地獄から来た正義の使者

 鍵を取り出し、左腕の自由を取り戻し、足のガムテープを鋏で切る。

 ルーザスから服を奪う。有り難いことに着ることが出来た。

 傍に有ったガムテープで傷を巻き、両足と右手の指も巻く。右手には逆手持ちで鋏を巻きつけて固定した。きつくだ。痛みはあるが、固めてしまえば多少は動かせる。

 顔が腫れて視界が効かないのが地味に痛い。

 ケイジは拷問用に用意された鋭いナイフを手に取り、歩き出した。「……」。ざくざくとアイスピックで好き放題に刺された右足が痛い。筋肉が切れていないのだ。孔が空いただけだ。だから歩けるはずだ。

 そんな超理論を脳内で展開してみるが、それで痛みが引くわけではない。右足を引き摺る様にしながら歩き、扉の横に背中を預けた。


「――、――」


 足が痛い、痛いと言うか熱い。呼吸が荒い。思考が途切れる。意思が折れる。歯を食いしばり、それら全てを砕いて呑む。

 荒い呼吸ではチャンスを生かせない。

 扉が開き、サクラが入ってくる、そして背中を見せている間が『ケイジの時間だ』。どれ位あるかは分からない。だが、短いだろう。

 それを生かせなければ――お終いだ。


「――銃が欲しい」


 愚痴る。

 技能スキルに振って呪文スペルを取らなかったことが地味に響いている。現状、ケイジの手札には煙幕スモークしかない。回復薬はレシピだし、強襲アングリフはこの足では使えない。

 呪印を彫るだけで使える呪文スペルは身体に寄らず、精神に寄るものだ。こういう状況でも使える。次は強奪ロブ技能スキルを取ろうと思って居たが、何か呪文スペルを取った方が良いかもしれねぇな。

 そんな風に生き残った後のことを考える。「はっ」。生き残る気で居る自分のことが少しだけ好きに成れてケイジが笑う。

 時間が経った。

 どれ位かは分からない。

 鋭くなった聴覚が廊下を歩く足音を拾う。何故かその足音の主の大きさが手に取る様に分かる。小柄だ。細い。女だ。ババァか? そんな疑問。ババァだな。そう結論付ける。呼吸を深く、深くしていく。ケイジは左足を曲げて足の裏を壁に付けた。発射台。そう言う気分だ。

 足音が近づいてくる。どんどん近づいてくる。扉の前でリズムが変わる。ぎぃ、異音。重い扉が開く音。入ってくる。足音のリズムがまた一定に戻って――止まる。

 見たんだろう。椅子を。見たのだろう。ケイジの代わりに椅子に座るルーザスを。

 止まった。だから死ね。左足で壁を蹴り、跳ぶ様にして襲い掛かる。右手で固定した鋏を横っ腹に差し込んだ。苦悶と驚愕。間近でみたサクラの眼は見開かれ、血走っている「ファィアボ――」。言わせない。左手で口を殴る。ぷぁ、と大きく口が開かれる。右の鋏を抜き、押し倒して首を左腕で抑えた「げぶっ」とカエルの様な声が漏れた。喉だ。喉を潰そう。それで魔術師ウィザードなら終わる。開いた口の中目掛けて鋏を振り下ろす。がきん、と音。「ははっ!」。すげぇ。噛んで止めやがった! 拮抗する。押し込めない。左手が空いているので、その左手で刺した腹の傷を探り、指を突っ込んだ。「――!」。激痛にサクラが跳ねる。口が開く。押し込んだ。そうして刺した、刺した、刺した。何度も刺した。そうしたら漸く動かなくなった。


「あぁ、くそが……ッ!」


 どっ、とケイジはサクラだったモノの上から引いて愚痴をこぼしながら尻餅を付いて足を投げ出した。

 仕留めた。それは良い。だが、今の動きだけで足の傷が開いた。開いたというか、テープが緩んで血がにじみ出していた。


 ――しっかりした治療もしてぇが……。


 エルフは血を嫌う……と、言うことになって居るので、表面上は嫌って『見せる』。

 狩猟民族としてどうかとは思うが、そう言う理由からか、ケイジの拷問を担当していたのはルーザスとサクラの二人だけだ。だからこの部屋に他のエルフが入ってくる可能性は低い。低いが、皆無ではない。あまりゆっくり出来る時間は――


「……」


 背後に、人の気配を感じ、ゆっくり振り返る。

 閉まっていたはずの扉は音もなく開かれ、一人のエルフが立っていた。

 そして、くぐもった銃声が響いて、命が失われた。













 腹を撃たれたのだろう。

 ジワリと赤い液体が滲んで腹部を濡らす。力が抜けた身体が、どっ、と勢いよく倒れる。そのまま流れる様にヘッドショットに移った滑らかさが“彼”が失敗から学んだことだろう。

 そんな訳で――


「地獄より来たる正義の使者、シーフマン。参上したよ」


 エルフの死体を蹴り入れながら一人のリザードマンが入って来た。


「――ヘイ、俺が女なら惚れてたぜ、ガララ?」

「そう? ならガララはもう少し好感度を上げておくよ」


 はい、と手渡されたのは回復薬入りの注射器。ケイジが造ったモノではない。市販の、正規の錬金術師アルケミストギルドのモノだ。

 ケイジはそれを受け取り、一番傷が深い右太股に刺した。「……」。悔しいがケイジが造るモノよりも数倍効果が高い。傷がふさがり、熱も引き、歩けるようになった。


「ありがとよ、助かったぜ。……で、早速だがよ。状況、教えてくれや」


 顔の腫れも引き、服に触れるだけで痛んだ蚯蚓腫れも治った。だが、流石に爪は生えてこなかったので、そこだけにガムテープを再度巻き直しながらケイジはガララに問う。


「幾つかブラーゼン協同組合の有力なアジト候補が上がったから、虱潰しにしていたらガララが当たりを引いた」

「引き強くね?」


 だから何時もカードで負けるのだろうか?


「他のメンツは?」

「レサトは居るけど、他は潜入は出来ないし、捕まった時のことを考えるとアンナやリコはね。だから各ギルドの保護下に居る」

「ケー。妥当な動き方だ。んで、レサトは?」

「天井伝って別口で潜入中。通信コールで呼んだから直ぐに来るよ」

「そうかい。……ギルドや賞金稼ぎバウンティハンターは?」

「そろそろ動くとは思うよ。ガララ以外にも、この砦に目を付けてる人は居たからね」

「……そういや、ここ何処よ?」

「ヴルツェ街道の先にある砦、ゴブリンアパートの側で元は――」

「ゴブリンの砦?」

「そう。結構な戦力でエルフが攻め落としたみたいだね」

「そら怖い。そんじゃさっさと逃げるとしようぜ」

「あれ? お礼は良いの?」


 不思議そうに眼をぱちぱちと瞬かせながらガララ。


「……ヘイ、ガララ。テメェ、どんだけ俺を好戦的だと思ってんだよ? 武器もねぇのにやるわけねぇだろーが」

「武器があればやるの?」

「……ったりめぇだろ? 『舐められたのならぶっ殺せ』が我らが蛮賊バンデットギルドの教えだぜ?」


 まぁ、嘘だ。一度引いて、情報を売って賞金稼ぎバウンティハンターをけしかけるのが良いだろう。ケイジにだってそれ位分かる。分かるが、つい、「武器サエアレバナァー」と呟いてみた。

 とす、と天井から何かが落ちて来た。一瞬、身構える二人だが、それはガララとは別行動していたレサトだった。

 よっ、元気そうじゃん! と尻尾をくるりと回しながら鋏を上げるレサト。

 その背中には――

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