失敗の授業料(高額)

「起きろっ!」


 言葉と共に汚水をぶっ掛けられる。傷だらけの身体に水が沁みて、それで眠りに落ちそうだった意識は強制的に覚醒させられる。「……」。窓の無い部屋ではどれ程の時間が経ったのかが分からない。それでもこの眠気は一日二日では無いだろう。その間、一睡も許されなかったケイジの頭の中ではガンガンと何かが鳴り続けていた。

 ご丁寧にトイレ掃除に使った水をぶっ掛けて下さっているとのことで、鼻が馬鹿になって尚、深いな匂いが漂って来た。餓死をさせる気が無いのか、繋がれた点滴から栄養が送られてくるが『死んでも良い』と言う扱いには違いが無いので、衛生面は最悪だ。

 弄ってストレス解消。

 死体は適当に加工して脅しに使う。

 どうやらエルフの皆様はケイジを『そう』使うつもりらしい。今は服を剥がれて全裸だが、最後にはきっと素敵な『ネクタイ』を締めて警告代わりに広間か、開拓局の前にでも転がされるのだろう。


「……」


 正直、遠慮したい。だが、抜け出そうにも、後ろ手に椅子に縛られ、身動きを取ることは不可能。

 そしてその身体の至る所は傷つけられ、汚水が入り込み化膿して熱を孕んだ傷口は酷く痛んだ。


「どうしたぁ? くたばったかぁ?」


 舐る様な声音。不健康そうな隈を造ったエルフの男がケイジの顔を覗きこんで来た。二人いる拷問担当の内の一人だ。


「ぷっ」

「ひゃっ!」


 口内に貯めた汚水をソイツの顔に吹きつけてやると、大袈裟に驚いて尻餅をついた。


「あー? 今日のメシは点滴じゃなくてチキンか? オーケイ。イタダキマスもゴチソウサマもちゃんと俺は言うぜ? ほら、こっちにおいでよ、チキンちゃん?」


 ケイジがケタケタと笑う。床に倒れたエルフは真っ赤な顔で拘束されたケイジを睨んで来た。

 そこに差し込まれるクスクスと言う笑い声。

 それはケイジのモノでは無い。


 ――あぁ、そうか二人同時担当のターンだったな。


 マジでそろそろやべぇかもな。

 痛む頭と痛む身体。落ちようとする頭に、落ちない様にする身体。相反するそれらに内側から叩かれながら、ケイジは視線を笑い声の下へ向ける。

 少女趣味なふりふり服を着ている。

 老いが分かり難いエルフの年齢はケイジには分からない。だが、話を継ぎ合わせると、彼女が割と『良い』年齢らしい。

 そう言われると、はちみつを溶かした様な甘い声も、明るい金色の髪も、雪の様に白い肌も、きちんと『造り物』と認識できるのだから不思議だ。

 不健康そうな男エルフはルーザス、少女趣味の年増エルフはサクラと言い、二人ともケイジの拷問担当だ。鞭で叩き、肌を削り、汚水をぶっ掛け、罵詈雑言を浴びせる。そしてサクラはケイジのケイジに手を出そうとしてくる。本気で勘弁して欲しい。純粋に気持ちわりぃ。勃たねぇよ、ロリBBA。

 足の爪は全て剥がされた。蚯蚓腫れが身体の至る所に刻まれている。

 そして、兎に角眠い。眠いが寝れず、頭痛が酷い。正直、気が狂いそうだ。


「ねぇ、あなたぁ、あなた、タフなのねぇ? いいわぁ、すごくいいわぁ、どうしてまだ狂わないのぉ? 何があなたを支えているのぉ? サクラぁ、あなたのソレ、圧し折りたいわぁ!」


 嗜虐の熱にとろぉんと溶ける眼。

 リコの様で、リコとは全く違う、弱者を嬲ることで興奮するサディストの眼がケイジの傷だらけの身体を舐める様にして這って行く。


「あ? 知んねぇよ。俺がB型だからじゃねぇのか?」

「……B型は狂い難いのぉ?」


 やぁーん、サクラぁ、知らなかったぁー。


「……オレは知ってるぞ、ケイジ。俺はお前の親友だったからな。お前と同じパーティメンバーだったんだからな。お前のその拷問に対する耐性は訓練によるものだ。そうだろう亡国、アキツ国の没落貴族様?」

「あーはいはい、そうですそうですその通りです。んで、親友の俺にこんな真似して心は痛まねぇのか、中毒者ジャンキー?」

「痛む? 痛むわけが無いだろう! お前はオレを裏切った! トモエを、ミコトをっ! 同じパーティの仲間を犯し、殺し、笑ったんだろうがぁぁぁぁぁあァ!」

「そんで何だっけ? テメェは死に戻りして俺に復讐してるんだっけか? すげぇな、未来人」


 でもその妄想に付き合わされるコッチの身にもなってくれねぇかなー。

 おクスリは良い感じにルーザスの脳を溶かし、彼を自称未来人へと仕立て上げたらしい。そして彼の居た未来では、彼はケイジのパーティメンバーで、ケイジはそのパーティメンバーを裏切って彼を殺した極悪人らしい。

 因みにルーザスに関してはサクラですらドン引いている。

 エルフ達も『流石にヤバい形に脳が溶けてしまった』と認識しているらしい。


「……良いさ。謳ってろよ、ヤンキー! 先ずは右腕だッ!」








 その宣言通りに後ろ手に縛られていた両腕が椅子の肘掛けに固定された。

 久しぶりに見た両手はきつく縛られ、青黒く変色していた。血流を止められていたからだろう。解放された直後は感覚が全くなく、そこから徐々に痒みにも似た痛みと共に感覚が戻って来た。だが、結局は直ぐに動けなくなる。

 足を開く様に椅子の足に、膝までをガムテープでグルグル巻きにされる。

 そろそろ殺すことにしたのか、挑発し過ぎたのが拙かったのか、加虐が増す。

 呼吸すら満足に出来ず、腫れ上がった顔面に未だ付いている眼球はしかして既にまともな機能を果たさず、輪郭のぼやけた景色を見せる。

 身動きなど取れない。時間の間隔に関する感覚など遠の昔に露と消えた。

 長時間――かどうかも分らないが、兎も角、絶える事無く続けられた加虐により、朦朧とする意識とは別にやけに感覚だけが尖っていく。

 視界に映るのはぼやけた景色。

 味覚を犯すのは自身の血の味。

 触角は半場麻痺しながらも、意識は手放さぬ様にとジワジワと焼かれる様な痛みを拾う。

 嗅覚も味覚同様に内側から滲む自身の匂いで使い物にならず。

 だから。ただ、ただ、聴覚のみが機能し、周りの音を拾う。


「ねぇ? どう? ねぇねぇどうなの? どんな気持ち? 殴られてぇ、ぼこぼこにされてぇ、血だらけになってぇ、それでもぉ、まだ、まだ、まだまだまだまだまだまだまだヤられる感覚ってぇー、サクラぁ、やったことはあってもヤられたことが無いからわかんなぁぃ!」


 甘い女の声。


「どうだ! これがお前がオレにやったことだっ! お前はっ! オレに、僕に、酷いことをしたんだっ! だから僕がお前に酷いことをしても良いんだっ!」


 狂った男の声。

 ケイジはそんな音を聞く。ソレを聞きながら、意識を繋ぐ。音、音、音を拾う。水の音。金属の音。甲高い音。水の音。じくじくと染み出す自身の血の音。音。水の音、低く、それでも弱々しく、自分の身体を流れる水の音。笑い声。何が楽しいのか耳障りに響く、音。音、音、音、音、音、音音音音音音音音音音音音音音。


 ――かちん、と音。


 鋏/押し殺したような笑い声/ハサミ/ゆっくり迫り/はさみ

 指に。

 右手の中指の爪に。

 それが。

 ズブッと、平行に差し入れられ――


 そのまま、ぐりっ、と垂直に立てられた。


「――――――――――――――――――――――――ッっッ!」


 跳ね上がる身体。燃え上がる指の先、滲む涙、叫べない喉、そして……それらのリアクションに対する、大爆笑。

 楽しいのだろう。

 動きが鈍くなっていたおもちゃが返したそのリアクションが。

 面白かったのだろう。

 痛みに叫ぶこともできず、身体を跳ねさせるケイジの姿が。

 堪らなく楽しく、堪え切れない程に面白かったのだろう。

 ゲラげらゲラ。けらケラけら。楽しそうに笑いながら差し込まれるハサミは都合、四。

 もう既に差し込まれた中指以外の指にソレが無理矢理に差し込まれ――


 白く変色した爪の中で一斉に、ぐりっ、と回った。


 激痛に火花が飛ぶ。拘束されていたはずの身体が勢いよく跳ね上がる。爪が無くなった足に激痛が走る。異物が入り込んだ右手がプルプルと震える。寒い。


「あらぁ? 震えてどうしちゃったのぉ? 怖いのぉ? ねぇ、助けて欲しいぃ? 助けて欲しいでしょぅ? だったら、ねぇ、お願い、しよ? サクラにぃ、お・ね・が・い、してみよ?」

「――、――」


 掠れ、零れた小さなささやきがケイジから漏れる。


「んん~? なぁに? よくきこえなぁ~ぃ!」


 力なく、ただ、椅子に体重を掛けるケイジ。そんなケイジにサクラが耳を近づける。

 ケイジは――その耳に噛み付いた。


「っぎやぁぁぁぁあぁぁぁぁ!」


 響き渡る嗄れた声。

 それでも確かな女の声。

 はちみつを抜いて、塗装を剥げばそこには年相応の『声』があった。


「腐葉土みてぇな匂いがするぜ、ババァ。わりぃが近づかねぇで貰えるか?」


 くちゃくちゃと肉を咀嚼して吐き出す。石畳に味が無くなったガムの様に吐き捨てられたのはサクラの耳だった。


「ヤァ、耳が短くなっちまったなぁ、ババァ? まるで人間みたいだぜ? プライドの塊みてぇなエルフサマに聞いときたいんだがよ――どんな気分だ?」


 嗤う。嗤う。ケタケタ嗤う。ケイジが嗤う。


「……」


 それにサクラは応じない。幽鬼の様に、ふらっ、と立ち上がり、拷問の為に用意したアイスピックを手に取り、ケイジに近づく。


「――うな。笑うな、笑うな、サクラを、私を笑うなぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁっ!」

「はっ、キレたのか? 少女趣味の! いい年こいたバアサンがっ! キレたのかぁぁぁ?」

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!」

「はっ、はは、ははははははははははは! ババァがキレた! キレやがった!」


 サクラは叫び、アイスピックを狂ったようにケイジの太股に刺し続ける。ザクザクザクと刺し続ける。穴が空く。血が出る。それでもケイジは嗤う。叫ぶサクラに合わせるように嗤ってみせる。「キレた!」と馬鹿にして「ババァ」とトラウマを抉って、徹底的に嗤ってみせた。

 まるで威嚇し合う獣の様だった。

 大きく口を開けて叫ぶサクラに合わせる様に、大きく口を開けて笑うケイジ。その二人は端的に言って狂ってる。

 だが、ソレを止める正常な者はこの部屋には居ない。

 それでも終わりは来る。


「……サクラ、ちょっと治してくる」


 一際アイスピックを深く差し込み、急激に狂人の一人が熱を失う。


「ケー。食いかけでわりぃが、そこの肉、拾ってくっ付けてみたらどうだい?」


 その挑発に無言で拳が振るわれる。顔面に叩き込まれた拳はケイジの頭を椅子の背もたれに勢いよく叩きつけられた。ソレでケイジも漸く大人しくなる。

 力なく、頭を下げた。

 意識を失ったのだろう。ルーザスはそう判断して、ケイジを再び後ろ手に縛りなおそうと右手の拘束を解いた。

 それは言い訳のしようが無い程の失敗だ。

 数日に渡る拷問に『慣れ』、作業となってしまったが故に発生したミスだ。

 意識を失ったケイジの右手が自由になった。

 いや、意識を失った『ように見える』ケイジの右手が自由になった。

 あれだけ痛めつけられたらもう動けない?

 爪を全て雑に剥がされた右手では何もできない?

 それは道理かもしれない。

 だが、それは『普通』の場合だ。

 クスリで狂った狂人にはソレが分からなかった。分からなかったからミスをした。ミスをしたのなら、そのツケを払わなければいけない。


 ――目の前の狂人の様に。


「っぶ、ぶ、ぶは、ぶっ!」


 ケイジの右手が伸びる。ルーザスの胸元を掴み、引き寄せ、ヘッドバッド、連続で四回。鼻を潰す、潰す、潰す、潰す。ルーザスがその拘束から逃れようと、手探りで器具が置かれた金属トレーに手を伸ばす。ケイジはソレをさせない為に鼻に噛み付き――千切った。

 コリコリとした軟骨の感触が歯に触れる。


「ぁ、ぁぁぁ、ぁ」


 余りのショックに弱々しく無くエルフの泣き声が耳に心地よい。自由になった右手で鋏を握り――


「テメェ、確か俺に裏切られたとか言ってたな? 素敵な妄想を聞かせてくれてありがとよ。でもな、俺はその妄想の俺の判断を讃えるぜ? テメェは妄想で人を傷つけられるクソ野郎だからなッ!」


 ルーザスの眼に思い切り差し込んだ。






あとがき

ケイジと拷問エルフ、どっちの授業料が高かったのかは知らない。


プチ宣伝。宣伝?

有り難いことに、既に気付いて居る方がいるようですが、新作と言うか、旧作をソイヤしました。

あっちはもう数年前に書ききってるので、こっちに一切の影響は無いので、ご安心をば。

お暇でしたらどうぞー。

あ、ロボはでないです。犬が出る。

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