く。その指はそのまま引き続ける。不動。

 対照的に左手がハンマーを煽る。これもまた、機械の様に正確で、淀みの無い駆動だった。

 連射ファニング

 シングルアクション・リボルバーにのみ許された技法は弾丸を瞬時に吐き出す。

 吐き出された弾丸も三発。それでも重なった銃声は長く、一発なった世にしか聞こえない。

 血に、肉に、骨に、銃士ガンナーであるタカハシが沁み込ませた技法。それは大街道でアンナを赤く染めた絶技の再来だった。

 あの時と違うのは今の弾丸にはエンチャント:プライドが乗って居らず、ただの弾丸だと言うだけ。つまりはその弾丸に威力は乗っていない。

 右手に孔が開いた時も抜き打ちだった。何故ならクイックドロウこそが銃士ガンナーが吐き出す弾丸の威力を上げる為の制約だから。

 威力の弱まった弾丸が、たったの三発。

 それなら、当たっても呪印のガードで防ぎきれる『可能性』がある。格上殺しジャイアントキリングを狙う側に取って、それは賭けるに値するチャンスだ。

 だが、『威力の弱まった弾丸が、たったの三発』。それを一番理解しているのは他でもない、撃った本人、タカハシだ。

 三発の弾丸で、同時に狙った三か所を撃ち抜く技法が――ゲット・オフ・スリーショット。

 そして。

 三発の弾丸で、同時に狙った一か所を撃ち抜く技法が――スポット・バースト・ショット。


「――っ、」


 咄嗟に飛んで下がって避けようとした。

 それは間に合わず、一か所に叩き込まれた三発の弾丸がケイジの呪印を食い破り、右脇腹を霞める。血煙が噴き出した。肉を食われた。更に厄介なことに骨も砕かれた。弾丸が抜けてくれたのは唯一の幸運だろう。

 痛みと強襲アングリフの揺り返しで、下がったは良いが、ケイジは着地も出来ずに膝から落ちる。

 ケイジが完全に止まった。

 ケイジはそれでも顔を上げて笑っていた。


「俺が花で、ガララが影だ。……俺ばっかり見過ぎだぜ、ロートル?」


 銃口が眉間を狙っている。そんなことは分かっている。だが、それ以上に――仕事は既にこなしてある。


「うわっ!?」


 と、やけに間の抜けた声を上げたのはゼィル。テーブルの下から抜け出した彼はガララが遊び相手になって居た。ゆるく、ゆるく、優しく相手をしていたそのガララの突然の猛攻。それでバランスを崩し、タカハシに向かって後ろから倒れていた。

 それだけだ。

 タカハシはそれを払って、倒れたケイジを撃てばいい。その後にガララに向かい合えば良い。相性の問題もあり、ケイジ以上にガララは簡単に倒せるだろう。

 雇われと言うのなら、倒れてくるゼィルから離れて仕切りなおせばいい。ケイジは既に動けない。拷問で、怪我で、下がった体力では強襲アングリフの揺り返しには耐えられない。

 タカハシの勝ちだ。もう決まっている。

 だからガララは不敵に言った。


「足手纏いが居ると大変だね?」


 手には見せびらかす様に手榴弾のピン。そして倒れてくるゼィルのズボンの左右のポケットが不自然に膨らんでいた。

 盗賊技能のピックポケット。

 出し入れ自由な素敵なその技能スキルはこうしてサプライズプレゼントを贈ることだって出来る。


「……あァ、クソ。そう来たか」


 愚痴る様な声音でタカハシ。

 放っておけば雇い主である老エルフの孫、ゼィルは腰から吹き飛ぶだろう。

 一発なら運が良ければ呪印のガードで助かる。

 だが二発は駄目だ。無理だ。

 タカハシは倒れるゼィルを抱き止めて、両手をそのポケットに突っ込んだ。勿論、リボルバーを手放して、だ。

 隙が出来たのでガララが、そしてケイジが、そんなタカハシを撃った。呪印のガードを抜いて、肉に届く。血が出て、骨を撃って、タカハシが止る。

 それでもタカハシは歴戦の銃士ガンナーだ。

 しっかりとガララとケイジに向けて抜き取った手榴弾を投げていた。

 その爆発でケイジとガララは挽き肉に――


「はは……こいつは……ひでぇや……」

「あー……投げ返されるとは思ってなかったがよ、巻き込まれる可能性はあるからなぁ……わりぃな」

「ごめんね、タカハシ。ガララはうっかりピンを抜き忘れてしまったみたいだ」


 少し申し訳なさそうにするケイジと、んべ、と舌を出しながら受け取った手榴弾をポンポンとお手玉の様に弄ぶガララが居た。







 タカハシは放っておけば死ぬだろう。助かるかどうかは彼の日頃の行いや組織での立場による。そう言うラインに転がしておいた。

 取り敢えず、ケイジ達は治療もしないし、止めも刺さない。

 助ける義理は無くて、殺した場合はタカハシの立場によっては『交渉』が出来なくなるレベルまでブラーゼン協同組合との関係が悪化する可能性があるからだ。

 優秀な開拓者はそれだけで財産だ。多分、ゼィルを殺すよりも、タカハシを殺す方が拙い。

 足手纏いが仕事をしてくれたから今回は勝てた。次はそうは行かないかもしれない。だから殺しておきたいと言うのが本音だが――やって、退いて貰えなくなったら本末転倒も良い所だ。

 ひゅー、ひゅー、と危うい呼吸をしているタカハシには悪いが、そのまま死な無い程度に後遺症が残る感じになって欲しい。

 そんなことを考えながら、ケイジは傷口にテープを貼って、服で縛って簡易的な治療を施した。回復薬ポーションが無いのが痛い。主に物理的に。


「ケイジ、行ける?」

「おー……何とか、頑張れば、めっちゃ頑張れば、行けるって信じてる。俺、俺を信じてる」


 ガララに運んで貰いたい所だが、生憎とガララはガララで大きな荷物、ガムテでぐるぐる巻きにしたゼィルを持って居るのでソレは無理だ。


「ごめんだけど、頑張ってね、ケイジ」

「ヤァ」


 弾を抜いたSGを杖の代わりに、壁に手を付きながらケイジとガララは廊下を歩く。老エルフは別室に居ると言っていた。何処だか分かんねぇーんですけどー。そんなケイジ達の為に、レサトが露骨に床を尻尾でガリガリと削って道を用意していた。この後、この砦を使う気が無いからこそ出来る雑な道しるべだ。

 残念。ヘンゼルとグレーテルの様な控え目な思考は彼には無いようだ。

 歴史的建造物に付いた傷を追って行けば、左程離れていない部屋に辿り着いた。食堂の様だ。中を覗くと、ティーカップを傾ける老エルフと、レサト。それと老エルフの後ろに立つメイドのエルフが居た。

 綺麗な少女だった。

 黒と白を基調としたロングスカートのメイド服。ホワイトブリムの下にある顔は氷の彫像の様に冷たく、動じない。

 軽くウェーブの掛かった金色の髪をポニーテールにまとめたそのメイドエルフからは隠しようも無い血の匂いがした。


「タカハシが最高戦力じゃねぇのかよ……」


 マジかよ。

 と、ケイジ。アレも“あがり”だ。それもキティ寄りの。ケイジでは職業すら分からない。

 つまり、どうしたってケイジ達は戦ったら負ける。

 ソレをしなかった老エルフの思惑は分からないが、余裕の正体は彼女だろう。


「……ま、良いか」


 元より組織で来られたら負けるのだ。そうならない為に交渉の席に付いたのだ。この場からレサトを逃がせるかどうかすら危うくなったが、元よりソレだって賭けだ。気にしても仕方がない。切り替えよう。そう考えてケイジは大きく息を吸った。「――ぐっ!」。脇腹の痛みで死に掛けた。


「おや、終わったかね?」

「……、……、……、……」

「うん。ガララ達の勝ちだよ」


 浅い呼吸を繰り返すだけで言葉を返せなくなったケイジの代わりにガララが答え、老エルフに向かってゼィルを転がした。


「どうも彼は交渉が出来ないみたい。ガララ達はもう一度、アナタと話がしたいよ」

「ふむ? だが、流石にコレはやり過ぎじゃないかね? 可愛い孫が『こう』されてしまっては私も交渉の席に付くのを躊躇ってし――」

「安心しろ、爺さん。ソレはテメェの孫である前にテメェ等にとっての裏切りモンだ」

「と、言うと?」

「――ノームの出す美酒は甘くてガキには飲み易いみてぇだな」


 お陰でソイツは、くるくるぱーだ、とケイジ。


「……酔ったか」


 白い髭をしごきながら、老エルフが転がされたゼィルを見る。冷たい目だ。「――! ――!」ソレを向けられたミノムシゼィルは口を塞がれ、喋ることが出来ないので必死に首を左右に振って声に成らない声を上げた。


「――」


 老エルフはソレを詰まら無さそうに見た後、柔和な笑みを造ってケイジ達に向けた。


 ――あぁ、興味を無くしたな。


 うっすらとケイジはソレを察した。興味が無くなった『孫』、若しくは『裏切り者』である彼がどうなるかは分からないし、興味もない。タカハシが文字通りに命がけで守った分けだが、それが無駄になるのかもしれない。そう考えると少し悲しくなるが、その程度だ。家族会議に成るのか、組織の中のルールによりどうにかなるのか、何れにしてもケイジには関係ない。

 だからケイジとガララもあっさりとゼィルから視線を切って老エルフと向き直る。


「それで、タカハシは?」

「息はしてるぜ?」


 助けんなら早めにな、と軽い口調でケイジ。


「ふむ。素晴らしい腕前だな。私は君達が劣等種であることが残念でならないよ。劣等種でさえ無ければ私の孫娘を差し出したいくらいだからね」

「そうかい。折角だが要らねぇよ。エルフは薄くて・・・いけねぇ。ロリコン趣味はねぇんでね。勃たねぇよ」


 ――この真性貧乳派種族が。

 肩を竦めながらのケイジの言葉に氷の様に立っていたメイドエルフが、ぴくり、と反応した。


「……」


 あぁ、ここは弄らない方が良さそうだな。

 藪を突いて出てくるのが蛇なら良いが、殺人エルフが出てきそうだ。


「そんで、爺さん?」

「あぁ、構わないよ。私達は君達を『見なかった』。君達は敵性亜人レッドデミのノームなんて『見なかった』。私達は『追わない』。君達は『喋らない』。それで交渉成立だ」

「ヤァ、話が早くて助かるぜ? ……って、言いたい所だがよ、早過ぎねぇか?」

「ドワーフ共が開いた土地だ。私としてはクスリの効果と流れ方が見れただけで十分だよ。……本当は孫の経験に成ればと思ったのだがね……」

「……」


 消えた言葉は何だろう? 何となく唇を読んで、補足すると『ここに私の孫は居なかった様だ』と言って居る様に見えた。余りアレの未来は明るく無い様だ。


「そうかい。趣味の話は良く分からねぇが、テメェが納得してんなら俺にゃ文句はねぇ。……ガララ、レサト」


 ケイジの言葉で寄って来たレサトの背中からガララの手でノームが外され、ゼィルの横に転がされた。


「別れの挨拶は必要かね?」

「……会ってねぇんだ。要らねぇだろ?」

「そうかい。ではせめて祈りを一つ。――劣等種に災いあれ」

「――はっ、ありがとよ。早めに滅べやクソエルフ」


 ケイジはガララに肩を借りながら、扉を潜り、中指を天井へ向けて立てた。

 氷の様なメイドエルフが何時の間にかナイフを抜いていたのが酷く印象的だった。

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