ごっこ

 極論、今の時代では舐められたらお終いだ。

 盗む者よりも、盗まれる者の方が間抜けであると笑われる。

 だから盗んだ者は探され、見つけられ、殺されて、晒されて、笑われる。

 詰まらない面子。下らない面子。

 だが、その詰まらなくて、下らない面子すらも守ることが出来ない組織は――まぁ、控え目に言って舐められる。

 だから若エルフの判断はそれ程間違ってはいない。

 組織の計画を躓かせた馬鹿。組織に損害を与えた馬鹿。そんな馬鹿には自分達を舐めたら、どう・・されるかを理解させなければならない。

 だが――それは交渉の席に付いた相手に言ってはならない。

 ましてやそれが自分よりも上の権限を持つ者が『交渉に値する』と判断した相手に取っては成らない態度だ。


「……あぁ、そうかい。テメェは言うタイプってわけかい」


 若エルフの言葉にケイジがそう返した瞬間、老エルフが盛大な溜息を吐き出した。そんな老エルフに『どうすんだよ?』とケイジが視線で問えば、老エルフは自分で車いすを操り、扉に向かい出した。


「ゼィル。お前がやったことだ。自分でどうにかしなさい。タカハシ、程々に頼むよ。私は別室に居る。――終わったら来なさい」


 最後の言葉は若エルフ――ゼィルとケイジを見ながらだ。「わかりました、おじい様!」と返事をするゼィルに対し、ケイジは「はっ」と吐き捨てる笑い、ガララにアイコンタクトを送る。老エルフの為にガララが扉を背負ったまま、開ける。老エルフはそれにお礼を言ってキコキコと車いすを操り、廊下に出て行った。


「ヘイ、爺さん。わりぃがレサトも一緒に部屋に行かせてやってくれや」


 おれもー? そんな感じで見上げて両鋏を軽く上げるレサトを軽く、こん、と蹴り飛ばし、ケイジ。


「ルールが変わるんだろ? 賞品がぶっ壊れてふわふわとしたまま戦争開始ってのは――まぁ、控え目に言って俺等は勘弁してほしい」

「ふむ、私達としては望むところだが?」

「ヘイヘイ、漏れたらやべぇから席に付いたんだろ? 別にこっちも持ち帰るのは死体でも構わねぇんだぜ? 訊きてぇことは訊いてある。――試す様な真似は良してくれや」


 ――あぁ、くせぇくせぇ。


 ソファーに座ったまま、振り返りもせずに、左手をパタパタ振りながらケイジ。そんなケイジと同じ様に背中を向けたまま、老エルフは「好きにすると良い」と言った。

 そのやり取りを見ていたレサトがノームを背負ったまま、老エルフの後を追い、廊下に出る。振り返り、ケイジとガララを見て、がしょ、と両鋏を上げてから下げて見せた。がんば! 多分、そんな感じ。見ていないケイジは無反応だったが、ガララは軽く頷いて返事をして見せた。

 老エルフとレサトが出て行く。

 ガララが扉を閉める。


「……」


 こうして部屋のルールを決めていた主は居なくなった。

 そうなってしまえば――


「さて、交渉の時間だ。ノームと、それとあの自動戦車オートタンクを貰ってあげよう」


 にっこりと笑う馬鹿との交渉『ごっこ』の時間だ。








「あー……」重低音を吐き出しながら、ケイジは無事な左手で頭をガリガリ掻く。「確認だが、ソレは交渉の席に就くって認識して良いのかぃ、サニーボーイ?」

「勿論」ケイジの座るソファーと揃い、ただし一人用のソレに深く腰を下ろしながらゼィルが言う。「僕は紳士だ。君達の様な劣等とも公平な取引をすると誓おう」


「……それで出て来たのがさっきのセリフかよ?」

「? 何か不満が?」

「……」


 心底不思議そうに首を傾げられて、ケイジは無言で天井を見上げた。レサトが手当たり次第に線を切ったせいだろう。明かりのついていないシャンデリアがあった。それだけだ。


「……ま、良いか。で、サニーボーイ? その場合、俺等が得られるモノはなんだ」

「君達を無事にここから返すと約束しよう」

「……その後は?」

「僕達を舐めたことを後悔して暮らしていけ」

「成程。怯えて暮らせってことだな。その場合、俺等もテメェらが敵性亜人レッドデミとヨロシクやってることをバラさせて貰うが……良いよな?」

「良いわけが無いだろう? 君は交渉を何だと思って居るんだい?」

「……」


 あぁ、駄目だ。これは駄目だ。

 交渉が出来る相手ではない。天秤が最初ハナから傾いている。現状を相手が理解できていない。『ごっこ』ですらない。脅迫の部類だ。しかも、銃を突き付けいるのが自分だけだと思って居る部類の奴だ。


「あのよ、別にここから生きて出るのは楽勝なんだわ。ソレをやらねぇで態々立ち寄った。そこんとこ、分かってるか?」

「あぁ、成程。君は現状が分かっていないんだな?」

「……」


 それはこっちのセリフだピーマン野郎マン


「ここは僕達の拠点だぞ? 君達がどれ程の人員を削ってここに来たのかは知らないが――舐めるなよ?」


 その言葉を呑み込んだケイジの前で、ゼィルが凄んで見せる。


「電線を切った様だな? 電話線もだ。見事な手並みだと褒めておこう。だが、そんなモノは一時的なものだ。君達はどう足掻いたって袋のネズミだ。この砦に仲間があと何人いると思う? 誤解をしないでくれ。僕は君達のことを弱いとは思って居ない。君達がエルフであれば、是が非にでも仲間になって貰いたい人材だと思って居る。――だが、数を馬鹿にするのはいけないよ? ほら、君達はもうお終いだ。残った部隊が扉の前にやって来たぞ?」


 ゼィルの脅しとも取れる言葉。それにケイジが応じるよりも早く――部屋の扉が吹き飛んだ。爆発によるものだ。


「……え?」


 間の抜けた声はゼィルから。

 室内から、室外へ。指向性を持たされたその突風は砕けた扉や、混ぜてあった鉄片、石、銃弾などで進路上に居た奴等を吹き飛ばした。

 突入しようとしたのだろう。扉の前にいた二人は抉られ、それでも死に切れずに叫んで、もがいていた。壁越しにその他の突入部隊の動揺が室内に伝わってくる。そのチャンスを逃がす気は無い。


「――罠が、作動した」


 ニヤリとガララ。そのまま、廊下に手榴弾を二つ転がし吹き飛ばすと、退室の挨拶も無しにSMGを構え廊下に出て行った。銃声が数回響いた。そうしてからガララは何事も無かったかのように戻ってくると、今度は扉では無く壁を背負う様にして立った。

 当たり前だ。

 扉なんて簡単に穴が空く。敵地で背中を扉に預けて突っ立っている奴など自殺志願者と変わらない。最低でも壁を背負う。木製の扉を背負って突っ立っているのならば、それは何か理由が有ってのことだ。

 例えば、そう。『俺を見ろ!』と言って入室した蛮賊が視線を引いている間に仕掛けたトラップを隠す為、とか。

 盗賊シーフ呪文スペルであるトラップは応用が利く。

 予め紙などに描いてから貼り付ければ即席で使えるし、練度が低く、威力が低くとも媒体に金を掛けて描けばその未熟をひっくり返すこともできる。

 今のガララでは仕掛けたトラップの維持は二つしかできないし、効果範囲も狭い。それでも仕掛ける場所を工夫すれば――一パーティを不意打ちからの壊滅に持って行くことも可能だ。


「随分と慌てた突入だったね? アナタを助けたかったのかな? もしかして……アナタは偉い人なの? 部屋の中に仕掛けられた罠にも気が付かなかったのに?」


 ガララは淡々と言う。アナタが罠に気が付かなかったから彼等は死んだ。アナタの無能が彼等を殺した。お陰でとても楽が出来た、と。

 そんなガララに背中を任せながら、ケイジが、くくっ、と不敵に笑う。


「ヤァ、突然のトラブルで何の話をしてたか忘れちまったぜ。なんだったかな、サニーボーイ? 『数を舐めるな』『ここは僕の本拠地だぞ』だっけか?」


 ソファーに思いっ切り体重を預け、無造作にどん、とガラスのテーブルにブーツを投げ出す。


「舐めちゃいねぇよ、サニー。俺達はテメェらを舐めちゃいねぇ。ただ、テメェが俺達を舐めてるだけだぜ?」


 投げ出した足の先をブラブラと揺らす。


「呪印の深度差でどうにかなると思ったか? そっちこそ舐めんなよ。俺とガララは一度とは言え、テメェらのリーダーの護衛に付くタカハシに勝ってんだぜ? 他の雑魚を殺すだけの地力はあんだよ。――良いか。良く聞け。そんで理解しろ。俺はテメェんとこのリーダーが『交渉』に値すると判断したスペシャルゲストだ」


 不遜な態度のケイジを見てタカハシが、ひゅー、と軽く口笛を吹いた。ゼィルはそれが面白く無かったのか、振り返り、睨みつけた。

 余裕が無い様だ。


 ――素敵なことで。


 ケイジが笑う。ガララも笑う。それが更にゼィルの神経を逆撫でする。

 それでもゼィルは貴種きしゅだ。あの老エルフの血を引くモノだ。一回の深呼吸で浮かんだ動揺、怒りを呑み込んで笑ってみせた。


「……」


 育てば怖くなる。だからタカハシが付いたのだろう。

 だが、残念。今は怖くない。


「さて、サニーボーイ。ご自慢のお仲間がごっそり減ったところで、交渉と行こうか? おっと、ヴァッヘンで大量の食料が買えないテメェらがあんま居ねえってことは割れてるからな?」


 ゼンの様な現地調達のメンバーにしても、ギルドに潜って居た様な奴等にしてみても、この本拠地には居ないだろう。前者は信用し切れないから。後者もまた然り、だ。つまみ食いの多さが『手綱が握れてません』と言っている様なモノだ。

 食糧庫を見たガララの見立てで、戦闘要員は三パーティ。まだ多少はいるだろうが二パーティ以上の人員はケイジ達が食った。


「――」


 ふぅー、俯きながら、肺の中を空っぽにするゼィル。顔を起こせば、青い瞳にはしっかりとした意思が宿っていた。


「……分かった。そう言うことなら僕も本腰を入れて交渉をしよう。ノームと自動戦車を置いて帰れ。無論、僕等とノームの関りを口外することも許さない。そうすればこの場は無事に返してやる」

「ヘイヘイヘーイ、何も変わってねぇよな、ソレ?」


 意思は宿った。だが、その土台がおかしいので、何をどうしても『正しく』は成らない。

 向こうの『落し所』がケイジ達の『譲れない場所』にあって動かす気が無いと言うのは笑えるが、笑って居られない。


「当たり前だろう? なぁ、君も分かっているんだろう? 君は強い、君と、そこの蜥蜴は本当に強い。そこは僕が見誤っていた。素直に謝罪しよう。――だが、それだけだ。組織に敵う程は強くはない」

「褒められた。そう取っとくぜ?」

「あぁ、そうさ。褒めている。だからね、僕はもう一度言う。僕等をこれ以上、怒らせるな。そうでなければ君達をこの場で殺し、残った仲間も殺してやる」

「そうかい。そりゃ怖ぇ。それを勘弁して貰う代わりに俺等はテメェらとノームの繋がりを黙っててやる、そう言ってんだがよ、言葉は通じてるよな?」

「別に話せば良いんじゃないか? ただし、君達は殺す。逃がしたとしても殺す。絶対に殺す。組織の、ブラーゼン協同組合の誇りに掛けて殺す。良いかい? 理解してくれ。僕達の方が君達よりも強い」

「……成程な」


 それは正しい。

 個人よりも強い組織と言うモノで磨り潰す。それは正しい。だが――


「因みに爺さんは長期的に見て『話される』のが拙いと思ったから俺との交渉の席に付いたわけだがよ、そこんとこはどう考えんだ?」


 それが出来ない、組織対組織と言う構造に持ち込めるのがノームと言う存在。その組織対組織の構図の中でもケイジ達は死ぬ可能性が高い。だから、ソレを防ぐ為にお互いに嫌な部分を見なかったことにしよう。

 その提案が今回の『交渉』の前提だ。だが、ゼィルはソレを理解していない。

 暴力で押し切ると言うのなら、ケイジ達も交渉の席には付かない。その選択肢があることを考えていない。


「……おじい様はもう年だ。そろそろ引退して貰った方が良い」

「――ってノームにでも言われたのか?」

「っ!」

「……あぁ、そうかい。そう言うことかよ」


 バカが。

 露骨に目を見開くゼィルを見ながら、ケイジは音に乗せずに舌の上でその言葉を転がす。

 エルフがノームのクスリを欲した様に、ノームは頭の悪いエルフが上に立つ組織を欲したようだ。タカハシを見る。あー、そうかー、そうきたかー。そんな感じに力なくポカンと口を開けてもくもくと紫煙を吐き出していた。

 完全に脱力している。

 ここまでとは思って居なかったのだろう。


「ヘイ、ガンナー。そろそろきな臭くなって来たと思うんだがよ。テメェ、立つ場所はそこで良いな?」

「……しがない雇われだぜ、俺は」

「ケー。同情はしてやる」

「俺に? 兄さん達に?」

「両方に決まってんだろ? 引っ込んでろよ、ロートル」


 そうすりゃお互いに楽出来んだろ? とケイジが言えば。


「俺だって出来ればそうしたいよ、若造」


 是非そうしたいもんだとタカハシが応じた。


「さて、サニーボーイ? テメェの主張をまとめると、だ。『組織として強い自分達には逆らうな』『ただ言うことを聞いて置け』『そうしないと殺す』で良かったな?」

「あぁ、そうだ。君達もそこは分かってるだろ? 例えバラされて我々に被害が生じても、君達は死んでいるんだ。気まぐれでも生かされることを選ぶべきだと僕は思うよ」

「ヤァ、素敵だぜ? テロに屈しないその精神、尊敬に値する。けども、覚えときな」


 がぁん、とガラスのテーブルをケイジが蹴り飛ばす。「っ、た!」ゼィル目掛けて勢いよく蹴り飛ばされたソレは反応できないゼィルの脛を思い切り打った。


「――その逆もある。どうでも良くなった俺達がテメェだけでも取り敢えず殺しとく。そう言う選択肢もあるんだぜ?」


 立ち上がり、テーブルに足を掛けて押し付ける。

 そうしてゼィルを椅子に固定したまま、見下す様にしてケイジは言った。その手にはSG。部屋の空気が震える。何時の間にかタカハシの口からは煙草が無くなり、右手がリボルバーのグリップに掛かろうとしていた。ガララの深い呼吸が聞こえる。脂汗を流し、何かを言おうとしているゼィルが見える。金魚みてぇだな。ケイジはソレをみて、ふっ、と笑った。


「分かったか、サニーボーイ? それが嫌ならしっかり落し所を決めようぜ?」


 ケイジの肩から力が抜ける、SGをソファーに投げ出すと、露骨にゼィルがほっとした表情を浮かべた。タカハシも緩んだ緊張に、ふぅー、と肺の中身の空気を吐き出した。

 だからケイジは爪先をガラステーブルに引っ掛けて、思いっ切り蹴り上げた。


「あ、悪ぃ。でももうテメェと話す気ねーや」


 ひっくり返したテーブルを足裏で思い切り押し付ける。椅子ごとゼィルをひっくり返してゴブルガンを左手に、そのままタカハシの油断を付く様に一気に近距離に踏み込んだ。

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